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ハルマン/大正:浅草十二階の狼男その1

時は大正、華々しき都に魔術師ハルマンが見た怪異の数々!

出迎えるはサムライ軍人、魔術師探偵、からくり使いの少女。

彼らの青春と冒険。

大正11年。

これは華やかな大正文化が花開く頃の話。

激動の戦乱の前にほんの僅か見られた宵闇の魔術師たちの話だ。

そうして、HALがいかにして生まれたか、という話でもある。



ずしん、という衝撃が響き、着艦を知らせる声が響き渡る。

さあ、新たな生活の始まりだ。

1922年の四月。ここから私の未来は開いていくのだ。

こちら風に言うならば大正11年だろうか?


おっと、申し遅れた。

私はパトリック・レフカディオ・ハルマン。

英国人で、魔術師だ。


地霊、よき隣人たる妖精たちに敬意を払わない祖国にも、

くだらない抗争と、野蛮な実験ばかり繰り返す魔術組織(オーダー)にもうんざりだ。

さあ、日本の地霊や祖霊と触れ合おう!

いまだ市井にあふれているという呪術師とも知り合ってみたい。


私は重たい革張りのカバンを抱えながら船を下りる。


私の期待するすばらしき異国情緒にあふれた生活、

その足がかりとなるこちらでの出迎えという奴はさてどこにいるのだろうか?


私はさりげなく「サイン」を示す。

傍目にはちょっとした動作にしか見えないが、魔術に関わるもの、

とくに私の属する結社に近しいものならばそれと解る仕草だ。

果たして、群衆の中から同じサインを返す者がいた。


「あなたが出迎えの方ですか?」


身なりのいい屈強そのものといえる偉丈夫が私の前に現れた。


「そうだとも、兄弟(フラター)ハルマン。私はヴォルフ・ヴェナンダンテ。

魔術名はlupusだ」


味のある低いバリトンの声、風に揺れるたてがみのような金髪は獅子を想像させる。

威厳もたっぷりに自己紹介する口には鉄でも噛み砕けそうな牙が見えた。


「ふむ、リヴォニアの方ですかな?悪しき魔術師と戦う良き人狼を祭る民族がいると聞きましたが」


ほう、とヴォルフは感心したような声を出し、にやりと笑う。


「いかにも。私は誇り高きリーヴ人の末裔。

機会があればその術を見せることもあるだろう

君の名を聞いても良いかね?」


どこまでも威厳にあふれ、ごく自然に人を使いこなす貴族のような言動をする男だ。


「おっと、申し送れました。私はパトリック・レフカディオ・ハルマン。

魔術名はHeuristicsです。どうぞよろしく」


私が手を差し出し、握手をする。

英国人の私からしても大きな手だった。

丁度、獣のような。


「よろしく頼む。さて、一杯やりながら今後のことについて話し合おう」


酒杯を飲む仕草をした後、ヴォルフは歩き出す。

付いて来いということらしい。


「よろしいですな。日本はなにしろ初めてでしてね。良い店があればぜひ教えてください」

「よいとも。さあ、ついてきたまえ」


そういうわけで、我々は適当な神戸のバーで一杯やることにした。



つれてこられたバーはなんとも不思議なものだった。

名前は……「ドレビン」だったか。

青磁器が飾られ、中華風の衝立が使われている。

かと思えば南米のものと思わしき巨大な人面石がカウンターに使われており、

その上に鎮座しているのはアレはインディアンのカチナ人形ではないか。


「ここ、神戸は文化の交流地でね。異国情緒があるだろう?

もっとも、日本らしさはないがね」

「ははは、確かに日本らしさを求めていなかったといえば嘘になりますな。

あなたは何になさいますか?」


ヴォルフはスーツの首元を少し緩めて汗を拭く。


「ダイキリだ。日本の夏は暑くてね。

それからこういう酒が好きになったのさ」

「では私は……」

「まあ、待ちたまえ。マスターは客に合わせてカクテルを造る名人でね。

君もやってもらったらどうだ?」

「ふむ、ならば試してみますか。マスター、お願いします」


マスターは怪しい東洋人だった。日焼けの仕方が日本人のそれではない。

だが何人かといわれれば西洋人である私には今一わからないのだ。

私の知らない酒を次から次にミキシンググラスに注ぎ、見事といえる腕前でステアする。


「イエスオキャクサン!腕にヨリかけて作りますね?

