ハルマン/大正:恐竜の棲む島その2
夜九時。東城邸。
今回は珍しいことにパーティー会場に東城豪一は見当たらない。
「あれだけはしゃいでいたのに、どうしたことだろうね」
訝しげにつぶやく望月。
「珍しいですね…いつもは恐ろしく出張るのに」
キョロキョロと辺りを見る四葉だが、そこに父の姿はない。
「さて、何かお考えがあるのやもしれませんな」
ハルマンがその趣向を楽しみにして笑う。
パーティ会場は数多くの料理、洋酒等が並べられており人々はそれを摘んで談笑をしている。
その一角でがつがつと料理を食べる少女とそれを止める大悟の姿があった。
「師匠!落ち着いて食べてくださいっ」
「ほほう、東洋の女性はいつまでの若々しく見えて宜しいことですな…おっと失礼」
ハルマンが一礼して挨拶をする。
「私はハトリック・R・ハルマン。こちらの高石大尉の友人です」
「はじめましてー! 私が大悟の師匠の犬塚志野だー!」
口に肉を挟んで、大悟に猫のようにつままれてぶらぶらとしながら答える志野。
「なるほど、彼の剣の技前を見ればあなたが「どのような」方かも解りますよ」
それは暗に魔と裏に関わる者であると解ったとハルマンは言っているのだ。
ハルマンの慇懃な笑いに対して志野はにぱー、と子供のように笑う。
「これはまた美しい方々だ。まったく大悟はいろいろとおもしろ……いやいや羨ましい」
にやにやと嫌味な笑みで大悟を生暖かく見守る望月。
「いやいや全く…なかなか豊富な関係をもっておられのようですな」
望月を小突きつつ笑うハルマン。
「望月の……また何か悪巧みをしているな?」
「とんでもない! まったく酷い言いがかりだとも!」
なんだかんだで一行はパーティーを楽しんでいる。
そこに派手なクラッカーの音が鳴った。勢いよく現れる東城豪一!
「私が東城財閥が当主! 東城豪一である!」
横には、見慣れない若い女性。青いドレスに身を包んでいる
「おや、あの女性は……?」
青いドレスの女性は、くすくすとそんな豪一を見ている。
髪の毛は流れるようなロングストレート、煌びやかに光る金髪。
「紹介しよう! この度私と共同してとある調査を行うこととなったゴエス財閥当主の『テウルヒア』さんだ!」
愉快そうに笑うハルマン。その脳裏にはローマ式魔術の一派の名前が浮かんでいた。
「あぁ、あのお方がくだんの」
ポンと手を叩き納得する四葉。
「ふむ、また何か愉快な事を考えておられるようだな」
「ゴエスにテウルヒアとは、また豪勢な名前だね」
「望月の。何か知っているのか?」
「ゴエスもテウルヒアもローマ時代の魔術師の事だね。
日本で言うイタコみたいな口寄せを行う術師のことさ」
そこにハルマンが付け加える。
「ゴエスとはゲーティア。もっとも有名な魔術書「レメゲトン」の第一書の名でもありますな」
大悟は少し考えた後発言した。
「つまり、あれか。ローマ式の魔術師であるということなのか?」
「まあ、ざっくりといえばそうだね。僕らの感覚でいえばイタコ財閥にカミガカリさん、といったところかな」
「なるほど、聞くものが聞けばわかるということか。偽名なのだろうな」
「多分ね。おっ彼女のスピーチが始まるよ」
青いドレスの女性は上品に、それでいて優雅に素早くみなに挨拶をする。
「始めまして皆さん。テウルヒアですわ。……偽名ですけど」
実際、その発言にざわざわと会場はどよめいている。
「本来の名という者は厄介なもの……ワタクシの性分にして癖ですので、お気になさらないで下さると助かりますわ」
「さて、皆さんに彼女から宣言することがあるそうだ。聞いてくれ」
と、豪一が会場を制した。
「では……皆さんの時間を少々頂きましょう。この度、ワタクシのゴエス財閥は東城財閥と協力してとある島を探索することになりました
そこは、恐竜がいると証言のあった場所です。……皆さんはご存知でしょうか? 恐竜とは、太古に存在したこの星の支配者です。
その牙は大岩をも砕き、その強力な尻尾は暴風を巻き起こし……世界を支配するだけの威厳を持ち合わせていたと聞きます。
そんな者達に……ワタクシは、ワタクシ達は挑戦します。しかし、これは決して無謀ではありません!」
力強く宣言するテウルヒア。
「竜……か、しかし一介の人間に何とか出来るモノなのか?」
「銃や砲火が十分であれば、あるいは……」
「さて、見物するだけでもなかなかの価値はあると思いますよ」
やはり彼らも男である、冒険に対して早くもやる気になっている。
「……んー」
興味津々の男集に対して顔を曇らせる四葉。
テウルヒアが豪一の言葉を継いだ。
「一ヶ月後、東城財閥が『四葉号』を完成させます。それにはワタクシ達が認めた者しか乗せられませんが……ワタクシ達は必ず、彼等を狩ります!」
テウルヒアの姿は堂々としたもので、社交界に慣れていることを解らせるに十分だった。
「よ、『四葉号』…愛されてますねえ四葉さん」
「あはは、もう慣れました」
望月が噴出し、四葉が苦笑する。
「恐竜を狩ったという報告はいまだ一度もありません。……故に、ワタクシ達がそれを成します! 絶対唯一となるために!
