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60.もう一つの懐かしい姿


お久しぶり過ぎて何も言えねぇー。いやもう、本当申し訳ございません。





「――お嬢様!」

「!」


 扉を開けた途端に駆け寄ってきた人を見て、私は驚いた。


「お嬢様、いったいどちらへお行きになっていたのですか!?」

「ご、ごめんんさい、スィニー。少し散歩を……」

「散歩!」


 壮年の女性のあまりの勢いに一歩足を引いたセイレア様が小さく零した言葉に、その女性は目をぐるりと回して小さく叫んだ。


「あまりにお帰りが遅いので、お嬢様がお散歩に行きそうなところはわたくしめも足を向けました! 貴女様が幼少の頃よりエイトウェイ家にて働かせていただいているわたくしが、お嬢様の好む場所を知らぬわけはありません。たとえそこが慣れぬお屋敷であってもです!」

「え、ええ、そうね……」


 自信満々に胸を反らしながら、お説教の態勢に入ってしまったのを察知して、セイレア様は肩を落としている。

 私もセイレア様の腕の中で身を縮めながら、でもこっそりとふくよかなお胸とお腹を揺らす人を見る。

 目の前の方は何を隠そう、私の上司だったエイトウェイ家侍女頭のマローニ様、スィニー・マローニ様だ。

 セイレア様がお屋敷から侍女を連れて来ているのは当然で、だからセイレア様の滞在しているお部屋に行けば、エイトウェイ家で見知った顔に会える可能性も考えてはいた。だけど、それがまさかマローニ様だったなんて、ちょっと驚きだった。

 だって、マローニ様は旦那様や奥様の御供で外出することはあっても、お嬢様についてエイトウェイ家を出ることはあまりなかったのだ。マローニ様はあくまで旦那様に雇われている方だし、何より主な仕事は侍女たちを統括し、仕事の指揮をとることだ。それなのに、エイトウェイ家を離れてセイレア様について来たのには、何か理由があるんだろうか? やっぱり、立て続けに私と奥様を失ったセイレア様を慮ってのことなんだろうか。

 私がひとり勝手にしんみりしているうちにも、マローニ様のお口の勢いは止まらない。


「そうね、ではありません! そもそも、以前からも申し上げているではありませんか。お顔に似合わないお転婆が許されるのは、10に満たない子供だけですと! お嬢様の場合はその見た目との差異も魅力ではありますが、ジスダロワの領地外ではお控えくださらねば、仕えるわたくしたちの身が持ちません。わたくしがどれだけ心配したと――! ……?」


 いろんな意味で(お胸とかお腹とか)ぷりぷりしているマローニ様に、その様子も懐かしいなあ、なんて眺めていたら、ふいにマローニ様と目があってしまった。お互い、きょとりと目を瞬かせて見つめ合ってしまう。


「……キュ?」

「…………」


 あ、こ、ここはやっぱり私から挨拶すべき……? なんて思って少しだけ鳴いてみたんだけれど、マローニ様は私を凝視したまま、微動だにしなくなってしまった。

 本当なら母代りと言っても過言ではないマローニ様の登場に飛びついて喜びたいところなんだけれど、再会早々お説教態勢だった勢いに負けて、喜びを表現する機会を逸してしまった。心の中でも冷静に観察してしまっていたなんて、そんなことないですよ? お久しぶりです、マローニ様! 会えて嬉しいです! 本当です!

 ああでも、突然見知らぬ魔獣に飛びつかれたら、マローニ様は卒倒してしまったかもしれないから、結果的にはよかったんだろうか。

 人語を話せないのがもどかしいと思いながら押し黙ること少し。ちょっとした沈黙の後、マローニ様は私をじぃっと見つめたまま、おもむろに口を開いた。


「――お嬢様、大きな拾い物はお控えくださいと、随分前にあれほど申し上げましたのに」


 お、大きな拾い物……。うん、間違っていない。全然間違っていないよ? ……でも、ぐすん。


「! ち、違うわスィニー、この子は拾ってきたのではなくて……!」


 うんうん、拾ってきたというか、随分前に拾われていたのが戻ってきたというか。拾い物がさらに別の人に拾われていたというか。しかもちょっと毛深くなっちゃっているとか。えーっと、つまり今ってどういう状況だったっけ?


