白い玉
「それはできない」
即答したアキヨリだったが心中は幾何学模様とはかけ離れていた
もう一つの生き方など考えたことなど一度たりとも無かったのだ
主君オアイ ミナヅネの居城に招かれ地球儀と言う物を見せてもらった事があったが
自分達の住むこの大地は丸い球状でしかも日の本はスイカ程の地球儀では小指にも満たない大きさで
更にシジマの領地は米粒のようなものだと言う
自分の知らない世界が無限とも呼べる広さで拡がっている
いいようの無い興奮を覚えた
そして自分の価値観を根底から破壊された
今回もそうだ
リッカと争いとは無縁の地で殺生とは無縁の生活を送る
甘い甘い誘惑と呼べる誘いであり
提案と呼ぶには魅力的過ぎた
リッカはアキマサを恐れる事なく自分にも罰を与えて欲しいと言ってくれた
兄アキマサは十九歳になったばかりであったが
そこいらの大人は勿論のこと
戦を幾度も経験してきた将兵や並の大名をもたじろがせる威厳と風格をもった男だ
リッカのような年頃の少女なら近くに居るだけで
大袈裟かもしれないが呼吸もままならなくなるだろう
勿論恐ろしかっただろう
だがリッカにはそれを乗り越え克服する力がある
そんなリッカの言動はアキヨリの心を寸断し
リッカの笑顔や声が寸断された心の断片を再び溶け合わせ
最早原形など無い色のごちゃ混ぜになった得体の知れないものへと変えてしまった
昨日会ったばかりなのに
リッカがこんなに近くに居る
怪我の手当をしてくれている
ほんのりとリッカの香りが漂ってくる
ただそれだけで涙が滲んてくる
これが一生続く…
だが
それはできない
「どうしてなの⁉私と一緒じゃ嫌なの⁈」
「リッカは俺の心を聞きたいと言ってくれたね」
「うん!そうよアキヨリちゃんは戦は嫌だと言ったでしょう」
「ああ嫌だ
だが俺の心はそれだじゃない
守りたいんだ!
この国を
ここに暮らす人を
シジマの家臣達を
その家族を
そして出過ぎた事かも知れないが
叔父上や兄上達そして父上を!」
「あなたはまだ子供なのよ!
国を守るのは大人達の仕事じゃない!」
「どんなに強く願っても一人の力では戦が起これば一つの家族など簡単に消えてしまう
だが俺は大名の家に生まれた
天から力を授かった
俺が強く願い死に物狂いで戦えばたくさんの命を守れるかも知れない!」
「それじゃあなたが守っただけの命の分 他の命が消えていくのよ!」
「そうだ!」
「えっ⁈」
「俺は守って守って戦って戦って
たくさんの怨みを背負って
地獄に落ちる!
誰かがやらなければならない事なら
俺がやる‼」
「そんな!嫌よ!せっかく巡り会えたのに
あなたに巡り会えたのに
いやぁぁ!」
「ごめんよ
でもこの国の人達シジマ家のみんな俺の家族
その笑顔が消えて無くなってしまうかもしれないって考えると心が張り裂けそうになるんだ」
「これを受け取って」
「えっ⁈」
諦めたような表情でリッカはアキヨリの首に腕を廻して絹の紐を結びつけた
その紐には陶器だろうか白く鈍く光る玉が一つぶら下がっていた
「お母様からもらった御守りよ
必ずあなたを守ってくれる
鬼になろうと悪魔になろうと必ず帰って来て
きっとよ!」
「そんな大事なものを」
「大切だからあげるの
私明日には帰らなくちゃいけないの
せめてそれまで一緒にいて」
「そんな もっとゆっくりできないのか?」
「本当はね一日でも私はあの山を離れてはいけないの…」
「なぜ!」
「アキヨリ~リッカ~怪我の手当てはすんだか~
お前達も早く朝飯を食ってこーい
うまかったぞーい」
ゴクラクサイの声が小屋の外から聞こえると高揚していたリッカの表情は消えてなくなり
その様子は何かを体の心の奥に押し込めているようにアキヨリには見えた




