ルグゥ/平成:妖怪会談
ここから先は「覚醒の日編」となります。
魔術の大暴露によって起こる大混乱と戦乱が主なテーマとなります。
世界を大混乱に陥れたHALの幕引きから数日後。
妖怪の先行きは、暗い。
時代についけいけず、過去に暮らす者に未来はないのだ。
新潟県妙高山にある鬼の隠れ里。
そこの鬼の姫、妙高山流空が腹心の悪魔、ニコルベルと話をしていた。
「呼ばれたから来たわよ。お元気?」
シャツにジーンズというラフな姿のニコルベルに対し、流空は古風な着物姿だ。
額には親指ほどの二本の角が突き出ている。
「身体は問題ないんじゃがの、頭が痛うてかなわんわ。まあ、よう来てくれた」
眉間をもんで、くたびれたため息を漏らす。
「頭痛薬よりも胃薬の方が入用みたいね」
「酒の方がもっと良い」
あめ色の時代がかった引き出しからビンとお猪口を取り出し舐めるように飲む。
少女に酒はなぜかよく似合った。
「そうね、せいぜい毒を入れられないようにね?」
茨城童子が酒に毒を入れられて殺されたくだりのことだ。
「ああいう古臭い奴らはむしろわらわが毒をもってやったがの」
地の底を這うように笑う流空。
「ああ、お土産に塩ようかんを持ってきたけど食べる?」
「食う」
他愛ない話し合いだった。
「それで何の用?」
ニコルベルが座椅子に座り流空を見る。
彼女らがいるのは古臭い電球の釣らされた古風な日本家屋だ。
天上の梁は重々しくそびえ、畳はあのなつかしい涼しげな匂いを漂わせている。
流空はしばらく黙った後、口を開いた。
「HALが魔術の公開を宣言しよった」
「知ってるわ、彼は最初からそれを考えていたし、そのためだけに一直線に打ちこんできたもの」
ニコルベルはつまらなそうにため息をつく。
そう、わかっていた困った事柄の再確認だ。
「おんしならばこの意味が解るじゃろう?魔術の公開と共にあやつが人外の公開をやるのはすでに決まっておる。
そこに我らの存在も含まれれば……破滅じゃ、破滅じゃよ」
くく、と流空が自棄じみた笑いをする。
諦観や絶望だけではなく、破滅を愛する鬼のサガがそこにあった。
「総人類宣言だったっけ?人と共にあるならば人類、人食いならば獣。
獣を駆逐するのに遠慮は要らない……それが魔術師であっても」
彼らは人食いだ。その存在が公に出れば当然、滅ぼされるだろう。
彼らが人として扱われると言うことは、犯罪者として死刑になると言うことを意味していた。
「そうじゃ、奴はこの機に人に仇なす魔術師も、我ら人食いも駆逐する気ぞ」
何杯目かのお猪口を飲み干し、流空はことんと杯を置いた。
ニベルコルは紙袋からようかんを取り出し、指を当てるだけで中のようかんを切り分けてしまう。
「いずれ彼は最後通牒を突きつけてくるわね、代用肉を食べて人食いを辞めるか、
それとも人間を辞めるか」
ニベルコルは懐から銀の楊枝をとりだし、ようかんに突き刺す。
「だが、民草に人食いをやめろと言って納得するか?ありえんじゃろうな」
そう、ありえない。妖怪たちがいまさら人食いをやめるというのはもはやありえないのだ。
「じゃあ土地を捨ててどこかへ逃げるとか。傭兵って手もありね」
「それもできぬ。国を失った民がどれほど悲惨か知らぬわしではない。
第一、我らはこの土地がすきなんじゃよ。ここで暮らし、ここで死ぬ。
そもそも、拠点なしで傭兵などやれん
いっそ、奴らののど笛を食いちぎってやるのも手かもしれん。
電撃戦で占領してしまえば容易には手がだせんじゃろ」
流空は七輪に置かれた干し肉を素手で取ってかじる。
