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ルグゥ/平成:京都事変

HALによる魔術公開宣言が成され、流空による妖怪大戦が勃発した一月後。


「賽はふられましたな。さあどう出ます指揮官殿?」


ラップトップパソコンからHALの声がする。

AXYZ直属部隊「ヤタガラス」隊長「文里陽介」の家のパソコンに常駐するHALの分霊だ。

自分自身をプログラム化しているHALだからこそできる芸当である。


HALはまだ完全には死んでいないのだ。

生きて責任を果たす。その覚悟のために文字通り生き恥をさらしている。

実際、彼はこの1ヶ月で忙しく動いていた。

TVのインタビューから国会による召還、組織の運営。

彼が機械でなければ倒れていただろう。


「うーん、LUX残党は妖怪と合流して京都を狙ってくるでしょうね。

それはあなた自身が予見していたことですし。

京都の術者に対するハニートラップや取り込みを誰がどう接触されるかまで占ってくれたのは感謝しますよ。おかげで忙しい」


 これは実に的確にAXYZの弱点を狙った戦略である。

 AXYZの掲げる魔術の公開のためには日本の魔術師、術者には品行方正でいてもらわなくてはならない。

 LUX残党など敵が「悪い例」でいてもらうためにも。

 スキャンダルは敵だけで十分なのだ。ここで魔術に対するネガティブイメージが世間に出回るのはHALにとって困る。


「結果はどうなりましたか?」

「上層部やエース格への接触は防げています。捕まえたスパイの数が多すぎて手が回らないくらいですよ。

うーん、だけど……下部組織やフリーの僧侶までは手が回らないですね

AXYZにそこまでの求心力も強制力もない」


 フリーの僧侶とはこの場合檀家も持たず寺も持たない坊主のことだ。

 どこへも属せず彼らはハンターになるか、葬儀社に雇われてお経を上げるしかない。

 あるいは商才があれば起業して電話一本で僧侶を派遣する僧侶になるという手もあった。

 それはハンターも同様で、この2010年代の僧侶と僧侶出身ハンターは電話一本で雇われる存在となっていた。

 仏教界や教団に不満を持つ僧侶の中の貧困層。

 LUXはここに取り込みをかけた。ある時は色香、ある時は金、あるときは思想で持って彼らを釣り上げたのだ。

 確かにHALの占いはハンターの中のエース格や僧侶の上層部などといった「取替えのきかない人材」へのスパイ活動は防げた。

 しかしその他多くの「替えの効く人材」までは手が回らなかった。


「神討会東北本部のほうはどうです?」

「連中、ウチに派兵する気ですね。京都にかかりきりになっている間に攻めるでしょうが……なぜウチに?」


 AXYZはこのままでは京都と東京で二方面作戦をせざるを得なくなってしまう。


「ああ、それは簡単ですよ。

それにウチは国津、天津問わず弱小の神々を保護していますから。

神殺しをしたいんじゃないですか?」

「アナーキスト共め、厄介な時に」


文里隊長は吐き捨てるように言った。


「いずれにせよ、これから半年の間に大きな動きがあるでしょうね。

この争いには妖怪も確実に介入してくるでしょうし」

「いちおう神討会とは休戦協定は結んでいます。そこから牽制しましょう」

「京都への派兵は?」

「体制は整えておきますが、国の側に動いてもらったほうがいいでしょう。

自衛隊派遣は現実的じゃないですし、

警察の機動隊のほうに話を通しておきます。武器の供給も増やしましょう」

「ではそのように」


 2月後。京都は内戦状態となっていた。


 京都の各寺の本山で火の手が上がった。

 下層階級の僧侶たちが本山に反旗を翻した。


「変えてみせる、俺が、俺たちが変えねばならぬ!」

外道ルクスの術で力を得て不殺生戒を破るか。魔境に堕ちておるぞ」

「宗派としての見解を発さず、挙句魔術師共妖怪共と手を組む本山が何を言うか!」

「三毒に溺れる蒙昧が!

貪欲をむさぼり争いあう、怒りをもって武器を手に取る、そしてそのおろかさも知らぬ無知!

