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ハルマン/大正:浅草十二階の狼男その3

四人はお互いの話を補完しあった。

ハルマンがそれを聞きメモに取る。


「ふうむ、お話を統合するとですね、おそらくその犬神伯爵は魔術師でしょう。

あれの本当の使い方は魔術師でないと解りませんし」

「魔術師……やはり妖魔の類だったか」


大悟はぎりりと手袋を鳴らしてこぶしを握る。


「えーっと、つまり、あぁ、そういうことですね」


四葉はぱん、と手を鳴らして納得したと言うようにうなずいた。


「俺はたしかに奴のアジトまで行ったはずだが、狸惑わしのように行けども行けども近寄れなかった。翌日出直してみたがそこに建物はなかった。

場所が移動したか、もしくは穏行で悟られないようにしたか…だな。

望月、貴様はどう推理する」

「ふふふ、"常識的に考えれば"場所が移動するなどということはなかろうよ」

「だが妖魔である以上“常識の存在”ではないだろう、ふふ、事実あの犬神伯爵とやらは妖魔の臭いがした」

「転移の類の術式…ですか?」

「兎にも角にも、術式で押し包んだならば、僕たちにはそれがわかる。現場を見てからでも損はないのではないかな」

「ええ、ですから」


にっこりと攻撃的な笑みをたたえた四葉が断言する。


「その犬神伯爵を叩き潰しましょう」

「四葉殿、そう急かれるな、叩き潰すのは色々な方法を試してからでも遅くはないでしょう」

「いやぁ、だってホラ、これ以上いろんなものを盗ませるのはいけないことだと思うんです」

「ははは、四葉殿は俺の妹に良く似ている、活発なのもいいが貞淑さも必要だぞ」


大悟は猫をなでるように四葉の頭をぐしぐしと撫でる。


「勿論です。貞淑にするべき所では貞淑に、そして、ってわぁ! あ、頭をなでないでください」

「おっと失礼、あまりにも親近感が沸いたもので」


この男、12人の妹を持つスラム育ちである。

そのせいか、年下の女性に女を感じないのだ。


「いや、別に頭を撫でられるのは嫌いじゃないんですけど」


そういう四葉はほのかに顔を赤くしている。

罪作りな男である。

閑話休題。


「ですが、四葉さん。宝石だけ探す方法が無いわけでもないのですよ」


したり顔で長々と語ったハルマンはコーヒーにミルクをたらす。


「ほう、西洋の御仁、何か方法があるのか?」

「ええ、我々の術の中には失せ物探しもあるのですよ。占いというものは何ででもできるものですよ。たとえばこのコーヒーとか…」


コーヒーの表面がモノクロ映画の如く、どこかの場所を写す。

そうして、宝石を手にとってにやりと笑うヴォルフの姿を映し出した。


<いけないな、ハルマン。覗き見はいけない>


「ヴォルフさん?なぜあなたが」


<フ、この国でなれば我らが大望も果たせると思ったからだよ。

悪いがこの宝石は頂いた。私の大望には必要なのだよ>


「だからといって強盗はいけませんな。何が目的です?」


<この国は我々の真似事ばかりだ。私の目的はかつてのような優れた人間による統治なのだよ。

貴族主義、武士制度の復興!それこそがこの国を救う手段なのだ!