「それは嘘ね。あなたは華々しい散り際を飾りたいだけ。
万一うまくいっても今度は海外から集中砲火を受けるわ。
孤立した日本でどれだけ戦えるかしらね第二次大戦が保障してるわよ」
ニベルコルは皿の上でバラバラになったようかんをもてあそぶ。
「では、人里の人間から胚だけいただいて新しく家畜人類を作る。
知性は低く、獰猛じゃ。人食い共の要求を満たしておろう。
徐々に食肉加工されたものを増やしていき、最終的には代用人肉を受け入れされる」
このようにの、と流空は懐から魔術加工されたざくろを取り出す。
ざくろ。それは人食いの鬼子母神が仏から渡された果実。
人肉を食う業を持つものであっても食える食べ物。
「それもダメね。人食いが望むのは人類と知力の限りを尽くした闘争。
家畜じゃ彼らは満足しない。それに、食肉になじむまで何十年かかるかしら?」
切り分けたようかんをニベルコルが食べる。
机の上の急須から湯のみに茶を注ぐ。
「文化とは受け入れられれば慣れるのは早いものじゃよ。だが……時間が足りん
HALならばそれで納得するじゃろう。知性が無いならば人で無いと。
だが神討の逆鱗には触れるじゃろうな。というか、もう触れておる」
神討降魔。妻を神に殺され、親を魔に殺された復讐鬼。
人間がその全てをかけて魔も神も殺そうと人生をなげうった果ての存在。
鬼よりも恐ろしく、悪魔も泣き出す男だ。
人に仇名すバケモノ、魔術師や超能力者で人に害を及ぼすものにはまるで容赦が無く、
美女を二目と見れない姿に変えたとか、一族郎党滅ぼして仲間に首を送りつけたとかいううわさのある男だ。
その弟子たち、仲間たちも同様の悪鬼のような連中と聞く。
「結論は?」
じじ、と電球が明滅する。
「この土地を捨てず、人食い共を納得させ、その上で滅ぼされんような、そんな手段じゃ」
「つまり?」
くい、と流空は杯を開けて語る。
「妖怪の里同士で同盟を組み、人類に対し打って出る。
これで散るならばそれでもよい。闘争に死ぬのならば本望じゃ。
それに……何も言わずに従うだけではないと人類に示せる。一定の勝利をもぎ取って、あとはうまく停戦し冷戦に持ち込む」
ニベルコルはため息をついた。
「あなたはそれでいいのかしら?別にあなた自身は人食いをしなくても生きていけるでしょう?」
「舐めるなよ悪魔。わしは鬼の頭領。このつとめからは逃げぬ。鬼のために生き、鬼として死ぬ。
わらわにも誇りというものがあるんじゃよ。ただでは死なぬ。
じゃがの……人食いをせぬ民はそうもいかん」
「そこで私との取引というわけね」
「そうじゃ、いざとなれば彼らを亡命させてやってくれ」
「それも妹さんのため?」
「あれは優しい子じゃ、頑固者の大馬鹿じゃ。体が弱っても人食いをせなんだ。
そうじゃ、そのためじゃ。我らは死ぬ。それでいい。
だがあの子は頼む」
流空は立ち上がり妹の座敷牢の鍵を投げてニベルコルに渡した。
「解ったわ……往くの?」
ふすまを開け、土間に出る。
「征くのじゃよ。どの道、攻めて来るじゃろ。この先は地獄じゃ。
さらばじゃ、我が友」
「ええ、いずれ地獄で。武運を祈っているわ」
そこにはAK-47、手榴弾、日本刀、バイク、戦争の用意が存在した。
□
HALによる魔術の公開が行われ、妖怪達は身の振り方を考えるため集まった。
太平洋上の和風豪華客船「宝船」。そこに百鬼夜行の主たちが終結していた。
新潟県妙高山から茨城童子の末裔、妙高山流空。
岩手県遠野からこの妖怪自治区構想を考え出した黒幕、鬼院楼蘭。
四国から八百八狸を従える七代目隠神刑部。
