「真白い想い」⑥
「と、いうことで」
頭部を首の上に納めた元王女が、澄ました表情でにこりと微笑んだ。
「急遽、マギさん争奪杯に参加なさることになったストロフライさんに代わって、進行役を務めることになりました。ユスティス――ただのユスティスです。どうぞよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。……ところで私は何故、こんなところに座らされているんだ?」
頷いて、エリアルは深刻な疑問を呈する。
それにユスティスは朗らかに笑って、
「だって進行をしろだなんて言われてもよくわからないですから。ストロフライさんが、エリアルさんが手伝ってくれるっておっしゃってましたけど……」
「まあ、手伝うが。というか、ユスティスだったか。初めて話すが、君は“向こう”に参加しなくていいのか」
ちらと視線を飛ばしながら訊ねられ、肩をすくめた。
「そうしようと思っていたんですけど、なんだか急なことになってしまったみたいなので。それに」
「それに?」
元王女は据わりの悪い頭を傾げ、悪戯っぽく微笑むと、
「なんだかこっちから見ている方が楽しそうに思えたんです」
「……いい性格だな」
「あら、そうですか?」
「ああ。私はとてもそんな風に楽しめない」
エリアルはうんざりとした視線を投げかける。
彼女が顔を向けた先には『参加者』がずらりと顔を揃えていた。
気合を入れた眼差しの短髪少女。
醒めた眼差しを湛えた豪奢な金髪美女。
周囲の仲間から盛大な応援を受けて恥ずかしそうに顔を俯かせている小柄な妖精。
頭から爪先まで全身が真っ白い魔物少女。
そして――堂々と腕を組んで不敵な笑みを浮かべる、最強の黄金竜。
それぞれ、自分達の目の前に用意された台についた一同の表情は様々だが、誰ひとりとして臆した様子はない。
その彼女達の奥には、まるで背景画のように一つ目の巨人が鎮座している。
高く突きだされた右手には若い男が捕まったままだった。
さっきまでひたすら大声を上げていた男はさすがに叫び疲れたらしく、巨人の手の中でぐったりとしてしまっている。
巨人はなぜ自分がこんな場所にいてこんなことをしているのかさえわかっていない様子で、大いに困惑しているようだった――巨人の境遇に心から共感して、エリアルは胸の裡でため息をついた。
いったいどうしてこんなことになっているのかまるで訳がわからない。
スケルがマギを襲いたい云々と言っていたから、恐らくはそれが関係しているのだと思うが。
とりあえず、この騒ぎが終わった後で友人には嫌味の一つくらいは言ってやろうと心に決めながら、頭を振った。
「まったく。マギも難儀なことだ」
「たくさんの相手に好かれるというのも大変ですね」
くすりと笑ったユスティスが、
「でも、大勢がいらっしゃれば、その中での力関係というのはどうしても生じてしまうでしょうから。マギさんには申し訳ないですけれど、こういう事態は必然では?」
「秩序が必要というわけか? 確かにそうかもしれないが、それをこの場に求めるのは不可能だな。“彼女”がいない。だからまあ、これは茶番なんだろう」
「お姉さまもそんな風に言ってました」
ユスティスはふと笑いを収めて、
「――スラ子さんという方は、そんなに凄い方だったんですか?」
エリアルはちらと相手に横目を送った。
「君は、彼女とはほとんど面識がないんだったか?」
「ええ。私がマギさん達と戦っていた時には、あまり目立ってはいらっしゃらなかったので。だから、どういう方なのかわからないんです」
「そうか。だが、そのことは別に私から言うことでもないな。スラ子という存在がどれほど特別かは、それこそ見ればわかるはずだ。そしてそれは過去に限った話でもない」
ユスティスがすっと目を細める。
「マギさんにとっては、あくまでスラ子さんが一番ですか?」
「さあな。どちらにせよ、今この場に彼女はいない。教えてくれ、いない相手とどうやって争えばいいんだ?」
エリアルは肩をすくめて、
「だから、これはただの茶番に過ぎない。私にわかるくらいだから、あの場にいる誰だってそんなことは承知の上だろう。その上で、連中は本気だ」
「……ただの茶番なのに? 暫定一位がそんなに欲しいんですか?」
エリアルは乾いた笑いを漏らした。
「暫定か。そんな風に捉われるのは不本意だろうな。だが、呼ばれ方などどうでもよく、彼女達は当然のように頂点を目指すだろう。私は陸の色恋事情には疎いが、それをなんと言うかくらいは知っているぞ」
「つまり?」
「――それを、女の矜持と言うのだ」
なるほど、と真剣な表情でユスティスが頷く。
明後日の方を向いて、
「エリアルさんの熱い語りがすんだところで、そろそろ始めようかと思いますが――」
「ちょっと待て。いや、いい。……続けてくれ」
エリアルは顔を赤くして呻いた。
「わかりました。その前に、ズバリお聞きしますが、エリアルさんは誰が一位をとると思われますか?」
「それを私に言わせるのか?」
ぎょっとしてから、エリアルは渋面をつくって、
「……根本的な力量で言えば、黄金竜の方が圧倒的だろう。文字通り、生き物としての桁が違うからな。だが、これは強さを争う戦いではない。それだけで勝負はつかないはずだ」
「さっき、お姉さまがさっそく牽制していましたね。本当、そういうところは知恵が回る人なんですね」
「……聞こえていますわよ」
不機嫌な声を無視するように、ユスティスが続ける。
「他の方々については如何ですか?」
「恐らく今回の件を引き起こした張本人の、スケル。彼女にはまあ事態の責任もあるし、気合というか、そういうのも背負ってるんじゃないか。友人としても、頑張ってほしいと思っている」
「カーラさん、シィさんは如何ですか?」
「あの二人は、性格が大人しいからな……。こういう争いごとにはあまり向いていないように思うが。どちらにも頑張ってほしい」
「なるほど。いずれにせよ、鍵になるのはストロフライさんの存在になりそうですね」
「そうなるだろうな」
自分の真面目さを馬鹿馬鹿しく思いながら、エリアルは首肯した。
こくりと頷いたユスティスが、
「わかりました。それではさっそく――なんでしたかしら? ええと、『第一回マギさん争奪カップ』を始めたいと思います! 今から私がマギさんに関わる質問を出しますから、答えがわかった方は挙手して、正解を答えてください! 最終的にポイントが高い人が優勝です!」
宣言に続き、大きな声が張り上げられる。
「第一問!」
ごくり、と解答陣が息を呑む。
ユスティスは厳めしい顔つきで彼女達を一瞥し、ふっと表情をやわらげた。
「……あ、マギさんが気絶してるから、マギさんに判定してもらえないんですね。仕方ありません。最初は、軽いところからいきましょう。――ジメジメした洞窟に引き篭もるのが大好きなマギさん。さて、そのマギさんが一番好きな生き物といえば?」
「――はい!」
文字通りのサービス問題。
それに対して他の誰より手を挙げるのが早かったのは、精霊形の姿をとった黄金竜だった。
質問の最後の一句。
それが投げかけられた瞬間、まさに神速を超える反応で手を振り上げる。その速度は尋常な生物に対抗できるものではなかった。
まさに最強生物種にふさわしい能力の一端を如何なく他の参加者たちに見せつけておいて、年若い黄金竜はふふんと胸を張る。
自信満々に答えた。
「あたし!」
「……違います!」
「えー! なんでよー!!」
――世界最強は、もしかしたら案外チョロいのではないだろうか。
一瞬、他の解答者達の表情にそのようなものが閃いた。




