「真白い想い」⑧
「えー、というわけで、ここにいる皆さんで検討した結果、マギさんがもっとも好むであろう趣向は『スライムプレイ』ということに無事に決まったわけですけれど」
「決まったってなんだよ! 俺はそんなのが正解なんて一言も言ってねえぞ! ていうか俺が正解決めるんじゃないのかよ、検討した結果ってなんだよ! アホか!」
巨人の手のなかから、マギは不服の咆哮をあげた。
ちらとそれを見やったユスティスが、
「なんでしょうか、マギ・スライムプレイさん」
「名前みたいに言わないでくれる!?」
「なら二つ名ということで」
「そんな二つ名があるか! あっても要るか! 馬鹿なんじゃないの、ねえ馬鹿なんじゃないの!」
ほとんど血の涙さえ流しかねない形相で、マギはさらに捲し立てた。
「お前らほんといい加減にしろよな! いくらなんでも限度ってモンがあるぞ! 言っとくが、これははっきりとしたイジメだからな! 寄ってたかって一人を嬲って愉しいか!?」
「こういうプレイもお好きだと聞いていますが?」
「どんなプレイだ! ……アホ! バカ! この人でなし共!」
ユスティスは自らの頭部に手を添えると、両手でひょいと軽く持ち上げてみせる。
「元人間です」
「人魚だな」
「あたしは竜だよー」
「私は人間ですが」
「えっと、ボクも」
「……妖精、です」
「あっしはなんなんですかねえ。元スケルトンで――ううん、考えてみたら自分でも自分をなんと説明すればいいものやら。これはものすごい哲学問題にぶち当たってしまいました。ご主人、そのあたりどう思います?」
「こんな状態で冷静に相談するんじゃねえよ! そういう話はもっとちゃんと聞くから、もっとマシな時と場所にしてこい! ていうか放せ、なんでずっと巨人に捕まえられてなきゃならんのだ! 俺がなにをした! まずそこから、」
「というわけで、今回は全員が正解ということで――」
「話を聞けえええええ!」
絶叫するマギを鬱陶しそうに見やったユスティスが、息を吐く。
「……わかりました。それじゃあサイクロプスさん、マギさんを下ろしていただけますか?」
ジェスチャーを受けた巨人が、ほっとした様子でマギを地面に下ろした。
解放されたマギはやれやれと安堵の息をつき――次の瞬間、脱兎のごとく駆け出した。
ありもしない出口を探すように頭を巡らせながら、とにかく全力でその場から逃げようとするが、
「はい、サイクロプスさん。お願いします」
ぷち、と上から降ってきた大きな手のひらに潰される。
そのまま、手のひらを柵のようにつくった牢獄に捕らえられた状況で、マギは涙ながらに訴えた。
「やだー! 帰るー! 俺をスライム達のとこに戻せー!」
まあ、とユスティスは驚いたように目を丸めた。
「そんなにスライムプレイがされたいんですか? それもお一人でなんて、あまり健康的ではないのでは?」
「違うわ! いい加減にその発想から離れろよ!」
「はい、それではマギさんが元気でいらっしゃるあいだに次の問題にいってみましょう。今回も全員解答形式、採点はマギさんにしていただきます」
ユスティスが手元の紙束に視線を落とす。
「では――『ヘタレと名高いご主人ですが、案外、ベッドの上では強気だったりしますか。是非、皆さんの経験から教えてください』」
「だから、なんでそんな質問ばっかりなんだ! ていうか――」
頭を振り回したマギが、びしりと解答陣の一画を指さして、
「さっきから、ご主人、ご主人って、スケル! お前の質問ばっかりじゃねえか!」
いやあ、と頭をかいたスケルが朗らかに応える。
「ちょうどいい機会だなあと思いまして」
「なにがいい機会だ! ……他の連中も真剣に考えだすな! こんな質問は却下だ、却下!」
えー、と観衆から不満の声があがった。
「うるさい! 俺は絶対に答えないからな! 答えてほしかったら、もうちょっとマシな質問を用意しろ! これは最低限の要請だ! 俺にだって――ちょびっとくらい人権はある!」
巨人の指でつくられた牢獄から堂々と胸を張るマギに、エリアルがなんともいえない表情で頭を振っている。
「なんだかんだ参加しようとするあたり、付き合いのいい男だな。いや、流されているだけか……」
「しょうがないですね。それでは、こういうのはどうですか? 『マスターが、一番好きな食べ物』。ふふ、可愛らしい質問ですね」
