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六角の花   作者: フミ
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友達のしるし

年の瀬も押し迫り年内の注文に間に合わせる為

リッカの工房はてんやわんや張り詰めた雰囲気に包まれていた


「アキヨリ様 残念ですが

この花生けは窯に入れて差し上げられません」


「なぜだ!自信の作だ

生け口の形など二度と出来るかどうか分からない」


「はい 素晴らしい出来栄えです

ですがシラセの名をつけて世に出せる物ではございません」


「なぜだ!理由も告げられず納得など出来るか!」


「考えましたか?」


「何をだ?」


「わたしがこの花生けを世に出せない理由です」


「そんなの分かるものか!

良い物が世に出せない理由など

いくら考えたとて分かるものか!

リッカはやっかんでいるのだ!」


バンッ‼


リッカはアキヨリの作業台を平手で叩き

アキヨリの椅子をむしり取り

七歩さがってりそこに置いた

アキヨリは尻もちをついた


「ここに座ってその花生けを見ていて下さい

アキヨリ様の今日の仕事です」


「こんなに忙しいのになぜ俺だけそんな仕打ちを受けるのだ!」


「なぜなぜなぜなぜなぜ!

なぜと言う言葉は自分で考えて考えて考えて考えて

それでもどうにもならなくなってから仰いなさい!」


ドンッ!


リッカは椅子を少しだけ持ち上げ力ずくにまた置いた


「分かった分かったからそう激するな稚児に障る 」


「わたしの気持ちはあなたが作品と向き合うまで治まりません!

この子も同じ気持ちです!」


「わかりました…」


アキヨリはげんなりして椅子に腰掛けた


「なんだと言うのだ

精魂込めたというのに褒めて貰えると思っていたのに」


すっかり不貞腐れたアキヨリは頬杖をつきぼんやり花生けをただ眺めていた


「そろそろお昼にします

みんなキリのいいところで手を休めて」


皆が工房を後にしてもアキヨリは椅子に腰掛けたままだ


「あぎ も…もって…きた たべ」


しばらくしてゲンが握り飯を持って来てくれた

ごつごつした巨大な握り飯だ

ゲンがこしらえてくれたのだろう


「ゲン…ありがとう いただきます…ありがとう」


アキヨリは塩むすびの塩味を足しながら頬ばった


「あぎ…わ…わかったか?」


「わからん」


「お…おれ…か…かく」


ゲンは筆と紙を出して筆談を始めた

彼は言葉が不自由だが理路整然とした思考を持ち合わせていた

それは彼の作品にも現れ正確無比なろくろ使いで

均整のとれた飾り気の少ない茶器の数々は侘び寂びを良しとする茶道家のなかで人気を博していた


「ゲンの書く文字は本当に美しいなぁ

なになに…」


「アキが考えていたのは

何故花生けが認められなかったではなくて

何故リッカが花生けを認めなかったかじゃないか?」


「ん?同じ意味だろうそれは」


「違う

花生けが認められなかった事と

リッカは関係無い

俺もこの花生けには賛成出来ない」


「なんだよゲンお前までそんな事言うのか」


「落ち着け落ち着いてもう一度花生けを見てみろ」


「分かったよ」


「アキ何を見てる」


「何って花生けだよ」


「花生けのどこを見てる」


「ああ…凄くよく出来た生け口のところだよ

こんなによく出来たのにリッカのやつ」


「リッカは関係無い

見るのは生け口じゃなくて花生けに生けてある花

考える人はリッカじゃなくて花を見る人」


「あっ!ああああああああっ!

俺はなんて馬鹿なんだ!

こんなやかましい土くれは花生けじゃない

花生けは脇役で主役は花なんだ

俺はこんなに上手く作れますよと言っているようなものだ!」


「流石アキは何でもすぐ理解できる羨ましい」


「なあゲン俺はお前の均整というか

部分部分ではなく全体で美しさを表現する能力が羨ましい

どうやったら身につく

生まれ持ったもので俺には無いものなのか?」


「違うアキももう持ってる

俺の作品を美しいと思ってくれるのが証拠

アキが美しいと思えるもの全部思い出せ

それに共通するものを作品に籠めればいい

先生が教えてくれた理由があるものが美しいと」


「理由か…なんとなくだか分かる

ありがとうゲン!

後は俺自身で考える俺自身で答えを出す」


「それがリッカが言いたかったこと」


ゲンは握手を求め手を差し出した

アキヨリは手に付いた飯粒を一つ一つ口に運び

作務衣でゴシゴシと拭いた後

同じように手に差し出し

ゲンの差し出した手に目をやると何故か顔をクシャクシャにして涙をこぼし始めた


「すまん…すまんゲン

俺はお前に酷い事をしたのに…」


アキヨリが目にしたのは

記憶を取り戻し立ち去ろうとしたあの日

引き留めたゲンに負わせてしまった傷痕であった


「これはしるし」


「えっ?」


「俺とアキの友達のしるし」


「ううう…ゲン…」


「アキは偉い侍だ

本当なら俺など話もしてもらえないはずだ

それを友達と言ってくれる

それだけじゃない師とも言ってくれた

腹をこわせば薬草を採って来てくれる

疲れて辛い時力仕事を手伝ってくれる」


「そんなの当たり前じゃないか」


「違う当たり前じゃない

俺は本当に嬉しかった


アキに知っておいてもらいたい事がある

俺は皆と違う

皆は戦で家族を失った家族を失って言葉も無くした

俺は元々こんなふうにしか話せなかった

だから捨てられた」


「ゲン!そんなことが!ああゲン」


「俺の生まれたのは役人の家だ

おそらく世間体を気にして俺を寺に預けたんだろう

でも俺はこんな喋り方だから寄って集って虐められてた

それを先生が救ってくれた」


涙など流すものかゲンは哀れな人間ではない

アキヨリが我慢すればするほど涙が頬をつたい握り飯を塩っぱくした


「俺は人間として扱われなかった

俺は世間体ばかり大切にして人間を大切にしない偉い人間が親が大嫌いだった

でもここに来てから俺は人間になれた

さらに日の本で一番偉い侍シジマ アキヨリと友達になれた

もう昔の事も親の事もどうでもよくなった

ありがとうアキ」


「うぼぼぼ!ぐぇんぐぇん」


アキヨリは残りの握り飯を一気に頬張り

両手でゲンの掌の傷痕を握り締めそれを胸に抱いた


その日の昼休みは少しだけ長くとられた


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