ハルマン、私と共にこの国に新たな息吹を吹き起こそうではないか!>


「お断りします。そもそも真似事を押し付けたのは我々の国ではないですか。

あなたは性急に過ぎると思いますし、私は貴方の期待するような力はありませんよ。

私は一介の凡夫です。それでいい」


<ならば決裂だな。アジトで待っている。どうせそこにはあの軍人も来ているのだろう?>


そういうとコーヒーに映し出された映像がぼやけて消える。


「ふむ、結界に阻まれたようですな。地図を貸してください。場所は……ええ、このあたりでしょう」

「うむ、俺が追っていったのもこの辺だ。正確な場所はわかるかハルマン殿」

「ここですな。丁度銅山の廃坑がありますし、アジトにはうってつけでしょう」


いったん、全員がコーヒーをしばし楽しんだ。


「ところでハルマン殿はこの犬神伯爵と知り合いなのか?」

「ええまあ。入国するときに少しばかり手伝ってもらっただけですよ」

「珍妙な知り合いがいたものだね君は。少し、話を聞かせてもらおうか」

「所長の知り合いなのでは?」

「いいや、単に日本魔術師連盟に入っているだけだよ。

正確にはサリエルからの話だったんだ」


私は一応全てを話した。入国のときのやり取りから今までの全てを。


「ふむ、貴族主義……か。俺にはよくわからん」

「私にも彼はかなりあせっていたように思えますよ。

日本に来たばかりの私を引き込もうとするほどにね」


四葉はぽんと手を叩きにこりと笑う。


「じゃあ、まあ、あれですね。場所もわかった事ですし……

叩き潰しましょう、そのヴォルフって人を」

「う、うむ。そうだな。だが四葉さん、君を連れて行くのは……」

「大丈夫です、ちょっとした心得ならばありますし。

それに、魔術といえば私も関係ないわけではないんですよ?」


四葉が魔力を僅かに流した。それだけで彼らは彼女も「心得」があると理解した。


「ほう、面白そうじゃないかね大悟。なあに、いざとなれば君が守ればいいさ。それとも、できないかね?」

「いいや、そんなことはないとも」

「では行こう」

「行くか」


そういうこととなった。



帝都からしばらく蒸気に揺られてたどり着いた鉱山。


「ここだ、確かにこの辺りで見失った。鉱山などあれば一目で解るはずだが……」

「望月さん」

「うむ、ハルマン君結界だねこれは」


二人の魔術師はその魔術偽装を看破してみせる。


「ふむ、お前ならばなんとかできるか?」

「まあね、やってみるかい?」

「ああ、頼む」

「あの、結界って……?」

「すぐに解りますよ。まあ、昔ながらの魔術ですな」


望月は懐からナイフを取り出して空中を切って呪文を言う。


「いざ真の姿に変化せよ。汝が姿、わが心をかわせばなり」


彼らより一歩手前あたりの風景がぐにゃぐにゃとゆがみ、異様な気配を放っている。


「とまあ、この地の術式を可視化したらこうなるわけです」


望月の行った魔術は敵の魔術迷彩を看破させた。

大悟は刀の鍔に指をかけて構える。


「望月の、一番槍を貰っていいか?」

「ああ、それはもちろん。大悟、任せてもいいかね?」


ハルマンは銀色のステッキを探査針のようにゆらゆらと揺らしていた。


「ええ、彼の悪事に……武を以って介入いたします。」

「はは、四葉さんは本当に頼もしい」


望月はなんとも困った人が増えたなあという顔で四葉を見ていた。


「ああ、ではこれから俺が結界を裂く、その間に侵入してくれ」

「さて、私はひ弱なので後ろからついて行きますよ」

「では!」

「うむ」


大悟が抜刀し一刀の元に空を裂くと、入り口に張られた結界に裂け目が出来た。

一同が突入するとボロボロの廃鉱山がその姿を現す。


「あ、大悟様。後ろは少し危ないですよ」


にっこりとおしとやかに笑う四葉。その姿は場慣れしており緊張は少ない。


「はは、妹で慣れている、君の様な人物はその、好ましいと思う」

「へ? え、あ、あの、私普段はこうじゃないんですよ!? でも、なんていうか、こういうときは調子に乗ってしまうと言うか…その…」

