「木々の温もり」④
妖精と蜥蜴人、それに元スケルトンの一行は歌声を上げながら森を進んでいる。
「妖精、すっすめー」
『すすむー』
「妖精、うったえー」
『うたうー』
「妖精、もっやせー」
『もやすー』
「燃やしちゃ、ダメ……」
「じゅ」
能天気な歌声の内容に眉をひそめて呟くシィの隣で、重々しくリーザが頷いた。
森の深部まで薬草を採りに行く団体は、妖精の泉にいるほぼ全員が同行することになって、かなりの大所帯だった。
護衛についた蜥蜴人まで含めると、五十名近い。
そんな人数で、しかも歌までうたいながら歩いていては目立たない理由がなかったが、元々この周辺は妖精族の影響力が強い。
それに大勢の妖精達が発する歌声には魔法が込められているから、生半可な魔物ではそれを聞くだけで逃げ出してしまうはずだった。他の魔物に襲われる心配は少ない。……今のところは。
森の奥へ行けば行くほど、妖精の影響力は薄れてしまう。
そして、そこには見たこともない恐ろしい魔物だって徘徊しているのだ。
――大丈夫だろうか。
自分ばかりか、他の妖精達や蜥蜴人達まで巻き込んでしまったことにシィは後悔しかけたが、
「大丈夫ですよ、シィさん」
妖精達と一緒に声を張り上げていたスケルがシィの表情に気づいて、にっこりと笑いかけてきた。
「女王さんに言った通り、危ないかもってなったら即、撤退です。だからシィさんも、無理や無茶は言いっこなしですぜ?」
頭の上のドラ子を避けるように銀髪を撫でて来ながら、そう言う仕草は誰かに似ていた。シィの好きな二人に。
恐らくは故意にそうしてくれているのだろう相手の気遣いに、シィはぺこりと頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
「いえいえ。リーザさんら、リザードマンの若手精鋭部隊だっていらっしゃいますし。深部に入る境目あたりまでは、とりあえず気楽にいきましょう」
「……じゅ」
任せろ、と言いたげに若い蜥蜴人の女性が舌を滑らせる。
「我らにトッテも、イイ訓練。ヨい機会」
「ああ、確かに妖精さんと共闘する時の訓練って考えるのもアリっすね。さすがリーザさんっ」
近い将来、若い蜥蜴人達の一部は妖精族の泉に移住してくることが考えられている。
外での生活を望み、実際に外部の環境に適応した蜥蜴人達に泉近くでの居住を認める代わりに、妖精族に敵対する何者かが出た場合にはこれを撃退する。
これが妖精族と若い蜥蜴人達とのあいだに交わされた基本的な約束事だった。
とはいえ、実際にどういった連携が可能かはやってみなければわからない。
確かに今回のような遠出はその良いテストケースになるだろう。
同行する若い蜥蜴人達は、それぞれ鉄製の武具を身に着けて、妖精達の周囲を取り囲むように歩いている。
シィはスケルとリーザ、そして妖精族の女王と共に先頭を歩いていた。
と、
「女王様ー!」
偵察ごっこに出ていた妖精の一人が、背中の羽をせわしく震わせながら戻ってきた。
「どーした?」
「なんか見つけたー!」
煌びやかな、なにかの欠片を頭上に掲げている。
得意げに差し出してくるそれを見たスケルが、
「こりゃあ――ストロフライの姉御の、記念硬貨じゃないですか」
驚きに目を丸めた。
「そっかあ。そりゃそうですねえ。姉御、世界中にばら撒いたらしいっすもんねえ。森に落ちてることだって、十分あるわけですかい」
「ああ。あの竜のヤツか。前にも誰か、見つけてたな」
「前にも見つかったんで?」
「ああ。一枚だけだったけどな」
「その一枚はどうされました?」
「知らない。適当に遊んで、飽きたらどっかに捨てたんじゃないか」
「お、恐れ知らずな……」
頬をひきつらせ、それからスケルは表情を真剣なものに切り替えた。
「ってことは、もしかすると森のなかでまだ見つかるかもしれないってことですよね」
「探せば見つかるんじゃないか?」
「なるほど、なるほど」
がりがりと頭をかいて、
「……そういえば、ルクレティアさんから気をつけるようにって言われてましたっけ。忘れてました。そういうことだって、当然ありえるわけですね」
「どう、したんですか?」
その口調に不吉なものを覚えて、シィは訊ねた。
スケルは安心させるように頬を緩めると、
「女王さん」
「なんだ」
「警戒に力を入れるのは、森の奥に近づいてからでいいとか思ってたんですが、そういうわけにもいかないかもしれません。奥に入ってからの行軍には、どういう警戒態勢をとるおつもりで?」
「結界だ」
妖精の女王は即答した。
「簡易的な、な。私とか、そっちの魔法が得意な連中が大勢いる。結界ってのは本来、移動向きじゃないから歩きながらだとちょっときついが、かわりばんこでやれば多少は保つ。結界が保つ範囲で進んで、切れる前に帰る」
「なるほどなるほど。その結界を、今からすぐに始めてもらうことは出来ますか?」
