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六角の花   作者: フミ
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水鏡に映るは滅びゆく城と心のさざ波

水に城が浮かんでいる

いや 沈んでいる

三の丸まである三層天守の城が

石垣をほぼ水に飲み込まれ

その姿を水面に映していた。


「ひもじいだろうに、いつまで意地をはるつもりだ。」


小高い丘から城を見下ろし、ため息混じりにつぶやく男がいた。

挿絵(By みてみん)

まだあどけなさが残る横顔だが、彼のこれまでを物語る凄味のようなものも宿していた。


三日ほど前から城から立ち上っていた煙はもう見ることは出来ない。


彼のため息の原因はそこにあった、

つまり煮炊きするものがつきたのだ、

城は一月前から水の中にあり、

その原因は彼と彼の一族によるものだった、

水攻めだった。


「アキヨリ!いつまで ぼんやり眺めてる、兄上が待っているんだぞ!」


横顔の彼はアキヨリと名を呼ばれ 我に返り、

声の主、

二歳年上の兄イエナガの 常人の二倍はある広い背中を追って行くと、

丘に人影は人っ子一人いなくなった。

戦場だというのに耳鳴りが聞こえる程静かだ、

この静寂の中確実に命が奪われている。


「アキヨリ何を考えていた?

お前の事だ 腹を空かせた敵の事を哀れんでいたのだろう、

大概にしろ 国を守る力の無い国主に咎があるのだ。

お前は与えられた役目を全うしろ。

あんな砦を落とすのにいつまでかかっている

兄上はお怒りだったぞ。」


前を行くイエナガは振り向かず、(わらし)を脅かす様に諭す。

物心ついた頃からの慣れた物言いである。

話半分のアキヨリは、ただイエナガの 腕から肩を覆う、鎖を編んだ毘沙門籠手(びしゃもんごて)が羨ましい。


「何と 言って煽てたなら、兄者はあれを俺にくれるだろうか?」


しかし 今 考えるべきは別にある。

アキヨリは若かったが一軍を任せられ 、

水に沈む城 トミナリ城の、三つある支城のうち一つを攻略していた。

本城は一月あまり水の中 、

落城寸前だというのに、

支城を守る将兵達の士気は寸分も衰えずアキヨリは攻めあぐんでいた。


彼の能力に問題があるわけではなく、寧ろ高い状況判断能力ゆえの慎重さであった。


「兄者 不自然だ これは何かある。

孤立無援の者が、これ程奮起するのは 弔い合戦ぐらいしか思いつかない。

彼等の主君ナリモトは水攻めにあっているとはいえ未だ健在。

他に考え得ると言えば 援軍が来るという確証がある場合だが…」


「援軍?一体どこから来るというのだ。

この一戦に勝利すれば 、この国はほぼ我等が主君 オアイ ミナヅネ様がもの。

今度ばかりはお前の取り越し苦労だ。」


「いや絶対何かある…」


アキヨリは斥候を放っていた、

彼の友であり弟である大きな鷹は、情報収集で重宝する存在だった。


どれ位の距離方角に異変の有る無しを、札を使って教えてくれる賢い彼の名は、

「リヨウ」

鷹にいつも決まった日時を要求するのは酷というものだが、

三日以上帰らないのは稀で、今回は一週間も姿が見えない。


いいようもない

絡みつくような不安に囚われ、

重い足取りながらも

彼等の長兄 一族の長アキマサの待つ、

本営を陣取るオンケイ寺の大きな山門が見えてきた。


「兄上はいかに 考えておられるだろう。」


アキヨリは早くアキマサの顔が見たかった、

理屈など抜きで安心できる、

兄の早過ぎるまばたきが早く見たかった。


大名の子として生を受けながら、そして一軍を率いる将という身分ながら、

最前線に身を置く事を好む 二人の傷だらけの当世具足が、

ガチャガチャと拍子良く音を立て、山門へ続く石段を、二段 あるいは三段飛ばし登っていった。

彼等にとっての重い足取りが それだった。



つづく

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