追手と吹雪の狭間
涙も返り血も先ほどまでまみれていた泥も冷たい風に吹かれ乾いてきていた
風に混じって馬の蹄の音が聞こえる
「追手が来る 山越えの道を行こう
険しく しんどいだろうが我慢してくれ」
アキヨリに従い皆 けもの道に分け入り山頂付近を通る材木運搬に使われている道を目指した
狭く険しい道だが生き残った六十騎程の少ない人数なら二日程度シジマの本陣まで辿り着ける
「皆!二日の辛抱だ!木こりや炭焼きの山小屋もあったはずだ!」
アキヨリはもう取り乱す事無く良く皆を励ました
幼い頃より一族の年長者の言いつけを守れ決して逆らうな
そう厳しく躾られて来た
世継ぎでは無い三男が優れたものを持ち生を受けた
それは古来より繰り返されてきた世継ぎを巡った骨肉の争い
ついては一族の滅亡の火種をはらむものだ
躾というよりは呪いに近いものかもしれない
それはアキヨリの心身に深く刻みつけられたものだった
それが今アキヨリを助けている
ナリマサの「感情をたれ流すな」という最後の言いつけをひたすら守る機械となる事が出来た
ナリマサは子供ができなかった為三兄弟はことさら可愛がられた
武芸より茶道や書画に入れ込んでいた叔父のもたらす様々は
言い方は悪いが人を陥れ殺める道具として英才教育を受けてきたアキヨリの心の潤いとなった
都で買い付けてきた複雑な紋様をたたえる茶碗をアキヨリに得意げに見せ
釉薬がどう灰を被ったからどうと子供のように無邪気に話して聞かせてくれたあの笑顔が胸から離れなかった
そんな感傷を強さを増し続ける風が吹き飛ばして行った
尋常では無かった
山の天候とはいえ異常である もう五月も半ばだというのに粉雪さえ舞い散りだした
日が暮れるまでに山小屋なり洞穴なり この風をしのげるものを見つけなければ
朝日を再びその目にする事は叶わない程である
だがその点アキヨリは楽観視していた
彼はある程度離れた炎の熱というか気配を感じる事ができた
「もう五月だ冬の間 里に下りていた炭焼きの職人達も山小屋に戻って来ているだろう
確かな場所は覚えていないが幾つかあったはずだ
何か燃えていればすぐわかる」
しかしそんな楽観も次第に焦りに変わっていった
日暮れ近くなっても一行に山小屋は見つからなかった
それどころか風雪は更に猛威を増し
まだ完全に日は沈んでいないにも関わらず
アキヨリに寄り添うように隣を進むタキの表情さえよく読み取れ無い程の猛吹雪となった




