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59.彼女の告白 三



「――『一生経験できないだろう生活』だなんて、それこそ勝手な決めつけだったのでしょうか?」


 そう言って、じっと閣下を見つめるセイレア様。

 閣下はその視線を感じたのか、私の耳を引っ張っていた手を止めて、ちらりとセイレア様を横目に見た。

 閣下のさらなる反応を待っているらしいセイレア様。けれど閣下は何も言わず、ゆっくりと一つ瞬きをしただけだった。


「…………」

「…………」



 …………あの、閣下。



「…………」



 セイレア様のお話、ちゃんと聞いてました……?



 いまだ黙ったままの閣下を見つめるセイレア様の目元がひくりと引き攣ったのを私は見てしまった。

 イラッとしてしまったらしいセイレア様がそれを微笑みで隠し、アリアンナ殿下が微妙な空気を察知してオロオロし始めた頃、やっと頼りになる侍従様から助け舟が出された。

 こう言ってはなんだけれど、閣下が絡むと、鳥の巣頭さんが物凄く常識人に見えてしまう。不思議だね。


「……エイトウェイ嬢が提供しようとしていた『一生できないだろう生活』がヒトとしての贅沢な生活であるなら、今までの私たちのファラティア嬢への対応は不足だったかもしれません。私たちが――少なくとも私が接していたのはあくまでも魔獣としてのセレスタですので……。

 ですが、国が貴重種であるイェオラを丁重に扱う、それ以上に、私たちはセレスタを尊重しながら過ごしていたと保証致しますよ」


 鳥の巣頭さんはにっこり笑いながら言った。

 嘘だ! 最初は私のこと脅したくせにー! という告げ口は、空気を読んでしないでおこうと思う。

 私が怪しかったのは事実だし、少しずつでも信用してくれて、私が沈んでいるときには気を遣ってくれてたことも事実だものね。

 それに何より、いくら幼いと言っても、魔獣である私が大きなお屋敷の主人である閣下と同じ部屋で過ごしていて、夜も同じ寝台で寝かせてもらっていたのはどう考えても普通の魔獣ではありえない。獣であるのは変わらないのに、平気で机の上に乗せたり……。

 うん、改めて考えると、物凄く鷹揚に受け入れてもらえていたんだよね、私って。

 私が魔獣としては破格の厚待遇を受けていたと鳥の巣頭さんが保証してくれたのに、それを聞いていたセイレア様は何故か小さく眉を寄せて難しい顔をしていらっしゃった。


「それは――」

「そうですね、せっかくの縁ですから、セレスタが――ファラティア嬢が元の姿に戻れた暁には、みなで盛大に祝うというのはいかがですか? それこそ、一般の侍女では経験し得ないような晩餐をご用意致しますよ」


 何か言い掛けたセイレア様に気づかなかったのか、鳥の巣頭さんが妙案だとばかりに全開の笑顔で言う。

 鳥の巣頭さんの提案はすごく嬉しいものだった。

 豪華な晩餐だとか、お祝いだとかは必要ないけれど、私や魔獣の子がきちんと元の姿に戻れたときそれをみんなで喜び合えたなら、それ以上に幸せなことってないと思う。


「今の屋敷の状況を考えると問題は多少ありますが、アリアンナ殿下のお力をもってしてもセレスタを直ぐに元に戻せるわけではないようですし、準備する時間は十分に取れるでしょう」


 そっか、そういえば、今はセイレア様の他にもお客様がいらっしゃっているんだよね。そうなると、ここにいるみんな以外を放っておいて、盛大にお祝い事をするなんて、事情を知らない他のお客様たちに対してとても失礼なことをすることになる。

 その対応というか、問題が起きないようにするために、鳥の巣頭さんは色々と大変かもしれない。

 ……うーん、今更だけれど、鳥の巣頭さんが私のために忙しく立ち回ることになるというのはちょっと後が怖い気もする。何か後から請求されたりして……。なんて邪推してしまう私は、心がちょっぴり歪んでしまっているのかもしれない。

 邪推していたことを知られたらそれこそ怖いことになりそうだから、鳥の巣頭さんには絶対に知られないようにしなくちゃね。


「上手く調整ができれば、晩餐だけと言わず一日使うこともできるかもしれません。そうなれば、ファラティア嬢にとっても良い思い出になるのではないですか? ……どうでしょう、閣下。調整なさいますか?」


 畳み掛けるように鳥の巣頭さんは言う。

 もし本当にみんなでお祝いをしてくれると言うなら、素直に厚意を受け取ってもいいのかな? と、私も乗り気になってきてしまった。

 だって、みんなで一日中わいわいするなんて、すごく楽しそう!

 ただの侍女である私には畏れ多いことだけれど、想像したら胸が高鳴った。

 ああでも私、豪勢な食事をみんなと一緒にとるよりも、閣下やセイレア様、それに一番の功労者でいらっしゃるアリアンナ殿下に給仕をさせてもらいたい。

 だって、それって侍女としてはすごく名誉なことだよね?

 私がファラティアに戻れて、ファラティアとしてできる最初の恩返しとしては最高だと思うんだ。

 知らず目をきらきらさせてしまっていたのか、こちらを見た閣下がほんの少しだけ目を細めて、私の目元をするりとひと撫でして言った。


「……任せる」


 簡潔に返された応えに、鳥の巣頭さんは「畏まりました」とご機嫌に頭を下げる。

 許可が下りて、やったー! とセイレア様を見たら、セイレア様は喜ぶでもなく、何か思案するように私たちを眺めていた。

 何か気になることでもあるんだろうか、と私は首を傾げたけれど、「ああそうだ」と鳥の巣頭さんが思い出したように言ったので、私はセイレア様を気にしつつも意識を鳥の巣頭さんの方に向けた。


「エイトウェイ嬢、最後に一つお尋ねしてもよろしいですか?」

「……なんでしょう」

「ファラティア嬢の乗る馬車が襲われた日の前後から今日まで、貴女ご自身の身辺で何か変わったことはありませんでしたか?」


 突然物騒な話題に変わってしまった。

 楽しい計画の後の落差に、私は驚きのあまりぐっと空気を飲み込んでしまう。

 でも、鳥の巣頭さんの言葉は聞き逃せるものでもない。


 まさか、セイレア様も危険な目に……?