茨城から九千坊を束ねる河童の寧々子。
京都伏見稲荷から狐を代表して選ばれた葛葉華陽。
他、四十八天狗と八大天狗からの使者も来ている。
「宴半ばではありますが、ここで、開会口上を述べさせていただきます。
高いところから失礼いまします。わたくし遠野の里を束ねております鬼院楼蘭と申します。
このたび、AXYZのHALにより魔術の公開が目されましたことになりましたので、
九千坊寧々子河童様に場をお貸しいただき、皆様にご足労願いました。
史上初めてとなる百鬼の集まりに大変うれしくおもっております。
有意義な会議にいたしましょう。わたくしからのあいさつはこれにて締めさせていただきます」
妖怪達の黒幕といわれる鬼院楼蘭が挨拶を行う。
司会進行役の大入道がその大音声で叫ぶ。
「ありがとうござんした。では次に……」
そこに割って入ったのが天狗の僧正坊だ。
2mを超える偉丈夫で、実に雄雄しい肉体を山伏姿で覆っている。
「ああ、良い良い。わしらは何も挨拶をしに参ったわけではないだろう。
今後の身の振り方をどうするか、だ」
この横暴ともいえる天狗の乱入に助け舟を出したのは狐だった。
文字通り狐色の着物を来た京美人といった姿だ。ただし尻尾が出ているが。
「ほな、天狗の皆さんはもう決めてはる言うことでよろしおますの?」
天狗は深くうなずき悠々と宣言する。
「左様。わしらはこの機に人間社会に進出を目指す。といっても武力ででは無い。
HALの『総人類宣言』を受託し、天狗の力を人に認めさせる所存だ」
「総人類宣言」とはHALによる宣言でざっくりいえば
「人間として人減の法を守るならば人権を与える。バケモノとして人を襲うなら害獣として容赦なく殺す」
というG8合同で出された妖怪に対する宣言だ。
どよどよと会議が大荒れに荒れる。野次も飛ぶ。
「これだから天狗は横紙破りなのだ」
「敗北主義者め!最初からHALと手を組んでいたな!?」
「鎮まれぃ!」
天狗の圧力が周囲を覆った。
これでも頂点に君臨するほどの力の持ち主たちだ。
野次を飛ばすような弱小の妖怪ではひとたまりも無い。
「我に続き、表の世界で堂々と!その力を試さんとするものはおらぬか?」
それぞれの顔に困惑、憤怒、期待が移りまさにその様百面相百鬼夜行。
「わしら狸はそれで困らん。元々人と共にあったしの。他のもんはどうじゃ?」
僧服を威厳たっぷりに着こなした老僧そのものの大狸「隠神刑部」が重々しく宣言する。
「異議なし」
「ハン、隠さずにすむってんならそりゃいい話だ。
でもね、HALとやらの計画はドロ舟じゃないのかい?」
寧々子河童が蓮っ葉に切り替えした。
薄緑色の髪を持つ肌がつややかな美女である。ダイバースーツのようなぴっちりとしたレザーをまとっている。
「それやったら、京都も賛成しとりますえ?計画に疑問がおありやったらお手元の資料を検討しておくんなはれ」
九尾の狐が式を飛ばし、それぞれの元に書類が飛んでいった。
そこに鬼の流空が割ってはいる。黒い着物姿に角がかわいらしい少女だ。
「待て、まだその話は早い。公開が安全に行われたとしよう。
それでメリットを得られるおぬしらはいいじゃろう。
じゃが、デメリットを考えたことはないか?
まず、自由に妖術を行使するのは難しくなるじゃろう。
それから人をさらったことの無いものが一人もいないのかの?
おるのであれば、刑法で罰されなくとも、民法で莫大な賠償金を取られるじゃろう。
そしてなにより……貴様ら、それでよいのか?妖としての誇りは無いのか?