「妹の百合花が似ているんだ、君の様にはねっ返りで…いやいや活発でな」


青年と少女が恋の花を咲かしている横でハルマンは周囲を油断なく観察する。

ぴたり、ぴたり。

排水が流れ坑道内は湿気ていた。

乗り捨てられたトロッコが転がり、さびた線路が続いている。


「shit!いやはや…獣の巣ですな。彼は近いようですよ。複数の気配がします」

「……なんとも安易に過ぎるな。まるで釣堀のやうだ。それとも罠か」


少し広いところに出そうな感じがした。線路が複数に別れ、先に明かりが見える。


「踏み込みますかな?所長」

「うむ、此処まで来てしまえば踏み込む以外にあるまい」


大悟が前に出て広間のような場所に踏み込む。

かすかに灯りがついているがひどく暗い。

と、そこに突然明かりがつく。


<ようこそ、帝都の魔術師たちよ。歓迎しよう、盛大にな!>


埃のつもったスピーカーから雑音混じりにヴォルフの声が聞こえた。

すると物陰から複数の影が出てくる。

そこにいるのは待ち構えてた悪漢共。

それぞれに獣の面をつけ、刀や槍を持っている。


「ほう、手下かね」


望月が拳銃を取り出して構える。


<そのとおり。時間稼ぎだが……十分だろう。できるな?同志諸君>


スピーカーからひび割れたヴォルフの声が流れる。


「ご命のままに!ヴォルフ様!我々は愚かな政府に屈しなどしない!」

「同じ志と選ばれた力を持った我々こそ!この国を変える犬神党!」

「われわれの理想の前に屍を晒せ! 魔術師!」


人狼、犬神たちが周りを囲む。大悟はすばやく四葉をかばうように前に出た。


「危ない、四葉さん。俺の後ろに!」


四葉は手を開いたり閉じたり、たまに手首を回している。

何かの手ごたえを確かめるかのように。

彼女は手に指貫をつけ、そこから髪の毛ほども細い糸がキラキラと光っていた。


「いいえ、大丈夫です」


無手の、無力にしか見えない少女が可憐に笑い、その手を振った。


煌。


音も立てずに、銀の糸がゆるりと廃鉱に舞う。


「東城の名において、今の主たる四葉が呼びます」


糸が繋ぐのは少女の五指と何も無いはずの、しかし存在する場所へと繋がっている。


「来たれ、我が"武"にして"力"よ!」


その合間を引き裂き、二間にも及ぶ一騎の人型がその姿を現した。

肉を構成するのは黒い縄、骨を構成するのは鉄の棒、身に纏うのは武者鎧。

少女が軽く飛べば、中空の胴に綺麗に収まり、その具足は高下駄のように小さな脚が入り込む。


「東城四葉、鎧にして力の名は"武魁" 悪には武を持って介入するが私の信念」


凛とした視線、身にまとう武力。


「では―――推して参ります」


ここに静かに彼女の「武力介入」が始まった。


「ははは、これは凄い! 大悟、確かに四葉嬢はとんだお転婆だな! 話に聞く君の妹といい勝負じゃあないか!」

「はは、まったくだ!今度顔合わせと行こう、きっとよい姉妹になれるはずだ!」


その脅威に驚異に、悪党共は騒ぎ出す。


「な、なんだなんだ!?」

「よ、鎧か!? いや、それにしては大きすぎる!」


魔術師は苦笑しつつも目を輝かせる。


「いやはや、盛装ですなぁ」


大悟と四葉が前に出て周囲を囲む悪漢たちに睨みを効かせる。


「では、容赦なく参ります…!!」

「大日本帝国陸軍退妖魔隊特務大尉、高石大悟、参る!」


そこからは両軍入り乱れての大乱闘。

あっという間に敵に肉薄し槍や刀を弾き返し豪快に切り伏せる大悟。


「手応え…あり!」

「相変わらず、良い太刀筋だな!」


望月はひょいひょいと身軽に避けて見せては銃弾をお見舞いする。


「ありがとうよ望月!“虎伏せ”っ!」


軍刀として設え直された神器「名刀・木乃花咲夜姫」により次々に切り伏せられる悪漢たち。


「犬神党に栄光あれー!」

「死んじゃったら栄光も何もありません!」


そういう四葉は巨大な駆動鎧の腕を振り回し容易に敵を近づけさせない。


「帝都の悪は……俺が斬る!」


