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ハルマン/大正:鬼の血その2

その日、望月は大悟の上司である磯村玄大佐と探偵事務所にて面会をしていた。


「私が望月です。このような場所へお出でになるとは珍しい。どのような御用件で?」

「ふむ。話をしに来ただけなのだが……少し良いかな?」


磯村大佐は髭を撫でてがっしりと事務所の入り口に立っている。


「喜んで。どうぞ、おかけください。柱君、お茶をお願いできるかな」

「はい。分かりました」


営業スマイルに切り替えて、柱は忙しなく働く。

その様子を見て磯村大佐は「ほう」と感心している。

磯村大佐は椅子に座り深く腰を落として口を開いた。


「まず、突然な上に唐突な質問をさせてもらっても良いかな?」

「聞かせて頂かないことにはその質問にも応えられませんよ」


笑って返す望月。


「それもそうだな。どうも口癖のようで、よく言われる。では、単刀直入に聞こう」


笑顔を収め、静かに大佐は言った。


「君は、英雄になる気があるかね?」


望月はなんともいえない顔をしてとんとんとこめかみを叩く。


「英雄ですか。個人的には遠慮したいところですが…そんなものが必要とされるような事態が?」

「……詳しくは言えないのが、辛い所である。しかし、君は本当に英雄願望はないのかね?」


大佐はむしろ意外だというように尋ねる。

帝都の名探偵。魔術師としての華々しき活躍。

誰もが放って置かない妖しい美貌。

華やかな名声は彼が英雄になろうとしているのでは無いかと大佐が思うのも無理は無かった。


「こんな因果な仕事をしているのも退屈の成せるところでして……

実のところ田舎で畑を耕すというのも魅力的だと思っているのですよ」


望月の脳裏に浮かぶのは一人の友人の顔。大悟のほうがよほど英雄の器ではないかと思っていた。

なるほど確かに自分は華々しき活躍をしているかもしれない。だが、それとて単に面白おかしく毎日を生きた結果だ。

名は後からついてきたのであって、名声を欲しているわけではないのだ。


「なるほど。ならば一つ頼みがある……いや、これは私という個人からの願いでもあるのだが」

「それは一体、どのような……?」

「君が『恐竜の住む島』へ向かう前に死んだ君の友人、彼の墓を軍の基地に立てておいた。機会があれば線香の一本でもあげてやってほしい」


意外にもまっとうな話で望月は驚く。

ああ、鼠の奴はそういえば死んだのだったと。


「それはもちろんです。しかしなぜ改めて?」

「英雄となるものは、一人の命など……大切にしないものなのだよ」


磯村大佐は軍帽を被りなおすと、うつむいて何かを思い返しているようだった。

望月はその「英雄」とやらが何かを切り捨てた所を見たのだろうか。

だとすると大陸での話なのだろうか、などと考えていた。


「ところで話は変わるが、いいかね?」

「なんでしょうか?」


唐突な人だなあ、と望月は内心苦笑する。


「うむ、私の部下である大悟のことなのだが。君の友人なのだろう?」

「ああ、得難い友ですね。僕にはもったいないくらい」

「その彼に、彼自身も知れない秘密がある。

そして、彼は自身の秘密によって窮地に陥るかもしれない。

その時、君はどうする?」


大佐の顔は真剣そのものだ。だが、望月にとっては見くびられたものに過ぎない。


「愚問ですね」


望月は腕組みして軽く鼻を鳴らす。


「私は友だ、と言ったのですよ」


その顔には確かに誇りがあった。


「ならば、聞いてくれ。彼の秘密をだ」


そして、いくつかの秘密が探偵へと渡される。



四葉はその時、家にいた。家族が一人いなくなったが、家の中は特には変わらない。

今日も四葉は武魁の改良に余念がない。

家に一つの足音が聞こえてくる。とことこ、と軽いものだ。

はて、メイドにあんなに小さな子はいたかしら?と思う。


「曾祖母様の書物に残っていた術式は行いましたけど……?」


振り向くとそこにいたのは大悟の師匠、犬塚志野だ。


「ヤーヤーヤー。お久しぶりだ」

「はい、お久しぶりです」


頭を下げる四葉。相変わらず真夏のひまわりのような笑顔をする人だな、と思う。


「ところでどうかされたんですか?」


志野はそれには答えず武魁を見て一人うなずく。


「うむ。これが、四葉君の武か。うん、これなら……

「あっこれは……って、志野様は「こっち側」でしたね」


本来、その手の技術はあまり人目にさらすものではない。

