ハルマン/大正:恐竜の住む島その7
道中、龍が何度か出る事もあったが、一行は構わず進み密林をかき分けて城へと向かう。
近づいて行けば行くほどに分かる。闇に映える城には、蝙蝠が舞っていた。
まるで城を闇が包み込んでいるかのようだ。
「ふむ、まるでワラキアの大公の城のようですな」
「ああ、串刺し公ブラド・テペスかね?」
「串刺し、ですか…。妖魔の方でしょうか…」
「人知れぬ孤島、太古の竜、そして夜族の城……と。最後だけ突拍子がなさすぎはしないかね」
望月とハルマンが軽口を叩きつつ進む。
「急ぎましょう」
「そうだな、暗くなると厄介だ」
大悟と四葉は淡々と密林を切り開いて進んでいく。
そこに、声が聞こえた。
<もしもし、そこの方々……>
霊的な声であると魔術師達は気づいた。
「ふむ、逆に考えるのですよ所長。夜族の城に竜が…おや」
「そもそも全て突拍子が…どなたです!?」
振り返ると、半透明で地面から離れて浮かんでいる大型四足の龍がいた。
たてがみのような形の頭部に三本の角がついている。
全体的にサイのような重鈍な印象を受ける龍だ。
「……ど、どなたです」
四葉は武魁で身を守るようにして恐る恐る声をかける。
<すいません、突然。どうやら驚かせてしまって>
「太古の竜か…見事な角だな、鍛えられた刀に劣らぬ」
自然と龍と大悟は会話していた。
「なんでそんなに冷静なんですか大悟様!? なんかこう、恐竜様? が喋って折られるんですよ!?」
<おとーちゃん、どうしたのー?>
三本角の龍の周りにその子供と思わしき霊体の子龍がまとわりつく。
「何を今更驚くことがあるのです?竜であれば人語を解していても不思議ではないでしょう?おや、これは可愛らしい」
もはやこのような怪異には慣れている大悟であった。麻痺しているのかもしれない。
<ああ、あなた方は私のことをトリケラトプスという種族と呼ぶそうです……。こちらは息子です>
「大悟様…頭が麻痺しておりませんか?あ、どうも、よろしくお願いします」
「なぁに、この程度軍で慣れてますから、ああ、高石大悟と申す」
「ああ、僕は西園寺望月だ。……大悟のいる軍はいったいどんなところなんだね?」
「対妖魔部隊だと言ったろう?怪異には慣れている」
「そういえば大悟様はそうでらっしゃいましたね……」
ペコリと龍に頭を下げる一行。
<さて、突然のことで混乱されているでしょうが……説明してもよろしいでしょうか
まずは……私は、私達は1億年ほど前に死亡しました。私達の仲間も皆、6000万年前には絶滅しましたので、私達の仲間は皆霊体です>
一行はふーむと唸ってしまう。
「スケールの大きな話だね」
「ほほう。あなた方は本当に太古の恐竜だったのですねぇ」
「えっと、トリケラトプス様は何故このようなところでこんな状態に…?」
龍はあくまでも穏やかに話す。
<どうやらこの島……昔は大陸の一部だったのすが、どうやら霊的な力場があるらしく、この島付近で死んだ者達は高確率でこうなる様なのです>
「なるほど…心残りがある、というわけでは無いのですか…」
「そうだな、何用で我らを呼び止めたかな?」
「なるほど、ここはあちら側に近い所なのかもしれませんな。天道氏がご健在なのも解る気がいたしますよ」
「曾祖母様はあぁなってしまわれたのに、天道様は健在なわけですから…確かに」
「黄泉に近い場所、か」
龍の黒いつぶらな目が一行を見つめる。穏やかで平和な目だった。
<しかし霊体となっても私たちは平和以上に何も望みません。平和に暮らせればそれでよかったのです>
四葉は真剣に話を聞いていた。
「その平和を乱す方が現れたと」
<はい。あなた達のようにふしぎな力を持つものがしばらく前に現れたのです>
「ふむ、その者が何かを?」
子龍の頭を撫でる様に手を動かす大悟だが、その手はすり抜けていってしまう。
「むう、触れられないというものは意外と寂しいものだな……可愛いから触れたかったのに残念だ」
大悟は手をひらひらと振る。
<沢山の人間がやって来て……それはすぐに去って行ったのですが。一人だけ、この島に残った者が居ました>
「それはあの城の持ち主の方ですかな?」
「……天道、鎌刀」
四葉が静かにその名をつぶやく。
<はい、そのような名前でした……テンドウは我らの体だけを呼び起こすと……
その力を使ってここの王となりました。たった一人の王です。そしてあれが『孤独な王の城』です>
龍が見つめる先にはあの西洋風の城があった。
「ははぁ、それではあなたは自分の体を盗んだ侵入者を排除して欲しいとこう仰るのですね」
<ええ、それもあるのですが……実は、我らの中にも一体だけ。テンドウに協力し、現世での体を手に入れたものがいるのです>
「貴方様は…自らの体を奪われながら、奪った方を気遣えるのですね……」
四葉は尊い者を見る目で龍を見つめていた。
<その体を手に入れた者の名は暴王とよばれていました>
「ほほうティラノサウルスですか…いやはやこれは難儀な事になりましたな」
「えっと、どのようなお方で…?」
<その者は、我らの中で最も強い力を持っていた者です>
「確かに、なんとも強そうな名前であるな」
「いかにも強そうな名だな…」
