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六角の花   作者: フミ
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面頬と頬かむり

「水!!」


足が勝手に伸び上がった様に立ち上がるソヤカが見るのは もうガラス玉では無い。

少し左側に首を傾け、何年も探し続けた つげの櫛が、御節料理の重箱に入っていたのを見つけた様な顔で、ただ一点を見つめていた。


「母様?」


つられて立ち上がるゲンはソヤカの視線を辿り、一体何を見ているのだろうと振り返るが、城壁の南側にはこれと言って注目するべき物は無かった。


その行動はそこに居る皆に伝染し、一同揃って城壁の南に広がる、霞みがかった千仭(せんじん)の谷を眺める不思議顔を並べていた。

その左から二番目、オタマの不思議顔が突如驚愕の表情で引きっつて仰け反った。


「ダンザさん?!」


突如 血と傷薬が混じった桃色の頬と、深刻な表情が不似合いなダンザの顔が目鼻の先に現れたかと思うと、すぐ様それは両手を広げた我が子リクノブの顔に変わり、広げた両手は首にしがみ付いた。


「リクノブ、傷薬 恩に着る!」


ダンザはそれだけ言い残し、ズタボロになった具足をなびかせ身を翻し、城壁を南、南へと駆け出した。

陶芸家達とダンザの相違点それ即ち、親から貰った肉眼と、精神力を鍛え抜いて身に付けた千里眼の相違点であり、

彼の反応だけが不思議顔でなかったのは見る物が違っていた事に他ならない。

ソヤカの視線を辿ったダンザはソヤカと同じ物を見たのだ。


呆気にとられたオタマを尻目に、愛銃に弾を込めながら、走りながら、その目に見た物を叫んだ。


「フミさん!水脈だ!」


そこから先は言うより早いと、城壁から身を乗り出し、片腕で持った大狭間銃を城壁のヘリに回り込ませる様に構え撃ち放った。

何かを狙った訳では無い、この方向だと言う意味である。


「承知致しました!」


意思伝達に必要最小限が極小のダンザとフミである。

羽織は包帯に姿を変え、キリュウの腹にぐるぐる巻きであるが故、気温が急上昇する闘技場が有り難い着流しの袖から、白い羽を噴き出して完全に把握した封神壇の地形と配置を三次元的に思い描く。


「俺も行く!っぐ!」


「拙者も!んっがっ!!」


半死半生ながら意気込むキリュウとトウシチロウの鼻の穴に白い羽を突っ込みながら、立体の合戦絵巻の中を弾丸が飛ぶ。


「イワよ見たか!さっきのは御開祖様の術だ!」


「見たとも!ああ見たとも!勝ち戦だ!俺達の勝ちだ!」


ダンザの放った実際の弾丸は、射程距離外の空気抵抗により明後日の方向に飛び去ったが、初期弾道を正確に辿るフミの合戦絵巻の中の弾丸は、鉄産球の柱にしがみ付き、ヨシサダの溶岩柱に勝利を確信して沸き立つ坂東武者達へと辿り着いた。


「ヨシサダ様!お願いでございます!皆様をお助けくださいませ!!」


振り返りヨシサダへと向けられた懇願。


「承知!!」


快諾は頭の上から。

ヨシツネに負けず劣らずの跳躍力は、もう一つの意思伝達の必要最小限により既に南の空に放たれていた。

このまま不凍の池の水が想定外の水脈を辿れば、イワエモンやマタハチ達がしがみ付く鉄産球の柱を直撃する。

水は瞬く間に氷の刃と化し柱をへし折る。

(うま)の柱に殺到し退却する五十有余命は奈落の底へと落下し、記述するにも憚れる惨劇は火を見るより明らかだった。


「私も行かなければ!誰よりも早く!」


ゲンの手に揺れるガラス玉の首飾りを一瞥し、すぐ様 固く目を閉じ未練を振り払うソヤカの黒い巫女の装束は、白い羽に霞み灰色に濁ったが真っ白になる事は無かった。


「ぎぃいいい!!何だいこれは!!」


ソヤカの体は足元から薄桃色に侵食されつつあった。

正体不明の昆虫が這い上がって来る様な感触に反比例して、その色形は美しい季節外れの夾竹桃の花そのものだった。


「アキヨリの術?!いや あの子の術にこんな奥ゆかしいものなんて無いよ!

