表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スライムなダンジョンの閑話集  作者: 再藤
また始まる前の、後日談
3/35

「黄金の夜」③

 町長宅に入ったマギはすぐに居間へと通された。

 家の人間に紅茶を用意させたルクレティアが、使用人が下がるのを待ってから口を開く。


「それで、どうなさるおつもりですか」

「どうなさるとか言われても、俺だって途方にくれてるさ。こっちが相談に乗ってほしい」


 マギは渋面で呻いた。


「竜が大挙して押し寄せてくるってだけでも前代未聞だ。ただでさえストロフライがやらかしたことで他所からの注目が集まってるってのに、これで周囲に与える影響だなんて見当もつかない。その辺り、意見を聞かせてくれ。対策は、……それから考える」

「そうですわね……」


 ルクレティアは頷き、思案するような深い瞬きを置いて、


「大勢の竜がやって来たという事態そのものについての衝撃は、そう大きくはないでしょう。今さら大して変わらないと言った意味合いではありますが」

「そうなのか?」

「ええ。先日の、ストロフライさんの告白――あの恥ずかしい宣言は全世界の知るところです。人間、魔物問わず。それどころか植物に至るまで文字通り、生きとし生けるモノ全てにおいて」

「もう一月はなんでもかんでも咲き誇ってるからな」


 答えながら、この相手もたいがい並外れた勇気の持ち主だよなあとマギはしみじみと思った。その表情を見たルクレティアが、


「恥ずかしいものを恥ずかしいと言っていけない理由がございますか?」

「ないです。それで? 続けてくれ」


 令嬢はじろりとした一瞥を向けてから、


「その後、一か月に渡って世界中に記念硬貨がばら撒かれた結果、もはやストロフライさんの名を知らないものはこの世界に存在しないと言ってよろしいでしょう。おっつけ、その世界でもっとも有名な黄金竜が棲む山の麓にある田舎町についても知られていくはずです。そこに他の竜がやって来たところで意外と思われることは少ないでしょうね。あんなことをしでかす竜のいる所だから、そういうものだろう、となるだけです」

「なら、別に問題にはならないか」


 ルクレティアは頭を振った。


「そういう訳でもありません。むしろ逆です」

「逆?」

「今回の珍事が与える衝撃そのものは決して大きくありませんが、その意味するところは重大です。既にメジハは、“件の黄金竜と関わる町”として有名を得ておりますが、今回の事態が広く知られれば“竜そのものと関わりがある”とさえ強く印象付けられてしまうことになるでしょう。今さら言うまでもなく、竜を利用しようとする輩は数多くおります。そういう輩にとって、この町の存在は無視できないものとなります」


 もっとも、と肩をすくめる。


「黄金竜の麓の町、というだけでそれはほとんど決まりきっていたことではあります。ですが今回の件は、そうした印象を決定づけるダメ押し程度にはなるでしょうね」

「なるほど」


 マギは腕を組んで考え込んだ。

 天衣無縫な黄金竜がやらかしたことについては、彼らにとっても重大事だった。その波及する影響の確認と対応は最優先でやるべきことでもある。


「まあ、そっちについてはまた洞窟に戻ってから皆と相談しながら考えよう。それよりも、まずはあの竜の連中をどうするかだよな」

「はい。ご主人様に申し上げたいことは色々とありますが、起こってしまったことを嘆くよりこれからどういった行動をとるべきか検討する方がまだしも前向きではあります」

「なら、そうしよう。俺達がとれる最善の行動は?」

「無論、可能な限り早くあの方々にお引き取りいただくことです」


 ルクレティアは即答した。


「今回の事態が与える印象はもはや拭うことは叶いませんけれど、竜の方々の逗留が長引いて良いことも想像できません。多くの傷ついた竜が町にいる、という話が近隣に広まれば、よからぬことを企みだす輩も出てくることでしょう」

「結局、なるべく早く帰ってもらうしかないわけか……」

「竜と我々では、流れる時間の感覚さえ異なると言います。あの方々が回復されるのにいったいどの程度の期間が必要かというのは気になりますわね。半年や年単位ということになれば、また別の重大な問題が湧いて起こるのは間違いありません」