ああ、その姿の雄雄しさよ。

かっとにらみを利かせ、まるで舞台の一場面のようだった。


「ほほう、あれが薩摩示現流というものですかな。なるほどこれはめずらしいものを見せていただきました」

「ふふん、大悟は日本でも有数の使い手だからね。あれを見たことは自慢できるのではないかな?」


そこに観客席からこの演目を見る魔術師と探偵。

自分のことでもないのに偉そうに言う望月。


「では日本のからくり人形というものも見たくなって参りましたな」

「大悟様! 後ろの守りは任せてもよろしいですか?」

「ああ、行ける!思い切ってやれ!」

「虎伏せ……見よう見まね!!」


武魁が刀を振りかぶってとんでもない怪力で叩きつけた。

すさまじい衝撃と大質量は人外の力に手を染めた悪漢共を宙に吹き飛ばし、

方向感覚を狂わせるに十分なものであった。


「おさらばでございます!」

「俺の技を真似た?はははっ!面白いな四葉殿!一度武魁と手合わせさせて欲しいぞ!」

「さ、流石にソレはやめておいたほうがいいですよ…?」


悪漢たちが軒並み倒され死屍累々という有様にぱちぱちと拍手が響く。


「お見事お見事……だがそれ以上私の部下をいじめるのはやめてもらおうか。

ダイヤが欲しいならくれてやる。術式はすでに見切った」


ヴォルフである。ダイヤを手首のスナップで投げると望月が軽くそれを掴んだ。


「やれやれ……貴族と名乗るには力押し、雅に欠けるじゃないか。これでは蛮族の間違いだよ」


皮肉そうに笑うが、ヴォルフはむしろ恍惚とした様子で夢見るように語る。


「貴族は人民を虐殺する権利が与えられる、とは誰だったかな……ああ、我が主の言葉だ」


それに対し大悟は油断無く刀を構えながら吐き捨てるように言う。


「貴族?そんな物はごめんだ、生憎と俺はスラムの出身でな?それにだ…我が剣は国民を護るための物だ」

「そうか。そうだな、思想のないものには貴族は無理だ。人の上に立つということは才能だからな」


だがそれでもヴォルフはむしろ誇るようで。

その慢心に対しあっという間に勇士達はたきつけられる。


「大悟、君のその心持ちは実に"貴族的で"好ましいよ。力あるものの義務! 我ら、牙無き者の刃と成らん……いや、らしくもない台詞だね?」

「望月の!貴様も俺と同じ心に刃を持つ獣と言う事だ、我ら帝都の牙無き者の牙とならん!」

「ならば牙として、我らは確実なる力ともって介入いたしましょう!」

「やれやれ、柄じゃあないのだけれど、仕事だしね」


望月が帽子を被りなおし、一触即発の空気が形成される。

その空気を破ったのは魔術師だ。


「ヴォルフさん、またお会いしましたね」

「思ったより早かったがね。どうやら役者はそろったようだ」


その優雅な口調とまなざしはあっという間に空気を異界のモノへと変える。

ハルマンが女のように端正な美形であるのがその舞台の成り立ちに一役買っていた。


「ヴォルフさん、あなたは夢におぼれている。無謀ですよ、その試みは」

「溺れてなどはいない。我が主の力によって……おっと、どうやら我が主が挨拶をしたいらしい。付き合ってくれるかな?」

「ほぉう…では、御目通りといきましょうか」


ハルマンはぐっと押さえつけられたような声でしかし気丈に飄々と返す。


「我が主にして美しき魔王! ルイ=キーフェル様よ!」

「やはり…貴女か!」


ヴォルフが朗々と気高くその名を呼ぶと強大な魔力とともに妖艶な美女が仕立てのいい夜会服に身を包んで現れた。

天使のように空中に浮いているが、その禍々しい瘴気は間違いなく魔王のものだった。


「魔王?大げさな……といいたいところだけど、この魔力はただ事じゃないね」

「まあ、この国に言われる萬ず賢きもの、ですよ八十神の一つですな」

「何て瘴気だ……禍津神め……」


そうして、威圧しているだけで帝都の勇士たちは動けない。


「ほう、わかっているようだなハルマン。わが主こそ魔王の中の魔王なのだよ」

「ですが、お気づきですか?貴方の夢はいつからのものですかねえ?

