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65.一人と一匹の闘い

大変長らくお待たせしまして、誠に申し訳ありません。。。





 始めに思ったのは、私と魔獣の子を分離するための術式がようやく終わったんだ、ということだった。


 白い世界から、色のある世界へ。

 視界が開けているのがわかる。

 でも身体が重くて節々が痛い。できればこのまま眠ってしまいたいくらい。けれど、かすむ目を擦るために無理やり上げた手が、懐かしいファラティアの手で――。

 足の爪先から喉まで一気に複雑な感情が込み上げて来て、少しだけ意識がはっきりした。

 白いけれど、毛に覆われていない手。指の一本一本が動かせる。ペンを持つことも紅茶を入れることだって簡単に違いない。

 ああでも、ぽってりした肉球はなくなってしまったんだな。


(爪がまあるい……)


 黒くて細い頼りない爪はもうどこにも見当たらない。

 指先をじぃっと見ていたら、はらりと髪がひと束落ちてきた。

 白くない。深紅色だ。

 両手でぐっと首の横の髪を目の前に引き寄せると、セレスタと同じ石鹸の香りがした。


 元に戻れて嬉しい? 安心した?

 それとも寂しい? ……不安?


 よくわからない。


 まだぼんやりする頭を抱えつつ顔を上げる。お部屋の明るさから考えるとお昼近くだろうか。閣下は……みんなはどこに居るんだろう?

 そう思いながら緩慢に視線をずらすと、すぐ近くに白くて丸いふわふわが――。


「――女……か? これは、どういうことだ?」

「えっ」


 聞いたことのない声がして、白いふわふわへ伸ばした手もそのままに私は勢いよく振り返った。


(だ、誰!?)


 そこに居たのは、全然、本当に全然、知らない男の人だった。

 このときの行動を、私は盛大に褒めたいと思う。おばあちゃんになっても語り継ぎたいほどの武勇伝だ。……嘘、ちょっと言い過ぎたかもしれない。



 焦げ茶色のローブと、ローブから覗く仄白い顔を見た私は咄嗟に近くのセレスタを鷲掴みにして走り出した。手元から「ぐぇっ」って聞こえた気がするけれど気のせいということにしておく。ごめんねセレスタ! でもこれくらいじゃ死なないから大丈夫、大丈夫!


「あっ、待て貴様ッ――!」

「――きゃあ!」


 広いお部屋で、数歩も行かないうちに髪を掴まれて引き倒されてしまった。抱き締めていた腕が緩んでセレスタを床に放り出してしまう。魔術陣から解放されたばかりで重い身体が恨めしい。

 引き倒されるときに何かにぶつかってガタンッと大きな音がした。魔術陣を敷く関係でほとんどの家具を運び出しているはずだけれど、なんて思っている暇はない。


「ククッ、裸の女……ねぇ?」

「!!」


 ニヤニヤと薄い唇を歪めながら言われて気づく。私、裸だーっ!

 そうだ、いつかの夜にファラの姿で閣下に会った。あの時も確か裸で。うぅ。セレスタの白い毛皮が恋しい。


「へぇ? 真っ赤になっちゃって。人形大公の娼婦かと思ったが違うのか?」

「…………」


 無視してキョロ、と着るものを探すけれど当然見当たらない。

 私に寄り添うように床に倒れているのは小さなサイドテーブルで、あ、さっき私がぶつかったのはコレだったんだな、って思った。傍にはぽつんと取り残された椅子と、ぐしゃりと裏返しになった本。きっと閣下だ、閣下が使ってたんだ、って思ったらちょっと泣きたくなった。

 でもサイドテーブルも椅子も本も、身体を隠すには無理があり過ぎる。


「まあそう焦るな。据え膳だが、利用価値も使い処もわからん状態では手を出すのも愚策だ」

「は、放して!」

「言われて放すとでも?」


 気づいていたけど、この人、悪い人確定だな、って確信した。気づいていたけれど。

 ファラに戻れた最初のまともな言葉が『放して!』だなんて、なんだか悲しすぎない?

 それに何よりファラに戻れた途端に怪しい人に襲われる、って酷すぎる。閣下は、鳥の巣頭さんはどこへ行ったの? 二人ともお仕事があるってわかっているけど、恨んでしまいそう!


