HAL/平成:覚醒の夢
その日、HALが討たれた日。
HALの死と共に全世界にタロットカードが舞った。
人々はそれをいぶかしんだが、すぐにその意味を知ることとなる。
人々はその日の内に夢を見た。
「全世界の皆様、こんばんわ。私はHALといいます。
突然ですが、世界は真実から覆い隠されています」
夢に登場するのは鷹のごとき眼光を持つ老人、HALだ。
彼はカードを一枚、指で弄り回しながら取り澄ました顔で告げる。
「世界の真実とは……ざっくばらんに言えばフィクションのように魔法使いや魔物がいて、
日々人類の生存を脅かす危険物が生まれ続けているのです。
そして、魔法使いは陰ながら人類を守りその代わりに真実を覆い隠しているのです」
それは全世界の人々にとって、それぞれの母国語で語られた。
世界中がずっと隠していた真実をHALはたった一晩で暴露してしまった。
これはHALが自らの死と引き換えに発動させた魔術によるものだった。
「ですが、彼らは腐敗しました。自らの利益のために平然とあなたがたの記憶を弄り、
非道な人体実験をした挙句、それによって作られた少年兵を使い潰しています。
さらに彼らは魔法の力を独り占めして、皆さんを操作しているのです。それは許されていいことではない」
事実である。非合法で非道な人体実験が溢れ帰り、多くの人が涙した。
そうして、それを主にやっていたのがENDSであり、それから反旗を翻してHALが設立させたのがAXYZなのだ。
「その一方でリゾームと呼ばれる魔物や魔法使いたちの世界があります。
それは皆さんはその存在を認識できないように隠された場所にあるのです」
リゾーム。多くは地下の洞窟や次元の裂け目として現される現世と表裏一体の世界。
魔法使いや妖怪たちは多くそこに逃げ込んだ。
そうして、彼らもまた腐敗した。
「彼らは友好的なものも多いですが、中には人食いなどの許しがたい蛮習を持っているものもいます」
そうして、すべてが許せなくなったHALは大逆転の一手を取る事にしたのだ。
「ですから、私は全てを公開することにしました。
その証拠に……勝手ながら皆さんにほんの少しばかりの力を与えることにしましょう。
1キロほどのものを浮かせ動かせる念動力、ライター程度の発火能力。
コップ一杯ほどの水流操作、そよ風ほどの空気操作。
空を飛ぶ能力、障壁を張る能力、魔力を操り、弾丸として発射する能力。
今はこの程度の物ですが、私の暴露する魔術の教本を見れば更なる力が得られるでしょう」
にやり、と魔術師は笑う、嗤う。それは人々を試しているようでもあり、自分自身を嘲り笑っているようでもあった。
「今に全世界に魔法のような科学を、科学のような魔法をお届けする日が来るでしょう。
魔法が、超能力が当たり前になる日が来るでしょう」
HALは腕を広げ、演説する。
「当然、そこには混乱もあると思います。
ですが、それを食い止めるのはもはや魔術師ではありません。
皆さんです。
皆さん一人ひとりの自制心にかかっているのです。
未来を良くするも、悪くするも。
このギフトを生かすも、殺すも」
それは寂しい笑いだった。
おそらくは彼の期待は裏切られるだろうと解っている笑いだった。
だがそれでも、彼はこの機会に賭けるしかなかった。
「皆さんは魔女狩りの悪習や数々の差別から何を学びましたか?
私は人類は少しは進歩したと私は考えています。
もうあのようなばかげたことを起こさない程度には。
さあ、今からが新しい世界の幕開けなのです。
それを良くするも、悪くするも、あなた方にかかっています」
彼は飄々と、死した自分の身など省みずただ現世の人々を案ずる。
「願わくば、このギフトが貴方にとってよりよい人生を送る助けになりますように」
それは祈りだった。
HALの魔術は自らの命を無数のタロットとして世界中に散らばらせた。
その命一つ一つが人々に夢を見せ、魔法の力を与えたのだ。
そうして、全世界の人々は翌朝までに魔法が存在することを知った。




