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ハルマン/大正:浅草十二階の狼男その2

「けけ、結構なお手前、で?」

「いやいや、四葉さんもお見事」

「ふぇ? あ、有難うございます」


踊り終えてふらふらと動揺する四葉、さらりと快活に笑ってみせる大悟。

東城剛一が笑う。


「ハッハッハ、家に帰ったらこの紅い月夜の様に……紅い月?」

「これは妖月っ!各々方、お逃げください! ここは危険です!」


その時、天窓のガラスが割れ、疾風のように飛ぶ人影が現れた。

人影は疾風よりも手速く商人の手からダイヤを奪うと、ステッキを振り、マントをなびかせて名乗った。

あれこそが、個人飛行装置で颯爽と盗みを働く帝都の怪人。


「大ダイヤ「荒城の月」はこの犬神伯爵が頂いた! ハッハッハ!

この宝石の本当の使い方を知らぬ貴様に代わり私が上手く使ってやろう!」

「アレは!?」


四葉は細腕に似合わぬすばやい動きで父親の前に立つ。

明らかに武道の心得のある動きだった。


「おおっ、あれが巷で噂の……」

「怪盗犬神伯爵か!?」

「警察は何をやっている!」


周囲は避難せず見物に入ったようだ。

大悟は舌打ちすると、犬神伯爵の手元を狙ってゆるりとした構えから抜刀する。

犬神伯爵はステッキでそれを受け流す。


「む、良い太刀筋……貴様、名は!?」

「俺の刀を受け流すかっ!?中々の手練だな妖魔よ、俺は高石大悟だ」


大悟は刀をくるりと回して納刀すると、居合いの構えで怪人をにらむ。


「その名、覚えておこう!」


犬神伯爵はマントで視界を妨害すると、破った窓へと跳ぶ。

そして突如現れた気球に乗り込むと、彼は赤い月登る空へと飛ぶ。


「ふははは、諸君! また会おう!」


大悟は窓へと駆け寄り、自身もまたその足のみで跳躍した。


「大佐!軍と帝都警察に連絡をお願いします、俺は奴を追います!」

「分かった。君も気をつけたまえ……」


大佐は静かに答えた。

東城豪一は豪胆に笑う。


「ワッハッハ! ついにワシの所にも怪盗が来たか! これでワシに箔がつくというものだ」


群集の誰かが言い始めた。


「こんな時は、彼だ」

「……彼?」

「……そうだ、彼だ」

「彼さえ居れば、解決する」

「彼に頼もう!」

「そうだな、どうせ金が余っているのだ!」


群集達は口々に彼を噂する。群集の誰かが力強く言う。


「そう、帝都の快男児! 西園寺望月!!」

「いささか外見は快男児とは言いがたいが」

「快男児っていうより紅顔の美少年だなありゃ」



同時刻、パトリック・R・ハルマンは探偵事務所の留守番をしていた。

新聞を読んでいる、探偵と同じく暢気な秘書だった。

そこで、呼び鈴が鳴る


「どなたでしょう?」


覗き穴から見えるのは短い銀の巻き毛をした女性だ。

少しお転婆そうに見える。


「依頼者よ。名前は……そうね、ニベール・ニベルコル。ベルと呼んで」

「これはこれは…探偵はいま外出中でして…私は探偵見習いですがそれでもよろしければ」


ハルマンは怪しみはしたが、魔性の気配を感じることもなかったのでそのまま招き入れた。


「しかし珍しいですな。この帝都でご同輩の方とは」

「ありがとう。どうも、噂の探偵さんは居ないのね……あら、貴方も海外の方?」


ベルはきょとんとした顔でハルマンにたずねる。


「ええ、英国より見聞を広めるためにですね…まあ、こちらにお座り下さい」


ハルマンは手早く沸かしてあった茶を注ぐと依頼人に出す。


「……へえ、興味深いわね、その話」


ベルは軽く会釈すると茶を飲む。


