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六角の花   作者: フミ
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誤って一歩も進んていないなら誤っていないも同じ

決して ぐずったりせず我儘の無い子だった。

家に来てすぐ仕事を手伝いたいと訴えた。

土をこねる後姿の坊主頭は細い首筋を隠さずに際立たせた。

たくさん食べ欲しくて用意した食事にも、遠慮がちに行儀よく、腹が空いているだろに がっついて食べる事も無く、兄弟達に分け与える程だった。

仕事も一番早く覚え良く褒められた。

その分 嫉妬されているのも自覚し、皆の嫌がる仕事も進んで引き受けた。

自分にだけ読み書きが出来、スズキという苗字があったのも引け目だったのだろう。

良く出来た自慢の息子だった。

その分心配だった。

人間の精神など脆弱なものである。我慢に我慢を重ねたら、いつか弾け飛んでしまう日が来る。


「ああぁあああああぁあ!」


しかし何の心配も無用だった。

力漲る握り締めた拳、アキヨリの家臣達にも引けを取らない広い肩幅、

人知を超えた超常の力が渦巻く戦場に臆面も無く乗り込み、自分が筆頭であり代表であると堂々と名乗りを上げ、居並ぶ猛者達に宣戦布告した豪胆。

スズキ ゲンノスケは成長した。

真っ直ぐにひたすら真っ直ぐに、脇目も振らず ひたすら真っ直ぐに伸びる杉の木の如く成長した。

兄弟や親に向ける気配りは、決して我慢などでは無い、只ひたすらに愛情だったと広い背中が言っていた。


「あああああぁあああぁあああぁあ!!」


その自慢の息子が言っている、自分の助太刀に援軍に馳せ参じたと。

例えるならば 寒風吹き荒ぶ荒野にただ一人、助けなど無いと肩肘張った背中にかけられた、一枚の外套(がいとう)の温もりだろうか。


「うぁっ、うぁっ、うああぁあああぁあ!!」


報われた、今までの苦しみ悲しみが全て報われた。

誰がやかましく喚いているのかと思えば、それが自分だと今更気付いた程 無意識に、只口を開け叫んでいた。

体が勝手に息を吐き続けるのを止めでくれない。

力を振り絞って二度程吸うのがやっとで また吐き続けた。


止まらないのである、次から次へと愛別離苦(あいべつりく)そのものだった自身の生涯が、思い起こされ止まらないのである。


恨みを口にしながら報復をせがみ、次々と倒れる御山の守人の仲間。

血の繋がりは無くとも姉妹と呼び合う彼女達は、シジマ家とシラセ家の大戦に出現した火の鳥討伐に焼けただれ生き絶えて行った。

たった一人残された。

ナガヨリに巡り会いリッカを身篭った。

一人では無くなった。

しかし多々良の守人もナガヨリただ一人となっていた。

守人の血を絶やしてはならない、氷の眠りにつき その誕生を待った。

ほんの数年、長くて十年、そう自分に言い聞かせ、水面越しに揺れるナガヨリと別れた。


しかし目覚めたソヤカを抱き起こすのは年老いたナガヨリだった。

自分はナガヨリでは無い、ナガヨリは死んだ、自分は頼まれただけだと言い残し、イヨという名の若い産婆が後の面倒を見ると去って行く背中に縋り付いた。

リッカも無事生まれた、一人ではなくなった。

お人好しなのか 戦を引き起こした張本人であるとの自責の念なのか、ナガヨリは事あるごとに孤児を連れ帰った。

山奥の屋敷は賑やかになった。本当に幸せだった。

しかし訳の分からない不安がソヤカを蝕んだ。

過去に別れを多く経験した事から来るのか、氷の眠りの副作用なのか、原因だけでも分かったなら少しはマシだったのかも知れ無い。

しかし何もかも分からず終いは不安に拍車を掛けた。

愛娘リッカに手を掛けようするにまで至った。

一人になる他無かった。

そんな火の神を封じる役目を担うべきソヤカの不安定な精神状態が引き起こしたのか、火の神の封印は過去に類を見ず弱まった。

この期に乗じて完全討伐を主張するナガヨリと意見の対立があった。

結果 火の神討伐は叶わずながら、再び火の神を封じはしたが、ナガヨリは力を使い果たし、小さく小さく死んだ。

本当の一人になった。

あの時ナガヨリに従っていたならと自分を責め続けた。

最愛の人を死なせてしまい、今更引き返せるものかと立ち塞がる豪傑達に抗って来た。

陽の光溢れる人の世 山河 大地にありながら、どんなに手を尽くしても陽の届かぬ一人っきりの真の闇。

そこに一筋の光が注がれた、その数は一つまた一つと増え、五つの光が嫌と言う程にソヤカを照らした。


「もう一人じゃないのかい…」


跪き放心して呟くソヤカを五つの光が囲んでいた。

いや、光は六つだった。

それはオタマが胸に結ばれた包みを、ご丁寧に幾つも幾つも結ばれた結び目を解くと、勢い良く飛び出した。


「だんちゃーん こうさんする?こうさんするなら おくすりぬってあげるよー」


印籠になみなみと詰められた傷薬を指ですくいリクノブがダンザへと駆け寄って行く。


「ゲン殿、話が違うぞ!」


突如敵に回ったゲンを揶揄しながらダンザの顔は満面の笑みである。

満面の笑みはリクノブを抱き上げ頬ずりしようとしたが、傷だらけの頬から流れる血を擦りつけてしまうと、小さな指のなすがままに傷薬をこんもりと頬に塗られた。


「はーいだんちゃんはつかまえたよー!」


ダンザはたまらず腹を抱えて笑い出した。


「あははは!ははは!城代アンドウ ダンザは捕虜となった!

