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ハルマン/大正:恐竜の棲む島その1

「というわけで依頼のほうはこちらの彼でよろしいのですかな?」


望月探偵事務所。ハルマンは猫探しの依頼を達成し、猫を籠に詰めて依頼人の前に出した。

そこには宝石で眩しい、ひたすらまぶしい小太りの婦人がおり、猫を見ると目を宝石のごとく輝かせた。


「ああ、私のジュリエット!」


依頼人の夫人は猫を抱きしめてうれしそうに涙ぐむ。

横に座っていた望月が快活に微笑む。


「間違いありませんね? それはよかった!」

「ええ、名に聞こえた名探偵さんって本当にその名のとおりなのね!」


そうして懐から分厚い札束を渡した。


「これが報酬よ」

「これはどうもお心遣いありがとうございます」


慇懃に受け取るハルマンに対し、望月は微笑を浮かべながら猫探しで名探偵と呼ばれてもなあ、と内心溜息をつく。


「では所長、この件はこれでよろしかったですかな?」


去っていくまぶしい婦人を横目にハルマンが微笑む。


「ああうん、いいんじゃないかな。まったく有名になったのはいいけど急がしいったらないよ」

「いやはや何やらここの所コーヒーを飲む暇すらございませんねぇ」

「所員が増えた分だけ、処理能力も増えたはずなんだけれどねえ」


新しく雇った事務員の桂という女性に目を向ける望月。

もちろん、若く美しい女性だ。

この桂という女性、東城家の縁者なのだ。

剛一の抜け目ない人心把握術の一つである。


「す、すいません……私ったら、運動能力とかなくて……それに、トロくてごめんなさい」


おどおどと桂は謝る。対して望月はさわやかな笑みだ。


「いやいや柱君、事務処理というのも大切な仕事だからね。そう卑下することはないよ」

「……はい。分かりました」


ハルマンもフォローする。


「ええ、おかげで私も安心して外回りができるというものです」

「正直面倒な作業ではあるからねえ」

「そうですけど……」


ここで呼び鈴が豪快に鳴る!


「事務仕事が大幅に増えましたからな…おや」


次いで声。一度聞いたら忘れられないような声だ。


「私だ! 東城豪一だ!望月探偵に頼みが有って来た!」


やれやれと探偵事務所の面々は襟を正し、再びの仕事に備える。


「ぬう、望月さんこれは…」

「一体何事……ああ、東城のご当主じゃあないか」


呆れ顔で望月がドアを開けると東城豪一の暑苦しい顔がそこにあった。

横にはやや疲れた顔の四葉もいる。


「……お疲れのご様子ですな」

「へ? あぁハルマン様。私は大丈夫でございますよ? ……はい、大丈夫です」


望月とハルマンに一礼をする四葉だがいつもの覇気がない。


「それで東城さん、今日はどのような用向きで?」


豪一は勝手に部屋に入り来客用の椅子にドカンと座る。

それを横目に小声でヒソヒソと会話を交わすハルマンと四葉。


(ああこれはまたぞろ東城卿が無茶を言い出された……)

(今日の無茶は絶対に笑ってはいけない無茶です。

ちなみにお父様は正気らしいです)

(卿は愉快な方ですからそれも中々難しい注文ですな)


豪一は「コホン」と咳払いをするともったいぶった調子で話を切り出した。


「さて、まずは……そうだな、これから言うか。今船を作っておるのだ。ああ、もちろん通常の船ではない……軍艦、に近い船だな。名を『四葉壱号』と言う」


ハルマンが吹き出す。四葉が盛大なため息をついた。


「個人所有でほぼ軍艦、ですか。それは……凄い、ですね」


言葉を選ぶのに悩んで、結局凄いの一言を発する望月。


「そしてそれに関連した事なのだが……近々パーティを開く予定だ。君たち二人にはぜひ出席してもらいたい!」


豪一はスッと二つの招待状を差し出す。上品な白い封筒だ。


「進水式でしょうか? もちろん御招待とあれば吝かではありませんが」

「ほほうこれはどうもご丁寧に。東城さまの事ですから…それは愉快な趣向を期待しておりますよ」


招待状を受け取る探偵と助手。


「うむ……その船が完成するのが一ヶ月後でな。その一ヶ月後、君たちは『四葉壱号』に乗り込んで貰いたいのだ」


やはり弐号参号と続くのだろうか、と思いつつ望月はたずねた。


「新造の船で海の旅、とはまた豪勢ですね。どのあたりを回遊するのですか?」

「最近見つかった島があってな。そこを調査をするためにこの船を特別に拵えた」

「いや、未だ未調査の島があったとは寡聞にして存じませんでしたよ。それで、僕たちにもその船に乗ってもらいたいということは……?」


望月がもっともらしい顔で先を促した。彼一流の接客術である。

奇矯な依頼人には慣れているのだ。


「うむ……実はだな、そこの島には――恐竜がいるという」


重々しく豪一が突拍子もないことを言い出した。

望月はきょとんとした後ため息をついて控えめに言う。


「……あの、キネマ撮影の御計画でしたら良い相談先を御紹介いたしますが」


だが、いらんところにハルマンが食いついた。


「ほほう、恐竜ですか。いやいやありえない話ではございませんよ所長。

進化論で有名なコモド諸島には人より大きな蜥蜴がいるとか」

「そう、その通り! 私達にも想像がつかないような不思議はこの世界にたくさんあるのだ!」


ワハハと笑う豪一を四葉はジト目で見る。


「私にとてはお父様の思考が想像もつかない不思議です」

「ええい、娘もこんな調子で……嘘だと思うのならばパーティに出席することだ! そこに、ゴエス財閥当主が来る予定である! 私はその当主から聞いたのだ! 確かだと!」


ハルマンはそのゴエス財閥の当主とやらに疑問を感じる。

まあ、怪しい話である。


(ぬう、もしや良からぬ魔術にでもかかりましたかな?)

