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宵闇プロジェクト前々日譚:アジアンデビルハンター  作者: 照喜名 是空
戦後・旧友再会編あるいはエピローグ
21/37

ハルマン/大正~平成:探偵と魔術師のダイアログ 

ここから先は大正編のエピローグとなります。

第二次世界大戦前夜にある会話が交わされた。

舞台は夜、歴史は夜作られるのだ。


「ハルマン、僕はもう降りるよ。時代は変わった。もう僕らが暴れた所でどうこうなるものじゃない」


帝都の暗闇を見つめながら望月が言った。疲れた声だった。


「そうでしょうね……どうしてこうなってしまったのでしょうか。あの頃は楽しかったですよね、

高石さんや、四葉さんもいて、みんなで暴れて……あるいは、必然だったのでしょうか」


同じく、疲れた昔を懐かしむ声がもう一つ。


「だろうね。うちの女房に子供ができたんだ」

「おめでとうございます」


しばらくぎこちない沈黙が漂った。よく互いに相手が次に何を言うか理解した沈黙だ。

じじ、と電灯が点滅する。けだるい空気だ。


「そういうことだよ……悪いね。君はどうするんだ?」

「アメリカにしばらくはいようと思っています」

「アメリカだって?敵国に行くなんて君らしくない」


ハルマンは再び燃料が投下されたかのように饒舌に喋る。

自分たちの敗北宣言を忘れ、未来を見据えようとするかのように。


「あなたもどうせわかっているでしょう?この戦争がどう転ぼうと、あちらに致命的なダメージはないでしょう」

「まあね、勝つとしたら短期決戦しかないだろう。だが、物量で押されるだろうな。

勝ち馬に乗る気って感じじゃないね。

ああ……どうせなら占領軍に入って好きにしようという腹か

取らぬ狸の皮算用なんてならなきゃいいがね」

「それなら喜ばしいことですよ。日本が勝つのだから。

負けた場合、占領軍の暴走をおさえ、この国のガンを一掃する。そのつもりですよ私は」


しばし、二人は時を忘れて熱弁をふるった。

昔から変わりない二人のやり取りだ。


「まあ、せいぜいがんばってくれ。僕はリタイアだ」


ハルマンは立ち上がった。荷物はすでに船の上だ。


「結婚式はいつです?」

「いまの情勢じゃ無理だろうね。いつか、かならず呼ぶよ」

「楽しみにしています。では、いずれ」


帽子を目深にかぶり、ドアを開く。


「ああ、また会おう」


やる気なさそうに手を振る探偵が一人。

そうして、ドアが閉まる。



終戦、焼け野原の中にて。


「やあ、パトリック・R・ハルマン少尉殿。占領軍の椅子はすわり心地がいいかい?」

「お蔭様で椅子を暖める間もなく動いていますよ」


バラックが立ち並ぶスラムの喧騒の中で探偵と魔術師は再会した。

砂埃が立ち、真夏の日差しが焦がすように照り付ける日。

二人は焦げたベンチに座り互いに正面を見てぽつりぽつりと語り始める。


「らしいね……米国主導の先進国による魔術管理機関AXYZ、日本じゃ文部省神祇局だっけ?」

「さようです。人間世界の理の外にいる辺境者エンダーに対抗するための世界的組織ですな。

危機に対して比べようもないほどの予算と人員を抱えた大組織です。

今までのように小さな組織や個々人で対応する必要がなくなりました。これは画期的なことですよ」


このとき、互いに50代。望月は相変わらず20代ほどの容姿、それに対しハルマンは50代の中年だった。

ハルマンは20代のときの美男子の面影はなく、岩肌を削り取ったような堀の深い痩せた容姿になっていた。

それでも美形は美形で、いわばロマンスグレーの入り口とでも言うべき姿だった。


「ふん、だけど裏の者はどれだけでかくなろうと裏の者さ。

僕らが戦争を止められなかったようにね。

そして絶対権力は絶対に腐敗するものだ。その時君はどうする?」

「そうなったら私の手で潰すまで、ですよ」


いまや一端の悪役のような凄みを含んだ笑みを漏らすハルマン。

それに対し望月は帽子を目深に被って昼寝するかのように天を仰ぐ。


「それだ、君は独裁者になりかねない。権力は持たないほうが賢明だよ。

君自身が腐敗したら僕が動かなきゃならなくなる。そんなのはごめんだね」

「よく肝に命じておきますよ。しかし懸念していることが一つありましてね。

連中、英米の都合とやり方をおしつけています。すなわち……現地の魔術体系や術者の事は考えていないのです」


望月の手がちょいちょいと揺れるとハルマンが無言でタバコを差し出した。

望月はそれを見ずに受け取って火をつける。

真夏の青空に一筋の煙が立った。


「ふん、野蛮な風俗を取り締まるって言ってさんざんその現地の術者とやらを殺しまわったのは君と僕じゃないか

そうしてそのことについては散々論争しただろう、僕は嫌だ」

「そうですな……やはり、やりすぎに関しては私が抑えるしかないんでしょうね」


いまや皺とやつれた頬が目立つ顔でハルマンは苦虫を噛み潰す。


「そのために占領軍に入ったんだろう?僕はしがない探偵、それでいいのさ。

せいぜいがんばりたまえよ少尉殿」


望月が皮肉そうにかすかに笑った。ハルマンも笑う。

そうして、ハルマンが立ち上がった。


「しばらくしたら、ベトナムに行くことになりそうです。

