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54.仮面閣下様のご乱心


ファラ、ご愁傷様です。





 私の特徴かぁ、なんだろう?

 アリアンナ殿下に尋ねられて、私も改めて考えてみるけれど、特別な部分は全然思い浮かばなかった。

 ヒトの姿の私、つまりファラティアの特徴と言ったら、赤い髪と魔獣の子と同じ薄水色の瞳くらいじゃないかな。その他には特徴らしい特徴のない、普通の女の子だと思う。

 身長は低くもないし、高くもない。顔だって、特別可愛くもない。……私の周りには何故かとっても見目の整った人たちばかりだけどね! セイレア様もアリアンナ殿下も女神様のようだし、閣下は顔は仮面に隠されているけれど、それでも美しさが滲み出ている。鳥の巣頭さんだって、今日のように髪の毛もかっちり整えて慇懃にしているといつもの軽薄さが薄れて気品まであるように見える。

 みんな神様に愛されていていいな。顔が整っていなければ神様に愛されていないのだとは言わないけれど、見目が整っているのと整っていないのとでは、やっぱり辿る人生が違うと思うもの。

 なんていうか、私のように平凡な容姿の人間は、何か突出した能力とかが無いかぎり、平凡に人生が終わりそう。

 ……ううん、平凡だっていいじゃないか! 平凡最高! 幸せなら特別な人生じゃなくたっていいよね。笑っていられるなら、それが一番だもの。

 でもちょっとだけ、可愛いドレスや綺麗なドレスを着てみたいな、なんて思う。それで、セイレア様のようにそれを完璧に着こなして、夜会でちょっぴり得意げな顔で格好いい人とダンスを踊るんだ。

 ……うん、今の私じゃあ、到底無理な話だけれど。きっと、ドレスに着られちゃうのが落ちだものね。

 私が独り勝手にやさぐれた気分になっているうちに、少し考えていた様子の閣下が徐に口を開いた。


「彼女の瞳の色は薄水色だ。澄んだセレスタイトの色を思い浮かべればいい」


 膝の上から閣下を見上げると、閣下が灰青の瞳を優しく細めてこちらを見ていた。

 閣下の台詞に、私は嬉しくなる。魔獣の子の姿でなければ、顔がでれでれとにやけてしまっていたかもしれない。

 昔は薄い瞳の色でいじめられることもあったけれど、セイレア様がセレスタイトの色だと言って励ましてくれた。魔獣の子の姿になってからも瞳の色は変わらなくて、閣下も直ぐにセレスタイトと同じ色だと言ってくれた。

 瞳の色は、今では唯一私の自慢できる部分かもしれない。


「へえ……、それなら、瞳の色はセレスタと一緒なんですね。彼……彼女と言うべきか、セレスタの名前の由来でもある」


 私が意味もなく照れてもじもじしていると、鳥の巣頭さんが興味深そうに私を眺めながら言った。

 そっか、鳥の巣頭さんは、ファラティアの姿は知らないんだった。鳥の巣頭さんにしてみれば、今までおかしな魔獣だとは思っていても、まさか中身が人間の女の子だなんて流石に思っていなかっただろうから、閣下から特徴を聞いてもどこか不思議な感覚が抜けないかもしれないね。


「まあ、そうだったのですか。素敵なお名前ですね」

「キュウ!」


 ありがとうございます!

 鳥の巣頭さんの言葉を聞いて、アリアンナ殿下が私に優しい笑みを向けてくれた。

 私にはファラティアという本当の名前があるけれど、閣下がつけてくれたセレスタという名前も大好きだ。男の子の名前みたいだけれど、閣下が私をまっすぐに見てつけてくれた名前だから。

 あ、でもそっか、ファラティアに戻ったら、セレスタの名前は名乗れなくなってしまうんだ。気づいて、少しだけ寂しくなる。だけど、魔獣の子も無事で助かったら、魔獣の子がきっとセレスタの名前を引き継いでくれるといいな。

 ファラティアに戻れたら、私はセイレア様のところに戻ることになる。セレスタはどうなんだろう……? このままお屋敷においてもらえるのか、それとも国の管轄になるのか。できれば、私の代わりに閣下のお側にいてほしいと思うけれど、それは私の勝手な希望だよね……。


 閣下は鳥の巣頭さんとアリアンナ殿下の言葉に表情を動かさずに続けた。


「確かに魔獣とヒトの少女で瞳の色はほぼ同じだが、少女の方が色が僅かに濃い」


 ――え、そうなの? 同じ色かと思っていた!


