最後の下知
「必ず追いつける 」
リッカの確信はこの山中を知り尽くしている事にあり
当然 近道も知っていたし橋が流されている事も知っていた
近道というのはリッカの背丈の五倍はあろうかという崖に垂らされた綱である
その綱は夏になると川に降りて魚を取ったり水浴びをするのに使っている物だ
リッカは慣れた様子で綱を使い川原に降りると川上へと息を切らせ走りだした
崖を降りた所は橋のある所より下流に位置していたのだった
ところがリッカは川上を見通せる所まで来て呆然と立ち尽くしてしまった
まだ少しも進んではいない
「アクヤちゃーん止まって!お願い!止まって!」
アキヨリを追っていたアクヤと出くわしたのだった
アクヤは両腕を広げて立ちはだかるリッカをひくまいと渋々急停止した
「どうしてアキヨリ様がいないの!
まさか流されてしまったんじゃ
お願い私も連れて行ってお願い!」
もちろん嫌だった
足で纏いだし女とはいえ乗せたら脚力はにぶる
大体俺に乗っていいのは日の本一の強者シジマ アキヨリだけである
アクヤは常々そう考えていたがリッカを不憫に思ったのか一宿一飯の恩義を感じていたのか
乗れといんばかりに鐙を突き出すようにリッカにわき腹を向けた
「ありがとう アクヤちゃん」
「他の馬に乗った事があるとしても並外れてでかい俺には簡単には乗れまい じれったい!」
アクヤはそう思ったがリッカはいとも簡単に鞍に乗り手綱を握りしめた
しがみついたと言った方が適当だろうかアクヤが全力で走る姿はさっき見たばかりだ
「振り落とされるなよ」
アクヤは先程までと同様全力で駆け出した
それがリッカの決意に対する礼儀だと心得ていたからだ
「リヨウ!なぜ止める!俺を向う岸に本陣まで連れて行け!
俺に生き恥をさらせと言うのか!
俺は死ぬことなど微塵も恐れてはおらん!」
リヨウは少しムッとしたような仕草を見せ 力任せにアキヨリを川原に向け投げ飛ばして 仰向けに倒れたアキヨリの胸に舞い降り右足を差し出した
リヨウの足には二本の脇差しが結びつけられていた
見覚えのある脇差しにアキヨリは吸い寄せられるように結び目をほどき手に取ると細く折たたまれた紙が一枚落ちた
震える手で広げると長兄アキマサの文字が目に飛び込んできた
シジマ家当主にして兄より 臣にして最愛の弟シジマ アキヨリに最後の命を言い渡す
生きよ
胸に乗ったリヨウを払いのけ対岸に目を向けたが そこにはもう誰もおらず 全てを悟ったアキヨリは二人の兄の形見を抱いて声をあげて泣いた
アクヤの蹄の音が近づいて来た




