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4章-1

 カースシティ、アルゼン通り2-42に位置するのがアルフレイン探偵事務所である。

 石造りの三階建てのアパート、その二階に間借りしている。通りから見上げると、窓は大量のガラクタで覆われていて、どこか倉庫のようだ。看板は事務所のドアに掛けられた名札ぐらいのもので、そこに探偵事務所があることを知っている者は少ない。付近の住民と、警察と、酒場に貼られた広告くらいのものだ。当然、魔女がいることなど、一人を除いて誰も知らない。

 その事務所のドアをノックして、レナードは魔女の住処へと帰還した。

 扉をくぐると、事務所の中は暗がりで、五日目の月が窓いっぱいにつまれたガラクタの隙間から光を投げかけていた。そのガラクタを背にして机が置かれ、女が椅子に座っている。逆光に表情を隠しているそいつは、この事務所の主だった。リリル・リリーラ・アルフレイン。人の心を持たないその女は、魔女だ。

 リリルはレナードが帰ってきたことに気づくと、彼が口を開く前に立ち上がった。

「おかえりなさい。レナード、よくやったわね」

 珍しくねぎらいの言葉をかけてきた彼女をレナードは訝った。なにか企んでいるのかと魔女の顔を覗き込む。

 するとリリルは瞳を猫のそれに似せ、嬉しそうに語りはじめた。

「あなたにしてもらおうと思っていた仕事がようやく終わりそうなのよ。いままでずいぶんとかかっちゃったけれど……あと少し、あと一回でいいわ。これが終われば、おそらく三人を蘇生できるだけの魔力が手に入る。ううん、あの様子だともっとね」

 三人を――その言葉が誰を示しているのか、その答えはすぐにレナードの脳裏によぎった。そしてレナードは、すぐにその答えを得ることになった。

「おめでとう。その仕事を終えれば、あなたの家族が生き返るのよ」

「…………」

 ふと、嫌な予感がした。

 予想通りの魔女の言葉を受け、喜ぶかと思われたレナードの心は、しかし不安をいっぱいに感じていた。

 今しがた、リドリー家で見てきたものが彼をそうさせていた。今まで見たことのなかった、エマの胸に浮いていた白い光球。その後すぐに魔女の言いつけた仕事。魔女は言う――大きな魔力が手に入る。 これらはつながっているんじゃないだろうか?

 その予感は、リリルがすぐに音にした。

「――だから、エマを殺しなさい」

 彼女の言いつけた仕事は、意外にもレナードを驚かせはしなかった。左眼を通してエマを見たその時から、ある程度予想していたのかもしれない。レナードはただ、浮かぶ疑問を解くため、魔女に尋ねる。

「……なぜ彼女が悪人なんだ」

「あら、エマが悪人だなんて言っていないわよ」

 猫のような笑みはそのままに、魔女は言う。彼女は立ち上がり、ガラクタで埋められた窓へ近寄った。指を鳴らし、魔法で窓からガラクタをどかす。

 リリルはそっと窓ガラスに触れ、彼女の背後からレナードは窓ガラスをすかして星空を見た。空に浮かぶ月は半月まで後少しといった所で、星海に、小舟のように浮かんでいた。魂の湧き出るところ、という神話が納得できるほど、その星空は美しかった。

 星空を見上げたまま、リリルはレナードに尋ねた。

「魔力には拡散性がある、っていう話を覚えているかしら?」返事を待たずに、リリルは話を続けた。「魔力――これは私達の言葉でアルブと言うのだけれど――それには拡散性があり、互いが互いを遠ざける性質を持つ。そして、これも前に話したけれど、人間の魂は魔力でできている。……けれど、だとしたらおかしくないかしら?」

 今度の質問は答えを求めているのか、リリルはレナードへ振り向いた。

 レナードはしばし思案し、答えを言った。

「魔力に拡散性があるなら魂は霧散するはずだ」

「そのとおり。アルブが拡散性を持つとすれば、魂はひとりでに消滅するはずだわ。互いが互いを遠ざけるアルブが、魂という形態を取り、ひとところにとどまるはずがないもの。ところが、実際はそうではない。なぜか……」

 言葉を止め、リリルはガラクタの山からなにかを取り出した。それは宙を漂いレナードの下へと動く。彼が受け取ると、それは木組みの飾りものだった。

「答えはそれよ」

 レナードはひとしきり観察すると、木組みのそれを床に放った。

「魂を構成するアルブは、木組みのそれと同じように理路整然と組合わさっているのよ。互いが互いを遠ざけ、それが故に余計に強固になるように。そのおかげでアルブは魂として存在していられるの」

「…………」

「魂が理性を持つのはこのせいよ。構成物の整然さが、私たちの理性を担保しているの。故に魂の大きな生き物ほど理性的であり、年を経た魂はほころびから理性を失っていく。虫が本能支配されていたり、老人がボケたりするのは、このため」

「……それが、どうしてエマを殺す話につながるんだ」

 いい加減しびれを切らしてレナードは尋ねた。

 魔女は小さく笑うと、「気が短いと得しないわよ」とレナードに言った。

「世の中は不思議なものでね、アルブを纏めておく方法はそれだけじゃないの。その方法はいたって簡単。単純なことだけれど、広がろうとするなら反対に集めておけばいい。そして、その効果を持つものが偶然にも存在したのよ。私達はそれを、アルブ・ストーンと呼んだ」

