援軍到着
見下ろされたソヤカは、眉、目、口、腕、足、と意識を向け確認作業に追い立てられた。
自分の表情や体に無意識の動揺が現れてはいないだろうかと。
溶岩を引き連れ現れたヨシサダを目の当たりにし、ソヤカの脳裏に浮かぶ一言は「予想以上」の一言だったのだ。
地表に現れた煮えたぎる溶岩は勢い良く噴き出す筈である。それを見事に制御し、あくまで静かにそそり立たせた多々良の力。
肉体を捨て精神力だけの存在となっていたのだろうヨシツネに、負けず劣らずの力であるのは一目瞭然である。
それは 動く土塁から切り取った陶磁器の体は、焼ける燃えるの心配無用である事も一因なのだろう。
やがて出現するであろう、封神壇を覆い尽くすソヤカの氷だろうと溶かしてしまうのではないか。
そんな頭を過る危機感を、十年掛けて溜め込んだ御山の守人の力が、そう簡単に撃ち破られる筈は無いと力技で振り解き、やられっぱなしが何より嫌いな勝気な気性で、見下ろす視線に言い返すべき言葉を探した。
「御足労様で御座います御開祖様!!」
しかしそれも傍からダンザの大音声のご挨拶に先んじら、れうやむやにされた。
そのダンザであるが、もうソヤカに対し害する行為を行う素振りさえ無い。
もう一方のドウゼンに至っては座り込んで煙草をふかし、掌の日差し越しにヨシサダを見上げている。
理解不能である。瞬時に二人の息の根を止める実力をソヤカが有しているのは身に染みて分かっている筈である。
ソヤカもソヤカでそうする事も出来ない。
自尊心なのか良心なのか自問自答が始まると、ご挨拶の返答が返って来た。
「どうだダンザ!少しも揺れ無かったであろう!皆も御苦労!後はこのヨシサダに任せておけ!」
そう言うと今度は東の空に向き直り、名残惜し気な眼差しを向けた。
「クロウ様、奥方様、どうか心安らかに末永くお幸せに。」
そして言うや否や再びソヤカへと向き直り、噴き上がる青い炎を蹴って闘技場へと飛来して来た。
「何をするつもりだい?!私の氷に対処するなら、あの溶岩を彼方此方に呼び寄せるべきなんじゃないかい?!」
何もかもが理解不能である。しかしそんな周章狼狽の只中に突き落とされたなら、返って冷静になるのは彼女が一流である証でもある。
「…少しも揺れ無かったとか言ってたね。
揺れたら都合の悪い事でもあるのかい?」
一般的に揺れたなら都合の悪い物とは、液体がなみなみと湛えられた器、高く不安定な物、などが考えられる。
まず目に付くのは、雷に真っ二つに引き裂かれた溶岩柱である。
それは今城壁の向こう側で鍾乳石の様にただれながら、冷え固まったのか二股に割かれながら倒れずにいた。
「これが何だって言うんだい?」
そうこうする内に城壁を超え飛んで来たヨシサダが、ここに降りますよと言った具合に、フミいる十歩程南に青い炎を噴き出し、その噴き出す勢いの上に柔らかく着地した。
そこにフミが駆け寄り、何やら内緒話を始めたようだ。
「何をコソコソ言っているんだい!
こいつらの企みを見抜かなくてはいけないんだよ!
氷の術をしくじる訳には行かないんだよ!
でないと火の鳥が出て来てしまうんだよ!!」
苛立ちが頂点に達した所で視界の端でダンザが動くのが見えた。
「鉄砲の小僧!私の目が眩んでるだとか曇ってるだとか言ったね!
遠回しに言ってないではっきりお言い!!」
血走った目を向けると、大狭間銃を肩に担ぎ闘技場とは反対側の城壁の下を覗き込んでいる。
「終ぞ気付かなんだな、御自身の目で見たら良い。」
ハッとなり白い羽を飛ばし、広範囲を見る事も忘れていたと今更気付いた。
しかし見るまでも無かった。
「おいおいおい!ダンザさん!何してくれてやがるんだ!気付かれちまうだろう!
ああもう構わねえ!野郎ども!おっ立てろおおおお!!」
「おおおおおおおおおおう!!」
弾かれる様に城壁のヘリに駆け寄り、ダンザの真似をするのが苛立たしくも覗き込めば、何やら勢い良く立ち上がって来た。
よくよく見れば、長い四本の材木を組み合わせた四角柱に、いくつも筋交いの入った櫓と呼ぶのが相当の物体である。
その櫓に幾本もの縄が繋がり、高低差の遠近感により子犬程の大きさなれど、間近に見れば大男達が、大工の法被で身を包み、声と力を合わせ綱を引く。
その掛け声が一つ二つと重ねられる度に、櫓は立ち上がり、遂にはソヤカの目の前の城壁のフチにその頂点をぶちかました。
すかさず浅葱色の当世具足姿の五名が、猿の如く凄まじい速さで櫓を登って来る。
「おいおい!あんまり急ぐなよ!落っこっちまうぞ!」
「急ぐなって言う方が無理ってもんだよギンザブロウさん!