その魔王にあった時からではありませんか?」


だが、その中で唯一、言葉で戦うモノが口を動かす。

魔術師ハルマンだ。


「いいや、違うなハルマン。ヨーロッパのある町で……君を見たときから始まったのだよ」

「ほう、彷徨える詩人のヨハネのようにですか」


その手管は巧みでただ仕草や雰囲気一つだけでヴォルフに独白を誘った。

彼は過去に思いをはせる。それこそがハルマンの手の内だとわからずに。


「マーリンの元で修行する君を見て……まずは君の才能に嫉妬したよ」

「どこまで小物なんだ……」

「……禍津神に魅入られた者など……所詮は小物か」


望月と大悟がぽつりとつぶやいた。

だが、ヴォルフはそのつぶやきに気づかない。

せいぜい劇を盛り立てる小道具のようにしか思っていない。

ハルマンだ。ハルマンがその魔力でそうさせているのだ。


「しかし、しかしだな……君の魔法をしばらく覗いている内に考えが変わったよ。

やはり、優れているものは……生まれながらにして、その才を持っているとな」


万感の思いを込めてヴォルフは語る。

だが、その瞬間こそ魔術師ハルマンの狙い目。


「そう、支配者たる器――力だ!」

「いいえ!」

「……む?」


そうして、魔術師は最大の呪をこのとき発した。

魔王はその舞台劇を頭上から面白そうに見物している。


「私こそ貴方をうらやんでいます!」

「……うらやんでいる、だと?」


ヴォルフには明らかに戸惑った様子があった。

ハルマンはそこに情熱と自らの苦悩を呪として重ねる。


「私は確かに小器用ではありますよ?ですが…夢も情熱も無かった!

あなたにはそれがあった!かつてはでしょうがね」

「……フフフ、ハルマン。今の私にそれがないとでも?」


ハルマンはそれには答えずただ言葉を重ねる。

それ自体が彼の呪であり呪文なのだ。


「五徳猫を存じられますか?」

「知らんな、私はこの国に来て短いのでな」

「五又の冠を被った猫で挿絵にはこの猫は何かを忘れているようだ、と描いてあります」


ハルマンがそっと指先を宙に滑らせると鳥山石燕によるその妖怪図画が空中に描き出される。

基本的な幻術の一つだった。

だがその幻術こそがヴォルフの心に打ち込む楔なのだ。

ヴォルフはただ黙ってそれを聞くしかない。


「生来持った五つの徳…5つは十分に多い。ですが」

「だが?」

「七つの徳、という言い方もあります。生来無い二徳を追って今ある五つの得を忘れたものは……」


今裂帛の気迫を込めてハルマンが挑発をする。


「猫にも劣る!」

「フハハハ! 猫か……」


ヴォルフのたてがみが、逆立っていく。

怒りによるものだ。だがそれこそがハルマンの狙い。

怒りによって本音を引き出し、そこに毒を流し込む。

呪いという基本にして高度な魔術だ。


「あなたの夢は……本当にあなたのものですかな?」

「それは、それは……私にとって最大の侮辱だなぁぁぁ!! ハルマン!! これは私の夢! 私の理想! 誰にも渡してなるものか!!」


狼は吼える。自らの信念を証明するために。

それこそがハルマンの引き出したかった本音だった。


「白昼夢で変えられてしまうものだったのですかね?いいえ、それだけではありますまい」

「足るを知る、という言葉もあるね。夢らしきもののない僕が言えたことではないが、借り物の夢は器を満たすに相応しいものなのかな」


望月が援護射撃をする。今この場は戦場だった。

言葉による刃を交し合い、相手の心を叩き割る闘技場だ。

そうして、その戦いはハルマンのターンである。

彼は引きずり出したヴォルフの本音に対し疑いという止めの刃を向けた。


「あなたの夢はそれは素晴らしいものだったのでしょう、ですが…それが歪んだのは、いつからですかねぇ?