(お父様嘘はつきませんから、たぶん確かだとは思います。

……ええ、なお悪いのは重々承知しています)

(この方は普段からこんな感じだから多分大丈夫だよハルマン君!)


返す返すも失礼な奴等である。


「想像がつかないような不思議、ですか」


望月は苦笑しながら頷く。


「真偽はともかく、島の調査には是非ともご同行させていただきたいところですね」


ハルマンもそれに追随した。


「そうですな。この所仕事が立て込んでおりましてね。未開の島でバカンスというのも悪くはないでしょう」

「うむ……! では私はこれにて失礼する!桂くんもよろしく頼む!」


バサァと洋服を翻して去っていく豪一。

四葉は申し訳なさそうに一礼して帰っていく。


「いやはや嵐のようなお方だ…」


そうつぶやいたのは探偵か、助手だったのか。



浅草十二階事件の後、大悟は羽白を初めとした悪魔、魔王の手がかりを追っていた。

しかし解ったのは彼女達が手足として使っている組織が『亜空党』ということだけだった。


「くそっ…尻尾すら掴ませないとは……禍津神共め……」


捜査はなかなか進まず、手かがりが空を掴むように消えていく。

行き詰って机の上の資料とにらみ合いをしている所に上司たる磯村玄大佐がやって来る。


「…あ、大佐殿!お疲れ様であります!」


素早く立ち上がり敬礼をする大悟。それに対し大佐は大悟の肩を優しく叩きねぎらいの表情を見せる。


「そろそろ骨を休めたほうがいい。何かを得るためには力が必要だが、力を入れ過ぎても得るものは得れん」

「はっ…しかし…いえ解りました、しばらく休みます」


大悟は少し力を抜き頷く。少しの間を置いて磯村大佐は口を開いた。


「大悟少尉。……一つ問おう。今回の事件だが、君はどう思う」

「はっ、亜空党は確かに世間を騒がす輩です……

しかし損壊させたキャフェでは違法な品を扱っていたと聞きました、

やり方は間違っているとは言え……もしかすると亜空党も我らと同じ憂国の士のなのかも知れません」


実際、悪魔の手下組織なのだが世間では義賊的な扱いがされつつある。


「ふむ……そうか」


大佐は自身の顎を撫で、何かを納得した。そして静かに一言だけ述べて去っていく。


「……休んでよし!」

「はっ!休暇を頂きます!」


再び敬礼をする大悟。

そして大佐が去った後に……それを見計らったように、一人の女性が入ってくる。許婚である東城四葉だ。


「休暇をいただけたのですか?」

「ええ、しばらく骨休めをしろとの事です」


軍帽を取ってにこやかに微笑んでみせる大悟。


「それは……間がいいというか、悪いというか。骨休めにはなりませんけれど。

実はお父様からパーティーの招待状を大悟様に渡せと」

「パーティ…ですか?それは構いませんがまた急ですね」


四葉は大悟に招待状を送る。大悟は軍帽を脱ぐと招待状を見る。


「すいません、最近の大悟様は忙しそうで、中々声をかけられませんでした」

「ははは、まぁここの所亜空党絡みで忙しかったから……」

「お忙しいところに本当にもうすいません。あの父のせいで……」


ぺこぺこと謝る四葉。これが彼女の平常運転である。


「構いませんよ、あの御仁がなさる事なのですからきっと面白い事なのでしょう。刻限はいつですか?」


大悟は微笑みつつ頷く。


「ええと、場所は東城家で、時刻は九時からですね。少しゆっくり歩いていっても間に合いますでしょうか」


四葉は人指し指を顎に当てて話す。少し、頬が赤かった。


「まぁこんな軍基地で話す事でもないでしょう、少し場所を変えましょう」


二人はまさしく恋人同士のように静かに街を歩く。


「ええ。この一ヶ月で大悟様のことを私はよく知りました。

差し出がましかったかもしれませんが、大悟様のご家族にも色々お話を聞いてですね」

「ははは、姉も妹も元気ですから……さぞかし驚かれたでしょう」

「その、私は、大悟様のことがえーっと、はい。好きみたいです」


四葉の顔は赤く、かわいらしく見えた。


「そうですか。俺も四葉さんは好ましい女性だと思っています」


しれっと歯の浮くことを言ってのける大悟。

しかしここで良く通る大声が聞こえる。


「おー! 大悟じゃないかー!」

「ぶっ!こ、この声はもしや、師匠では」


そこには年のころ十代前半くらいに見える少女がいた。

実際は30前くらいなのだが。


「おっ、四葉君じゃないか! 大悟とは仲良くやってるかな?」

「は、はあ……」


師匠の犬塚志野だ。その元気な口調と勢いにおされる四葉。


「やーやーやー、偶然だね。奢って」

「し、師匠…この間貸したばかりでしょうに…はいはい解りましたよ」


ジト目で財布を出す大悟。遠慮のない間柄だというのが傍目にもよくわかった。


「おー! さすがにきまえいいなー! それともなにか、私がかわいいおんなのこだからかー?」


にぱー、と花が開くような無垢な笑顔を向ける志野。


「はいはい、そう言う事にしておきますよまったく…その性格さえなければ引く手数多でしょうに、せっかくの美丈夫がもったいないですよ」

「むぐー!」

「ほらほら膨れない」


大悟が軽口を叩き、志野がころころと表情を変える。

結局、大悟は両手に花状態でカフェに行く事になった。

四葉の顔が少し曇った。


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