「それはさすがに御免こうむりたいな」


 表情を引きつらせて、マギは唸った。


「まあ、完治とまではいかなくても、ある程度動けるようになったら帰ってくれるんじゃないかと思うけどな」

「そう願います」


 短く同意したルクレティアが紅茶を一口する。

 マギも倣って紅茶を口に運ぶ。いくらか冷えた香りを味わった。


「イエロさんでしたか。可能であれば、あの方とお話をしてみていただけたらと思います。ストロフライさんのお父御はともかく、話の通じそうな方に見受けられましたので」

「ああ、そうだな。そうしてみる。……その後は、しばらく様子を見るしかないか」

「それが妥当でしょう」

「わかった」


 疲れた顔色で頷くマギに、くすりとルクレティアが笑みを漏らした。いくらか和らいだ口調で、


「紅茶のお代わりはいかがですか」

「いや――早いとこ、話をつけといた方がいいだろ。すぐに行ってくる」

「相変わらず、犯罪的ですわね」

「……なにがだよ?」

「紅茶のお代わりはいかがですか、と訊いているのです」


 マギは顔をしかめてから、手元のティーカップに視線を落とした。黙って中身を傾けて、


「もう一杯くれ」

「すぐに用意させましょう。焼き菓子も用意させますわ」


 素っ気なく、けれど満足げに令嬢が応えた。



 マギが外に出ると、邪悪な竜の塔が復活していた。

 町の外にあるその塔の根元に精霊形をとった若い男が腰を下ろしている。


「ああ、こりゃどうも」

「詰み終わったんですか」

「ええ。途中で、三回ほどやり直す羽目になりましたがね」

「……お疲れ様です」


 ちょっと同情する気分でマギが言うと、男は皮肉そうに頬をゆがめて、


「いえいえ。こっちこそご迷惑かけちまってすみませんね」

「いや、まあ」


 ストロフライの父親に聞こえないよう、声を抑えて続ける。


「……できれば早めに帰ってもらえると助かるんですが」

「そりゃもう。こっちだってそう願ってますよ」


 イエロという名前の竜は、雲を見上げるように顎を持ち上げて、


「こっちの世界は自分らにとっちゃ窮屈でなりません。――失礼、向こうが居心地が良すぎるってだけですがね。だけどここじゃあ、うっかりなにを踏み潰しちまうか知れたもんじゃない。別に気にしなきゃいいだけなんですが、それでお嬢の逆鱗に触れたらとんでもないことになっちまいますから」


 肩をすくめる。


「ま、どっちにしろ親父が戻るって言うまで自分だけ帰るわけにも行かないんですがね」

「どうすればそう言いだしてもらえますかね」


 イエロはひょいと眉を持ち上げて、


「そりゃ簡単だ。マギさんがうちの親父と仲良くなってくれればそれで終いです」

「仲良くなれる方法ってあるんですか」

「そりゃ難事だ」


 若い竜は愉快そうにくつくつと肩を揺らした。


「ま、そのうち気が済んだら親父も帰るって言いだすんじゃないですか。なにやらおかしなことを企むかもしれませんが――まあ、迷惑だとは思いますが我慢してもらえたら助かります」


 マギは溜息をついた。


「町には。なるべく迷惑をかけないようにしてもらえますか」

「そっちについては、自分が責任を持って承りましょう。じゃなきゃ、お嬢から次元の果てくらいには吹き飛ばされかねませんしね」


 一応の確約を得たことで満足するべきだろう。達観した様子の若い竜に挨拶して、マギはその場から離れた。


 ひとまず洞窟に帰って、今後のことはそれから考えよう。

 消極的ではあるが、様子を見るのが一番という気もする。それでストロフライの父親が帰ってくれれば話は済む。相手は竜なのだから、下手につついたらそれこそ“百年前”の再来にさえなりかねない。


 この時点では、マギはそう考えていた。


 ◇


 それから数日は、特に騒動は起きなかった。


 町の外にあった塔は解体され――というか、摘み上がっていた竜達が精霊形をとることで無くなって、その竜達はメジハの講堂に用意された仮設の宿舎に寝泊まりを始めている。


 そうした宿泊が進むなかで町に大きな混乱が起きなかったのは、メジハに以前、竜の遺骸騒動で大量の冒険者がやってきたことがあったからという理由があった。


 その経験が功を奏した形だが、とはいえ今回とその時とでは決定的に異なることがある。

 それはもちろん、その人間に近い形をとっているのが実は恐るべき竜達であるということだったが、それでも不思議な程に混乱をきたしていなかった。


 それどころか、事態は予想もしない推移を見せていた。

 ルクレティアから奇妙な報告を受けて数日振りにメジハへ様子を見に行ったマギは、実際にその現場を目撃した。


 そこにあったのは、メジハの町人達と精霊形をとった竜達が仲良さげに談笑している光景だった。


 辺境の田舎町だけあってひどく閉鎖的であるはずの町の人間達は、数日前まであった恐れや不安など微塵も感じさせない表情で一風変わった格好の竜達と接している。町のあちこちを歩く竜達はみな礼儀正しく、なかには鍬を持って畑を耕している姿まであった。


 マギは唖然として目の前の光景を眺め、はっと思い至る。

 大きな戦慄と共に呻いた。


「まさか、連中……このままずっと町に居つくつもりじゃないだろうな!?」



 彼の悪寒は的中した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