フムゥ……ミスタ、あなた割と酒強いね?ならまあこれがいいですね」

「ふむ、50度のストロワヤにロンリコ151、クエルボ1800か。相当にきつそうだ。

舐めるくらいが良いのではないか?」


ヴォルフが出されたボトルを読み解き得意そうに教える。

50度のウォッカがベースとなるとかなり強そうだ。


「マスター、確かに私は酒には強いですが、酔いつぶれる気はありませんよ」


一口のんだが、相当にきついキックだった。

ジョージ・ハッケンシュミットに一発いいのをもらったらこうなるだろうか。

だがまあ、酔いつぶれたい時にはよさそうな酒だ。

なかなかに旨い。気に入った。


「アイヤ、エクスキューズミー、ミスタ。今日の酒はサービスしますね。

これ口直しどうぞ」


出されたのはノンアルコールのカクテルだ。

ラズベリーにライムの香り。ダミー・デイジーか。


「いや、すいませんね。よければ先ほどのカクテルの名を聞いても?

今はいりませんが、気に入りました」

「サンキュー、ミスタ。そうだろう思てました。あれ、「宇宙旅行」名づけます。

いかがですね?」


50度の酒に151、1800。2001年宇宙の旅。

そんなフレーズが頭によぎった。

計算ができる程度には酔いつぶれていないらしい。

後にこれはひどい皮肉だとわかるが、それはさておき。


「マスターが間違えるとは珍しいな。すまなかった」

「いえ、これはこれで気に入りました。なるほど、腕前は良いようですね。

おかげで口が滑らかになりましたよ」


あるいは、この男が私の口を軽くさせるためにわざとマスターに頼んでいたのかもしれない。

最も、飲む前に警告していたからそれはないのかもしれないが。



ヴォルフは熱く語る。


「君、知っているかね?この国は開国する前ですら優れた国家制度をもっていたのだよ」

「エド、ショーグン、バクフですか。さわり程度には知っていますよ」

「私は感激したよ……すぐれた官僚制度、身分制度、そして分業制。

すべて理にかなっている」


この国の江戸時代の統治にひどく感激したといっていた。


「そしてこの国で同属を発見してね……犬神筋というのだそうだが。

差別されていたよ。まあわれわれのような民は迫害されるものだ。

彼らの力になってやりたいのだ」

「ほう、良い志ですね」


犬神たちという同族を見つけたので彼らの力になりたいとも。

その情熱的なまなざしは好ましいものに見えた。

私には持ち得ない熱意だ。


「それで、君の目的は?」

「ご存知でしょうが、「日本の呪術界と魔術協会の友好の為、日本の呪術組織を調査すること」ですな」

「その本意はわかっているのかね?」


ヴォルフが眉をひそめる。


「まあ、実際は侵略するので情報を取って来いといったところでしょうか。

私はそのつもりはありませんがね。スペインがやったような汚らわしい行為の手伝いなどしませんよ」

「ではどうするのかね?」


ヴォルフは無表情だ。彫像のような顔は冷たくも温かくもとれる。

謎かけをするような表情である。


「さて、お題目どおり可能ならば日本の呪術師の皆さんと知り合いましょうか。

あるいは、この地の妖精……こちらでは妖怪というのでしたか?

そういったものを調査しつつ、致命的なものは送りはしませんよ」

「ふむ……私が真面目な会員であれば君は処分されていたぞ?」


ヴォルフは少し愉快そうに笑う。


「ですが、あなたの目的も私と同じようなものでしょう?

先ほどの話を聞けば質問の意図はわかりますよ。

私は今のところあなたと敵対しようとは思っていません」


正直なところを話した。私には本国のクソ共のような派閥抗争はごめんなのだ。


「ふむ……ところで私と共にこの国にあたらな息吹を吹き込む気はないかね?

