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ハルマン/大正:浅草十二階の狼男・結

そうして帝都の魔術師たちは浅草に急ぐ。

聳え立つ浅草十二階が目立つ、夕方の赤い空。


「できれば月が出るまでにどうにかしたいものだが――」


しかし眼前には人狼の群れ、群れ、群れ!


「……そうはさせてもらえなさそうだね?」


「むう、これは参りましたな」

「流石に多いですね!」

「なぁに…相手がいるのはわかっているんだ、些か雅には欠けるが押し通させて……おや?」


大悟が抜刀すると遠くからエンジンの爆音と聞き覚えのある怒声が聞こえた。


「行け! 我らが軍……戦うために訓練した者達の力を見せろ!」


上司である磯村 玄大佐の声だ。それに続いて突進していく対魔部隊。

大悟の同僚達がいっせいにその力をふるって活路を開きつつあった。


「なんともはや。大悟の前で言う台詞ではないが、軍も捨てたものではないね!」

「ははは、大佐殿!あまり無理をなされますな!」

「ほほう。これが、帝都の力!」

「そう、我らが対魔部隊の牙だ」


そういうハルマンの目は少年のようにキラキラと輝いていた。


「ふん、まだ若い者には負けぬと信じている」


彼はサーベルを抜刀し薩摩示現流の構えで猿叫を上げて、人狼の中に突っ込んでいく。


「大佐殿!『帝都の虎』と呼ばれたその力、信じておりますぞ!」


大悟が野性味溢れるしかし優しい瞳で笑う。


「……大悟大尉! 私もがんばりますっ! 『くるーすにく』!」


中島美紀曹長も同じく聖剣を抜いて突撃する。


「コレが、武力による妖魔への介入を行う部隊、となるわけですか…すごい」


剣が、銃が打ち響きあっという間に前線を構築する。


「ここは彼らに任せて大丈夫そうだね」


聞き覚えのある声がさらに聞こえる。


「高殿の息吹!」


光球が前線の前に出現し、強大な魔力の直撃により……はっきりした『道』ができる。

いい仕事をしたとばかりにさわやかに微笑みのはニベルコルだ。


「これは…あなたがお出ましになられるとは。蝿の王女」

「道が…っ!」

『ふうむ…あの方は貴女の上司筋に当たるのでは?』


ハルマンが小さくラテン語でたずねる。


『私達だって、一枚岩じゃないってこと』


ニベルコルは微笑に向けて道を指し示す。


「さ、行ってきなさい」


「えーっと、皆さんありがとうございます!」


四葉はまっすぐに起動鎧ごと頭を下げる。


「では、折角の花道です。堂々と正面玄関から参りましょう」

「さぁ、参ろうか皆の衆!」

「感謝しておくよ、お転婆さんたち!」


浅草十二階へと魔術師たちは「道」をかける。

今まさに命がたぎる若い生がそこにあった。


「またね、ミスタ・ハルマン」

「ふふふ…また、いずれ。ミス・ベル」


すれ違いざまに魔王と魔術師は笑う。



浅草十二階、その屋上の屋根の上。

月が間近に見える塔の上に狼の王はいた。


「卿よ、ご多忙でしたかな?」


ハルマンは背中を向けて悠然と立つヴォルフに不敵に声をかける。


「来たか、ハルマン。他の用事など二の次だ、この決着を待っていた」


ヴォルフは舞台役者のように大仰に振り返ると、狼のそれに獣化した顔でにやりと笑う。


「ほほう…卿の一世一代の晴れ舞台。ぜひ最前列で拝ませてもらいましょう。

ですが…その前に少しばかり前座の余興を致したく」


ハルマンは話しかける前から指を微細に動かしていた。

その手にあるのはタロットカード。

彼はそれをずっと丹念に切っていたのだ。


「……ふ、前座か。では私はその前座を待ち焦がれていた、という訳だな。滑稽な」

「ふふふ、くだらない占いですよ。これはタローカードというものです。

ごく最近この国に入ってきた占いですな。

卿はご存知でしょう。我々の基本の術ですよ」

「……ああ」


その声にはかすかな望郷の思いがあった。

もう戻れない過去に思いをはせる狼の王。

今は月だけが彼らを見ていた。


「タローカードは22枚の人生の局面を表した絵札で運勢を占うというものです」