 

「それはどういう……」


 私の心配をよそに、セイレア様は困惑したように鳥の巣頭さんを見ていた。

 セイレア様には思い当たる節が無いのかもしれない。


「ああ、すみません、思い当たらなければよいのです。おかしなことを聞きました、申し訳ありません」

「いいえ、どうか謝らないでください。ファラがいなくなる前までは、特に変わったことはなかったと思います。ですが、その後については記憶が少し曖昧で……。正直に申しますと、何か変化があったとしても、気づけなかったと思うのです」


 そうだ、私の乗る馬車が襲われた後、いくらも経たないうちにセイレア様のお母様が亡くなられたと仰っていた。

 私がいなくなって、そのうえお母様も亡くされたセイレア様には、周囲を気に掛ける余裕はあまりなかったかもしれない。


「ただ、何かあれば父が動くと思うのですが、そのような気配はなかったと思います。いくら精神的にまいっていても、私に係わる何かがあれば、父は話してくれたと思うのですが、何も言ってはおりませんでしたし」

「そうですか。わかりました。――母君のことは聞き及んでおります。辛いことを思い出させてしまい申し訳ありません」


 改めて頭を下げる鳥の巣頭さんに、セイレア様は苦笑しながら「母のことは覚悟していたことですから」と首を振った。

 気丈に振る舞うセイレア様を見ながら、私は自分の考えの浅さに落ち込んだ。

 元に戻れたら、まずは閣下や鳥の巣頭さん、アリアンナ殿下にはきちんとお礼をしなくちゃいけない。

 でもその後はお祝いより何より先に、旦那様や、いまは亡き奥様に、きちんとご挨拶しなければいけないんじゃないかと思った。

 小さな頃から身寄りの無い私を受け入れてくださったお二人だ。

 きっと旦那様にも心配を掛けただろうし、奥様の最期にもお側にいられなかったことは、すごく悲しい。

 私にはどすることもできないことだったけれど、せめて無事な姿をできるだけ早くお見せしなくちゃいけないんだよね。


 そんなことを考えていると、鳥の巣頭さんが不意に言った。


「――ああ、もうこのような時間ですね」


 鳥の巣頭さんは窓の方を見ていて、つられて私も目を向ける。

 窓の外はすっかり薄暗くなっていた。

 気づけば部屋の中も、そろそろ灯りをつけなくちゃ相手の表情も捉えづらくなるくらいには暗い。

 ここへ来たのは夕方近いとはいえ、まだ太陽は赤く染まってはいなかったから、随分と長居をしてしまっていたみたいだ。アリアンナ殿下は来館なさったばかりだというのに、申し訳ないことをしてしまった気がする。

 鳥の巣頭さんも同じことを思ったのか、視線をソファに座る面々へと戻して言った。

 

「今日はここまでに致しましょう。詳しい話は、明日以降、また改めて詰めていくのがよろしいかと。

 ――アリアンナ殿下は他に何かございますか? もし今のうちに尋ねておきたいことがあれば……」

「いいえ、大丈夫ですよ。ファラティアさんの特徴などは、明日でも十分間に合いますので。

 ああでもそうですね、明日の午前中のうちに、またお話を聞ければとよろしいのですけれど」


 アリアンナ殿下が最後の方はセイレア様に向かって仰り、セイレア様は深く頷いた。


「もちろんです。私で協力できることならば何なりと」


 話しがまとまったのを確認して、鳥の巣頭さんは部屋の灯りを点けて回った。

 作業が終わるとまたソファの側に戻ってきて、一礼する。


「もうすぐ夕餉の仕度も整う頃ですので、そのときにまたお迎えに上がります。エイトウェイ嬢は私がお部屋までお連れ致します。閣下はお一人で大丈夫ですね?」


 閣下は頷くと、私を抱えたままスッと立ち上がった。

 そのまま黙って部屋を後にしてしまうのかと焦ったけれど、流石にそんなことはなく、閣下はアリアンナ殿下の方に向き直った。


「――ご苦労だった、アリアンナ。最後までよろしく頼む」

「はい。お任せください、閣下」


 相変わらず態度の大きい閣下に怒ることもなく、アリアンナ殿下は静かに礼をした。

 私も慌てて「ありがとうございます、よろしくお願いします!」という気持ちを込めて一声鳴く。アリアンナ殿下は理解してくれたようで、ふんわりと優しく微笑んでくれた。

 それは、真っ白なお花みたいな笑顔だった。朝露に濡れた瑞々しさと、柔らかさのある綺麗な笑顔。


「あ、あの! お待ちください、閣下!」


 殿下の笑顔にぽーっとしていた私は、セイレア様の焦ったようなお声にハッと我に返る。

 気が付くと、目の前まで扉が迫っていた。

 いつの間に移動を!? とびっくりしつつ、閣下の腕から顔を出す。閣下の後ろでは鳥の巣頭さんに手を引かれて立ち上がったセイレア様が半歩、身を乗り出した状態で閣下を見つめていた。


「……セレスタを――いえ、ファラをお返しいただけないでしょうか」

「…………」



 ぐ


 ぐぇっ



 ――このパターンは……!








次は幕間です。



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