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六角の花   作者: フミ
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月に問うなかれ

「其方の娘を俺が家臣の仇と憎み恨んでいると知りながら申しているのか?」


天井がある、天井に遮られ陽の光は無く暗闇がある。

しかし堅苦しい事を言うなかれ、天井の一点に夜空の月の如く穴が開き、空間を月夜の晩程度に照らしている。

アキヨリは月を見上げて問い掛けた。

しかしそれは自問自答、月から落ちる水の雫が痩け細った頬に冷たく、お前はどうなんだと問い掛ける。


空間を把握する手掛かりは月に照らされ闇に浮かぶ薄桃色。

闇に敷き詰められた夾竹桃の花を頼りに前後左右を見回したが、果ては闇に溶け結局 空間がどこまで広がるかは把握出来ず。


頭上が月夜なら足元は砂丘。

足は濡れた砂丘の急坂を踏みしめ、両腕にはリッカが横たわる。

濡れた砂なら砂浜だろうか。

頬に貼り付いた濡れた髪を、塞がれた両腕は退ける事が出来ず、頬ずりする様に痩け細り落ち窪んだ頬で退かした。


不凍の池を万物を凍らせる温度から人の温みにまで温める為に、外部の熱源に頼る暇も術も無く、自分の体に蓄えた脂肪を燃やし粗方使い果たした。

陶磁器だらけの封神壇に木材は見当たらず、携帯した燃える水、即ち石油はヨシツネの分身との戦いで使い果たした。

それ故にアキヨリの頬は痩け細る。


「俺はどうしたらよいのだ。」


見上げる月に また問い掛けるが、また雫がお前はどうなんだと落ちて来る。

月に問い掛ける対象など無く、選択肢を選ぶ手掛かりは 記憶の中にのみある。


ついさっきまで この空間は水で満たされていた。

アキヨリとリッカは骨が絡み合う縄で繋ぎ止められながらはぐれる事無く、不凍の池の水に押し流され天井の月の穴から この空間に落ちて来た。


その直前に「聞いておくれ」と言われ「済まなんだ、聞く」と承諾し見聞きしたものが道を選ぶ手掛かりだった。


逆巻く水の流れの中リッカを見失わずに済んだどころか繋ぎ止めてくれたのは「聞いておくれ」と言う骨である。

感謝の意と共に「聞く」と発したならば逆巻く水は薄桃色に滲み、瞬く間に夾竹桃の花吹雪に変わった。


「夾竹桃!モンジュウロウを死に追いやった憎っくき夾竹桃!

貴様、火の神の主人格と定めし あの娘の一味か?!」


トゥルルルルルルルルルルルルルルルル…


アキヨリの疑念を裏付ける様に火の神の娘が歌っていた、舌を転がし発する例の調子が夾竹桃を揺らし漂う。


チーコロポポー

ウチーキシーワー

コーライヤンテーペークー

トゥルルルルルル


次いで白い花から生まれた赤ん坊が泣き止まないと言った、エゾの老人から訳された歌の文句が漂えば、疑念は疑う余地の無い確信となるだろう。

アキヨリは懐に突っ込んだ手で防毒面頬と防音頰かむりを探った。

しかし途中で詫びる様な表情を浮かべ止めた。


「重ね重ね済まなんだ、もう何も言わぬ。」


優れた楽士の一面も併せ持つアキヨリは、同じ音曲 歌であっても、奏者 歌い手の違いを瞬時に聞き分ける。

更に奏者 歌い手の胸にある想いも、自分の胸にある想いに一番近いと思えるものを当てはめ、全く同じと迄は おこがましく言わずとも、共感と呼べる段階にまで想いを重ねる。

今アキヨリが自分の胸から取り出したのは、息子トウカに寄せる愛しみだった。


人の心の裂け目につけ込んで取り込もうとする火の神の娘が歌えば、薄気味の悪い狂気を孕んだ異国の歌であるが、

今聞こえる歌は、母が子の健やかな成長を一心に祈る、暖かな子守唄にしか聞こえなかった。


物心つく前に聞いたであろう、赤ん坊だった自分に向けられた子守唄も記憶の奥底から引っ張り出された。

父アキナガが歌ってくれたのだろうか、兄アキマサが歌ってくれたのだろうか、それとも乳母が歌ってくれたのだろうか、それは定かでは無かったが、声も姿も記憶の中には無い母が歌ってくれた歌であって欲しいと切望した。


おんぎゃあ!おんぎゃあ!おんぎゃあ!


切望すると赤ん坊の泣き声が聞こえた。

薄桃色の夾竹桃が産着の様にその身を包む赤ん坊が、薄桃色の頬が張り裂けそうに健やかな泣き声を上げていた。

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