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宵闇プロジェクト前々日譚:アジアンデビルハンター  作者: 照喜名 是空
戦後・旧友再会編あるいはエピローグ
22/37

HAL/昭和:サムライと魔術師の喧嘩ときどきからくり使い


「謝りませんよ、私は」

「それがお前の戦い方だったんなら文句はないよ、ハルマン」


終戦後、最初にハルマンと大悟が交わした挨拶がそれだった。

双方、戦争で染み付いた疲れとそれでも消えない炎の意思を宿した挨拶だった。


「まあ、入れよ。玄関先で話す間柄ではあるまい」

「ええ、喜んで」


そう言ったハルマンはふう、とため息をついた。

ハルマンにとっては一発や二発殴られる覚悟で来ていたのだが、

案外に淡白な反応に拍子抜けしていた。

そしてハルマンはすこし狭くなった東城邸に入る。

なつかしい思いが込みあげる。そういえば四葉はどうなったのだろう?


「たしか……CIAと日本のダブルスパイをしていたのだったか?

よくそれでGHQに潜り込めたな」

「まあ、魔法を少々使いました。いろいろとね。

これが私が日本のお役に立てる唯一の方法でしたから」


そこに、今や40手前となった四葉がお茶を運んでくる。


「お茶です」


美しさそのものはむしろ円熟して磨かれたが、かつてのハルマンの記憶にあるより覇気がない。

戦争が彼女から快活さを奪ってしまったのか。


「四葉さんはどう思われますか?私を許していただけますかね」

「許すも、許さないもありません。

ハルマンさんはハルマンさんの戦いをしていたのでしょう?大変でしたね」


やはり大悟と同じような返答だ。

大悟ならばまあ、あの快男児のことだからやはりからりとした返答になるだろうとは思っていたが、あの抜き身の刃のような四葉から同じような言葉を聞くとは思っていなかった。