そこら辺の草を持って子龍の前で振って遊びつつ大悟が言う。緊張感が皆無である。
<我らの大半は滅びたのは仕方ない、として霊体での生活を望んでいたのですが。その者は違いました。
滅んでもなお、力を誇示したかったのです>
「意外と柔軟性があるのだな、貴行らは」
「ふうむ、寂しい方ですな」
<ええ、一億年も霊体として過ごしていますから>
「力に固執しているのかね。しかし君達は何故輪廻しないのに一億年も過ごせたのだね?我々の感覚でいえば魂も正気もそんなに持たないよ」
望月が疑問を呈する。実際、1億年など気が遠くなる時間だ。
<我々はただ、偶然貰ったこの体で日々を生きているだけです。
狂うも何もありませんよ。この子は、いつまでたっても私の子です。
しかし、暴王は違ったのでしょうか……彼は一度言っていました。『力は欲していないが、忘れられるのが怖い』と……>
「そうか、生きて……生きて?ううむ……彼は恐らく、君らよりは僕らと心の在り方が近かったのだろうね」
首を捻る望月であった。まるで彼ら竜の時間は止まってしまっているかのようだ。
事実、もう彼らの時間は終わってしまった。ならば、そういうことなのだろう。
「ふむ…暴君の誇り、なのでしょうかねえ」
「ふふ、なるほどな」
<……言い忘れてましたね。私が貴方達を引きとめた理由。彼を、彼等を止めてほしいのです>
「なるほど…同胞としての情ですか」
「勿論です。そのために私たちはここに来た様なものですから」
ハルマンが感心し、四葉がうなずく。
<ありがとうございます……彼等は、とても寂しそうなのです。今の私達には、何をする力もありません……>
大悟がふと子龍と遊ぶ手を止め、思い出すように言う。
「誇りが…誇りがそうさせなかったのだろう、己が心を、己が身を焦がす程の誇りがな……
かつて己が誇りのためにその身を焦がした…気高き狼王が居た、その古代の竜王も似たような心持ちであろうよ」
<……彼等が霊体に戻った時は、快く迎えるつもりです。霊体となれば、皆同じです……よろしくお願いします>
「ああ、心得た」
大悟もうなずく。静かだが、頼れる微笑だった。
「さて……一つ、答えてもらっていない事がありますね」
<ええ。テンドウのことですね?>
「はい。なぜ彼がここに残ったか、ですよ」
ハルマンは相変わらず仮面のような慇懃な微笑を浮かべている。
<私達の中の仲間がその当時のことを覚えていました……。伝え聞いたことで良いのならば……
当時の彼は、とある女性……カズホ、というそうなのですが……と口論していたらしいのです>
「曾祖母様、一穂と何か…」
<なんでも、ここに眠る力が何とかで。たぶん、この特殊な状況を生み出すような何かがここに眠っていたのでしょうね>
「ふむ、それで彼らは何と?」
<しかし、調査期間中にそれは見つからなかった。調査続行を彼は望んだらしいのですが……カズホという女性が、断ったらしいのです。
それで口論になり……。しかし、諦めきれてない彼はこの城に残り――今も探しつづけています>
「ではそのためにあの城は作られたのですね?」
<はい>
「げに恐ろしきは妄執か……」
目を細めて城を眺める大悟。
「あの、ヴァルムンク、という名に記憶はありませんでしょうか?」
<例の、テンドウとカズホの口論でしきりに出ていた単語、らしいです。……それが、この地に眠る物だと推測した者もいます>
「…有難うございます。引き止めて申し訳ございません。
この世の悪意は、武によって介入し解決できる。龍のみなさんの心と平穏を乱すものを、武力で解決いたします。
東城一穂の曾孫、四葉の名に、ソレを誓いましょう」
四葉が凛とした顔で前を見据える。
「ありがとうございます。それだけ聞ければ仕事ができるというものですよ」
ハルマンがここで初めてうなずいた。返す返すも骨の真まで魔術師な男である。
<では、よろしくお願いしますね……>
目を細めて龍の体が消えていく。
<ねむいー。100年ほど眠るー>
「……スケールが違うなあ」
「お休み」
大悟は残念そうに手を伸ばし微笑む。
「竜の時間はそれは穏やかに流れるものなのでしょうね」
「まあおきるのが100年単位でもなきゃ一億年も魂を保って入られないよ」
そうして、一行は城へと近づいていく。
もう聳え立っているのが間近に見える。
「さて、では暴君に1億年の退屈を破る余興を見せに行きましょうか」
「実は私、今回はあまり乗り気ではなかったんです」
「…そうだな、竜王の退屈を紛らわせに…なぜです四葉さん?」
「ここに介入するべき悪意は無いと、そう思っておりました」
「ふむ……」
「ですが、私はここに悪意と戦う理由を頂戴いたしました……行きましょう。孤独なる二人の王へ、武力で介入を行います」
「四葉さんは…凛々しくも優しい女性ですね」
「まだまだです。曾祖母様には届きません」
大悟が微笑み、四葉が苦笑する。
「四葉さんは四葉さんですよ」
前に進んでいた望月が声をかけた。
「おーい何をしているのだね?日が暮れてしまうよ!」
「所長、解ってて言っておりますね?」
「当たり前じゃないか。なんでこんな南の島でまでメロドラマを見なきゃいけないんだい」




