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63. 主従の覚悟

 



 穏やかな朝を迎えて、私とセイレア様はこそこそとアリアンナ殿下の居室へ向かった。

 鳥の巣頭さんが細心の注意を払い、来館されているお客様方と鉢合わせしないよう、気づかれさえしないように取り計らってくれて、こっそりとね。

 とても緊張したけれど無事に辿り着いて、今はセイレア様とアリアンナ殿下の前のソファに落ち着いたところだ。

 落ち着くと言っても、もちろん王妹殿下の前で寛げるはずなんてなく、私もセイレア様も背筋が異様にぴしりとしてしまっている。

 緊張しつつお部屋を見渡したところ、閣下はいないようだった。たぶん、来館されているお客様の対応をしているのだと思う。今まで、閣下は基本的に朝は私と過ごしてくれていたように思うけれど、閣下が表に出れば、お客様方はそちらに集中するはずだから、もしかすると私の移動で気づかれる危険を最小限にするためなのかもしれない。

 でも少し、寂しい。

 閣下がいれば、その不遜な態度で私の緊張もいくらか和らげてくれそうなのに。

 ……あ、やっぱりダメ。むしろ、不遜すぎて、いつアリアンナ殿下の不興を買うかと心配になっちゃうものね。


「お二人とも、あまり緊張なさらないで? わたくし達、同じくらいの歳でしょう? 気易く話してくださると嬉しいわ」


 アリアンナ殿下が苦笑まじりに気遣ってくださる。私とセイレア様は思わず顔を見合わせてしまった。


「……恐れ多いことです。

 アリアンナ殿下は、私達にとって国王陛下に並ぶ尊いお方。日々、私達民のため、神殿にて幸いをお祈りくださること、感謝してもしきれるものではございません」


 セイレア様が軽く頭を下げるのに合わせて、私も頭を下げる。幼獣の姿だから様にならないのが切ないけれど仕方ない。


「……そうね、無理を言ってごめんなさい」

「あ、い、いえ……!」


 なんだか、アリアンナ殿下を悲しませてしまったらしい。眉を下げてほんのり俯いてしまった姿に、私もセイレア様もおおいに慌てた。

 セイレア様と二人、あせあせと頻りに目配せをし合って、同時にぐっと頷いた。


「そ、その、恐れ多いことですが、殿下がお許しくださるなら、緊張しないよう努力致します」


 決意みなぎる頷きを交わした割には、セイレア様が逃げ腰だ。緊張しないよう努力、ってちょっとよくわからない。

 でも気持ちはとってもわかる。

 アリアンナ殿下相手に「じゃあ、お言葉に甘えて友人のように振る舞います!」とは言えないですよね、セイレア様。


「ありがとう。神殿に直接関わりのない同年代の女の子と話すのはとても久し振りだから、なんだか嬉しくて。困らせてしまったわね。

 立場上、難しいのはわかっているの。でも、できれば力を抜いて話してくださいね?」

「――はい。

 こちらこそ、殿下とお話しできるだけで幸運なところ、気易く話してよいとのお言葉まで頂けて光栄の至りです」


 王族であるアリアンナ殿下を前に言うのは不敬かもしれないけれど、いつもは女王様然としているセイレア様が、今はとても恐縮している。当然なのだけれど、なんだかちょっと不思議な感じで、こっそり心の中で笑みが溢れてしまった。

 私の気持ちを覗いたみたいに、アリアンナ殿下がふふっと笑う。


「緊張を解くのは当分難しそうね」

「……申し訳ありません」

「いいえ、気になさらないで? 意地悪を言ってごめんなさい」


 アリアンナ殿下はふんわり笑っているから、意地悪だなんて全然思えない。セイレア様も少しの苦笑で返していた。


「セイレアさんとファラティアさんは、主人と侍女にしてはとても仲が良く見えるけれど、やっぱり幼い頃からの付き合いなのかしら?」

「あ、はい。私が幼少の頃に――」



 ――そこから、殿下は自然にセイレア様から私の性格や外見的な特徴を聞き出していった。

 アリアンナ殿下はたぶん、聞き方が物凄くお上手なのだと思う。初めは緊張していたけれど、セイレア様は途中から思い出話をするような感覚になったのか、時折柔らかい笑顔も溢れるようになった。私とセイレア様のちょっと恥ずかしい過去なんかもぽろりとこぼれ落ちて焦ったりもしたけれど。



「ふふ、貴女達がとても信頼し合っていることがわかりました。その理由も」

「……ありがとうございます」


 私とセイレア様は思わず顔を見合わせて、直ぐになんだか恥ずかしくなってお互いに俯いてしまった。

 大切な人であることは変わらない。でも改めて言われると照れくさいよね。


「セイレアさんのお話しを聞いて、おおよそファラティアさんの人となりは把握できたと思います。

 早速、魔獣とファラティアさんを元の姿に戻す術式を……と言いたいところなのですが、その前に確認させていただきたいことがあります」

「……はい」


 なんだろう?