君の力は聞き及んでいる。虐げられた民のためにその力を貸してはくれないか。

私には頼れる仲間もいる」


私は繰り返すが派閥抗争はごめんだ。戦いにこの国に来たわけではない。


「断る、といえばいかがなさいますかな?」


「私は貴族だ。そう簡単に怒り狂いはせんよ。だが、私の前に立ちふさがるというのならば……」


ヴォルフの髪が逆立ち、魔力が溢れる。


「そうですか。繰り返しますが私はあなたと敵対する気はありません。

ですが、あなたのお考えは少し性急に過ぎる気がしますね」


だが私は柳に風とその魔力を受け流す。


「性急、かね。だが君ほどの力があれば……」


その先は紡がれることなく失望の沼の中に消えた。


「そして私はそれほどの力などない一介の凡夫ですよ。それでいい」


そう、それでいい。


「まあ、君はまだ日本に来て日が浅いからな。少しあせったのかもしれん。

争いは好まんか。いいだろう。では、君は求めているものを得られるだろう」


ヴォルフは握手をした後、一枚の書類と封筒を私に手渡す。


「これは?」

「紹介状だよ。そこに書かれている住所に協力者がいる。

彼のところで働くといい。名前は……西園寺望月といったか。

まあ、うまくやってくれ」

「わざわざありがとうございます。どうもお世話になりました」


こうして私は神戸を後にし、汽車に乗り西園寺望月の探偵事務所を訪れた。



その日、西園寺望月はいつものように探偵事務所に居た。

ソファにしなだれかかりつつ、本をゆっくりと眺める。

持っている本はひととおり読破してしまったので、眺めているだけだ。

実に無為な行為である。

時々借金取りが来たりもするが、まぁわりと平和な生活だ

たまたま魔術師だった自分に遺産が転がり込んできたので、

技能を生かして探偵事務所を作ってきたが……どうにも閑古鳥だ。

そんな中、呼び鈴が鳴った。


「どちらさまでしょうか?」

「失礼いたします。こういったものですが。ハルマンと申します」


ハルマンと名乗った西洋人の男は例のサインを示した。


「ふむ、そっちのお客人か。それでは狭いところですが、どうぞお上がりください」


望月にはハルマンは銀色の杖を持った若い英国人に見えた。

女のような長めの金髪で、眼鏡をかけている。

スーツはさすがは本家本元というか、じつに折り目正しい。


「それで、今日はどんな御用向きですか?」

「それは、こちらの方にお聞き願います」


ハルマンは封筒を渡す。


「ふむ?ああ式か。伝言を言うだけの簡単なものだね。

では、ひふみよいむなやここのとう、記されし言霊を見せたまえとかしこみかしこみ申す」


望月がゆらりと封筒を振り、呪文を唱えると手紙は一人の女性に姿を変えた。


<サリエルと申します。あなた様にお願いが有って来ました>


これはサリエル本人ではない。単に記録された本人の分身だ。

レコードのように決められた答えを返すだけの代物。


「おや、あなたは……ご高名はかねがね」


月の天使の名を冠するとおり彼女は強力な天使の一人だ。

その権力を持って魔術界に君臨する対悪魔の急先鋒。

見た目は銀髪の美しいお嬢さんだが、天使としての力はとてつもない。

これは彼女が言葉を記録しただけの魔力の残り香であるが、それでもその重圧はここにいる二人は感じていた。


「ふむ、御前…ここが私の仕事場ということになるのですかな?」


ハルマンは流暢な日本語でサリエルに話しかけた。


<その通りです、ハルマン。もっともこれから先の交渉が上手くいけばですけれども。

望月さん、お願いというのは……彼が言ったとおり、ここに彼を置いてくださいませ>

「ふうむ……? 特に断る理由もありませんが、どのような由あってのことでしょうか」

「わたくしからも、説明願えますかな?」

<ええ、理由は単純ですわ>


サリエルは指を顎に当てて答える。


<この国のウィザードにも彼等のようなウィザードに影響されてほしい。

また、彼のような海外のウィザードにも、この国の戦い方を見せてほしい>


にこりと彼女は花の様な笑みを見せた。

どうにも毒花のようだが。


<どうでしょう、一ヶ月4円ほど払いますが>


一月4円……望月には魅力的な響きに聞こえた。


「なるほど、なるほど!」


口元を左手の甲で隠す。望月はくすくすと笑った。


「この国の――うぃざあど、でしたかな?彼らはいかにも頭が硬い!ヒビを入れられれば痛快でしょうね。

