顔闇
立石神社での療養と風守カオルの活躍のおかげで、男は自宅に帰っていた。
だが、自宅にいるはずの母の姿はなく「顔闇」といっしょに消えてしまっていた。
正確にいえば、もう何年も前に母親は死んでいたのだ。
「顔闇」のいた常世の怪しい生命の力によって生きながらえていただけだった。
男はひとりぼっちで家の台所に立っていた。
そろそろ夕暮れ時であり、日も翳ってきていた。
母親が味噌汁をつくる姿を幻視して、しばらく物思いにふけっていた。
もう自分ひとりだけで生きていかないといけない。
孤独な人生を思い、ため息をついた。
とはいえ、過去を嘆いても仕方ない。
自分はここ数年の間、幻の母親と暮らしていたのだ。
元々無かったものを失っただけである。
男は思い直して、二階の自室に戻っていった。
いつものように、パソコンでインターネットをはじめた。
しばらくして、聞こえるはずのない音が聞こえてきた。
母親が味噌汁の具剤を包丁で刻む音が。
まさかと思って、階段を駆け下りてみた。
「……母さん」
男の視線の先に、母の後ろ姿が見えた。
おそるおそる近づいてみた。
ゆっくりと母親が振り向く。
「どうかしたの?」
母親の顔は無かった。
ただ、そこには闇が広がっているだけだった。
常世封じ道術士 風守カオル 第一話 柊の木の呪い編 完結