そしてハルマンは一枚のカードを無造作に抜き取ってかざす。


「これは、四番・皇帝の札にございます……

その表の意味は支配と庇護、弱者に対する慈悲……

そしてその裏の意味は徳を忘れた王は自らの傲慢により失脚する、そういう卦でございます」


「皇帝」のカードが月に照らされて異様なほどはっきりと見える。

そうしてハルマンは運命を指し示す。


「あなたを占った時に出た卦でもあります」

「皇帝か。……貴族が力を目指した先に待っていたのは暴君、という訳か」


ヴォルフは皮肉そうに、自嘲するように笑う、寂しい笑いだった。


「左様です。これなるカードはあなたのキーカード。十五番・悪魔にございます。

中央に立つ悪魔の持つ鎖に囚われた人間……

これは本来人が持つ徳を忘れ、欲望のままに己を忘れる餓鬼道に落ちた人の姿です。

鎖を持つ悪魔も油断しきり、己の力に酔うだけ。

これもまた、人の本性ではありますがね。

しかし鎖はゆるいのです。堅固な意思があれば……悪魔から抜け出せる。

それが人なのですよ、卿。それはあなたでも同じではありませんか?」


ハルマンの呪はこの時ばかりは効かなかった。

事態はもはや手遅れであり、ヴォルフはその運命を受け入れていたからだ。


「……そう、だな」


ぎこちなく肯定するヴォルフ。彼はそのまま独白する。

夜霧が彼を包んでいた。


「俺は今、欲望のままに動いている。これが魔王の呪いというやつだろう」


それはとても寂しい独白だった。むしろすがすがしささえあったかもしれない。


「なれば、悪魔に逆らうのもまた人、と申しております。考え直されませんか?」


答えはハルマンにも解っていた。これは最終確認だ。


「しかし今の俺は夢を捨てきれない……夢に向かってただ進むしかできない、ただの獣だ」


そうして、ヴォルフは杖を抜く。中がサーベルになった仕込み杖だ。


「なれば仕方ありますまい…この戦車のカードにてあなたを止めましょう!」

「ならば来い! 天才魔術師よ!」


月に吼えるヴォルフ。

シンプルでわかりやすい男の世界がそこにあった。


「夢に進むのその思い、同じ方向に向かって欲しかった。ですがそれも今はかないませぬ」


四葉が静かにその咆哮に答える。凛としたその声は美しく、強く。この夜にふさわしかった。


「だからこそ、全力をもって武力でその夢に存分に介入いたしましょう!!」


大悟は刀を抜きゆらりと構える。


「月夜に吠ゆるは夢を求めた狼の王……か、その牙、我が帝都の牙とどちらが冴えるか…いざ勝負!」


望月は拳銃を取り出ししっかりと狙いを定めた。


「多勢に無勢、だが力もて世を平らげようという者が卑怯とは言うまいね?」


これこそハルマンの切り札、信頼できる仲間たちだった。


「これが私の戦車のカード…その真意は動的安定!進み、道を切り開く若者の姿です……彼らのようにね」

「ならば勝負だハルマン!私は私というカードに全てを賭けよう!」


ヴォルフの上半身の衣服がはじけとび、真っ白い獣毛に包まれた狼男がそこにいた。

狼の王は気高く天に吼える。


そうして、戦いが始まった。


それは神話の戦いだった。

剣を振るう勇者に、からくりに乗った姫君、探偵と魔術師の魔術が入り乱れ飛ぶ。

夢のような時間。

幾度目かの剣が気高き狼につき立てられた時、彼らは獣の王がもはや生きる屍であることを知る。


「やはり…『弄られて』いるようですな」

「ああ…」


望月とハルマンがつぶやいた。

傷口から覗く彼の肉は腐っており、生きていないのは明白だった。


「コトバ ハ イルマイ」

「狼の王よ、お前は気高い、そして美しい…だがあまりにも哀しい…その夢を追う姿、掴み取らんとする牙…我が刃にて止めさせてもらう!」


一閃、大悟の刀がヴォルフの心臓を貫いた。

狼はどうと倒れるとゆっくりと人の姿を取り戻していく。

それは、彼が死に行くということを表していた。


「……長い夢を見ていた気がする」

「良い夢でしたか…?」


先ほどとはうってかわって、その声は弱々しく……儚い


「……儚い夢だった」


