都合のよい真実
「お館様拙者に策が御座います」
「⁈」
ニザエモンは青ざめた
茶室の中から三人目の声
聞き覚えのある声だった
タニザワ ヤノスケである
考えてみれば不自然であった
密談も視野に入れてあるはずのヒデミツの茶室に見張りの者がいなかったのである
恐らくヤノスケがその役を担っていたのだろう
「儂とした事が迂闊だった
ヒデカツが突然やって来たので
見張りのヤノスケに己の身を守らせていたのか
息子にでさえその用心深さ
最早臆病という名の病ぞ」
他にも身辺を警護させていた兵がいたに違い無い
何らかの理由でここにはいないのだろう
いつ戻って来るか分からない
一刻も早くここを離れるが得策と通って来た竹林を抜け梅園の出口へとほぼ駆け足で向かって行った
途中仲間の商人や知人に出くわしたが
普段からせせこましく東奔西走するニザエモンを知っているので誰も不自然には思う事は無かった
出口に向かっていたのは梅園を離れる訳では無い
懐の中では得意の密書を手元も見ずに書いていた
大陸の古典に出て来る様な趣の
ワザと崩れ掛けたような作りの小癪な梅園の出口の門に到着すると
密書を渡すべき相手が重い足を引き摺りやって来た
「ヒデカツ殿 せんだっては如何なさいました
突然帰ってしまわれたので心配しておったのですぞ」
ヒデカツはテコでこじるようにやっと顔を上げた
「ああ、ニザエモン殿…
先日はまこと失礼いたしました」
「何と如何なさった!
顔色が真っ青で御座いますぞ」
「いや何でも御座らん
腹を下しておる故…
なんとも見苦しい有様で…」
「水くさいでは御座いませんか
隠したとて分かりますぞ
さては父君から無理難題を申し付けられましたな」
「お見通しで御座いましたか
詳しくは話せないのでないのですが難しい役目を申し付けられまして….」
「ヒデカツ殿にも難しい役目などありましたか
力になって差し上げたいところで御座いますがヒデミツ様が多額の戦費をご所望で御座いましてな
銭の事では力になれそうも御座らんのです」
「父がまたその様な…
申し訳御座らん
お心遣い痛み入りますが銭の事では御座らん」
「ではいかようなお役目で?」
「もう勘弁して下され!」
「分かり申した
もう首を突っ込むような真似はいたしません
しかしこのミクリヤはお味方ですぞ
我等商人を気遣って下さるのはヒデカツ殿だけで御座います」
ニザエモンは元気を出せとばかりにヒデカツの肩を叩いた
ただこの行為の目的はヒデカツを励ます為では無い
ヒデカツの袖の下に先程の密書を忍ばせ
一言耳打ちする為であった
「アキヨリ殿は迷っておいででしたぞ
お迎えなさるおつもりならもう一押しかと
それとご内密な役目に役に立つ者が御座います
袖の下を訪ねて行かれるがよろしい」
ヒデカツは別れの挨拶も無しに門に繋いであった愛馬に跨り駆けて行った
「さてどう出るか」
そのニザエモンの言葉は勿論ヒデカツに向けてだが
同時に先程まで身を隠しこちらを伺っていたヒデカツを追って行くヤノスケにも向けられていた
「アキヨリ殿に知らせてやりたいが下手に動けんな
まあ、あの御仁なら上手くやるだろう」
馬上のヒデカツはいつかの様に吐いた
あの時と違うのは今度は馬を下りうずくまってしまった
「ヒデカツ様!如何なさいました!
ただならぬご様子でしたので後を追って来たので御座います」
後を付けてきたヤノスケがここぞとばかりに声を掛けて来た
ヒデカツは自意識を総動員し何でも無いふうを装い立ち上がって
醜く歪んだ笑顔を作り上げた
「何でも無いのだ心配無い…
ヤノスケ頼みたい事がある
今夜皆に俺の屋敷に来るよう伝えてくれ」
「それは構いませんが心配で御座いますからお供いたしますが」
「いらぬ!しばらく一人にしてくれ」
「はは、出過ぎた真似をいたしました
実は先程ニザエモン様にこれをヒデカツ様に渡すようにと持たされまして」
「ご苦労、声を荒げてしまったすまない」
「拙者が至らかったのです
申し訳御座いません
それでは今宵サカイのお屋敷にて」
ヤノスケが去った後ヒデカツは呆然と渡された物を手に取り広げていた
それは手紙であった
ほんの数行であったが今のヒデカツには理解するまで三回読み返す事になった
差出人にはシラセ リッカとあった
シジマ アキヨリからお救い下さい
あの者が私の屋敷にやって来てからのことお察し下さい
ヒデカツ様だけが頼りで御座います
己で見聞きした事とは到底あてはまらない手紙である
アキヨリとリッカ二人の結び付きを感じた
ニザエモンがヤノスケにこの手紙を託したなど不自然である
だが己がこれからやろうとする事を正しい事とする為
己の劣情を成就する為
ヒデカツは堕ちた