闇に生きてこそわしらじゃろう」
鬼院が援護射撃をする。
貴族然としたドレスがゆれた。
「まだあるわ。たしかにAXYZは受け入れるでしょう。
ですが、神討やLUXは?あれは居場所を明かせば嬉々として襲ってくるでしょう」
リュウキュウLUX、トーキョーAYXZはそれぞれの都市に存在する魔術結社であり複合企業だ。
このうちトウキョウAXYZは都会に住む妖怪の受け入れ政策を行っている。
トウキョウAXYZは人食いに対し洗脳と代用食を提供することで彼らを一応受け入れてはいる。
だがそれでも東北の神討会やキュウリュウLUXに比べればましだ。
神討会の場合多くは妖怪は善悪関係なく人に食われる。
食うことによって妖怪の力を身につけ、邪な魔術師や横暴な神々を打ち倒すのだ。
リュウキュウLUXに至っては悪人だろうがバケモノだろうが受け入れる。
だが逆に人間だろうが何だろうが関係なく権力者の玩具や研究者の実験材料にされるのだ。
「都会に出た者をさらって身内を脅してくるやもしれぬ。
どうじゃ?それでも人として生きるか?」
「そら、鬼のあんたさんらは困るでしょうなあ。そやけど、LUXの「総帥」二代目羽白太白は神討に殺られたんとちゃいます?」
狐は嫌味たらしくころころと笑う。言外に「貴様らのような野蛮人とは違う」とにじませて。
「ふん、人の顔色を伺う鬼がいるものかよ!
このまま座しておってもLUXや神討に葬られるは明白!
羽白がおらずとも、LUXという怪物は残っておる。
それがなぜわからん!AXYZの男と死の床まで枕を並べる気か狐!」
これは狐がHALと同盟関係にある大野零の内縁の妻であることを揶揄したものである。
「挑発やったらもうすこし気の利いた事をいいなはれ
鬼には鬼の、狐には狐の仁義いうものがあるんどすえ?」
狐には3つの特があるという。その一つが仁徳。
狐とは来つ寝。人と共に有り、尽くすと決めた相手に尽くす。
それも狐の特性の一つだった。
天狗が鬼に反論した。
「ならばこの鞍馬山僧正坊が問おう、鬼の姫よ。
人と戦をして事が成った後はどうする?
だが、それは世界中の「人間」に大義名分を与えることと成ろう。
そのままごまかしとおせると思うか?否だ。今度は世界と戦うことになろう。
一体いつまで戦い続ける気だ?滅ぶまでか?」
天狗は筋骨隆々としたその身体で声を出す。
鬼の少女は凜として叫ぶ。血色のいい唇が大音声をつむぐ様はたまらなく艶っぽい。
「いかにも!人として生きるくらいならば獣として死すまでよ!
人から恐れ、畏れられずして何が妖か!人を恐れるなど、情けなくは無いのか!?
ならば乾坤一擲、人に目にもの見せて戦い抜いてやろうではないか!」
「応!人の顔色伺って生きるくらいなら討って出てやる。鬼の姫さん、俺らはあんたにつくぜ」
元から同盟関係にあった一人がはやし立てる。
「もちろん、滅びにいくのではありません。これはいわば我らが昔からやってきたこと。
こちらの力を見せれば、ほどよい自治が勝ち取れると言うものですわ。
我ら、遠野は妙高山につきます。ええ心配はいりませんとも、手慣れたものですわ」
ここで、鬼院が一枚手札を切った。
彼女は明治維新時も政府と戦い現在の妖怪自治区を勝ち取った実績がある。
「賛成の皆様はご起立を」
すっくと立ち上がる妖怪が数人、数十人と数を増していく。
「それより、ええんどすか?こわーいお兄さんがたを黙らせたままで」
狐が指先をついと動かすとその「気配」が他のものにも解った。
「空間圧縮……やってくれるね」
河童の寧々子その目を細くする。空間圧縮は鬼院の得意技だ。
「なるほど…妙高山の。貴様も刃を隠してこの場に来たということか」
天狗が立ち上がりその筋肉を開放せんとする。