そうして、彼は首を動かしてゆっくりとハルマンの方を向く。


「だが……良い夢だったのだろうな」


その哀しい微笑みはハルマンにとって呪いとして生涯焼きついた。


「やはり、私はあなたが少しうらやましくありますな」


それはやはり道に迷い、道を見失った夢無き者の虚しさで。


「フフフ、そうだろうな……夢を追いかけている人間というのは、まぶしく見えるものだ。

だが、忘れるなよ……夢を追うものは時に、盲目となる。その眩しさに負けたものもな……」


その言葉はハルマンにとって楔として打ち込まれる。


「心に留めておきましょう…」

「やはり……最後に君と会えてよかったよ、ミスタ・ハルマン」


ヴォルフが血を吐く。もう長くない。


「こちらこそ、ミスタ・ヴォルフ。いずれ黄泉で」

「……サラバだ」


彼の体は力を失い、ゆっくりと目が閉じられる。

大悟は刀を納め散り逝く姿を見送った。


「さらばだ、良い戦士だったぞ」

「夢は追うものではなく掴むものだと思うが……ね」


望月が少し悲しそうに、しかししっかりとつぶやく。


「義の門よ。私のために開け。彼はそこから入り、主に感謝しよう。

かの人の魂は深き淵にあれば、御言葉の通りに堅く支えたまえ…AMEN」


ハルマンが祈りを捧げ。

かくして一夜の大騒動は幕を下ろした。



白昼の墓地、うらびれた一角、そこには粗末な墓が一つ立っていた。どうやら生前に作らせたものらしい。

墓石にはこう彫られている。


『貴族狼ヴォルフ、夢に敗れ、ここに眠る』


ハルマンは菊と蓮華の花を捧げるとしばし静かに祈った。


「花言葉は苦しみを和らげる…ですな。死後は呪いから断てればよいのですが」


後ろから足音もせず声をかけられた。

だがハルマンはこの魔力を知っている。


「世界の真実……魔王の存在を知ったようですね、ハルマンさん」


現れる真昼の月のような女性、対魔を取り仕切る女神。


「…これは、マダム・サリエル。やはりご存知でしたか」

「やはり、この国にあなたを呼んで正解でした。

……貴方は、その目で見たのでしょう、魔王の所業を」


ハルマンは思い出す。何もされずにその存在だけで敗北を味わった力を。


「…あなたに言い逃れはできませんね。是、です」


そうして続ける。あの存在が何だったのかをよく思い返してみる。


「人の心の隙に囁きかけ、魂と引き換えに禁断の知識を授ける…まさしく魔王の諸行ですな」

「はい、彼女達は自分たちのことしか考えてません。

……今はまだ、結界の力が働いており彼女達は思うように行動できないようですが……」


そこでサリエルは一つ区切って言った。


「ハルマンさん。突然ですが……私のお願いにはいかイエスでお答えください」

「はっ御心のままに」

「貴方は、その目で見てください。この先、何が起きたとしても、その目で見、その心で判断しなさい」


その目で見る。観測者となる。

それは何も無かった彼にとって一つの指針となった。


「元よりそのつもりです。私はあくまで観察者。主役を張れる器ではございません。ですが…」

「……ですが?」


そうして、誓う。自分が何者であるか。


「それ故、最後まで見届ける。それが私の誓いです」

「ええ、お願いしますよ、ハルマンさん。では」


そういうと白昼の墓地でサリエルはその印象の通り昼の月が消えるかのように姿を消した。


「彼女らが魔王、ではあなたは……ふうむ、私も流れの中に入ることになるのですかねぇ」


ハルマンは肌で感じていた。この時代の風、激動の20世紀の予兆を。


「いやはや、やはりあなたを生かしておくべきでしたよ……」


墓に目線をやる。戦火は、天災は間近に迫っている。

ハルマンはおぼろげながらであるが、その時代のうねりとでも呼ぶべきものを感じていた。


「この時代を生きるのはなかなかに大変でしょうからね」


そうして、彼は踵を返す。

その視線の先には、確かに楽しくも恐ろしい20世紀という時代があった。


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