 そこまで聞いてようやく、レナードはリリルの意図を掴み始めた。

「つまり、さっき俺が見たのは――」

 ――そしてエマを殺す理由はそれなのか。

 そこまでは、レナードは口にしなかった。

「そうよ」レナードが発した問にのみ、リリルは答えた。「アルブ・ストーンは、その実人間の魂とは何の関係もない。けれど、魔力を対象とした引力の故に、人間の魂に入り込んでしまうことがあるの。大抵の場合は魂は、その時に崩壊してしまうのだけれど……。しかし極希に、それまでの理性や人格を保ったまま、魂がアルブ・ストーンを受け入れることがある。あなたが屋敷で見たもの……エマの胸で書か焼いていた光は、つまりはそういうものよ」

 急速に深まっていく魔法の知識に、レナードは恐ろしさを感じていた。

 いままで、リリルはほとんど彼にその説明をして来なかった。必要ないからであった。それ故に、この問答は、レナードに不吉な未来を暗示しているようであった。

 魔法の知識が必要となるような――

「アルブ・ストーンの有用性は多岐にわたるわ。それを吸収することで、魔女は自らの寿命を伸ばし、さらには能力を高めることもできる。アルブ・ストーンを核とすれば、素晴らしい魔道具を作ることもできるし……ああ、あなたの魔剣もそうだったわね。剣豪の魂に巣食っていたストーンをもとに作ったのよ」

 仕事を終えたあとレナードの魔剣に魔力が集まっているのは、アルブ・ストーンの持つ魔力の収集性によるものだ、とリリルは付け足した。

「しかし一方で、アルブ・ストーンは害をもたらすものでもあるわ。もともと魂は、散らばりたがっているものを無理矢理に集めているようなものだから、アルブ・ストーンの引力にひかれると簡単に崩壊してしまうの。もっとも、実際のアルブ・ストーンは空間を満たすアルブを収集しきって、周囲への影響力をなくしてしまうから、崩壊に至ることは稀だけどね。実際は、魂の持つ整然さが乱される程度よ――そのせいで理性は壊れてしまうけれど……」

 あの時――レナードが初めてフレッドと会話した日、リリルは彼を「理性が足りない」と評していた。悪人であるとは言わないがフレッドは映るだろう、というリリルの予想はこういうからくりだったのだ。

(要するに、俺の眼が見ているのはそいつが悪人かどうかじゃあなく、そいつの魂が乱れているかどうか、だったってわけか……)

 魂を乱され理性を失ったものたちは、湧き上がる欲望に押され悪事に手を染めた。心をエマに奪われたフレッドは、枷を壊され役者のように愛を語る。アルブ・ストーンに魂を乗っ取られた彼女は、魔女に命を狙われている……。

 陰鬱な気持ちを舐めとって、レナードはその不味さに顔をしかめた。不機嫌そのままにリリルを睨む。

 刺すような視線を気にもとめず、遠くを見つめながら、魔女。

「ちなみに言うと、あまりに急激な魂の崩壊は小規模ではあるものの爆発を引き起こすのよ。まあ、魔力が一気に放たれるわけだから、当然といえば当然だけど」

 魔女が指を鳴らした。崩れ、窓から星空を見せていたガラクタの山が、再び暗闇の壁となった。

「……コールド・ウルズ、セイルーシオ、カルドボルグ……ここ数年に起きた爆発事故の現場よ。五件の爆発事故のうちの四件がカースシティ近辺で起こり、その他の一件はコールド・ウルズ近辺で起こった。ここね、エマの父親……爆発事故で死んだ方のお父さんが、任官していた街なのよ。つまり、彼女のお父さんは――」

「やめろ!」

 レナードは叫び、リリルの話を遮った。その先は聞かずとも分かった。そして聞きたくなかった。エマの魂に救った魔性が、彼女の父親を殺したなどと――

 リリルはなにも言わず、執務机まで戻った。暗闇で彼女が動くと、机上の投影球が淡い光を放った。薄光に照らされた魔女が、闇にぼうっと浮き上がっている。

「さて――」

 流れを区切るかのように、魔女が言った。

「今回貴方にやってもらうのは、いつもと同じ殺人よ。ターゲットはエマ・リドリー。彼女は悪人ではないけれど、しかし場合によってはより多くの災厄を呼ぶわ。彼女の魂に巣食うアルブ・ストーンによってね。目標にはそれの回収も含むから気をつけて……まあ、魔剣で斬ればそれが回収してくれるけれど」

 仕事の説明を、リリルは改めて淡々と話していった。レナードはかつてのことを思い出していた。七年前、魔女に契約を迫られたあの夜のことだ。今夜を境に、自分の生活が――自分自身が一変してしまう予感が、リリルの声音には含まれていた。

 リリルは椅子に腰掛けた。そこから彼女はレナードを見上げる。

 その眼差しが、なぜだかレナードは恐ろしくなって、彼は視線を机の天板に移した。

「…………」

 胸の高さまで魔女が右手をあげた。空気の震える音がして、レナードの魔剣が現れる。

「この剣でエマを斬って頂戴。そうすれば私はアルブ・ストーンを手に入れられるし、彼女は悪人を生み出さなくなる。そして、貴方の家族は生き返り……。エマにはかわいそうだけれど、運がなかったと思って諦めてもらいましょう」

 魔剣が天板に降ろされた。

 ガラクタを縫って差し込むわずかばかりの月明かりを反射し、魔剣の柄にある宝石――それは、おそらくアルブ・ストーンなのだろう――が、暗く鈍い輝きを放った。その輝きに、レナードは禁忌の色を見た。

 迷いに魂を揺らしながら、彼は自問自答する。

 ――自分は剣をとるべきや、否や?

「さぁ、はやく剣を――」

「……俺は……」

 魔女が促し、レナードがうめく。

 その時、投影球が赤い輝きを放った。

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