「じゃからどうした?わらわが申したき事は、あれじゃよ、我らと共に神討共を討つか、さもなければここで死ね」
パチンと指を鳴らすとふすまを蹴倒し流空の兵たちが入ってきた。
AK-47と日本刀で武装した鬼たち十数。中にはレールガンや生体ミサイルを搭載したサイボーグも見られる。
そして五月雨式に鳴る銃声。
「よかろう、ならば鞍馬山僧正坊が我と共に来る者を守ろう」
天狗が羽ばたきをすると、AXYZの傘下である東亜重工製の荷電粒子刀と魔力式弾体射出装置、対物反応盾を構えた軍勢が一瞬だけ光学迷彩を解く。
同時に、隠神が空中に結跏趺坐し印を組んで「張ってあった」見えざる障壁を見えるようにする。
赤白く輝く曼荼羅が浮かび上がり、梵字が乱舞する。
「ち、法術だけでは防ぎきれんか。神道系の弾丸じゃな」
弾丸の一部は止まったが、当然対妖術対策の取られた弾丸であったため、半数程度は対物反応盾に頼ることとなった。
「その装備……HALの入れ知恵か、小ざかしい!」
流空がむしろそうでなくてはと笑いながら叫ぶ。
天狗たちの全ての装備は「こんなこともあろうかと」HALが用意していたものである。
場は大混乱にあった。元から所属のはっきりしていた者たち、あるいは大妖怪以外は皆身を伏せるかそれぞれの手段で逃亡しようとしている。
「おお怖い怖い、ほんならうちはおいとまさせてもらいますわ」
いの一番に逃げ出したのは狐だった。
静かにしていた寧々子河童が牙をむき出しにする。
「貴様ら……ちったあ頭を冷やしがやれ!」
その声と共に、船が一瞬で崩壊した。
あっというまに妖怪たちは空中に、夜の海に投げ出される。
天狗が羽を広げ空中を駆けながら連体を作って銃を撃ちまくる。
鬼は背中につけたスラスターや飛行妖術を使い不規則に動いて応戦する。
水に落ちたものたちはすばやく河童に「保護」され拘束されて陸に上げられた。
「さぁて、どうしたもんかねえどうしちゃってくれるかねえ!」
水の上であぐらをかいて油断無く空の戦場を睨む寧々子。
彼女たちには逃げ道があった。そう、海はどこへでも続いているのだから。
しかし、このまま引く気は無い。というより引けない。
「問題はどこを落としどころにするかだ……」
水かきのついたぬめる手をつややかに光る唇で噛みながら寧々子はつぶやく。
「きまっとる、首級じゃよ。血に酔った鬼を止めるたった一つのものじゃ
首級をあげるまで奴らは止まらん」
空中戦を続ける隠神から念話が入る。
「そういうわけにもいくかい。まだ死なれちゃ困るんだよ。
あっちはその気でもこっちは逃げ切りゃ勝ちだ水底で鬼が河童にかなうもんかい」
「うむ、この戦い、鬼が追いきるか我らが逃げ切るかだ!」
天狗がバレルロールを描きながら巧みに鬼の雑兵をキルゾーンに誘い込む。
「となりゃあ……最高峰の足止めをさしてもらう。
こいつの首級がありゃ、あいつらも納得するだろうさ」
寧々子はその美しい緑髪をたなびかせて水に潜る。
最大限身体を種族本来の形に戻し水をえらいっぱいに吸い込む。
そして、禁じられたその祝詞が水中に響き渡った。
「弥栄、弥栄、九頭竜!」
彼らのプレッシャーは鬼にも伝わった。
それに気付いたのは全員がほぼ同時だった。
「何をする、九千坊の!」
水をさされた、という様子の天狗の声がした。
「決まっておろう、あれが来るんじゃよ。女好きの海神共が!備えよ僧正坊の!」
「応!あれは敵も味方もあったものではないわ!なるほど、そういう心遣いか。すまんな九千坊の」
「聞いておらんよ。わしは彼奴の心を感じ取ったに過ぎぬ。今じゃ、退け!」
鬼のほうもその畏怖が伝わっていた。
「姫!来ます!奴が来る!」
「海神の眷属か!面白い、切り札をきりよったな河童!」
むしろ爽快そうに、不敵な笑いを演出し、怯える者を奮い立たせる。
「皆の者、河童の大将首がありよるぞ!