「……お嬢様。大変申し上げ難いことではありますが、あの子のことでお嬢様がお寂しくされているのはこのスィニーも理解しております。わたくしとて、娘のように可愛がり、侍女としても立派に育て上げたあの子が突然いなくなっただなんて、いまだに信じられない思いでおります。

 そんな心の隙間を小さき命が少しでも埋めてくれるのであれば、いくらでもわたくしめが癒しの生き物を探し出してご用意いたします。ですが、今はそのときではございません。聡明なお嬢様ならば現状をよくご理解なさっておいででしょう? 旦那様の領地内でならまだしも、ここは――」

「ス、スィニー、ちょっと待って!」


 じぃぃぃっと私を見ながらどこで息継ぎをしているんだろう、という勢いで話し始めたマローニ様に目を白黒させていたら、慌てたようにセイレア様がお声を上げた。うん、このままだと延々とお説教のお時間、まっしぐらだ。

 マローニ様はいつもはおおらかで私たちのちょっとした我が儘も聞いてくださる方なんだけれど、一度お説教に入るととっても長い。しかも口を挟む隙が無いから、まだ対処法なんて考えつかなかった小さい頃の私とセイレア様は、解放されるまで随分苦労したんだよね。ちょっぴり苦くて、でもいい思い出だ。もちろんそんな状態になるようなことをしでかしていた私とセイレア様が悪いんだけれどね。あはは。

 あ、対処法を覚えてからはなんとか切り抜けられることも多くあった。まあ対処法と言っても、結局は今みたいに、どこかで無理矢理遮る、というただそれだけの強引な方法なんだけれど!


「スィニー、落ち着いて、ね? 流石の私でもよそ様のお屋敷で生き物を拾って来たりしないわ。この子は、その、つまり、お借りしたのよ!」


 でも流石のセイレア様もしどろもどろだ。小さな頃から奥様に次いで第二の母のような存在だったマローニ様にかかると、いつもは落ち着き払っているセイレア様でも焦りを覚えてしまうみたい。

 あまりにあわあわしている所為か、マローニ様はちょっとだけ疑わしそうな顔をしたけれど、私の顔を覗き込んでから、少しびっくりしたような表情をした。


「まあまあ、綺麗な澄んだ瞳だこと。幼い顔ですが随分大きいですねぇ。大人しく見えますが本当にあのお方のご許可を得て連れてきたのですか?」

「ええ、もちろんよ! ふふ、スィニーにもわかるでしょう? この子の目、私のあの子と同じよ。この前お庭を散歩させて頂いたときに、少しだけ会ったの。あのときの子よ。スィニーにも話したでしょう?」


 お嬢様が陽だまりのような笑顔を見せて嬉しそうに話すと、マローニ様が小さく息を呑んだ。私の顔を覗き込んだときよりもずっと驚いたように目を見開く。


「お嬢様……」

「こちらへ来てからずっと元気のない私を気遣って、この子をお貸しくださったのよ。案外、悪い方ではないのかしら。……いえ、そうでもないわね。あのときの不満げな空気は」

「お嬢様がお笑いに……」


 最後の方をぼそりと零したセイレア様には気づかない様子で、マローニ様がいろんな意味で(お胸とかお腹とか)ぷるぷるしながら呟いた。ついで、わっ、と泣き崩れてしまい、私とセイレア様はぎょっとして思わず一歩後ずさってしまった。


「お嬢様が……、お嬢様が……!

 スィニーは嬉しゅうございますっ。あの子がいなくなって、奥様までお亡くなりになってからというもの……っ、見た目と変わらず儚く笑うようになってしまったお嬢様が、心からお笑いに……! たとえその子がいる今ひとときの間だとしても、またお嬢様の本当の笑顔が見られて、わたくしは……、わたくしはこのお屋敷へ無理矢理お供してようございました!」

「……スィニー……」

「……キュウ」


 蹲り、顔を覆うマローニ様は涙声だ。ときどきつかえながらも嬉しい嬉しいと繰り返すマローニ様に、胸がぎゅっとなった。

 マローニ様にこんなに心配をかけてしまうほど、セイレア様が弱っていたのだと改めて気づかされた。その一因が私だと思うと、申し訳なくもあり、不謹慎ながらそれほど大事にされていたと思えば嬉しくもなってしまう。私は、幸せ者だ。


「スィニー、心配をかけて本当にごめんなさい。私はもう大丈夫よ」


 私を抱えたままマローニ様の側にしゃがみ、そっと肩に手を乗せてセイレア様が言う。はい、はい、と嗚咽混じりにマローニ様が頷いていた。


「……お母様はもう戻ってこないけれど、これからはきっといい方向へ向かうわ。詳しくはまだ言えないけれど、きっとあの子も……。

 私も、お断りせずにこのお屋敷に来てよかったと思うわ。なんだかんだと引きこもりそうになっていた私を無理にでも連れ出してくれてありがとう、スィニー。私のもう一人のお母様」


 その言葉でまた、わっ、と泣き出してしまったマローニ様が泣きやむまで、私とセイレア様はそっと隣に寄り添っていた。

 マローニ様にも、早く元気な姿を見せられるといい。そんなことを想いながら。








全然話が進んでいませんが、もう何話かすると展開も進みますー。



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