 柔和な様子だった殿下が急に真剣な声色に変わって、ほんの少し空気がピリリとする。


「これから行うこと、何があっても良いとの覚悟はおありですか?」


 ドキリとした。

 何があっても良いという覚悟。


「正直に申し上げますと、今回の術式は必ずしも成功するとはお約束できません。やはり前例の無いことですから」

「……はい」

「できる限りのことは致しますが、最悪の場合は――」


 ――魔獣の子もファラティアさんも助からないかもしれません。

 そう、アリアンナ殿下はご自分こそが辛そうに仰った。

 アリアンナ殿下にお会いして、元に戻れる可能性があると知って、セイレア様にも私がファラだと気付いてもらえた。希望に浮かれていた気持ちが情けなくしおしおと萎んでいく。

 覚悟は……実はあまり出来ていなかったのかもしれない。

 殿下が仰ることは当然のことだと思う。冷静に考えて、混じりあった生き物を分離するなんて、どんなに危険か、たぶん私の想像力の追い付かない位置にあることだ。


「今ならまだ、……ファラティアさんにはどちらも苦しい選択になると思いますが、魔獣の子として生きていくという未来もあります。命を失っては何にもなりませんから」

「…………キュゥ」

「ファラ……」


 魔獣の子として生きる未来。

 もともとそれは、私が魔獣として転生したと思っていたときにずっと考えていたことだ。

 ――改めて、魔獣としての生活を考えてみる?

 貴重種である以上、ずっととはいかなくても、閣下や鳥の巣頭さんと過ごした日々は決して辛いことなんてなかった。それがこの先も続くだけじゃない? それに、今ではセイレア様も本当の私を知ってくれている。もしかしたら、悪くはないのかもしれない。

 そう考えてみて、でも私はすぐにプルプルと頭を振った。


「キュッ!」


 厳しい表情のアリアンナ殿下を見て、負けないように強い視線で返した。

 覚悟は、今固める!


「……よいのですか?」

「キュウ」


 はい。だって、この身体で生きるということは、私は生きられても、魔獣の子は死んでしまうということだ。

 もし、逆にこの身体でいることで、いつか私の精神だけが消えてしまうというのなら、もっと悩んだかもしれない。いつか魔獣の子はあるべき身体であるべき精神で生きられるというなら。

 だけど現実はそうじゃない。それに、私だってファラとして生きる道を諦めたくはない。

 だから、どんなに危険でも、本来の私と魔獣の子に戻れる方法があるなら、逃げるわけにはいかないんだ。

 そう、私は決意をみなぎらせていたんだけれど。


「……私は、恐ろしいです」


 セイレア様が、そっと私の頭を撫でながらポツリと言った。

 ……セイレア様?


「一度は私の浅慮で亡くしたかもしれないと思ったファラが、こうして生きていてくれた。……それだけでもう、言葉を交わせなくても嬉しい。本当によかったと、心から思っています。

 だから、また失うことを想像することは、とても恐ろしいのです」


 セイレア様……。


「魔獣の子として生きることは、ファラにとってとてつもなく苦しいことだとわかっています。どちらにせよ、私に責任があることだとも承知しております。

 ですが、何か、他に安全な方法はないのでしょうか?」


 セイレア様は完全に俯いてしまった。

 前にも思ったけれど、今回のことでセイレア様に責任なんてない。馬車が襲われたのはセイレア様の行動のせいではないんだから。

 でも、きっと、セイレア様は認められないだろうと思う。もとは正義感も強く芯の通った方だから。

 もしかしたら、魔獣の子の身体になってもう何日も経っている私より、昨日、色々なことを知ってしまったセイレア様の方が、心の整理をつけるのは難しいのかもしれないな、と思った。


「安全な方法はありません。……いえ、危険を軽減させることならあるいは。

 閣下には断られましたが、ファラティアさんの精神と身体だけをできるだけ保護するように魔術を掛ければ――」

「キュウ!」


 ――それはダメ! でございます!


「ファラ……」

「キュウ」


 セイレア様がソファの上で前のめりになった私を軽く抑えながら、窺うようにこちらを見る。でもこればっかりは、いくらセイレア様でも受けると言ったら許せないですからね! ……気持ちは嬉しいけれど。


「ファラティアさんも反対のようですね」

「キュッ!」


 もちろんです。

 綺麗事に聞こえるかもしれないけれど、魔獣の子の命だって、私と同じだけの重さがある。何より、私は一度、魔獣の子の声を聞いたことがあるんだ。魔獣の子にもちゃんと、私達と同じように意志があって、生きている。失っていいだなんてない。

 わかって欲しくてセイレア様を見上げたら、少し驚いたように目を見張ったあと、苦笑されてしまった。


「頑固になったときのファラの顔ね」

「キュ!?」


 ――が、頑固とはなんですか!


「ごめんなさい、わかっているわ。大丈夫。ちょっと無駄とわかっていても抵抗してみたかっただけ」

「キュウ」


 うん、そうは言っても、セイレア様が凄くすごく心配してくれていることは伝わってくる。本当に、私はセイレア様と出逢えて幸せだ。


「気持ちは固まったようですね」

「――はい」

「キュ」


 アリアンナ殿下に任せきりで申し訳ないけれど、私には何もできないかもしれないけれど、でも術式が成功するように、セイレア様や閣下たちが悲しまないように、私も出来る限り頑張ろうと思う。


 だからセイレア様、少しだけ待っててくださいね。



 そうして、それから少しの休暇を挟んだ後、床に描かれた魔方陣の上に寝かされた私の周りを、淡い光が包み込んで私の意識は遠退いていった。







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