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スライムなダンジョンの閑話集  作者: 再藤
また始まる前の、後日談
2/35

「黄金の夜」②

 どこか気の抜けた表情を浮かべて、マギは目の前を見上げていた。


 正面には黒い塔が聳え立っている。

 傍目にはただの無骨な建築物に見えるそれが、実は黒竜が山と積み上げられた奇怪な代物であることに気づいた時、なにも知らない人間からはどんな反応があるだろうと考えてみた。


 まず碌なことにはならないだろう。

 塔のあちこちからは怨嗟じみた呻き声が漏れていて、子どもならそれだけで悪夢に見てしまいそうなくらいには不気味だった。


 ……もう少し、離れたところに積み上げてもらった方が良かったかもしれない。

 そんなことを思いながら町に目をやって、そこに憤然とこちらに歩いて来る令嬢の姿を捉えた。形の良い眉がはっきりと吊り上がっているのが遠くからでもわかって、目を閉じる。


 すぐ近くに人の気配。と同時に力強く胸倉を掴まれて、


「――これは一体どういうことです」


 声は底冷えした怒りに満ちている。

 瞼を閉じたまま、マギは諦観した口調で応えた。


「待て。話せばわかる……」

「けっこう。きっちりとお話してもらいましょう、今すぐに」

「まあまあ、ルクレティアさん」


 首を締め上げるような勢いの詰問に、口を挟んだのはマギの隣に立った相手だった。


「スケルさん。貴女でもかまいませんわ。一体これはなんの冗談ですか」

「いやぁ、確かに冗談みたいな光景なんですけど、現実なんすよねえ。あっしもさっき、頬をつねってみました」


 ボサボサ頭の真っ白いスケルが、かすかに赤みのついた頬をかきながらこたえた。


「今朝なんですが、ストロフライの姉御の身内っていうか、父御さんが総出でカチコミにいらっしゃったんですよ。んで、ストロフライの姉御があっさり返り討ちにしちゃったわけで」

「それはわかります」

「わかるのかよ」


 マギはぎょっと目を剥く。

 至って冷ややかな視線が返った。


「このような事態にあの方が関わっていないと考える方が難しいでしょう。私が訊いているのはそんなことではありません。何故、その返り討ちに遭った竜の方々が今この町に運ばれているのか、ということです」

「――ああ。それについては、こっちが無理を言った次第でして」


 冷淡な声と共に、その場を大きな影が覆う。影は目の前の竜が積み上げられた塔ではなく、そこに反対側から近づくものに拠って作りだされたものだった。

 一際大きい、全身が傷つきながらなお威風が漂う巨大な黒竜。それを平然と抱えた黒髪の青年風の男が、


「ちょいとお嬢にこっぴどくやられた奴が多すぎましてね。どこか近くに身体を休める場所はないかって、そこのマギさんにご相談したんですよ」


 さすがに気圧されながら、令嬢が口を開く。


「……貴方も、竜ですか」

「イエロと言います。よければお見知り置きを」


 つまらなそうに言いながら、イエロと名乗った男は担いだ巨大な竜を抱え直すと――それを、思いきり上空に向かって放り投げた。

 豪風が巻き起こる。それと共に吹き飛んだ竜の体躯が、狙い澄ましたように塔の天辺に収まった。


 どすん、と大地が揺れる。

 衝撃に塔がぐらりと揺れ、マギはその崩壊を予想して身を竦めかけたが、塔は絶妙な復元力を発揮してそのままの形を保ち続けている。ほっと息を吐いた。


「さて。これで潰れちまった連中は全員、運び終わりました。寝床かなにかをお貸し願えたら、ありがたいんですが――」

「寝床って言われてもなあ。どうだ?」


 マギはルクレティアを見た。令嬢から呆れきった視線が返ってくる。


「竜の方々が横になれるスペースなど、この町に用意できるはずがありません」

「ああ、格好についちゃあ、精霊の形をとらせますよ。それなら問題ないでしょう」

「……精霊形をとられるのでしたら、わざわざこの町にいらっしゃる理由はないのではありませんかしら。ご主人様の洞窟でも身を休めるには十分なはずです」

「うん。まあ、最初はそうしようとしたんだ」


 マギは頭を振った。


 塔の上を見上げる。弱々しい声が降ってきた。


「誰、が――ニンカスに。厄介なんか、なるか……ボケぇ……」

「なるほど」


 事情を察したらしい令嬢が溜息をついた。

 眉間に美しい皺を刻んで考え込み、諦めたような声音を漏らす。


「……わかりました。確認しておきますが、竜の方々をこの町で休ませたとして、ストロフライさんの逆鱗に触れるようなことはないでしょうね。もしもそのような危険性が少しでもあるのなら、そんなことを認めるわけには参りません」