LUXとは斯様なところなり、考案するまでも無きことぞ!それでも僧か!情け無い」

「僧伽としての勤めを忘れた天狗に言われたくは無い!」

「見解もなしか。くだらん……」


 京都の無数の神社で。


「悪いな、こっちも仕事だ」

「こちとらお前らの動きなんざ読めとるんや。お前、捨て駒やぞ」

「だがここで引く訳にはいかん。依頼料分の仕事はさせてもらうぞ」

「さよけ。上等じゃ」



 スキャンダルを嫌うAXYZと生き残りをかけているLUXの戦闘はその最後のあだ花として妖怪たちの乱入を招いた。


「あれじゃよ、戦いと言うものは派手にやるものじゃぞ?」


 これはLUX側が傭兵としてさまよっている彼らに依頼をした形となる。

 京都と、それを支援するAXYZに対してのダメ押しというわけだ。


 炎に包まれる京都を見て流空は笑う。


「ふむ、さすがは死兵。これだけ無茶な作戦でも戦いよるわ。

これならば、案外HALの案に乗らずともいけるかもしれんの」

「面白そうな話じゃない」


 うしろから声が不意にかかる。


「ニベルコルか。驚かすでない。そうじゃな、おんしなら知っとるじゃろ。

なんだかんだでAXYZと二重外交をおこなっとるおんしならな」


 彼女の腹心であるニベルコルだ。戦火を優雅に眺めながら人外の姫たちは語り合う。

 流空はニベルコルがHALとも策略を練っていることを最初から知っていたし、

 ニベルコルも気付かれていることに気付いていた。つまり、そういうことである。


「そうね、神討から逃げる唯一の方法とか?」

「うむ、それじゃよ。人食いは死なねばならぬ。

なぜなら人食いをする以上神討は狙ってくる。

しかし人食いを禁じれば暴れだす。故に殺すしかない」


 燃える火、その中に踊る怪物の陰。それを眼下にニベルコルは推理を開帳する。


「人食いをすべて粛清して『ここまでやって人食いをやめたのだから助けろ』とHALに泣きつくのも案の一つよね」


 うむとうなずき、不愉快そうに顔をゆがめる流空。


「まっことに業腹じゃがの。人食いを行わん民を生かす方法の一つではある。

AXYZ保護下に入ればおいそれと神討も手出しが出来ん。

じゃが、じゃがの。そこまで卑屈になれるほど誇りを捨てておらんのじゃよ」


 ぎり、と牙がきしむ。すでに積んだ状況から民を率いねばならない苦悩が見て取れた。


「そこであなたは考えた。人食いを人類との戦争に当てればいいってね。

討ち死にしても彼らにとっては本望。万一生き残ってもAXYZの捕虜になれば命をとられることはないわ。

HALはなんだかんだで甘い人だから」


 そう、HALは甘い。これが他の組織ならば即解体されていただろう。

 だからこそAXYZに対しては戦争するデメリットがあまりないのだ。


「それに、勝算がまったくないわけではないからの。

神討とAXYZ、LUXをうまく同士討ちさせるようにゲリラ活動をおこなっていけばよい。

消耗した神討を暗殺できれば御の字じゃよ。あとは適当なところで停戦をする」


 勝てば官軍、負けても死にはしない。

 それだけで賭けるには値していた。


「どう転んでも里の存続はできるわね。最初からHALと談合していたんでしょ?」

「アイデア自体はAXYZで学んでいたころに議論した。どのプランを実行に移すかは言っておらんがあの機械のことじゃ、覚えておるだろう」


 裏口をあけてあるしの、とベルを見る。


「負けても捕虜として生き延びる、勝てば御の字。楽な戦じゃ

そのためにはなんとしてもAXYZは最後まで生き延びてもらわんとな」

「でもそれでいいの?鬼の事はわからないけど、人間だったら捕虜として辱めをうけるくらいなら死ぬとかいいそうよ。あなたたち」


 もっとも、だからこそAXYZを選んだんでしょとベル。

 そう、AXYZならば致命的なことはされない。なにしろ「捕虜の人道的な対応」をかかげているAXYZのことだから。


「わかっとらんの、わしのモットーは弱肉強食じゃよ。

負けたら徹底的に慰み者になるのもまた鬼らしいと思うがの。他の鬼は知らんが」


 それは孤独な呟きだった。あるいは、頭目として生まれた嘆きだったのかもしれない。


「それはあなたの性癖じゃないかしら。AXYZにはあなたのお眼鏡に叶う男はいないと思うけどね」


 そう、鬼を満足させられるほどの男がいい子ちゃんのAXYZにいるとは思えない。

 あえて言えば神討会ほどの修羅ならば合うだろうが、彼らが出会えば殺し合いにしかならない。


「なに、御せぬならその程度ということじゃ。裏からいくらでも口出しして立ててやればいい。

男をいい男でいさせてやるのがいい女というものじゃろう?」


 ニベルコルが呆れたようにつぶやく。


「少なくともあのジジイではないわねそれは」


 そう、ありえない。HALはもう機械の身だ。


「枯れているというよりあれはもう機械じゃよ」


 戦場のガールズトークは残り少ない。

 いずれ決着がついたときにはもうこんな会話はおそらくないのだ。



 後に京都事変と呼ばれるこの争いは壮絶に終わった。

 格神社仏閣は重要人物は大方守れたものの、ほぼ壊滅状態。

 両者痛み分けで終わった。

 これから、争いは加速し「失われた十年」に続く「暗黒の十年」を彩ることとなる。


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