認識改竄、記憶操作。我々がよく使う魔法でしょう?そして古来から悪魔は騙すものですよ?」


ヴォルフはもはや論を交わすことができず、話を反らすしかない。


「……だが、主は優れているのだ! それだけは変わるまい!」

「違いありますまい、貴方の忠義も確かでしょう。ですがあなたの主があなたを捨てないとも限りませんよ」


しかしヴォルフの回避はかなわず、さらにハルマンによって手痛い一撃を食らうこととなった。

漏れ出たのは言葉の血。悲壮な悲鳴だった。


「だが……もしも、俺が操られてるとしても……今の俺に何ができるというのだ! 道化にしかなれない!」


残酷にも振り下ろされる追い討ち。


「いいえ?いつでも取り返しはつくはずですがね…」

「いま、この瞬間にでさえ君は選択できるはずだ」


そうして、ハルマンの呪は完成した。

この舞台劇を魔王はただ面白そうに上から見ていただけである。


「たとえ道化であっても、俺は夢を貫くだろう。……取り戻すものは……もはや、ない」

「そこまで言うのならば…仕方ありますまい」

「なるほど、少なくとも覚悟は本物のようだ…… What is past is prologue ここまでは前口上! その空洞、満たしているのは……本当に自分のものかね? お望みとあらばかちわってしんぜようじゃあないか!」

「道が同じなら、仲良く成れたかもしれませんね……」


ここまで聞き入っていた四葉が武塊を構える。


「この問答も、俺たちの戦いも……今は、決着は預けておく」

「ふふふ…あなたの夢、いずれ聞かせていただきますよ…」

「また会おう……ハルマン! そして帝都のウィザード達よ! 次会うときは決着をつけるときぞ!」


そうして、劇の途中休憩を告げるかのように魔王はヴォルフをかき抱き、その場から姿をくらました。


「やれやれ、僕らは眼中に無しか。愛されているねえハルマン君」

「逃げますか…っ!!」

「今はこれでいいのですよ。四葉さん」

「ハルマン様…?」

「ああ、奴の心には迷いが生まれていた…」

「そういうことです。彼が僅かでも疑えば……悪魔は掌を返す」

「そう、道を外したといえど……彼は意地を通そうと必死なんだ」


そうして役者たちは場面を変えるべく坑道を後にした。

大悟は倒したヴォルフの手下たちを牢獄にぶち込むために部下に電話をかける。


「高石大尉、大変です! 帝都中に大狼・大豹・大鷲が出現! 次々と人々を襲っています!」

「何っ!奴ばらめ強硬手段に訴えたか!」

「一体何を……!」


四葉の緊張をはらんだ疑問の声に対しハルマンは軽く答える。


「あの宝石に刻まれていた術式は高いところで使えば大衆を支配できるのですよ。

この機に武力で帝都を制圧し、宝石の魔術で大衆を操る気なのでしょう」

「高いところ……浅草十二階くらいかな?」

「あり得るな。中島曹長、浅草十二階の様子はどうだ?」

「今、情報の確認を……たしかに浅草十二階も占拠されているようです!」

「決まりだな、行ってみる価値はある。中島曹長、そこに首謀者がいる可能性がある。

ヴォルフ・ヴェナンダンテ。舶来の魔術師だ。俺たちが突入する!」

「わ、わかりました!」


かくして一向は浅草へと向かう。


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