「いえいえ、よくある事ですよ。今の時代は外交と軍事ですからね、そのためには海外の知識は不可欠なのです。

さて、私の身の上話はいいとして…お話を伺いましょうか」

「ふふ、そうね。確かに情報は大切だわ。……じゃ、本題に入るわね」


そういうとベルは昨夜の怪盗劇の話をした。


「あれはね、元々私のものなのよ。東条家にわたしがあげたもの。

彼らなら正しく使うだろうし、そもそも本当の使い方を知らないわ。

だからあそこにあるなら安全だったのだけれど」


そういうベルの側から魔性の気配が漂ってくる。

先ほどまでは毛ほどもなかったその気配はたしかにおぞましい悪魔のものだった。


「ははあ、あなたもそちら側の存在なのですね。となると、その宝石も何らかの魔術具ですか?」


その膨大な力の奔流に冷や汗をかきながらもハルマンは平静を装ってたずねる。


「ええ、月に近いところ、高い場所でしかるべき儀式を行えば効力を発揮するわ。

その力は大衆への魅了。普段はなんとなくカリスマがあるくらいですむのだけれどね。

で、依頼なのだけれど、あれを取り返して東城家に戻して頂戴」


ハルマンはしばし悩む。悪魔からの依頼を聞いてよいものかどうか。


「まあ、探偵に依頼を伝えてくれればそれでいいわ。

受けるかどうかは電報でよこして頂戴。

これが私の連絡先。これは電報代よ」


ベルはハルマンの悩みを見抜いたように嫣然と微笑む。


「はあ、これはこれは、ありがとうございます」


ベルはチャポンと角砂糖を紅茶に入れる。

この高価な嗜好品をいつのまに彼女が取り出したのかハルマンは「気付かなかったこと」に気付かなかった。


「ふふふ。……ところで貴方、ルイ・キーフェルって知ってるかしら?」

「いえ…存じておりませんが」

「魔を率いる、明けの明星――魔王よ。それも二位を争うぐらい強大な力を持った魔王」

「…ほう、魔王など御伽噺だと思っておりましたがね……やはり、おりますか。たとえばこの国の神々のような?」

「そうね……」


指を顎に当てて


「姿は、少女から美女まで」


艶っぽく、上品に微笑む。


「そのしなやかな腕は命を摘み取るために、その可憐な唇は死の接吻のために。かくも、殺戮を愛するもの達……」


宙を掻き抱く腕はしなやかで。


「ほほう…悪魔が美女の姿を取る事はざらにありますがね…ですが、それを知っているあなたは一体何なのですか」


そうして恐ろしかった。ハルマンはもうこの少女が単なる悪魔だとは思っていない。


「私?ニベール・ニベルコル・オブリーよ」


その時ハルマンの頭の中で霧が晴れたように全てがつながった。

それは馬鹿らしい一つの思い付きであった。


フランスのある地方で起きた悪魔憑き。

その時ついた悪魔は蝿の王ベルゼブブ。憑かれた女の名前はニコール・オブリー。

彼女が悪魔との間に生んだ子の名前が……ニベルコル。


明けの明星、それを象徴する悪魔は何か。

ルシファーだ。


「まさか」

「ふふふ」


ニベルコルは唇に手を当てて笑うのみだ。

再び魔性が漏れ出す。今度はさきほどの比ではない。

ちっぽけな人間である自分と比べ、まるで巨像とアリほどの差があると思い知らされた。


「ふ、ふふ……ご冗談を…そうした方が、お互いのためですよ。冗談で、あったほうが……」


それでも虚勢だけは張り続ける。それが魔術師の矜持だからだ。


「そうしましょうか」


彼女はあっけなく魔性をひっこめると、淑女のお辞儀をして立ち上がる。


「……ルイ・キーフェルのもう一つの名前は羽白太白。

彼女はこの国にもいて、すでに活動を開始しているわ。あなたたちウィザードは、どう動くのかしら……楽しみね」

