バイオリン
「便所に行くと言って姿をくらますのが若いもんの間では流行っているようだのう
なあリッカ」
「意地の悪い事を言わないで下さい お父様
私を騙してここまで連れてきたくせに」
「そうだったかなぁ
なあアキマサどうだったっけ?」
「えっ⁉なぜ拙者に聞くのです
訳が分かりません
あっ!一つ分かりましたゴクラクサイ様はリッカ殿が言う通りひどく意地悪で御座います」
「へやぁぁぁぁ
一本取られちったなぁ
都合が悪くなっちったから話題を変えるけどな ナリマサはどこだい?
茶碗を持って来てやったんだよ
いるんだろ?
あんなの戦に連れてったって何の役にもたたねんだから」
「ほんの少しですが役にたった事も御座います
それより茶碗を早く見せて下さい!」
シジマの屋敷の門は只の門ではく住居としての機能もあり
二階には常に見張りの者が駐屯していた
ゴクラクサイが声の方向に目を向けると
その二階の窓からナリマサが物欲しそうな顔を出しているのが見えた
「なんだい ここん家は さっきの兄ちゃんといい 話はみんな筒抜けかい?」
「もう奥にお進み下さい
このまま話していたら屋敷の者全員出てきてしまいそうです」
「まったくだぁ
おいナリマサ早く下りてきて相手しろ」
ゴクラクサイとリッカはアキマサに案内され
屋敷の奥に通された
リッカはその間もアキヨリが心配で
この廊下がどうとかこの欄間どうとかゴクラクサイの自慢話もまったく耳には入らずにいた
「アキヨリちゃん大丈夫かな?
そうだ!あんな大きな雛だもの親鳥は相当大きいに違いないわ
子供を取り返しに親鳥が来たら…
ああどうしよう どうしたらいいの」
「千年鷹の親鳥は一度巣から落ちた雛は育てんよぅ
四羽産んで最後まで育てるのは一羽
でないと生き物の均衡が崩れるんだ
考えてもみろぅ?
でっかい鷹がたくさんいたら生き物みんな食われちまうだろぅ
だから大丈夫だ」
独り言をゴクラクサイに聞かれていた事で赤面したリッカであったが
心配事が一つ減ったおかげで ようやく周りの様子が目に耳に入ってきた
広い三十畳はある座敷の中央で先ほどナリマサと呼ばれていた男が見知らぬ楽器を奏でていて
その周りを囲み二十人程のいかつい男達が膳を前にして
見知らぬ楽器の音色に聞き入っていた
リッカとゴクラクサイは上座に座りその横にはアキマサがおり
やはりアキマサも感慨深げに耳を傾けている様子だ
ナリマサは肘から指先程の全長の楽器を顎にあて
左手で楽器の本体から細長く伸びた首の部分を持ち
右手に持った弓のような物で楽器本体に張られた弦を擦るようにして美しくまたもの悲しい音色を奏でていた
リッカも直様その旋律と音色の虜となり
何故今までこのような素晴らしいものに気付かずにいたのか酷く損をした気持ちになった
それから間もなくして演奏は終わってしまい更にリッカが損をした気持ちを膨らませていると
「タメトモの事 残念だったぁ
墓参りさせてくれなぁ」
ゴクラクサイの涙声にリッカは はっとなって周りを見渡すとアキマサが何かを堪えるように只頷いていた
「弟の事はアキヨリが一番気に病んでおります
やつが帰って来たらゴクラクサイ様からも お声掛け下さい」
「分かった分かったよぅ
ナリマサありがとうよぅ
千の言葉よりお前の演奏が一番分かるよぅ
タメトモよぅ辛かっただろうよぅ」
リッカは何と言う名前の楽器なのか何と言う曲なのか
皆の様子があまりに辛辣なのでとうとう聞けずじまいで
後でゴクラクサイに聞こうと思ったが長旅の疲れか
床に入るとすぐに寝息をたて始めていた
アキヨリの事はもちろん心配であったが
あれこれ思案するのは夢の中でのことであった




