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ハルマン/大正:恐竜の棲む島その3

後日。望月探偵事務所にて四葉は望月に一つの依頼をすることになる。


「あの、また身内の話で申し訳ないというか、あのお父様のせいでまたお手間をかけさせてしまいますが……」


全員がテーブルを前にソファに座っている。

アンティークな品のいいソファだ。コーヒーが3つ、前に置かれている。


「ふむ、例の恐竜島の件かな」


望月がコーヒーを飲み、鷹揚に答える。


「はい。正直あまりにも怪しい話しすぎて……お父様の正気が確かならば何か良からぬ事に巻き込まれているとしか考えられないのです」

「そこで話の真偽を確かめて欲しい、か……どう思うねハルマン君」


望月はとなりの魔術師を見る。魔術師は饒舌に話し始めた。


「まあこの手の与太を持ってくる山師はこの国でなくとも山ほどいますよ。

そもそも魔術師と山師は切っても切り離せない関係ですし。

真実、魔術師であったとしても人を騙す輩も大勢いますなあ」


四葉は困ったような顔をすると封筒を出す。


「あまり人を疑いたくはないんですけど……頼まれてくださいますでしょうか?

こちらが報酬になります」

「いいですとも。どっちみち僕らも行く島だしね。安全は確認しておきたい。

……ということだよ大悟」


望月が衝立の奥を振り返る。


「うむ、そうか。そうだな望月。俺のほうも軍の記録を当たってみよう」


衝立の奥から起き上がる音がして大悟が姿を見せた。

相変わらず軍服姿である。


「だ、大悟様!?なぜこちらに?」

「大悟は捜査で家に帰る暇がないとたびたびこの事務所で勝手に寝ていくのですよ」


まったく困った奴です、と表面上は苦笑して見せるが、なんだかんだで親しい間柄だからこそできる事だとその笑顔が雄弁に語っていた。


「ははは、みっともない所を見せてしまったな、四葉さん。まあ男の友情という奴です」

「木賃宿を取るのが面倒なだけだろうに」


四葉はとりあえず魔術師を見る。


「は、はあ……そういうものなのでしょうか、ハルマンさま」

「まあ、当探偵事務所はこのビルヂングごと所有権を持っていますからね。

余った部屋の一つや二つ、あるのですよ。男くさい部屋で申し訳ありませんな」


魔術師は淡々と事実のみを述べた。


「まったくだ。雅やかでないね。こんな所にいても仕方がない。

早速捜査といこうじゃないか」


こうして、それぞれが外套を身に纏い捜査に乗り出した。



浅草の裏通り。ほの暗い場所に望月はいた。

一見、物乞いに見える男に彼はおもむろに一円札を数枚渡す。


「おっ、望月の旦那ですかい?」


物乞いは小男だが油断ならない眼光を秘めていた。彼は卑屈に笑う。


「ああ、ひさしぶりだね、鼠の古兵」


望月の方も余所行きの顔で静かに応じる。


「へへへ、旦那も剛毅ですね、南の島でバカンスたあね」

「さすが耳が早いな。今日はその件で来たんだ。あの島について何か知らないかい」


つまり「鼠の古兵」という男は情報屋なのだ。

望月も探偵だ、こういう裏街道にそれなりに顔が利くのだ。

蛇の道は蛇という奴である。


「むかぁし、小耳に挟んだ事がありますぜ、軍の実験場を探してたらその場所あたりで島を見つけたってね。

なんでも、その島には幽霊がいるそうですぜ」


鼠は一円札を懐にしまうとシケモクを代わりに出して吸い始める。


「もう少し詳しい話を貰おうか」


望月がさらにもう一枚一円札を取り出す。


「へへへ……まいどあり。いや実はですねそいつのいた部隊自体怪しいもんなんでさあ。

あの西洋魔術かぶれの北奥大佐の肝いり部隊でね、秘密諜報部ってんですが……

あっしにそのことを言ったすぐ後にぽっくり死んじまったんでさ」

「ふむ、もうちょっとその辺について調べてくれ。礼金ははずむ」


望月は手帳にそれらを書き込むと、氷のような目でうなずいた。


「へへへ、わかりやしたぜ……うぐっ!?」


突然、何かが屋根の上から落ちてきて鼠の背中に刺さった。

鼠はじたばたと異様なほど苦しみ始める。

望月は上を見る。小さな、膝丈ほどの大きさの黒い子悪魔がそこにいた。

悪魔はあっという間に逃げ去っていく。望月は追跡を諦めて鼠の介抱をする。