 私に覆いかぶさる男の人。艶の無い焦げ茶色のローブの裏地がワインレッドになっているのが見える。閣下のお屋敷は柱や床が落ち着いた焦げ茶色で、廊下にはワインレッドの絨毯が敷かれているのを考えると、意図的なものを感じて増々焦る。

 警備の人はどうなったんだろう。確か鳥の巣頭さんはこのお部屋から離れたところに配置したって言っていたはず。警備を強化しすぎると来館中の令嬢たちに不審がられるかもしれないから、最小限の人員だと言っていたけれど、無事だろうか。


(この人、もしかして魔法が使えるの……?)


 そうだ、このお部屋にはアリアンナ殿下の結界が張ってあったはずだ、と思い出した。

 融合しつつあった私とセレスタを分離するためにとても複雑で緻密な魔術陣が敷かれていて、それを保護し、かつそれだけの大きな魔術が使われたことを隠すための結界だ。


(そういえばさっき)


 私とセレスタを覆っていた白い世界は“解ける”んじゃなくて、“壊された”?

 だとしたら、どうしよう。

 アリアンナ殿下の結界を破るなんて、相当な魔法の使い手でないと有り得ない。

 一気に焦燥感が込み上げる。裸を隠すことより、どうやって逃げるかの方が重要だ。

 でも魔法が使えない私には、魔法への対抗手段が皆無だから、どう行動するのが正解かわからない。


(閣下……鳥の巣頭さん……)


「――諦めたのか、裸のお姫さん? あんな御大層な結界張って守られてるくらいだ、さぞ深ーい訳アリなんだろう。お嬢様に報告して使い道が決まるまではとりあえず眠って――いてぇっ! なんだ!?」

「セレスタ!」

「グルゥッ」


 男の人がニタリと笑って、手を私の顔に翳した瞬間、その人は短い悲鳴を上げて首をぐるりと斜め後ろに向けた。つられるように私も視線を向けると、そこには放り投げてしまったはずのセレスタがいた。


「生きてたのね!」


 喜びに思わず叫ぶ。

 白い世界で全然返事をしてくれないから、もしかしたら、ってほんのちょっとだけ諦めかけてしまった瞬間もあった。だから、元気な姿を見れて、もしかしたらファラに戻れたとわかったときよりも嬉しいかもしれない。重い身体に力が戻ったような気さえする。

 ローブの男への威嚇か、白いふわ毛が全部立っているのか身体が倍くらいに見えのも、た、頼もしい!


 セレスタは喉を低く鳴らしながら、小さい顎で力の限り男の足首に噛み付いている。目が合ったのは気のせいじゃないと思う。


「このっ、――なっ、イェオラの幼獣!? チッ、離せ!」

「グゥッ!」


 男の人は今頃びっくりしているけれど、最初からセレスタは居たよね? 私が目を覚ましたときはまだ目覚めていないみたいだったから、白い毛玉にでも見えていたんだろうか?

 セレスタはさらにググッと顎に力を入れたようで、私の手首を砕きそうなくらい掴んでいた男の人の手が緩む。

 セレスタの生え始めの牙は意外に痛い。まだ小さいけれどあんまり使っていない分すごく尖っているんだ。それを容赦なく足首の腱に食い込まされて、男の人は先にセレスタを引きはがすことにしたみたい。私に馬乗りになっていたのをやめて立ち上がると、足首に噛み付いたままのセレスタに拳を振り上げた。


 だけどそれは“愚策”だと思う。


「ぐぁッ!」


 私は、私に背中を向けた男の人に、気付けば渾身の力でサイドテーブルをお見舞いしていた。

 がつん、てまともに側頭部に入ってしまったかも。とても痛そうな音がした。……頭蓋骨、大丈夫かな? でもセレスタを殴ろうとするなんて、許せない!

 本も椅子もあったのにサイドテーブルを選んだのは、無意識に一番攻撃力のありそうなものを選んだからかもしれない。重さと衝撃でちょっと手が痺れている。


「ギュアゥッ!」

「――ッ」


 くらりとふらついた男に、セレスタが追い打ちをかけた。


 ――ズダァァンッ


 強い風が男だけを攫った。

 いつだったか、セイレア様から貰ったセレスタイトのお守りのところへ私を運んでくれた……飛ばしてくれた?ときの力だ。

 あのときのふんわりした風とは違い、鋭く嵐のような突風が男を勢いよく吹き飛ばし、壁に叩きつけたんだ。……うん、セレスタってそんなことも出来たのね?








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