「そう……ですか。すこし、意外でしたね」

「そうですね。昔の私であれば違ったでしょう。

ですけれど、今の私は家庭に入りましたから。

何より、あの戦争は私の武は通用するものではありませんでした」


そう語る四葉の表情は疲れが出ているものの、穏やかで。

戦争だろうか、戦争がそこまで彼女の心を折ってしまったのだろうか。

ハルマンは少なからず罪悪感を覚えた。


「本音を言えば……あの頃は、お国のために戦える夫やハルマン様がうらやましくなかったかといえば嘘になります。

ですが、今はこれでよかったと。私は武人である前に妻であり母なのですから」


四葉は微笑む。戦争の疲れは見えるものの、幸せそうだった。


「ハルマン、そういうことだ。お前が気に病む必要は無い。

いつまでも若いままではいられぬ、それだけの事だ」


「ええ、正義の味方は子供の特権……いつまでもできるものではありません。

そしてだからこそ、私は女の幸せを得ましたから、それで良いのです」


この言葉は少なからずハルマンに刺さった。

それはもう、普段自分が敵にぶちまけている呪いと同じように。

だが顔には出さず、虚しく笑う。


「はは、それではいつまでも戦っている私はまだ青二才、といった所ですな」


大悟が笑う。疲れた笑いだった。


「ハルマンよ、男はいつでも心に少年を持っているものだ。

夢を見るのも、男の特権……なのかもしれんな」


四葉はほほえむ。それは穏やかな母の笑みで。


「ええ、そして殿方に愛されるのは女の特権です。

さあ、あなた。私は夕餉の支度をしてまいります。

では、ハルマン様。どうぞごゆっくり……」


大悟はなれた様子で四葉に言う。


「ああ、四葉。酒があればもってきてくれ」

「はい、あなた」


それは確かに長年連れ添った夫婦の絆を感じさせるものだった。


「まあ呑もうぜ戦友。戦いの傷を癒すにはこれに限る」

「そうですね。まあお互い積もる話しもあるでしょうし」


ハルマンは己の犯した罪の大きさを感じながら、それでも懐かしく友と話した。

何だか、自分が時から置き去りにされたかのようだった。


そして、だんだんと景気が良くなってきた昭和の中ごろ。

彼は大悟と望月という旧友達と久々の同窓会という名の飲み会に出ていた。


「ハルマン、いや今はHALか。いろいろ、災難だったみたいだな」


しっとりとした和風の居酒屋でいまや壮年になった彼らは酒を飲み交わす。


「ええまあ。とうとう生身の体まで失ってしまいましたよ。

とはいえ、この体ならば半永久的に生きられる上、

老いもないので便利ではありますがね」


魂を人形に移したハルマンは人を辞めたという決意を持って名を改めていた。HAL、と。

見た目こそ壮年の西洋人だが、もはや年も関係ない機械の身である。


「歳を取る楽しみを共有できないのが残念だ」


大悟がおだやかに笑う。それは負の感情のない心からの微笑だ。

渋い笑みであった。年月がそうさせたのだろう。


「それは僕に対する皮肉かね?大悟。僕にもイメージというものがあるのだよ」


ケラケラとまぜっかえす望月もすでに生身ではない。

ざっくりいえば仙人と化して若いままの姿である。


「いいや。お前がお前の意思でそれを選んだんなら、それでいいんじゃないか」


そして、大悟は杯を干した。


「まあ、魔術師の性ってものでね。

仙人よろしく解脱して屍から魂の不死へと向かうのが僕らというものなのさ」

「そういうものか」


静かに演歌が流れている。戦後のごたごたが残りつつも尊い平和な光景だった。


「そういうものですな。まあ、私は諸事情で老いるわけにはいかなくなったのもありますが……恐ろしかったのですよ。老いる事が」


HALは酒に導かれて自らの弱さを吐露する。自嘲した笑いだった。


「確かに俺は老いて昔の壮健さは無くなった、だが歳を重ね未来を託すのも悪くはないぞ」


大悟はしずかにうなずくとしみじみと言う。

青さが取れ、円熟の域に達した中年だけが持ちえる様々な感情や経験を糧にした言葉だった。


「無論、次代に先を託さない老害になる気はありませんよ。

古い神々ではありませんし、その時代の事はその時代の人間が決めるべきです。

人を辞め、あまつさえ次代を認めない存在などなにより私が認めませんよ」


「ふむ」


「つまり大悟。HALは跡継ぎがいないのさ。弟子を育てるのが下手なんだよ。

自分ひとりでなんでもやるから、次が育たないんだ」


事実であった。実際HALは機械化しなくてはならないほど働いていたのだ。

個人に不可能な規模の仕事を彼はやろうとしていた。


「その件で相談があるのですがね、大悟さん。

再び退魔部隊を立ち上げてみる気はありませんか?