毎度毎度 無理言って申し訳ない、代金はアキに請求してくれ!」
「全くだよ!俺たちは大工なんだぜ!サカイの時もそうだったよ!戦さ場に引っ張り出されたら迷惑ってもんだよ!
うわ!怖え!ありゃソヤカさんかい?こっち見てるよ!」
「私達の母様が怖いなんて失礼よ!」
「いやいや済まねえ、しかし ぽやっとしてたら氷漬けなんて事はねえよな。」
「そんな事はさせない!その為に俺達は来たんだ!」
そんなやりとりがごっちゃになって登って来る。
「そんな、そんな筈は無い!あの子達が、あの子達が!」
ソヤカは首を横に振って目の前の現実を振るい落とそうとした。
しかし五人の手足は良く出来た梯子をしっかりと掴み、首を振ったところで落とす事など出来はしない。
見る見る先頭の若者の顔が誰なのか判別可能の距離に迫り現実を突き付けた。
「母様!俺が、俺達が分かるか?!それともあんまり立派になったから分からないか?!」
ソヤカの胸に途轍もなく大きな何かがこみ上げ、それを吐き出さぬように口をつぐんだが無駄な抵抗だった。
「ゲンノスケェ!!」
理性的ながら弾ける笑顔は子供の頃と変わる事など無い、名を呼ばれゲンの手足は速さを増して登って来る。
「俺もいるぞ母様!」
ゲンのすぐ後ろからなのだが、声だけではソヤカには分からない。
「俺って言ったら俺だよ!」
「チョウキチィ!!」
ゲンの背中から伸び上がって顔を出したのはチョウキチだった。
「ちょっと もたもたしてないで早く登ってよ!後がつかえてんのよ!」
チョウキチのすぐ後ろからは勝気な娘の声が聞こえて来る。
「もしかして、もしかしてお前はマイかい?!」
「そうよマイよ!どう?私の声、とってもいい感じでしょ!」
ソヤカは性格を頼りにマイと言い当てた。
「何よマイばっかり、母様!私の声も聞いて!しっとり落ち着いた声だってタノスケは褒めてくれるのよ!」
「オタマァ!!」
泣いた声や、声にならない悪夢にうなされた声からソヤカが胸に描くオタマの声と寸分違わぬ声だった。
「タノスケ!タノスケもいるんだろう!声を聞かせておくれ!!」
もうソヤカの胸にある閂は外れどこかに飛び去ってしまった。
「俺はここだ!いつの間にか殿は俺って事になってるんだ!」
一番最後にはタノスケが、皆が手足を滑らせた時に踏ん張りながら登って来る。
「殿だなんて侍みたいに言うじゃないよ…
子供達が…私の子供達ぁああ!口を利いてる、喋っているよぉおおおおお!
ぁああ!ああああああああああああ!!」
戦に里を焼かれ親を奪われ声を失った。或いは元々声を持たず生まれ親に捨てられた。
様々 原因はあるものの、皆同様に筆舌に尽くし難い苦しみと悲しみから声を失った。
どうにかして声を取り戻してやろうと、口を大きく開け、イの音はこうロの声はこうと発音して見せ それを真似させた。
上手くは行かなかった。
期待に応えられなくて ごめんなさいと言う五人の顔が次から次へとソヤカの胸に蘇った。
跪いて突っ伏し、声を上げて咽び泣く他は無かった。
肩に手が置かれた、暖かかった、ソヤカは顔を上げた、片膝立ちに成長したゲンの顔が想像を上回る頼もしさでソヤカを待っていた。
五人は既に櫓を登りきり、ソヤカが顔を上げるのを待っていた。
「母様、侍みたいに言うなと言われたが、今の俺達は侍だ。
あれ程 忌み嫌っていた侍だ。
今だけは侍じゃなくちゃ駄目なんだ。」
余程成長したのだろう、育ての母に対して子供に言い聞かせる様に告げた。
「何を言っているんだいゲンノスケ。
まさかアキヨリに頼まれて私を説き伏せに来たのかい?!」
ゲンは首を横に振って すっくと立ち上がり、これでもかと息を吸い、これでもかとの大音声で敵味方全軍に言い放った。
「これなるはシラセ工房が筆頭スズキ ゲンノスケだ!!
シラセ工房を代表して物申す!
偉丈夫、凄腕、豪傑が揃いも揃って一人の女を責め立てるなど見苦しい事この上無し!!
我等五人はシラセ ソヤカの助太刀に参った!!
これ以上 我等が母に危害を及ぼすならば、来る日も来る日も土をこね鍛えた この両の腕が相手になるぞ!!
尋常に掛かって参れ!!さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあぁああ!!」