「……毒か!これは、ダンタリアンの印!?」


背中に刺さった針のようなものを抜くと針の頭に魔方陣が見えた。


「へっ、俺も、焼きが、まわっちまったみたいですぜ……旦那、お気をつけなさい」


それだけ言うと鼠は息絶えた。望月の顔が歪む。


「駄目か……悪い事をしてしまったね。これは、ちょっとあからさまにすぎないかい!?」


その目は悲しみと怒りに燃えている。



一方その頃、大悟は軍で資料をあさっていた。


「高石大尉!頼まれてた資料、ありましたぁ」


部下である中島美紀曹長が笑って資料を手渡す。

その頬が少し赤い。


「流石は美紀だな」


相変わらず罪作りな男である。


「えへへ、ありがとうございます!」


大悟は受け取った資料をすでに見ている。


「さて、例の島についてはこれでわかったが……

テウルヒア殿について調べねばならないな」


大悟はごつごつとした軍の施設を歩き、電話を手に取った。


「もしもし、聞こえているか?こちらは大日本帝国陸軍退魔部隊。高石大悟大尉だ。

秘蹟管理課のダニエル・マイヤー大尉殿に取り次いでもらいたい」


ハンドル式の、糸電話のような電話である。

大悟はこの時代にドイツへと国際電話をかけていた。

軍、それも魔術を扱う部門だからこそできる離れ業である。


「ようダイゴ!久しぶりだな。今日は何の用だ?」

「うむ、久しいなそちらでは夜か?すまないなこんな時間に」


相手は陽気なドイツ軍人だった。大悟はその語学力を生かし存分にドイツ語を話す。


「構わねえよ。どうせ起きてる時間だ」

「うむ、実は俺の知り合いがゴエス財閥のテウルヒアという女に騙されているかもしれんのだ。

実際にそちらにそんな財閥はあるのか?」


しばらくしてダニエルは思い出したように言った。


「ゴエス……あーあれか。あるぜ。たしかにそこの財閥の総帥は女だな。

それもまた20代になるかならねえかの。やたら頭がよくってだな、一代で成り上がった成金さ。

まー、どーもマーリンのジジイの弟子筋だっつーから納得だわな」


カラカラと笑うダニエル。どうも大悟にはこうしたざばざばとした小気味いい男達が集まるようだ。


「ふむ、やはり魔術師なのか。ならばハルマン殿に聞いてみるか……

ああ、ありがとう。他に何か無いか?たとえば彼女がそのテウルヒア本人とはっきり解る様な……」


ダニエルは気安く答える。


「んー、写真おくっとくわ。船便だから一月ありゃ届くだろ。

あー……他にはそうだな、そいつハーフらしいぜ。日本人とドイツのな。

けっこうな退魔の名家だって噂だぜ。そっちで調べてみな」

「はぁふ?混血という事か…ふうむ、どこぞの名家の出身か…感謝するぞ」


そしてダニエルはげらげらと笑って付け加える。


「ああ、おめー婚約したんだって?ゆりかごおくっといたわ。嫁さんも大事にしてやれよ、ダイゴ。じゃあな」

「気が早いわ!まったく……」


そういいつつもまんざらではない顔をして、大悟は電話を切った。



ハルマンはハルマンで独自のルートを使って調査を行っている。

今ハルマンは椅子に深く座って寝ているようだがそうではない。

夢という領域に瞑想で至って、遠くにいる者と意識を交わしているのだ。


「師よ、お久しぶりです」

「うむ、励んでいるようじゃなハルマンよ。して今日は何用じゃな」


ハルマンには虚空の中で師と出会っているように見えている。

実際、アストラル界という意識の世界で師であるマーリンと交信をしているのだ。

夢という領域においては物理的な距離など関係ないのだ。


「実は知人がゴエス財閥のテウルヒアを名乗る者に事業を持ちかけられていましてね。

どうも魔術師のようなのですが、師はご存知ありませんか?」


師であるマーリンは深い青色のローブに身を包んだ隠者という姿だ。

白いひげが長く胸元まで伸びている。


「うむ、テウルヒアか。覚えておるぞハルマン。お主の妹弟子にあたる。

お主が独立したすぐ後に来た弟子じゃから、まあ面識はなかったはずじゃの

彼奴には召還術を授けた。ゴエス財閥を築き好き勝手やって日本にいきおったわ」


マーリンは静かに、重々しくハルマンに言う。

マーリンが杖を一振りすると暗黒の虚空にテウルヒアの顔が浮かび上がる。

