巻物
リッカの工房にはいつもの張り詰めたとまではいかないが
陶磁器に命を注ぐ職人の発する気配は無く
ごく普通の若者達の期待や喜びが充満していた
リッカは窓から真昼の青空を見上げ洗った手の雫を腰に下げた手拭いて拭きながら皆に告げる
「今日は御来屋さんが来ますから
お仕事はこれまでとします
はいっ!みんなお疲れ様です
少ないですがお給金です」
御来屋というのはゴクラクサイが存命中から取り引きのある商人である
リッカの工房の作品を買い上げるだけでなく
まだ若いリッカの工房の職人達が欲しがる着物だったり履物だったりかんざしだったり
様々用意して持って来るのであった
それが皆の一番の楽しみだった
「はいゲンお疲れ様
お腹痛いの治った?
チョウキチお疲れ様
下駄を注文してたわね
タノスケお疲れ様
またお酒を買うのかしら?
マイお疲れ様
素敵なかんざしあるといいわね
オタマお疲れ様
仕立てて貰った着物が届くのよね
楽しみね
アキヨリ様お疲れ様」
「俺も貰えるのか⁉」
「当たり前じゃないですか
それともずっと遊んでいたお積もりだったのですか?」
「では謹んで いただきます」
「アキヨリ様は何を買うお積もりなんですか?」
「米を買う」
「お米でしたら毎日食べる分はあるじゃないですか」
「食べる訳じゃないんだ」
「分かった!お酒ね!お酒を造るのね」
「ああ大体そんなところだよ」
商人という人間は顔が広いさらに御来屋といえば有力大名とも取り引きがある
アキヨリがここにいる事が広まる可能性が高い
そんな事になればリッカ達にとって良い事など一つも無い
給金をリッカに全て渡して米を買うよう頼み
アクヤとリヨウを連れ山に漆を取りに出掛けた
木屑と漆を混ぜ乾漆像を作るつもりだった
面だけ作ったアキマサとイエナガの全身像を作りたかったが
見習いのアキヨリが工房を私用で使うのはどうしても気が引けて
陶器ではなく馴れ親しんだ漆を使った整形方を選んだ
彼は数多く攻城兵器の模型や動物の像をこの方法で作った経験がある
物を作るのはお手の物なのである
自身の甲冑もアキヨリが作ったほどである
彼が才能だけで兄達の面を作ったと勘違いし
嫉妬しているリッカがこの事を知ったらどう思うだろう
「こんなに買えたのか?五斗はあるじゃないか」
山から戻ったアキヨリは約90キロの米を目にして驚いた
するとタノスケが徳利を持って自分の口に運ぶ仕草をして
作った酒を自分も飲むと言っている
「タノスケも金を出したのか
これじゃ本当に酒を造らなきゃいけなくなった」
「えっ⁈アキヨリ様
本当は何を造る積りだったのですか?」
「実際造ってみよう
俺が造るものは一升もあれば出来る
あとは酒にしよう
そうだリッカ俺の太刀を出してくれ」
「嫌です
この前あんな事があったばかりなのに
わたし恐いんです!」
「じゃあ鞘だけでいいよ」
「えっ⁈
はい!では少しお待ちください
タノスケ アキヨリ様に目隠ししていて」
「あはは厳重だなぁ」
米を蒸して酵母を混ぜ麹を造る
一連の醸造の手順を皆でわいわいと楽しんだ
アキヨリはやはり蒸した米を一升だけ貰い
自分の太刀の鞘の先端をねじり三寸ほどの部分を取り外した
中は空洞になっており粉末の何かが入っていて
それを蒸した米に混ぜ合わせた
「何が出来るのですか?楽しみです」
「えーと書き物する時に炭を定着させる物だよ」
「なーんだ
もしかして誰かに文をしたためるのですか?」
「違うよ大叔父位様に教えて貰った事を忘れないように書き留めておきたいんだ」
「戦で使う技…?」
「違うよ 元々操炎術は戦で使ってはいけないことになってるんだ」
「ならいいですわ」
アキヨリの麹は急速に発酵し
三日経つとアキヨリは囲炉裏や釜戸の炭を集め混ぜ合わせ
黒い液体を造りあげた
その晩からアキヨリは余った紙を貼り合わせ巻き物を作り
熱心に何か書き始めた
「アキヨリ様明日の仕事に差し支えますよ
程々にして下さいね
わたしもう休みますから
おやすみなさーい」
「うん おやすみ」
だが毎日深夜まで続く書き物とアキヨリの異常な熱意に
リッカは不安になり
ある夜 敷きっぱなしのアキヨリの布団に隠れ
筆をとったアキヨリの背後から忍びより
その文面を盗み見てしまった
「ア!アキヨリ様‼
これは!こんな事って!」
「リッカ!何時の間に!」