女王は眉をひそめた。
「……別にいいが、その分、奥まで進める距離は減るぞ。私達だってずっと魔法が使えるわけじゃないんだ」
背中の羽から魔素を呼吸する妖精族は、他の魔物より魔法の行使時間に長けている。
「かまいません。シィさん、よろしいですね?」
シィは頷いた。
元々が自分の我儘なのだから、反対しようとも思わない。ただし、理由は少し知りたかった。
その表情に気づいた様子で、スケルは普段の軽い調子を抑えた雰囲気で頷くと、
「つまりですね。絶賛、世界中を大混乱させてるストロフライの姉御の金貨。それを探して、こんな森のなかまでやってくる輩だっているかもしれないなあと、そう思ったわけです」
彼女の手にある真新しい金貨が、きらりとした光沢を発した。
◇
「未確認の、冒険者の集団――?」
マギの看病をルクレティアに任せ、彼女から頼まれたギルドへの伝達事項を携えてカーラはメジハの町へ向かっていた。
道具屋のリリアーヌの顔を見に行こうと思ったのだった。
馴染みの店に行く前に用件から済ませておこうとギルドに顔を出したところで、彼女は不吉な報告を受けた。
「ついさっき、バサから連絡が入りまして……」
メジハの町と、メジハから北に進んだあたりにある小さな集落のバサとは、少し前にあった縁から良い関係が続いている。
バサは自分達でギルドを維持できないほど小さな集落で、当然、防衛力にも乏しい。
“冒険者”の意義とは、まず集落単位の自衛にこそあるからだった。
そのバサに、メジハでは自分達の町に所属する冒険者を派遣する業務を始めている。
それはルクレティアの発案によるもので、メジハとバサ双方にとって有益だった。
メジハは辺境の町としてはそれなりに大きく、自前のギルドにも人的余裕がある。
そのメジハ・ギルドから、バサの防衛のために冒険者を送り、その見返りにバサからメジハへ報酬がいく。
報酬はバサに赴いた冒険者と、そしてその一部はギルドの懐へ入る。
バサからメジハへの報酬は、一種の上納とも考えることができた。
つまり、ギルドと冒険者という仕組みのなかで、メジハとバサは庇護――あるいは、契約関係にあるのだった。
もちろん、メジハからバサへ大勢の冒険者を送り込めるわけではない。
まずバサの経済状況がそれを許さない。
けれど、冒険者が一人でもいることで可能な防衛活動もあった。緊急の連絡を飛ばすこともその一つだった。
今回、メジハに連絡が来たのはそういう経緯からだった。
その内容は、五人の冒険者がバサを訪れ、森のなかに入っていったというもので、
「その人達はどういう理由でやってきたか、なにか言ってたんでしょうか?」
「聞けてはないようです。それで、念のために連絡を、という早足が」
カーラは一瞬、考え込む。
冒険者とは基本的に、町単位のギルドに所属するものだ。
メジハのギルドに所属していない冒険者でも、他所のギルドに所属している可能性はある。“未確認の”というのはそういう意味だった。
メジハはこの辺りでは大きな規模の町だが、所詮は辺境の田舎町だ。
もっと大きな街には、もっと大規模なギルドがあり、もっと広大な範囲の依頼を引き受け、それを受けた冒険者が積極的に活動している。
そうした冒険者がこの辺りまで遠征しに来ているという可能性はあった。
だが、そうした冒険者も、基本的には近くにギルドがあればそちらにも登録くらいしておこうと考えるものだ。
登録そのものにデメリットがあるわけでもない。
それどころか、顔さえ出しておけばなにかあった時に助けを求めることもできる。
それぞれの組織に所属する冒険者の照会、あるいは緊急時の相互扶助も各ギルドの主業務の一つだった。
遠くからやってくる冒険者が、依頼に赴いた近場のギルドに登録しない理由はおおむね二つが考えられる。
一つは、わざわざ行くのが面倒だったり、顔を出したりする必要はないと考えている場合。
十分に実力がある冒険者にあるケースだが、油断や慢心の場合も多い。
そしてもう一つは――なんらかの理由で顔を見せたくない場合だ。
なんらかというのに該当する内容はいくつもあるが、そのどれも決して好ましい内容ではない。
「わかりました。すぐにルクレティアに伝えます」
カーラは思案を打ち切り、目の前の相手に言った。
「あなたは、ギーツのギルドへ連絡を出してくれますか。そちらで登録か、顔をだしているかもしれません。……お願いできますか?」
最近、ようやく少しずつ町で打ち解けられてきているとはいえ、それまでのこともあって慎重にカーラは訊ねた。
「わかりました! すぐに使いを出します!」
相手が嫌な顔をせずに頷いてくれたことにほっとして、カーラはギルドから出た。
走り出す。
リリアーヌのところへ顔を出すのは今度にしようと決める。
今は、すぐにでもルクレティアと話さなければならなかった。




