二話
短編とは殆ど変わりありません。
今日は入学式。
私は天蓋付きベッドから起きて新しい制服に着替える。
流石金持ちの学校、と言えば良いのだろうか。初等部の制服なのに造りが凝っている。何でも有名なデザイナーが手掛けたとか。
茜色を基調とした高価な生地でワンピース型のセーラー服だ。胸元の藍色のリボンには、桜の花弁が散っている。
左胸には桜峰の校章。これにICチップが入っており、個人認証される場合大事に持ってなければならない物だ。
……確か、ヒロインがこの校章を校内の何処かに落としてしまって、探すっていうのが最初のイベントだったかな。
今思い出した事を日記帳に書き加える。
実は初等部見学から終わって、自分の部屋に籠り前世の記憶を日記帳に書き込んだのだ。ヒロインが出てくるのは十年後だが、その時に忘れてしまっては困るので直ぐ様出会いやイベント、攻略キャラの生まれと性格を書き込んだ。
確か攻略キャラのうち二人は初等部から入学するはず。家のこともあるから関わる事はあるかもしれないが、なるべく必要以上は関わらなければ良し。
日記帳を閉じて鍵付きの机の棚に入れて、鍵を掛ける。
私は身支度を整えて朝食を摂るべく部屋から出た。
◇◇◇◇◇
「ちゃんとハンカチは持ちましたか? 美夜子」
「はい、お母様。ちゃんと持っています」
「美夜子、入学式が終わったら記念写真を撮ろうか」
「はい、お父様」
家から出る直前に両親から声を掛けられ、お母様は心配そうに、お父様は上機嫌に喋る。
一緒に行くのだから、お母様はそんな心配そうにしなくても良いのになあ、と内心苦笑する。
まあ、親は子どもに対していつまで経っても自分の子どもだからな。仕方ないか。
それに、私もこの両親が大好きだ。
今だ三十代前半で美貌もさることながら、優しさに満ち溢れているお母様。
お母様より少し年上で、周りにはいつも毅然とした態度を持ち、厳かな雰囲気を纏ってはいるが、家族に対してはとても優しく接してくる(特に私への愛情が強いと思う)。
そんな二人は政略結婚だが、恋愛結婚だとも言っていた。
確か二十歳の時に出会って、僅か半年で結婚まで持っていったとか。
そんな二人に愛されている私は、絶対に反抗期なんぞ来るものかと確信している。
両親からの受け答えをしていると、奥の階段から悠人お兄様が降りてきた。
「お兄様、どうかされました?」
「忘れ物を取りに行ってたんだ。待たせてしまってごめんね」
「大丈夫です。それではお父様、お母様、行きましょう」
「そうですね。行きましょうか」
「そうだな」
「美夜子、おいで」
「はい」
私はお兄様から差し出された手を取って、両親は腕を組んで家を出る。家の前で停車していたリムジンに乗り込んで移動した。
今日から人生二度目の学校だ。けれどこれからは自分の行動に気を付けなければ。人外が二人もいるのだ。何があってもあまり関わらないようにしなければ。
十年もひっそりと生きるのは少し息苦しいが、それもこれもヒロインと出会うためだ。ひっそりと生きていくに限る。
決意を新たに私と家族は桜峰学園に向かっていったのだった。
◇◇◇◇◇
(神よ……私は貴方に何かしたのでしょうか)
只今私は一年A組の教室にあるドアの前で突っ立っている。教室は一学年三クラスで、一クラスに約三十人生徒がいるのだ。
入学式が終わった後、一時間だけHRがあるのでそこで両親とお兄様と別れて自分のクラスに入ろうとしたのだがーー、
攻略キャラが二人もこの教室にいたのだ。
帰りたい。私は攻略キャラとはあまり関わらずにひっそりと生きたいのに。何の悪戯でこうなった。運命だって?そんな運命捻り潰したい。
入りたくなくてドア付近で留まっていると、このクラスの担任の先生らしき人が来た。
「どうしました?中に入らないのですか?」
「あ……はい」
仕方なく入っていって自分の席を探す。他の生徒はもう既に自分の席に座っており、空いてるのは……何故か攻略キャラ達の板挟みになった席だけ。
これに座れと!?
周りの女の子から羨ましそうな、妬むような視線がギスギスと刺さってくる。
譲れるもんなら譲りたい。そして一番離れた席に座りたい。だがしかし、そんな空気でもないし時間も迫っていたので仕方なく攻略キャラ達の間の席に座った。
そうして担任の先生の自己紹介とこの学校の説明が始まる。それを聞きながら、目の前の攻略キャラを観察した。
目の前で前を向いている後ろ姿は、先生の話を興味なさそうにしていた。
髪は紅蓮の様に紅く、サラサラとしているが少し尖っている。前世の記憶から思い出すと確か、目は金色で勝ち気そうな感じ、性格は俺様系だが甘いものが好き。ゲームの中で周りには帝君とか呼ばれていた。家は私の家とほぼ同じくらいの家柄で、私の家と良好な関係が築かれていた気がする。
確か名前は、
久我 一輝
だったはず。そして、こいつは確か狐の妖怪だ。久我の久は狐の狐とも読める。こいつのルートは外部から来たヒロインを最初は馬鹿にしてたけど、ヒロインの健気さや優しさに惹かれ、周りから猛反対されて一度は離される。けれどそれが更に恋心を強くさせ、最後には反対を押し切って結婚したのだ。クラスタはそんな一輝に付いていきたいとかなんとか言ってたけど。
だがヒロインはやらん!!