故に四葉はあわてたのだが、よくよく考えれば志野も裏街道の人間なのだ。


「うん、恐竜島での戦いも見てたしね……」

「ああ、そういえば。もう何年も前の事のような気がします」

「少し、頼みたいことがあるんだ」


そこで志野は四葉をまっすぐ見つめて真剣な口調で切り出した。


「……頼みごと?」

「ああ、頼み事だ。引き受けてもらうには少しお礼が足りないけど……

大悟のためなんだ、せめて聞いてくれないか!」


頭を下げて、カバンから封筒を出す志野。かなり分厚い封筒だ。


「あ、頭をあげてください! それにお礼なんて……」

「ああ、頭の中身がぐるんぐるん。ちょ、ちょっと変な言い方してしまったな。

ごめんな、ごめんな、慣れない言葉遣いだから」


慌てる四葉に軽く混乱している志野。ややこしい状態だった。


「とりあえず教えてください。大悟様のお役に立てるならお手伝いいたします」

「……うん。大悟の血について、少し教えたい。四葉ちゃん、君なら本当に大悟の役に立つと思うから」

「勿体無いお言葉です」


四葉は笑顔で返すが、その言い方にかすかな違和感を感じた。


「大悟には、とある血が流れている。

……詳しくは言えないけど、私みたいな下賎なものが近くに居てはいけないほどの高貴な血筋なんだ。

それがスラムに落ちたのは……明治維新のいざこざがあったからだけど」

「え、え、ど、どういうことですか!?」

「……ごめんな四葉ちゃん。急にこんなこと言って混乱させて」

「い、いえ……それで、大悟様に流れているという血が一体何を…」


四葉はガレージから椅子を出すと志野に勧める。

志野はうなずいて座ると、秘密を語りだした。


「……源頼光の伝説は、知っているか?平安時代、酒呑童子を討伐した伝説の人物だ」

「鬼討ち、ですか…。お父様から聞いた記憶があるようなないような」

「問題なのはその切り落とした腕だ。頼光はとある人物にその腕を献上し……その人物は、その腕を食った」


志野は重大な事のように語るが、四葉にとっては遠い昔の御伽噺だ。


「はあ……」


ぼんやりとした返事しか出てこなかったが、志野は話を続ける。


「その腕を食ったことにより、その一族は大きな力を手に入れた。

私たちみたいな異能の力だ。その一族の末裔が、大悟なんだ……

四葉ちゃん。信じられないかもしれないけど、聞いてほしかった」


志野は四葉の目をじっと見つめている。いつになく真剣で切羽詰まった表情だ。


「……信じます」


四葉は静かにうなずいた。それは誠意のこもったものだった。


「……ありがとう。で、頼みがあるんだ。

四葉ちゃんに彼女の……ううん、違うな。四葉に大悟を見守ってほしい」

「……分かりました」

「真に受け継がれた私の武力は、消えません。 鬼を討つ手助けくらいならば出来るでしょう」

「鬼を討つ、か。……四葉ちゃん。鬼は、どこにいるんだろうな」


志野から覇気が消え、虚ろな表情でぼんやりとつぶやく。


「鬼は……おそらくどこかに居るのでしょう。それは私にはわかりませんが、いつかきっと姿を見せるでしょう」

「ああ、どこかに居るのかもな……。そして、わた……茨城童子の目の前から消えた、酒呑はどこに……」


ふらふらと、疲れ顔で去っていく志野。ぶつぶつとよく解らない事をつぶやいている。


「志野様?」


志野は咳き込んで口から血を吐く。


「ん……大丈夫だ。たぶん」

「これは……田代さん!お医者様を!」


四葉は呼び鈴を引いてメイドを呼ぼうとする。


「大丈夫、大丈夫だ。……まだ、私はやることがあるから」


志野は聞いていない様子で四葉に背を向けるとふらふらと出て行こうとする。


「その前に病院へ行ってください!」

「今、大悟は探偵事務所に向かっているはずだ……そこに行けば」


ふらり、と倒れそうになったかと思うと、志野は人外の速さで地面を蹴って消えてしまった。


「犬塚様……!」


四葉が出て行った先には強く蹴られてえぐれた地面だけが残っていた。


「と、とにかく望月さんの事務所に急ぎましょう!」


四葉が武魁のスイッチを一つ押すと武塊は蒸気を噴出して変形していく。

それは二輪のタイヤがついた機械。

最新式の移動道具、バイクだった。


「武魁、いきます!」


四葉はいささか大型なバイクにまたがると颯爽と爆音を鳴らして大路を駆けていく。



同様の秘密が望月探偵事務所でも語られていた。


「だが、秘密はこれだけではない。こちらは軍の管轄になってしまうが……

聞いてもらってもいいかね?」