かくなる上は勝つも負けるも是非に及ばず、悪いが後の事は宜しく頼む。

あははは!あははは!」


一方ドウゼンは鉄砲の火縄を踏み消して、ゲン達が登って来た櫓から すごすごと降りて行く。


「城を枕になんとらやは侍のやる事だ。

負け戦では金も貰えぬ、傭兵は退散とする。」


降参の申し出は相次いだ。


「これは、これは、誠に手強き援軍かな!

中でも童!初陣であろうに敵将を捕らえるとは大手柄であるな!

到底 勝ち目など無い!出て来てすぐに気が引けるが、シジマ ヨシサダ退却させて頂く!」


敵味方問わず天晴れな武者ならば褒め称えるヨシサダは手を叩き、特に参上して間も無く敵将を捕らえた大手柄を褒め称えた。

キリュウも降参だと諸手を挙げて天を仰ぎ、トウシチロウに至ってはマイに逆らえる筈も無い。

ただ一人浮かれてはいられないとヨシサダに詰め寄るのはフミ。


「ヨシサダ様、先程のお話は真にございますか?!」


瞬時にヨシサダの顔付きが引き締まる。


「左様、軍師殿 白い羽にてこの封神壇を隅々まで改められよ。

水脈が消え失せた事、アキヨリが戻らぬ事と関わりがあるやも知れぬ。

我は取り急ぎ、水の抜けた不凍の池へと向かうが、何ぞあったなら事の大小に関わらず即座に報せられよ。」


ヨシサダは溶岩と共に登って来る道中、一つでも多く不凍の池からの水脈を潰そうと試みていた。

しかし それは一つも見当たらなかった。


消えた水脈は封神壇と同化するまでに血脈を通わせるソヤカに問うのが早道なのかも知れないが、今のソヤカには酷と言うものだろう。


「お前達、私を恨んではいないのかい?!

お前達の前から去った私を恨んではいないのかい?!」


離れ離れの十年である。いきなりやって来て また一緒に暮らしましょう、はいそうですかとはすんなり受け入れられはしない。


「トウカ!いきなりリヨウと飛んでっちゃうから心配したのよ!下りておいで!」


と 飛び跳ねながら手招きしていたオタマも、


「トウシチロウ!大丈夫?!怪我は無い?!動けないの?!そこに行くにはどうすればいいの?!」


と 叫ぶマイも、神妙な顔付きになってソヤカに向き直り、中々立ち上がろうとしない肩に手を添えた。

そして真っ正面からはゲンが片膝を付いて、首に結ばれたものを解きソヤカの目の前に差し出した。

初めて見る揺れる小さなガラス玉の光をソヤカは何故か懐かしく感じられてならなかった。


「母様、これは割れてしまった屋敷の工房の窓からアキが作った首飾りだ。」


そう言ったなら自分の首にもう一つ結ばれたガラス玉を懐から取り出して見せた。


「俺の分もある、みんなの分もある、先生の…父様の分もある!

リッカの分はアキが持ってる、アキは必ずリッカに渡す!

約束したんだ!俺は必ず母様に渡すと!アキはリッカに必ず渡すと!

これは家族の証だ!もうすぐここは氷に覆われるか炎に包まれか知らないが、受け取ってくれるまで俺達は一歩も動かないからな!!」


「アキヨリが…私に憎まれ口ばっかりのアキヨリが…」


知らず知らずに手が伸びて行く、その手が目に映り我に返る。


「私はもう引き返せない!道を誤ってしまったんだよ!取り返しのつかない事をいくつもやってしまったんだよ!

受け取れない…受け取れないんだよぉぉ…」


突っ伏したソヤカに顔を上げろとゲンが叫んだ。


「母様は確かに道を誤ったかも知れない!

しかしその先一歩も進んではいない!

母様がどれだけ邪魔したってアキもリッカも俺達もダンザさんやキリュウさんやトウシチロウさん達も!全然諦めないしぴんぴんしてる!

母様がやった事なんて何でもないんだ!

一歩も進んで無いなら、振り返って正しいと思う道を進むなんて大した事じゃないだろう!

もし父様の事を気に病んでいるならそれも見当違いだ!

アキが無茶したダンザさんに言った言葉がある。

これが そのまま当てはまる!


男がその身命を賭し挑むならば、親だろうが兄弟だろうが伴侶だろうが主君だろうが、天下万民口出し無用の部外者である!

力及ばずしくじろうが、武運無く命尽きようが、ただ讃える他は無い!


俺は命を賭けて、アキに俺達に未来を託してくれた父様を!心の底から誇りに思う!

そして讃える!日の本一の父親だと!!

母様はどうなんだ!いつまでもいつまでも悔やんで苦しんで悲しんで!父様が命を賭けて挑んだ事を讃えようとしないって言うのか!!」


ソヤカは顔を上げた、大粒の涙が頬を伝っていた、もうガラス玉へ伸びる手を止める事など出来はしないだろう。

しかし掴みかけた掌は石にでもなったかの様に止まった。


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