六花
余程長く眠っていたのか
自分の腕が足がどこまであるのか
やっとの事で意識出来るようになると
アキヨリは激しい喉の渇きを感じてきた
「すまないが水を貰えないだろうか 喉が渇いて仕方ない」
「はい そうおっしゃると思い用意しておりました」
リッカは顔を少しの間 背けた後 微笑みと水桶を差し出してくれた
先程の美しくても冷たい印象とは打って変わってリッカの微笑みは春の日差しのようだった
顔を背けたのは涙を拭い自分の中にある不安を押し殺し
陽の気を総動員する為気持ちを切り替えていたのだ
すべてはアキヨリを不安にさない為の行為でそれはアキヨリにも少なからず伝わったが
「どうして こんなにまで…いや自意識過剰だろう
これ程までに美しい人を目にして
のぼせ上がっているのだ俺は」
そう心の中で呟きながら本能は痛む腕を動かし水桶を掴み口に運ぼうとした
「いけませぬ!そんな飲み方をしたら お身体に障ります!
アキヨリ様は二日も眠っていらっしゃったのですよ」
リッカは水桶を取り上げると柄杓で陶器で出来た変わった容器に水を入れ替えた
長い注ぎ口の付いた急須のような容器を両手に包み込むように持ち
その注ぎ口をアキヨリの口にあてがってくれた
なるほどこれなら身体を横たえたまま水を飲める
「むがぁ!」
一口飲んでアキヨリは泣きそうになった
ぬるかったそしてほんのり塩辛かった
「なんだ!この水は!海の水ではあるまいな」
「うふふ そうおっしゃると思いました
冷たい真水を お飲みになりたいでしょうが
今は お身体に優しい塩の入ったぬるま湯を召し上がって下さいませ」
無いよりはましだとばかりに 渋々吸い込み飲み干した
細い注ぎ口を吸っても吸っても少しずつしか口に入って来ないのでじれったくて仕方なかったが
文句を言うとまた理路整然と諭されるに違いないと黙って飲んだ
それでも二杯三杯と飲み干し ようやく生きた心地がしてくると いくらか頭痛も和らぎ腹が減ってきた
「重ね重ね心苦しいのだが何か食わせては貰えないだろうか
そっそうだアクヤは馬は何か食わせ貰っているだろうか 怪我などしていないだろうか」
「はい 沢山召し上がって頂きましたよ
大変お疲れのご様子でしたが お怪我はありませんでした
ずっとあなた様のお側を離れずにいたのですよ
アキヨリ様には奥のお座敷でお休みいただきたかったのですが
あなた様が目の届かない所に行くと暴れて暴れて うふふふふ」
「それはすまない事を申し訳ない
ぬぎぎぎぐ!」
アキヨリが痛む身体を釘抜きでこじるように引き起こし頭を下げようとすると
リッカは慌てて寝かしつけるよう肩を押さえ付けたがビクともしなかった
これが怪我人の力かと驚き観念しそうになったが負けるものかと
「横になってお休みになって下さいぃぃぃばかぁ!」
リッカは思わず口を押さえた
美しい女性に馬鹿と言われたら言う通りにする他ない
何故かアキヨリは顔を赤くして横になった
「只今お、お食事をお持ちします」
リッカは小走りに部屋を出て行った
アキヨリは何を食わせて貰えるのだろうと思わず胸を弾ませた
屋敷の立派さに少し期待してしまったのだ
空腹が故とはいえ己のいじましさに更に赤くなったが
しかし先程の塩入り白湯の調子では茶碗に白湯と米粒一つ二つ浮かんだ物に違いないかと思い直すと
肝心な事を一つも尋ねていないことに気がつき更に夢で見た事を思い出した
「兄者の身に何かあったのではないか
思い出せぬと言うものはこうも不安なものなのか」
アキヨリの身に不安が纏わり付き始めた頃
リッカは鼻歌混じりに食事を用意していた
「うふふ アキヨリ様 変わらずいて下さった 」