「それについては保証しますよ」


 イエロが答えた。


「むしろ、お嬢の逆鱗に触れないようにしたいってんで、こうやってお願いしてるわけで。なにをやってもいいなら、向こうの棲家をここと繋げるなり、仮宅をつくるなり、それこそいくらでもやりようはあるんですがね」


 それを聞いたルクレティアがすっと目を細める。


「竜としての力を極力、用いずに済ませたいということですか?」


 男が肩をすくめて、


「本音を言っちまうと、自分はさっさと帰りたいと思ってんですが――親父がああなんでね。なんとか穏便に数日、厄介になれたらありがたいんですが」


 もちろん、と続けた。


「世話になる分は、きっちり代金を支払わせていただきます」


 それを聞いたルクレティアは眉をしかめた。


「竜の方々が、“貨幣”を使おうとおっしゃるのですか」

「いけませんか? ああ、もちろんご迷惑にならない形にしますよ。この世界も、今は色々とあるでしょうからね」


 訳知り顔で告げる男を、令嬢はほとんど凝視するように見つめている。


「ルクレティア?」


 声をかけると、じろりと睨みつける。マギは思わず後ずさりかけた。


「な、なんだよ」

「……いえ。かしこまりました。町の講堂に寝床を用意させましょう。数はどの程度あれば十分ですか」

「軽傷な奴らは向こうに帰しましたし、あと何人かはちょっと休めば帰れるようになると思うんで、そうですね。五十もあれば助かります」

「わかりました。昼までに用意を整えますので、それまでお待ちください」

「よろしく願います」


 男が頭を下げた。

 竜族の相手から丁寧な態度をとられたことに、戸惑った表情でルクレティアがマギを見た。


「ご主人様。ご相談がありますので屋敷までお越しいただけますか」

「ああ、わかった。スケル、お前は戻って洞窟の連中の面倒を見てやってくれ。心配してるだろうからな」

「ういー。了解っす」


 先に歩き出す令嬢の後ろを追いかけながら、マギはちらりと町の様子を確認した。

 町人達はあちこちで不安そうな顔を見せている。みな、恐れるように塔を見上げていた。


 当たり前か、と息を吐いた。

 これだけの竜を見ること自体がまず異常事態だった。それこそ、百年以上前の“狂竜”グゥイリエン以来か――とそこまで考えて、改めてぞっとする。


 自分がほとんど歴史的な事態の只中にいることを自覚して、ふと横を見る。さらに背筋が凍るような思いを味わった。

 そこでは凄味のある微笑を浮かべた令嬢が、楽しそうに喉を鳴らしていた。


「竜のいる町。竜を倒した町。そして今度は竜の泊まる町、ですか。……まったく。つくづく楽しませていただけますわね、ご主人様」

「お、おう。喜んでもらえてよかった」

「皮肉に決まっているでしょう」


 ぴしゃりと言ってから、


「それで、肝心のストロフライさんはどうなさっているのです」

「全滅させたらとりあえずスッキリしたらしくて、山頂に戻ってったよ。なんかあったら呼んでねって言ってたけどな」

「あの方のことです。この町に運ばれていることもわかっていらっしゃるのでしょうね。それでなんの手出しもしてこないということは、……織り込み済みというわけですか」

「そうだろうな」


 令嬢が息を吐いた。


「なんだよ」

「いえ。竜の方々というのも随分と酔狂なものだと思いまして」

「知らなかったのか」

「存じておりましたわ。なにしろ、ご主人様に惚れるお方がいらっしゃるくらいですからね」

「……なんか、遠回しに俺が悪いって言ってないか」


 渋面になりかけるマギに、ルクレティアは氷のような一瞥を向けて、


「大体はご主人様が悪いでしょう」

「どこがだ!? 悪いのは全部、あの親バカ竜だろうが!」


 マギは背後の奇怪な塔、その天辺を指さしながら反論した。


「バカ、だぁ……?」


 弱々しい声が応える。


「ニンカスの分際で――言ってくれるもんじゃのう、おう……っ」


 塔の天辺でむくりと黒竜が身体を起こした。その体躯は、傷つきながらなお世界最強種としての威厳に満ち満ちている。


「死に晒せ、ボケがぁ――!」


 黒竜が咢を開く。

 尋常ではない破壊の力が一点に収束しかけたその瞬間、



 ――――ッ!



 遠く離れた山の頂から放たれた金色の熱線がその巨体を直撃した。

 爆砕され、塔を構成していた他多数の竜達ごと散り散りに吹き飛ばされる。


「クソがああああああああああ……! 儂は、負けんぞぉ……っ」

「親父、もう諦めてくださいよ……」

「ううっ。なんで俺達までこんな目に――」


 口々に悲鳴や諦めの叫び声を上げながら落ちていく世界最強種族達の無様な惨状をなんともいえない気分で眺めながら、マギは訊ねた。


「……俺が悪いのか?」

「知りません。私に訊かないでください」


 先を行く令嬢の声は憮然として、背後を見ようともしなかった。



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