……と、いったところでワタクシのお話はおしまいですわ」
そう言うとテウルヒアはハルマンや望月たちの前に近づいて来る。
「ふふふ、テウルヒア……大胆な名前です。かの魔術書に、魔術古流派」
そこにハルマンが大層怖い顔で話しかけた。
「フフフ。魔術とは奥が深く、そして深淵は……闇に包まれている。ミステリアスな方が女は輝きますわよ」
テウルヒアは余裕の笑みで答える。
「あなたは、同業者ですね?彼に特殊な働きかけをしたというのならば…私にも考えがございますよ。魔術師が堅気に手を出す禁忌…よく覚えておくことですな」
それだけ言うとハルマンは話は終わりだというように黙り込んだ。
「いいえ、彼は話をしただけでワタクシに協力してくれましたわ。……ところでミスタ・ハルマンいいのかしら? こんなに目立つことをして」
「さて、私なりの営業方法とでもお考え下さい」
「さて、ワタクシ……少し興味のある方がいますので、ここで少し失礼しますわね」
テウルヒアは青いドレスを翻して四葉に近づいていく。
「ごきげんよう、四葉さん。お時間はいいかしら?」
「え、あ、テウルヒアさん。はい、お時間はいくらでも!」
緊張した面持ちであたふたと返す四葉。
「あら? そんなに緊張しなくても。私たち、同い年と聞きますし」
きょとんとして少し困った顔をするテウルヒア。
「いえ、性分のようなものでして……しかしお話とは?」
「ええ、同じ年の方に会ってことが嬉しくて……お友達になりに来たんですの」
「あぁ、そういうことでしたか。私もお近づきになりたいと思っておりました」
「……しかし、本当に何故恐竜だなんて…」
「うーん……それにしてもここは少し騒がしくていけませんわね……。場所を移しましょうか」
「あ、はい」
テウルヒアはウインクして四葉を連れ出す。
□
中庭。空には満月が昇っており、その光が彼女達を照らしていた
「改めまして。テウルヒアですわっ」
「はい、改めまして東城四葉と申します」
唐突にテウルヒアが四葉の名前を呼ぶ。
「四葉さんっ」
「はい?」
「いえ、少し呼んでみたかっただけですわっ友達とはこうするものでしょう?」
「えぇ、では。 デウルヒアさんっ」
「はいっ!」
笑みを浮かべてからクルクルッと回ってみるテウルヒア、ここに着てから彼女はオペラのように活発に動き回っている。
「ところで四葉さん。恐竜について聞きたいことがあったとか」
ひょっとしてずっと本題に入れないのではと思っていた四葉はほっと安心する。
「あ、はい。何で急に恐竜狩りなんか始めるのかと思いまして」
きょろきょろと周りを見渡して実は……とテウルヒアは語り始めた。
「これは、ここだけのお話ですわよ?」
「はい?」
顔を近づける四葉に呟くテウルヒア。
「あの島には、東城家が残したという遺産の話があるんですの」
「……へ?」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする四葉。
一体先祖は何をしていたのだろう、と思う。
「曾祖母様にも聞いた記憶がありませんが、あるんですか?」
「実はあの島、貴方のお父様が蔵から見つけてきた地図から存在が分かったんですの」
「あの蔵にそんなものがあったとは、流石お父様……」
「貴方の曾祖母様も……何か知っているのかも知れませんわね。言わないだけで。
ああ、すいません四葉さん。ワタクシったら」
「い、いえ、曾祖母様も私に全てを伝えたわけではございませんから……」
そこで話を切り替える四葉。
「しかし、『遺産』とはどんなものなんですか?」
「あなたのお父様は『遺産』を手に入れるためにこっそり船を回したらしいのですが。
そこで先の恐竜に襲われて調査隊はほぼ壊滅……どうやら、普通の人間では無理な相手のようですわ。
しかし、それでも諦められない遺産。その名を『ヴァルムンク』」
「う゛ぁるむんく…ですか」
「お父様がそこまでして欲しがる遺産、確かに気にはなりますね」
お金には困っていないのになあ、と四葉は不思議がる。
ならば「そっち」方面の話なのだろうか?
東城家が脈々と受け継いできた魔の系譜の。
「ええ、詳しいことは資料が少ないので分かりませんが……それを手に入れるために、貴方のお父様は躍起になっているようです。
ワタクシとの協力を結んでまで、恐竜狩りと偽ってまで、手に入れたい何か。ワタクシとしては非常に気になりますわ。
それは多分四葉さん……貴方にも関係のあることなのかもしれません」
「あのお父様ですから、また厄介な代物かも知れませんね……。って、私ですか!?」
そこでテウルヒアは話をそらし、一息つく。
「フフ、こう見えてもワタクシ、占いは得意なほうですのよ?」
「まるでハルマン様のようなことをおっしゃいますね」
「ワタクシのはただ、恋占いから始めた……少しかじったものですけれど……。あ、四葉さん」
ここで言葉を切ってニコリと笑いかけるテウルヒア。
「はい?」
「恋、していますか?」
「……………………………あ、う」
「ワタクシは今、燃えるような恋をしていますの。ああ、恋ってすばらしいですわ……そう思いませんか?」
ふふ、と妖艶に笑うテウルヒアに対して四葉は赤くなったりうつむいたりと忙しい。
「え、えっと、その、私にはまだ早いかなーって…」
「いいえ。同い年のワタクシがこれだけ燃えるような恋ができるんですもの。四葉さんも……できますわっ」
テウルヒアが四葉の手をとって再び踊りだす。
「う、うえぇええ!?」
「フフフ、少々からかい過ぎたかしら?」
「いえ、あの、そんな、そんな、そんなことは…」
「恋する乙女は強い、そういうことですわ」
「…ん、はいぃ…」
と、ここでおじょうさまー、おじょうさまー、おとうさまがおよびですよーと声が響く。
「あら? では戻りましょうか」
「はい、また色々あったら困りますし、そろそろ戻りましょう」
かくして、東城家の夜は更けていく。