諾、です。承りましょう」


うんまあ、それも嘘じゃないよ。

それが彼の感想である。


<ふふっ、ありがとうございますわ。……ではハルマン、後は任せましたわよ>

「はっ。ご心配なく…」


ハルマンとやらはサリエルにお辞儀をしていた。

彼は向き直って慇懃に喋る。


「…さて、こちらの一存で話を進めて申し訳ありませんでした。ご迷惑では?」


にこり、とハルマンがいやみなくらい嫌味のない笑みを浮かべる。


「いえいえ、お恥ずかしい話ですが、私はどうにも退屈という病に囚われておりまして。新しい風が吹くならば大歓迎ですよ」


まあ、実際退屈だったし、いい暇つぶしくらいにはなってくれるさ。

望月にはそんな思いであったが、後に生涯のめんどくさい友人になるとは思っても見なかった。


「改めまして。探偵、西園寺望月です。……今後とも、よろしく」


差し出した右手にハルマンは握手で答える。


「これは暖かいお言葉ありがとうございます。いやはや、異国にあってこれほど頼もしい事はありません。

申し送れました。私はパトリック・R・ハルマン。魔術師です」



所変わり、日も落ちた。

陸軍大尉、高石大悟は今、かなり大掛かりなぱぁてぃに出席している。

なんでも、東城財閥の一人娘の誕生日ぱぁてぃらしく、上官である磯村大佐出席するよう命令を下されたのだ


「ふむ、斯様な場はあまり得意ではないが…任務だからな」


磯村大佐が、手招きをしている。


「はっ、なんでありましょうか」


大悟は軍靴をカツッと鳴らして敬礼した。

その背筋は定規でも入れたようにピンと伸びている。


「今日ここにキミを呼び出したのには訳がある。なぜだか、わかるかね?」


磯村大佐は鷹揚に微笑んで話を切り出す。

しかし大悟にはとんとわからぬ。このような華美な場に出る用事などないはずだ。


「はっ…愚昧の身ゆえわかりかねますが…」

「……ふふふ、そうだろう。では、四葉嬢」


大佐が手を叩くと着物に袴を着たいかにもこの時代の女学生といった雰囲気の美少女がすたたた、と駆けて来て頭を下げる。


「こここ、こんにちは!東条四葉です!大悟様ですね、ふ、不束者ですがどうぞよろしくお願いします」


大悟はその勢いにおされてとりあえず敬礼を返した。


「はっ、よろしくお願いいたします」


大悟の笑みはぎこちないものになっていただろう。

わ、わからぬ。なんとなく状況を察せられるものの、これはそういうことなのだろうか?


「やあやあやあ!いつぞやは世話になったな!これが娘の四葉だ!

よろしくつきあってやってくれたたまえ!」

「ややっ、あなたはあの時の」


どかどかと派手に出てきたのは大悟がいつぞや悪漢に襲われていたところを助けた紳士だった。


「私こそ東城財閥総帥、東条剛一だ!」

「あなたが東城財閥の総帥であらせられましたか。

その、つきあうとは……?」


どうやら大悟はまた厄介ごと、女難に巻き込まれたらしい。


「うむ、今はまだ婚約者ということだが事が上手く行けば君たちは夫婦ということになるな」


大佐が微笑んで俺たちを見る。大悟と四葉は赤い顔をしていた。


「このお転婆娘をもらってくれるのは君のような益荒男でなければつとまらん!私には解るのだ」

「あの!この父の言うことを本気になさらないでくださいね!?

無茶を言う父ですから……ご迷惑でしたら、その」


凛とした表情に、黒髪が美しい女性だ。

大悟は思う。

正直、どうだろう。話が急すぎる。だが今はつきあっている女性もいない。

いない……と思う。

よし男は度胸だ。一つきっぱりと返事をしよう。


「め、夫婦でありますか……いえ迷惑だなどと、とんでもない!

今だ若輩ではありますが、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします……」


ペコリペコリと二人はコメツキバッタのようにお辞儀をしていた。


「さあさあじっとしていないで踊りたまえ!」

「あわわわわ」

「おっと……では、エスコートさせていただこう。四葉さん」

「は……ひゃい!」


少女の手を青年が取り、ダンスのスキップを始める。

大正11年、4月3日。まさにこの日運命が回り始めたのを、今だ誰も知らない。


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