お会いできるのは大分先ですな、その時こそ奥方にご挨拶させていただきますよ」

「ああ、女房も楽しみに待ってるよ。式は近々するさ」

「おめでとうございます。楽しみにしていますよ」

「ああ、死ぬなよ。じゃあな」

「はは……まだまだ死ねませんよ」




平成の世、京都の秋の夜。

ハルマンは立派な日本家屋の中に望月とその奥方を発見した。


「いやはや、式はまだですかな?もうやったのだとしたら、大分嫌われたようだ」


望月と奥方は相変わらず20代ほどに見える姿だ。

人間を辞めているのだろう。

ハルマンは皮肉そうに、少し悲しそうに肩をすくめる。

その姿は70代の老人だ。背筋はしゃんとしたかくしゃくとした姿だがいまや狐のようだった目は鷹のように鋭くなっている。

だがもうどっちにしろここにいる全員100を少し超えた年齢だ。


「きちんと招待をしたが、君は当時ベトナム旅行に行ってただろう?」


可笑しそうに望月が笑う。秋の夜長の縁側での話しだ。


「ああ、あの時に・・・そういえば手紙が届きましたが銃弾で破れてしまってね。輸送機も破壊されて音信普通になってしまったのです」


そうして僅かな感動を目に潤ませながらハルマンは老いて鳥の骨のようになった手を奥方に差し出す。


「これは不義理を。奥方さん、私は彼の旧友、パトリックと申します」

「はぁ……こちらこそ、亭主が世話になって……」


奥方は大人しい、ぼーっとした性格のようだった。

なんだかんだで奇特な友人である望月とつきあえるのはやはり少しネジが外れた人外なのだろう。


「私のほうこそ、いろいろと厄介につきあっていただきましたよ」

「もう若いころのような冒険はこりごりだ……どうせまた、厄介ごとなんだろう?」


着物を着た望月はめんどくさそうな、だが懐かしむような顔でキセルにタバコをつめる。


「すいませんね。私の計画はご存知でしょう?」

「ああ、違法魔術師を粛清して魔術の秘匿を大暴露するらしいな。私は手伝わんぞ。もうそんな気力はない」


ふうーっと煙が広がった。ハルマンは縁側に腰掛けると奥方に出された茶をゆっくりと飲んだ。


「むしろ、私は計画が終わった後、あなたに魔術師達の指導をお願いしたい。

後を任せられるほど有能で、信頼が置けるのは貴方くらいなんですよ」

「若いころののような冒険はこりごりって言ったの全く聞いてない……」


望月が苦笑する。余裕ある笑みだった。


「安全な後任の指導ですよ、面倒な事は全て私がしますから。そもそもその地位では前線には出ませんよ。暗殺は私のほうでもできるだけ防ぎますし」


ハルマンは立て板に水とまくし立てる。

もはや手馴れた口調だった。


「ムリだと思うが……とりあえず死なないでくれ、どんだけ泥を被ろうとお前の代わりなんて誰もできない」

「そうですかね」

「そうさ」


しばし沈黙があった。悪くない沈黙だった。


「それと一言言っていいか?」

「どうぞ」


キセルを置くと望月は真剣な目で言う。


「君の計画だと君は最後の最後で死ぬ気だな?それはやめておけ。

死ぬのは責任をとるのでなく、責任を投げ捨てる行為だ。

死ねば反省もなにもする必要はないからな。

投げ捨てられた責任を拾うのは私なんだ、くれぐれも投げるとしたら軽くなってからにしてくれ」


だがそれでもハルマンは他人事だ。


「そうかもしれませんね。結局私のわがままなのでしょう」


望月はため息をつくとすぐに返した。


「ではこう言おうか。革命が成功すればそんな終わり方にはならないだろう。

失敗すればそんな終わり方になる、そしてそれを行うのは君が一番嫌いな存在だ。

私から見れば酔狂な趣味に見えるよ、その部分は」


苦々しい口調だった。対してハルマンははっと気づいたかのように目を見開く。


「なるほど、成就するためには、途中での死はありえない・・・・・・

言われてみればそのとおりでしたね。なぜ気づかなかったのでしょう」


望月が笑う。


「それは君が永遠の若者だからじゃないか?私にはそう見えて仕方がないよ。

若者ってものは欲張りでギラギラしている、君の眼は若者の目だ、いくら老け込んだ顔をしようともな」


そういう望月の目は落ち着いた老人のようなもので。


「いや、むしろあれだ、失礼だろうが君の為に言おうか。

君は青二才と思われるのが嫌だから、そんな姿を好むのだろう、きっとな」


誰に言うとでもなしに訥々と続ける。それは独白のようだった。

月だけが彼らを見下ろしていた。


「それこそが若さの証拠だと私は思う、それだけだ」


そういうと望月はキセルを手にとって再び吸い始めた。


「でしょうね、いつまでたっても私は弱く愚かなあの時のままなのでしょう。

だからこそ、畏怖されたいと願ったり、打ち倒されるべき存在として君臨したいと思うのでしょうね」


ハルマンは昔と変らない夢見る瞳で今真理に気づいたように驚きと興奮に満ちた口調で言った。


「ですがまあ、倒されるなど都合のいい話だとわかりましたよ。

まあ、自首して失脚するとしましょうかねえ。頃合を見計らって」

「タイミングを見誤るなよ……下手したら混乱になるだけだ」

「見誤りませんよ……今度こそね」


ほう、とフクロウが鳴く。

それは嵐の前の静けさだ。


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