手柄を立てい!戦働きの時じゃ!我に続け!」
相手がいつのまにか天狗から河童に変わっている。
しかしこれは流空の考えていたパターンの一つである。
彼女は聞こえないようにつぶやく。
「……潮時か。やられたの。あの時しとめきれなんだのは失敗じゃったわ」
彼女の戦術は正面切っての会議メンバー暗殺が失敗した時から、
いかに被害を与えて退却するかに切り替わっていた。
「小隊集結!対潜兵装装備!パターンD5で河童の総大将に切り込め!」
その巨大な「召還術式」は召還という「呼ぶ」性質のために場所がまるわかりになってしまう。
そして、想定していたとはいえ「大物」の召還に若干焦りがあった。
召還される前に殺しきるのが良いだろうと流空は考える。
「撃て、打て、討て!!祝詞が終わる前に殺しきれ!!」
爆薬が無数に投下され、銃弾が降り注ぐが河童の近衛兵が圧縮された水による障壁を張る。
水はあっという間に逆巻き、その水流で弾丸の機動をそらし、爆薬を押し流す。
水の抵抗は恐るべき強力さで銃弾の速さを殺す。ものの数十メートルで殺傷力を失い、狙いにいたっては壊滅的だ。
功を奏したのは魔術による誘導を行った銛と、衝撃破であった。
しかし、相手は水中の河童。巧みにかく乱を行い狙いをつけさせない。
そして、その言葉がつむがれる。
「瑠璃井江にまします大前に崇拝者、畏み畏み申す。
我飢えたり!我飢えたり!蝿声なす悪鬼ありき、
大前が高き尊き恩頼によりこの障りおば払い給え清め給えと畏み畏み申す!」
海が揺れ、巨大な魚影が無数に現れた。
その姿は海坊主のような巨大な人型が数体、ひときわ大きなものはありえないほど巨大なタコの触手だった。
その高さはみえるだけで20m。
咆哮に大気が震えた。
年へて変異した河童たち、河童の亜種たち、すなわち深きものどもの群れと、
彼らが祭る海神の一部が顕現したのだ。
「チッ、年を重ねた古兵程度で勝てると思うなよ?」
こちらも切り札を切れば勝てる。流空はそう踏んでいた。
「身体換装、牛鬼!」
彼女の肉体が変異し、見る間に巨大化した。
身の丈3m、スカートのように広がる黄色と黒のツートンカラーで塗られた六本足の脚部。
肩に自分の背丈と同じほどの巨大な砲身を持ち、腕はずんぐりとした鉤爪となっている。
角は刃のようになり、顔はのっぺりとした仮面に覆われて表情がわからない。
彼女の妖怪としての本性を表した姿は、サイボーグ化した人と蜘蛛の融合体のようなものであった。
そして砲身の先端が白く輝き……
海を、割った。
流空の大出力陽電子砲は、陸上であれば街一つ消し飛ばすほどのフルスペックで放たれた。
□
数時間後、鬼の里に流空は帰ってきた。
その肩には巨大な触手の一部をひっさげている。
その冒涜的な気配で彼女の帰還を待っていた者たちはその触手がそうとうな者の物であると理解した。
「勝って来た!」
歓声が沸きあがる。
流空自身では、勝ったというより逃げ切られたという感想なのだが、
士気を下げないためにあえて方便を使った。
うすうす解っている者も少なくなかったが、あえて口に出すものはいない。
なにより彼らは満足だった。ここ久しくなかった闘争の高揚感が身を満たしていた。
「皆のもの、戦支度をせい。ここからは地獄ぞ、我らが待ちに望んだ戦場よ!」
獰猛な笑みを浮かべて流空が叫ぶと、数百の鬼の軍勢が鬨の声を鳴り響かせる。
結果から言えば、この妖怪会談は物別れに終わった。
河童による要救助者救出を知った天狗が撤退しこの場は終わった。
これにより妖怪の世界は南北に分かれることとなった。
南の人類融和派、北の徹底抗戦派である。
この後、徹底抗戦派は流空、鬼院という圧倒的なカリスマに率いられるゲリラ部隊として長らく人類を悩ますこととなる。
まさしくそれは鬼院が描いたかつての明治政府と妖怪と同じもの。
さらにははるか昔、朝廷と辺境に追いやられた部族との争いの巻きなおしだった。