「ここまで来れば、もはや毒食わば皿まで、ですよ」


望月は余裕の苦笑を見せた。


「ありがとう。これはそこにいる柱君の身にも関わる事だ。

さて、何から話したものかな……」


ここで大佐はコーヒーに手をつけ、話を切り出した。


「軍には今一つの計画が立ち上がっている。帝都守護の切り札ともいえるものだ。

その名を帝都四方防護結界陣。まぁ、要するに帝都を丸々包む結界だな」

「なるほど、四角四界の囲いや西洋魔術でいうカバラ五芒星の追難の儀式とかですね。

四方を守護するのは結界の基本です」


大佐はメモ用紙に鉛筆で大雑把に帝都を覆う結界を書き出す。

三原山に朱雀、木更津に青龍、日光に玄武、そして富士山が白虎だ。


「そういうことだ。君達の専門の話だな。

この結界の役割は単純明快だ。結界内の好きなものを外にはじき出す。

完成すればまさに無敵の国防となるはずだったのだが……」

「できなかったと?」


帝都を覆う任意のものを外にはじき出す無敵の結界。

完成すれば英米の爆撃機だって入れはすまい。


「ああ、出力の問題でな。だが、亜空党の党首……まあ、あの悪魔共だな。

奴等が求めているのは「無限の魔力を持つ宝石」だとわかった。これによって、出力の問題を解決させようという話が持ち上がった。

もちろん……北奥大佐によって、だ」


やはりきな臭い話だと望月は思う。


「なるほど、亜空党は悪魔による組織。そして北奥大佐は悪魔と繋がっているという情報を僕も得ています。

だとすると妙ですね。悪魔と北奥大佐は同じものを狙っているということになる」


彼らは協力はしつつも、やはり競争もする間柄なのかしらん、と思う。


「少し、ヒントを与えようか。亜空党などの悪魔共の暗躍により、今軍部では退魔に関する部署が活発化している。

我々もそうだが、北奥大佐の秘密諜報部もだ」


望月には単純明快な茶番劇を理解した。悪魔共に暴れさせ、自分がそれを退治する。

そうする事で北奥大佐は発言力と予算を獲得してきたわけだ。


「なるほど、その裏で糸を引いているのが北奥大佐だとすれば……

これは自作自演で軍にとって都合のいい「敵」として亜空党を暴れさせているのかな?」


しかし、それはそのままこの磯村大佐にも当てはめる事ができるのではないか。そんな考えが探偵としての頭に掠める。


「確証がないが、な……話を戻そうか。その「無限の魔力を齎す宝石」だが、わが国ではこう言われている。「十種の神宝・生玉」と」

「話がますますきな臭くなってきましたね」


ここで磯村大佐は柱に目を向けた。


「そして、そこのお嬢さん。柱君だったかな。

君の宿すその力こそ、生玉の可能性がある。少なくとも、候補者の一人に上がっている」

「えっ私、ですか?」

「そうだ。だから望月君、君に依頼したいのは二つ。

そこのお嬢さん、柱君を守ることだ……そして、できれば高石の力になってやって欲しい」


なるほど、単純明快だ。だが疑問も残る。


「ふむ、ふむ。なるほど!降りかかる火の粉を払うのに否はありません。

ですが、あなた自身はどうなのです?僕らを守る事であなたの立場にどんな利があるというのです?」


磯村大佐が悲しそうな、苦々しい顔で語る。


「北奥大佐の計画にはさらに裏がある、と私は考えている……

それが何なのか、まだ確証を持って話せはしないが、

彼の計画は成功させてはならないものではないか、そう思えて仕方がない」


そして、磯村大佐はたしかな覚悟と誠意のわかる覇気を出して言う。


「それに、軍人たるもの、婦女を人柱になどさせられはせん。

そして、部下を政治から守るのも上官たる私の務めだ」

「なるほど、いいでしょう。その依頼受けましょう」


どこまで本当かわかったものじゃないが、降りかかる火の粉を払うのに金を出してくれるというのだ。

まあ、乗っかっておこう。


「ありがとう。君ならばそう言ってくれるだろうと思っていた。

さて、私はお暇させてもらうよ。正直、状況は切迫しつつある」

「ええ、お互い身には気をつけましょう」


そう言うと磯村大佐は席を立って外套を羽織り、事務所の扉を開ける。

そのときに、聞こえるか聞こえないか、という声で静かにつぶやいた。


「この国に……英雄はいらない」


どうやら、面倒な事になったらしい、と望月は感じ取る。


「やれやれ、大悟。厄介事に関わる体質だと思ってたけど、歩く厄介ごとだとはね」


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