今度は指導する立場として。せめて剣の稽古だけでもお願いしますよ」


HALは若干皺の刻まれた頬を笑いでゆがめてあえて軽い調子で言う。

これで駄目ならば、戦友を巻き込んでまではやらない、そういうつもりだった。


「おいおい、酒の席で仕事の話はなしだ、HAL。

まあ、剣の稽古だけなら考えてはおくさ。さあ、まあ一杯飲めよ戦友共」

「では、我々の再会を祝して、乾杯!」

「乾杯」


かちん、とグラスが鳴った。



後日。

HALの事務所の一つ。和風の邸宅で大悟とHALは出会っていた。


「例の件だけどな、HAL。お前の部下から話があった。

これがその書類だな。校長だとさ、この俺が」

「なんですと?私は聞いておりませんよ」


友人の到来に上がっていた気分が一気に下がる。

どうやら重大な何かが自分の頭越しに決められたようだ。


「だろうな、お前には俺から話を通してくれとさ。

まあ、一つ見てやれよ。形は違うが、大野もお前の次代を担う存在だということだ」

「わかりました。読ませていただきましょう」


二人は畳の上でテーブルを挟んで座っている。大悟が書類を渡した。

読む事しばし。

だんだんとHALの顔が渋いものになっていく。

やがて指先が怒りで震え始め、怒りの無表情から抑えきれぬ憤怒の表情に。

そして叫ぶ。


「……零。貴方という人は!よくも、よくも私の友人をこんな汚らわしい企みに!」

「どういうことだ、HAL」


大悟はその豹変振りに驚き尋ねる。


「大悟さん、あなたは騙されています。こんなものグレーゾーンの塊ですよ。

このような学校に子供達を通わせるわけにはいきません。断じて私は認めません」


高校で行われる「一般教育」のほかに魔術師としての専門的な技術を学ぶ「専門教育」自衛隊で行われるのと同じ防衛教養や実技訓練を行う「防衛基礎学」が入っている。

卒業すれば神祇省に入るというわけだ。


「子供というがな、HAL。この年ならば自衛隊にもいける年だ。

俺たちの頃には軍にも行っていた。彼らにも選ぶ事ができるはずだ」


中学を卒業したての高校生を魔道と修羅の道に引き入れることがHALには生理的な嫌悪感があるのだ。


「否ですね。認めません。私はこの計画をとことん潰しますよ」

「そうか、だが俺はこの計画を進めてみたい」


大悟はHALの激怒にさして気にした様子もなく、しっかりとHALの目を見つめて静かに言う。


「大悟さん、あなたといえどそれは許しません。

どうしても、というのであれば私は貴方の敵になる」

「ならば、こういう時はどうやって決めるかは解るよな?」


二人が懐にしまった空間収納符から刀を抜き出し同時にかちん、と鯉口を切る。

そうして、客間から縁側へ、そして広めの庭園へと出て相対する。


「いいでしょう。『友人が間違えた時は殴ってでも呪ってでも止める』それが私達のやり方でしたね」

「応とも。さあ来いHAL。年を取ろうともこの身に染み付いた業は変らんと教えてやる!」

「ならば私は年月に絶えうる真をお見せいたしましょう」


二人は同時に刀を抜き、剣戟を交し合った。

共に人外の速さである。

大悟は年月を知った剣士にふさわしい柳の如き無駄のない動き。

HALは機械の力と技術で強引に、ただ正確に剣筋をなぞったような力任せの動き。


「ほお……機械の身となればそれだけの動きができるものなのか」

「ええ、仕組みはあなたの奥方様の人形と同じですよ。機械であるからこそ、人を超えた動きが出来る」


二人は剣戟を交わし、飛びまわり跳ね回り丁々発止のやりとりをしていく。

その過程でHALが石灯籠を叩き斬って大悟に飛ばす、大悟はその一つ一つを華麗に切り伏せて挑発的な笑みを浮かべる。

大悟ほどの剣士ならば受ける必要はない。皆無だ。

だが、あえてHALに乗り挑発をした。


「だが、技が、技に染みこんだ業がなくてはな!虎臥!」


そして今必殺の技、HALにとってはおなじみの技によってHALの肩が斬られる。

だが、それはHALのスーツを斬ったのみで傷がすぐに塞がっていく。

大悟ならばここから派生技で致死の一撃を叩き込めただろう。

だが、大悟はそれをしない。これは喧嘩だからだ。


「どうしたHAL、貴様の業はそれではないだろう!」

「いかにも、貴方の業が切り開く刀の業ならば、私の業は惑わし支配する魔の業です。

そして、貴方に対して使う呪は今あなたの剣を食らうことで完成しました」


そう、大悟はそれを待っていた。にわか仕込みの剣ではない。

HALの本当の技は魔術だ。喧嘩をするならば殺しあう気はなくとも、本気を出せ、手札を切れ。

大悟はこのやり取りでそう伝えているのだ。


「ならば、見せてみるがいい!お前の業を」


大悟が剣を構え、さあ来いとばかりに受ける構えを見せる。

その顔にはHALがどんな手を繰り出してくるかという期待があった。

HALもそれに応じるべく静かにうなずく。


「では遠慮なく。英雄幻想・虎臥」


それは魔術であり剣術。動きそのものは先ほどの大悟の動きと同じ。

力の入れ方も何もかも正確に写し取ったものだ。

だが、印象が違う。否、似過ぎている。

にわか仕込みのはずのHALの剣が大悟のそれと、それも若い頃の剣気とあまりにも似通っているのだ。


「ははは!なるほどな!俺の剣の写しか!」


それを見て大悟は愉快そうに笑った。ただ動きを真似しただけでは面白くなかっただろう。

だが、剣気すなわちその雰囲気まで再現し、あたかも自らと戦っているように見せる。

それこそがHALの魔術なのだと理解した。

だが、それはまだこの「英雄幻想」という魔術の序の口。

常に複線を張って術から術へ連鎖し相手をおもちゃのように操る。

それこそがHALのわざであり魔術なのだ。


「いかにも。この英雄幻想という技は術者にとっての英雄の姿、その技を再現するものです。

普通は幼き頃に夢見た伝説や御伽噺の英雄の姿を真似るためのものなのですがね。

高石さん、あの時、あの時代の貴方こそが私にとっての英雄だったわけです」


そして、HALは剣を使いながら呪いを紡ぐ。

大悟は感じる。全盛期の自分と同じ気迫、剣気を。

自らと相対するような奇妙な感覚を。


「俺は英雄なんかじゃないし、なりたいとも思わん。あの時も言っただろう?

ならばどちらが真でどちらが贋か技比べといこうじゃないか!」


だが大悟は呪いを振り払い、愉快そうにあえて「自分らしい」剣で打ち合っていく。


一合、二合。打ち合うごとに互いに傷が増えていく。

だが、二人とも笑っていた。喧嘩する子供のように笑っていた。


「HAL、いやハルマン。お前とこうして殴り合えるなど思っても見なかったぞ!

はっはっは!まったく楽しいじゃないか!若い頃を思い出す!」

「遺憾ながら同感ですな。

それに、機械の身となれば、これだけ見ればその動きをそのまま真似することなど、容易い!」


そして、二人は「あの頃の大悟」から自分なりにアレンジを加えた必殺の一撃を互いに打ち合う。打つ業は同じ。大悟のいまや代名詞といわれるほどに多用したあの技、「虎臥」だ。


「虎臥・二の段!」


大悟の剣が大悟の気によって浄化の炎を纏い、HALに迫る。


「英雄幻想・虎臥!」


HALの剣がその魔力と呪いにより支配と侵食の魔力をまとって大悟に迫る。


「次代に先を託さない存在など認めない、そう言ったのはお前だろうハルマン!」

「ぐうっ……」


果たして吹き飛ばされたのはHALだった。

身体が胴の真ん中で両断されているが、すぐに傷口から出たワイヤーで繋がっていく。


「……私の負けですな」

「目は覚めたか?」


倒れたHALに大悟が手を貸して立ち上がらせる。


「ええ、少しはね。たしかに私がすべきではなく、私は退くべきだった。

ですので、次は私の次の者があなたの次の者の相手をするでしょう」

「それでいいんだよ」


それは邪気のないほほえみで、いつまでたっても変らない友情を示すもので。


「敵いませんね。いつまで経っても……」


そうして、HALも苦笑した。


「そりゃそうだ。敵である前に友だからな。

いつまでもジジィが出しゃばっていい時代じゃない、まぁ酒でも呑もうぜ戦友」


この後HALは自分も学校経営に思い切り注文と口を挟むという条件で学校の設立を許可する事となる。

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