「ふふふ…さて、どうでしょうかねぇ…神ならぬ一介の凡夫には解りかねる所にございます」


ハルマンはひきつった笑みを貼り付け冷や汗をかく。


「ごきげんよう、宵闇の魔法使いたち」


投げキッスをして少女のように立ち去るベル。

その笑みには邪気がない。それが恐ろしい。


「……また会いましょう」

「ごきげんよう。蝿の王女よ…」


深々と礼をするハルマンの肩は僅かに震えていた。



そこでニベルコルと朝のカフェに出かけていた望月がすれ違った。


「ハルマン君、ただいま帰ったよ。おや、お客様かね?」

「ええ、こちらご依頼に来られた二ベール・ニベルコルご令嬢ですな」

「あら、もしかして彼が西園寺望月?」

「はじめまして、美しいお嬢さん」


手をとって、甲に軽く口付けをする。イギリス人であるハルマンよりもそんなしぐさが似合う男だった。


「どんな妙な噂を耳にしたかはわかりませんが、確かに僕が"あの"西園寺望月です」

「ふふ……見た目の割には積極的なのね。じゃあ、依頼の話はその勇敢な助手さんに聞いてね?」

「おや、もうお帰りですか?では、道中お気をつけて」


仲良くお辞儀して見送る探偵と助手であった。

彼女の姿が消えるとハルマンはどっと椅子に腰を下ろした。


「ハルマン君、あれほどの美女が依頼に来たのだから引き止めておきたまえよ!」

「所長、彼女は悪魔ですよ。ベルゼブブの落とし子だと本人は言っていましたがね」

「人間味のない天使より、人間らしい悪魔のほうがよほど付き合いやすいさ。

まあいいや、依頼とは何だい?」


ハルマンはぽつりぽつりと要点を整理して話す。


「ああ、あの事件か。丁度いい、僕も動こうと思ってたところだし受けようかな」

「所長、あの手の悪魔連中につきあっても良いことなど何一つありませんぞ」


と、そこにドアが豪快に開けられる。


「すいません! ここが西園寺望月様の探偵事務所で問題はないでしょうか!?」


黒髪美しい東城四葉17歳である。


「ああ、ここで間違いないよ。ところで君の名を伺ってもいいかな?美しいお嬢さん」


と、そこにドアが豪快にノックされる。帝国軍人、高石大悟である。


「西園寺の!貴様の事だ。すでに話しは聞いているだろう」


外套をなびかせ、軍靴を鳴らして颯爽と彼は現れた。


望月は来客に失礼と一声かけるとドアを開ける。


「なんだね大悟、騒々しい。いま来客中なのだがね」

「これは失礼した、だが貴様の力を借りねばならんのだ、帝都の快男児たる貴様の知恵がな……おっと四葉殿」

「あ、大悟さん。やはりこちらにいらっしゃいましたか……お話をお伺いして正解でした!」


「ああ、二人も座りたまえ。どうやら同じ話をしにきたようだからね」


「所で望月、耳聡い貴様の事だすでに話は聞いているだろう」


手近な椅子にどっかと腰を下ろす大悟。

帝都の探偵と軍人。時折「そっち」絡みの件で顔を合わせる仲だった。


「豪奢なぱあてぃ会場、そろい踏みのお偉方、そして突如現れる怪人……彼は何者なのか、そして盗まれたダイヤはいずこへ? ああ、もちろん聞いているよ、大悟」


ついさっきカフェで聞いたばかりの情報を鮮やかに並べてみせる望月。

彼一流の話術である。


「ふうむ、ではあの事件の登場人物が揃った、という事ですな。で、ご依頼の方は?」

「依頼といいますか、ここに大悟様がいらっしゃるであろうと ……説明、大丈夫みたいですね」


かくして、この件に関わる人物はここにそろったのだ。


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