去れ!この化け物花!!」


手を触れるのもおぞましく、術を使っても凍らずの止まらず、直接手でむしり取ろうとしても、見た目の麗しさに反し岩礁にへばり付くフジツボの様に頑として剥がれ無い。


「剥がれろ!化け物花!私は尻拭いしなくちゃならないんだ!

あの子達を殺してしまったら引き返す事なんて出来なくなってしまうんだ!

剥がれろ!剥がれろったら剥がれろ!」


「剥がれないよ。」


夾竹桃が答えた。


「何者だい?!」


夾竹桃は答えなかった。その代わりに歌った。


チーコロポポー

ウチーキシーワー

コーライヤンテーペークー

トゥルルルルルル


人間が最も恐怖を感じるものとは、人間に酷似して決定的な相違を持つ者ではないだろうか。

幽霊や妖怪がそれに当たるのではないだろうか。

河童や天狗には人間の要素がありながら、人間とはかけ離れた要素も併せ持つ。

無智無学から来る偏見で異国の異人種 異文化に恐怖を覚える事もあるだろう。

言語の範疇から外れた言葉、感情表現の範疇から外れた身振り手振りや狂人のそれを思わせる笑い声。

歌と定める範疇から逸脱した調べにソヤカは恐怖し凍り付かされた。

どんな苦難に遭遇しようと苦渋の選択ながら対処の手段はあった。

敵を凍り付かせようと凍り付かされる事は無かった。

生涯初の経験にソヤカは成す術を失った。


「ソヤカ捕まえた…ずっと待ってた…心の盾が割れるこの時を…アキヨリは捕まえ損なったけどソヤカは捕まえよぉおおおおお!

あはははあはははあははは!!

もうすぐ威勢のいい奴等も沢山沢山!きゃきゃきゃ!私のものになる!

もうすぐ私は太陽の元に放たれる!!

私と母さんを、ゆすり、誑かし、殺した人間どもを焼き尽くす時が来たんだ!!」


聞き覚えのある娘の声だった。


「お前はあの時の!」


あの時とはシジマ家とシラセ家の大戦に現れた火の鳥を叩きのめし、ビワの湖に薄ぼんやりと燃える翼が沈み行く時。


「何やら訳の分からない言葉を喚いていたが まともな言葉を覚えた…むぐぅ!!」


不意に口と鼻を塞がれたソヤカは どこから誰がと、どこに合わせて良いか決めかねる瞳孔に、鼻から口を覆う面頬(めんぼう)を付けたチョウキチの顔を見た。

そして頷いて見せるチョウキチに、これと同じ物を付けられたのだと理解し 一先ず安堵すると、今度は耳が塞がれた。

振り返ると今度は面頬に加え、耳に小皿の様な物を付けた頬かむりをするタノスケが頷いた。


夾竹桃が消えた。


「これはどう言う事なんだい?!」


腰砕けに跪くソヤカに、混み入った事情を説明するに一番適したゲンが、面頬越しにもごもごと解いて聞かせる。


「アキとモンジュウロウさんとトウシチロウさんを襲った夾竹桃があったんだ。

毒と歌の旋律でアキ達を操って復活しようとした火の神の企みを、モンジュウロウさんは命がけで阻んだ。

やられたままではモンジュウロウさんも浮かばれないと、部屋にこもってアキが作ったのが この毒を()し取る面頬と、決まった音を遮る頬かむりなんだ。」


この一戦に臨むアキヨリ陣営全員が携帯する面頬と頬かむりだった。

しかし池の底で夾竹桃の香りを嗅ぎ、異文化の歌を聞くアキヨリの耳鼻口にそれらの姿は無かった。


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