そんな大変なことさせるならいっそ出会わない方がマシだ。
決意を改めていると、HRが終わる。
漸く帰れる、と鞄を取って帰ろうと席を立つ。が、
「ねえ、ちょっと待って」
と、直ぐ後ろからの声で止められる。落ち着いた声音で幼いながらも少し艶っぽいものを含ませた声は、周りの女の子を惚れさせた。正直直ぐ様帰りたいのだが、呼び止められてしまったものを無視するのは雰囲気的に悪い。微笑みの仮面を着けて仕方なく振り返る。
「……何か?」
滑らかな銀髪を煌めかせて、紫の瞳を柔らかくし、にこやかに笑顔を浮かべている鷺原 晴兎。こいつは表面はにこやかに接するが、内面は腹黒だ。今の時点ではどうか分からないけど。確か鷺の妖怪だったはず。答えを待っていると、鷺原も支度を整えて立ち上がる。
「校門まで一緒に帰らない?」
「何故です?」
間髪入れずに問い掛ける。迷惑です多大なる迷惑です一緒に帰りたいなら他の人誘ってください。そんなことを思っていると、前にいた久我がこちらに近付いてきた。ちょ、こっち来んなし。
「何だ、晴兎。そいつと一緒に帰るのか?」
「うん、一輝はどうする?」
いや、こいつ連れてけよ。あと二人とも私に関わんなよ。
「じゃあ俺も一緒に帰る」
うぉおおい!!関わんなっていうのに!何でこっち来るし!ああ、周りの女子の視線が……痛いです……。
断ること出来ないのかなあ……と内心溜め息を吐くと、教室のドアが開いたと同時に天の助けが現れた。
「美夜子、一緒に帰ろう」
悠人お兄様が来てくださった。安堵の息を吐いて鷺原ににっこりと微笑む。
「申し訳ありません。お兄様が迎えに来てくださったので、これで。えっと……」
そして少し困ったような顔を浮かべる。ゲームの私は鷺原の名前を知らないはずだし。それで相手は得心したようだ。
前回、攻略キャラ達と出会ったことはあると言ったが、大規模なパーティーに偶然一緒に出席しただけで、攻略キャラ達とは挨拶したことはない。遠目で見ただけだ。私はこいつらが出席すると聞いてはいなかったので驚いたが、こいつらは私の存在を今日知った筈だ。私だけこいつらの個人情報を知ってるのもおかしいので知らない振りをする。
「僕の名前は鷺原晴兎、よろしくね」
「私は西園寺美夜子です。よろしくお願いいたします」
けれどこれで顔見知りになってしまったが仕方ない。礼儀正しくお嬢様らしいお辞儀をする。礼儀は徹底的に叩き込まれたので完璧だ。
それから周りに向けてにっこりと微笑み、
「それでは皆様、ごきげんよう」
私は他の生徒を置いて教室から出ていった。
◇◇◇◇◇
「ねえ美夜子、今日美夜子の隣にいたあの二人と仲良いの?」
「えっ!?」
私とお兄様は迎えに来ていたリムジンに乗って発車させる。少し時間が経ってから兄が神妙な顔で質問してきた。
心外ですお兄様。私は関わりたくなかったのにあいつらが勝手に話し掛けてきただけです。仲が良いとか全くもって言われたくはない。ここは全力で拒否した。
「今日出会ったばかりのお方達です。そして隣にいらっしゃったのは私との出席番号が前後だっただけです」
「じゃあ友達じゃないんだね?」
「当たり前ですお兄様」
にっこりと微笑みながら拒否すると、悠人お兄様は少しほっとしたような顔になった。……私、何か変なことを起こすように見えますか?お兄様。
そう言いながら拗ねると、お兄様は苦笑いしながら頭を撫でてくる。私は猫ではないのだが。でも気持ち良い。
「ごめんごめん。でも美夜子は可愛いんだから、周りには気を付けてね」
……何を気を付けろと言うのだろうか。変なおじさんには気を付けろと言うことか?そこまで子どもではないのだが(実際六歳だが)、まあ兄が心配してるようなので、私は大きく頷いた。
それにしても、鷺原は何故私に話し掛けて来たのか謎だ。今までで私と鷺原には会社でのパーティー以外接点はない。それにお互い初めましての間柄のはず。いくら思い出してもそれくらいしか思い出せなかったので諦めた。まあいつか思い出すだろう。
今日は少しの間だけあいつらと関わっただけなのに疲れた。しかし、本当に明日からどうなるか分からない。だってここはゲームにすら書かれていない部分だ。それがここは現実なんだと強く実感する。ゲームにあった様な『西園寺 美夜子』ではない『私』。これから先は、『私』だったために何か予想外なことが起こるかもしれない。『西園寺 美夜子』と攻略キャラの関係も変わっていくかもしれないし、ヒロインだって出てくるかも分からない。
だけど、これは現実だ。ゲームの設定に酷似してはいるけれど、『西園寺 美夜子』という『私』が生きていく世界なのだ。乙女ゲームにあるような終わりはない。『私』自身が生きていかなければならないのだ。『西園寺 美夜子』の人生を変えてしまう可能性はあるが、私は『私』だ。
『私』自身で、未来を創ってみせる。
そうして私は悠人お兄様と一緒に家に帰り、家で待っていた両親に記念撮影を二時間以上もの時間を掛けられたのだった。
誤字・脱字がありましたら教えてくださると嬉しいです。