間違いなくパーティーで見た顔だった。


「はっ…ありがとうございます。師よ。彼女が悪魔を用いて素人に干渉をしたという事例はございますか?」

「それはないの。彼奴は正しい心の持ち主じゃよ。貴様と同じくな」


そこにはいくばくかの皮肉があった。

マーリンからすればハルマンは危ういのだ。


「そうですか。十分にございます。ありがとうございました…ああ、彼女と会いましたよ。一戦構えるかもしれませんな」

「まあ、わしは止めはせん。じゃが、そうはならないじゃろうな」

「それは予言ですかな?」

「may be yes may be no(そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬ)」

「ふむ……ありがとうございました」


そして、ハルマンは椅子から起き上がった。



「何か……何か手がかりはありませんでしょうか?」


四葉は自身も東城家の記録を探したり、古株の執事やメイドに聞いて回ったりした。

その結果わかったのはテウルヒアと父は「そういう仲」ではなく、単にビジネスだというだけだ。

実際、記録を見てみるときちんと東城財閥とゴエス財閥は協調関係にあり、頭の痛い事に軍艦の話も事実らしい。


「父はあれでも色恋を仕事に持ち込む人ではないでしょうし……」


蔵で記録をあさっている四葉に執事が声を掛けた。


「お嬢様、刀自様がお呼びです」

「曾祖母様が?一体何でしょう」

「刀自様のお加減はあまりよろしくなく……短い話が出来る程度でしょう、私にも何も。ただ「ヴァルムンクについて聞いた時、自分とあわせるように」という5年前の約定がありますから」

「そう……ですか」


しずしずと西洋風の豪奢な邸から、離れにある草庵へと歩を進める四葉。

草庵といえど、そこそこの豪邸程度はあるのだが。

草庵の廊下は磨き抜かれており、刀自である曾祖母、一穂に対して豪一が決して無碍な扱いをしてはいないと示しているかのようだった。


「久しくなってしまいましたね、曾祖母様」

「お……さし……ぶりね……」


曾祖母、一穂は寝たきりに近い様子だがその眼はいまだやさしく、しっかりと四葉を見ている。

四葉にからくりの技、魔術師としての戦い方を教えたのは一穂だ。

そのことを、四葉は誇りに思っている。


「あなた……はなし……」


一穂は四葉の近況が聞きたいと手振りで示す。


「ええっと、大悟様というステキな殿方と婚約したのはもうお話しましたね。

大悟様も退魔の剣をやってらっしゃって、お仲間の魔術師の方も親切な方ばかりです。

この間の盗賊の件でからくりの技を振るう事がありましたが、大悟様はとても頼れるお方でした……」


一穂はおだやかに、まぶしそうに四葉の話を聞いている。

ひ孫への限りない愛情と、自身が失った若さをとても愛おしく眺めていた。


「そうだ。 曾祖母様、"ばるむんく"という遺産に聞き覚えはありませんか?」


その名を聞いた一穂はまっすぐに四葉を見つめた。

そして、しばらく見つめたあと、しずかに奥のたんすを指し示した。


「えっと、これをあければいいんですか?」

「からくり……四段目の……」

「四段目、ここですね。仕掛けがあります……これを開けばいいのですか?」

「そつぎょうしけん……」


一穂は悪戯っぽくにっこりと笑う。

しばらくして、四葉はたんすの中から一つの箱を取り出していた。


「……あけていいのでしょうか?」


曾祖母はうなずいた。


「写真と……サーベルの柄?」


写真には若い頃の曾祖母と一人の男性の姿が映っていた。

裏には曾祖母の字で名前が書かれている。


『一穂と天道鎌足様』と。


「よつのは……よつのは……」


一穂は四葉に手を差し伸べた。


「は、はい! よつのははココにおります」


四葉は手を握る。そして曾祖母はサーベルの柄に目線をやる。


「こ、コレですか?」

「お、ま……もり……」

「お守り……これが……ヴァルムンク?曾祖母様は、龍の住む島を知っているのですか?」


曾祖母はしずかにうなずくと重い咳をした。そして、しずかに倒れこんだ。

とても話せる状況ではない。


「誰か!医者を!」


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