読み上げられた質問に、解答者の列に並んだシィが頬を淡く染めた。
大人しい妖精が顔を俯かせるのに気づいたマギは、あー、と頭をかいて、
「……まあ、それなら、うん。アリだな」
「わかりました。それではこちらの質問に対して、皆さんがこれだと思う回答をそれぞれお答えください」
むう、と解答陣のメンバーが腕を組む。
「うーん。ちょっとわかんないなー。お肉?」
「庶民派のご主人様ですから、小麦のパンではありませんか?」
「いやいや、昔ながらの貧乏性が抜けてないっすから、ここはあえてのライ麦パンだと思いますよ」
「えっと、……お肉入りのスープが美味しかったって、前に言ってもらったことあります」
提示された解答がいずれも穏当なことに、マギはほっと息を吐く。
この質問を出した本人であるシィは、自分の回答を用意するのにひどく悩んでいる様子だった。
しばらく考え込んでから、
「あの、木の実……で」
「はい。ということで回答が揃いました。それではマギさん、どれが正解でしょう?」
これだ。
こういう平和な選択肢を俺は待っていたんだ。
マギは大いなる安堵と共にしばらく考え込んでから、
「――もちロン、木の実デ」
抑揚の失われた口調で告げた。
見れば、観衆の大半を占める妖精達の一人、髪を長く伸ばした女王が、むむむ、と力を込めて魔力を発している。
その協力な波動を一身に受けたマギはそのまま、虚ろな眼差しで続けた。
「シィは可愛いナー。シィが一番ダナー。シィに三十点あげヨウ」
「おおっと、ここで場外から強力なサポートが入りました! これは明らかに、妖精の女王さんによる精神支配です! 今まで得点のなかったシィさんに、三十ポイント! いっきにトップに駆け上がりましたー!」
「……いいのか? いやもうなにも言うまい」
諦めたように、エリアル。
「お待ちなさい、ユスティス。それはルールとして如何なのかしら」
さすがに顔をしかめたルクレティアが口を挟む。
ユスティスはこの場にいる絶対者に目をやった。
目線でお伺いを立てられた黄金竜ストロフライは、あはは、と軽やかに笑って、
「別にいいんじゃない? 面白かったし」
「……というわけで、アリ! アリです!」
「そうですか。そういうことなら仕方ありませんわね」
あっさりとルクレティアは引き下がってみせた。
「では、続けましょう。ユスティス、次の質問をどうぞ」
「え、ええ。……わかりました」
それでは、とユスティスが口を開きかけたその時、
「ぎゃああああああああああああああああああ!」
マギが絶叫を上げた。
なにかの激痛に耐えるように、頭を抱えて身悶えている。
その全身におびただしい魔力の波動が絡みつくように放射されていた。
放たれる魔力の一方は妖精の女王から。
もう一方は金髪の美女から放たれていた。
頭を抱えたマギの口から、振り絞るように言葉が紡がれる。
「る、ルクレてぃあにも……三十点――!」
「あ、ルクレティアずるい!」
「ずるくなどありません。認められた行為なら、利用して当然です」
「いやいや、さすがに卑怯っす! ストロフライの姉御、なんか言ってやってくださいっ」
「ん? いーんじゃない?」
訊ねられたストロフライは肩をすくめて、
「ただ、あんまりやるとマギちゃんの頭がパンクしちゃうと思うから、気をつけた方がいーよ?」
「……ということらしいですわよ。諦めて、お止めになれば如何かしら?」
「そっちが引き下がれー!」
ルクレティアと女王の放出する魔力が拮抗する。
妖精族は元々、継続した魔力の行使やそれを利用した幻惑を一番の得意とする。
妖精の女王は妖精族のなかでも強力な魔力を持っているため、それと張りあえているルクレティアの力量は尋常ではなかった。
ちなみに二人の狭間では、地獄から上げるような悲鳴を発してマギが悶え苦しんでいる。
しばらく両者の張りあいが続いたあと、おろおろとしていたシィが「女王様、やめてください……」と懇願したことで女王が渋々と引き下がった。
それと同じくして、ルクレティアも力の放出を終わらせる。
痛み分けのような格好で、両者は不敵な表情を閃かせた。
「なかなかやりますわね」
「お前もな」
ちなみにマギは地面に倒れている。
途中からぴくりともしなかったそのマギが、
「俺が……間違ってた……」
ゆらり、と身体を揺らすと、幽鬼じみた表情から世の全てを怨むようなおどろおどろしい呻き声が漏れた。
「受け身じゃ駄目だってわかってたのに。いつまでもやられっぱなしじゃいけないって、気づいてたのに。俺が、間違ってたんだ――」
ふらと立ち上がり、巨人の牢獄に手をかける。
「……出せ」
低い声で命じる。
びくり、とサイクロプスの身体が震えた。
短い台詞の内側に秘められた静かな迫力に、サイクロプスが手のひらで覆い包むようにしていた監獄を引き上げる。
そこから一歩、足を踏み出して、
「もう怒った。――俺は怒ったぞ。お前らには、ほんと、一回ガツンと言っておかないと駄目だってことがよぅくわかった。ふざけるな、俺はもう怒ったんだ……っ」
ぶつぶつと言いながら、マギはゆっくりと足を進める。
横一列に居並ぶ解答者達。
その一番端まで進むと、くるりと半身を翻して、
「――俺も解答する」
宣言した。
予想していなかった一言に、観衆から戸惑いの声があがる。
「おおっと、ここでマギさん自らゲームへの参加をするという掟破りの行動にでました! これはさすがに予想外! まったく想定していなかった展開ですっ」
「……文句があるか?」
据わった眼差しのマギが、居並ぶ他の解答者達に訊ねた。
「あっはっは。いいよいいよ、あたしはオッケー!」
一番、楽しそうに応えたのはストロフライだった。
他の参加者も苦笑に近い表情でそれに頷く。
「他の参加者さん方も異議なしということで、マギさんの参加が認められました。しかしこれは凄い! マギさん、逆転の一手です!」
「どういうことだ?」
なにもかも諦めたように全てを聞き流していたエリアルが、ふと気になったように口を挟む。
ユスティスは大きく頷いて、
「何故なら、このゲームではどの回答が正解かを決めるのはマギさんだからです! つまり、マギさんは自分が答えて、自分の回答を自分で正解にするという行為が可能なわけです!」
「それはもうゲームとして……いや、今さらか」
やれやれと頭を振ったエリアルが、感心したようにマギを見やる。
「しかし、確かに妙手だな。これで誰の回答を選べば角が立たないかという苦悩もなくなる。まさに逆転の一手か」
「その通りです。ただし――」
ユスティスは、くすりと邪悪に微笑んだ。
「問題もありますね」
「問題?」
「ええ。つまり、ゲームに参加している以上、マギさんは問題に答えなければいけないという“問題”です」
エリアルは眉をひそめる。
「……それは当たり前のことだろう?」
「さあ、どうでしょうか。それでは問題にいきましょう――」
ユスティスがぱらりと出題票をめくり、視線を落とす。
そして、にこりと微笑んだ。
「では、いきます。――『マギさんは胸派、お尻派、どっちですか』。さあ、皆さん。そして、マギさん。どうぞ“お答え”ください」
それを聞いたマギの顔色が、一瞬で蒼白になった。
ぶわっと脂汗が浮かび、だらだらとそれを垂れ流す。
一方、マギ以外の解答陣の反応は落ち着いていた。
全員が、すでに自分達が答えるまでもないことを理解している様子だった。
そう。正解は、たった一人がそれを口にすれば事足りる――
それぞれ異なる身長と体型の女性達は、誰もが無言のまま。
その全身から異様な迫力が立ち昇り、解答陣の端に立ったマギを濃く、深く覆い包もうとしていた。
「あ、ああ……ああああああああああ……っ」
マギが絶望の声を漏らす。
彼もまた理解していた。
逃げる術がないことを。
逃げられるわけがない。
マギが解答することは、他の誰でもないマギ自身の宣言によるものだった。
誰かの回答を選ぶのなら、まだ言い訳はできる。
様々な事情を勘案して、やむなくそれを選んだのだと強弁できる。
しかし、自らそれを口にする以上、その言い訳は通用しない。
自分自身の嗜好をはっきりと全員に向かって公言することになってしまう。
「あああああ、ああああああああああああああああああ……!」
周囲から向けられた無言の重圧に、マギはただ心の底からの悲鳴を上げるしかない。
目には涙があふれ、全身が細かく震えて、腰から砕けそうだった。
重圧に押しつぶされそうになる。
いっそ、その方がよほど幸福なことに気づいて――そうして、マギは自らの意識を手放した。