 あれ、でもセイレア様は「同じ」って言っていなかったっけ。イェオラとしての私を見つめながら、「ファラと全く同じ」って歓心したように呟いていた気がする。うん、そうだ、確かに言っていた。

 だとすると、もしや閣下は勘違いをしているんじゃないだろうか。

 だって、閣下とファラティアとして会っていたのは本当に僅かな時間だったし、何より深夜だから部屋が薄暗かった。それでファラティアの方が瞳の色が濃く見えたんじゃないかな?

 そうは思うけれど、確信を持って閣下が間違えているとも言い難くて、私は首を捻る。

 セイレア様とはセレスタとして会った時間が短く、ファラティアとして一緒に過ごしていた時間が長い。一方閣下はセレスタとして会っていた時間が長くて、ファラティアとして会ったのはほんの少しだ。つまり、どちらも両方の姿をじっくり見ているわけじゃないから、セイレア様の言葉が正しいのか、閣下の言葉が正しいのかは、判断しにくいところなのだ。

 うーん、とさらに首を傾げていたら、閣下が私を見つめながら言った。


「魔獣の姿のときの瞳ならどの時間でも見ている。眠る前の明かりを落とした部屋でもだ。そのときの色と比べれば、違いに気づくのは容易い」


 な、なるほど。

 そう言われてみるとセレスタとしては暗い部屋でも閣下と間近で接していたのだし、ファラティアの瞳を見て、いつも見ている色と違うな、なんて気づいてもおかしくない。

 うーん、でも……。

 やっぱり、一瞬のような短い時間ファラティアに接しただけなのに、瞳の色の違いを見極めるなんてすごいことだと思う。

 それだけ閣下が注意深く私を見ていてくれたってことだろうか。

 そう思うとなんだか照れくさくて、どういう反応をしたらいいかわからなくなってしまった。

 もじもじしている私を気にせず、アリアンナ殿下は閣下に深く頷きながらも片手をあげた。


「それが確かならば分離の際に注意が必要な部分ですね。――申し訳ありません、少しお待ちください。セネジオ殿、何か書きとめるものをいただけますか?」

「はい。

 ――こちらでよろしいですか。気が利かずに申し訳ありません」

「ええ、十分よ、ありがとう。気になさらないで」


 鳥の巣頭さんが化粧台の脇にある引出から両方の手のひらを並べたくらいの大きさの紙と羽ペン、それにインクを取り出し、アリアンナ殿下に手渡した。殿下は羽ペンの先を慣れた仕種でインクにつけ、さらさらと何かを書きつける。さっき閣下が言った私の瞳についてだと思う。

 直ぐに書き終えた殿下が続きを促すように顔を上げて閣下を見た。閣下は……あ、あれ、どうしてまだ私を見ているの? 今はアリアンナ殿下の方を見る場面じゃないかな?


「目は大きく、白眼よりも瞳の占める割合が多い。――鹿の仔のような目を想像しろ。眦はやや垂れていた」

「…………。……閣下、随分とお詳しいですね」

「鼻は小ぶりだ。あれで息ができているのか心配になる」


 鳥の巣頭さんの指摘はさらりと無かったことにされた。

 私はいつになく饒舌な閣下にどぎまぎしてしまう。

 閣下とファラティアの姿で会ったのはほんの少しの時間だったのに、閣下ってばすごくよく覚えている。記憶力が優れているんだろうけれど、でもそこまで細かく説明する必要はあるのかな!?

 垂れ目とか、ちょっと気にしているのでできれば黙っていてほしかった! そしたら、もしかしたら一般的な目になれていたかもしれないのに! いや、それが可能なのかわからないけれど……。

 それに、鼻は小さくても息はできます! いつも口で息をしているわけじゃないんですよっ。

 なんだか居た堪れなくてアリアンナ殿下の様子を窺うと、殿下は何も疑うことなく真剣に閣下の言葉を書きとめてくれていた。……やっぱり必要な情報なの……? 


「唇は薄紅色だ。瑞々しい花弁のように愛らしい形だった。その奥にはきっと蜜があるはずなのだ」

「――――」


 ――か、かかかかかか、か、かっか!!?


 さきほどまでさらさらと動いていたアリアンナ殿下の羽ペンがぴたりと止まった。

 流石の鳥の巣頭さんも絶句しているような気配。

 でも私はそれどころじゃない。

 み、み、蜜って何!? そんなの無いですっ!


「薄く色づく頬は舐めると果実のように甘いのだ。齧ったら美味いに違いない」


 ――か、閣下がご乱心……!!!!!


 じっとこちらを見つめながら、意味不明なことを言う閣下が怖い。

 私は閣下を見上げながら、毛を目一杯まで膨らませてガチッと凝固してしまう。

 おかしい、閣下の中に何か別の生き物が入っているんじゃないだろうか。今の私みたいに!

 私の頬は食べ物じゃないです、閣下! と突っ込みたいけれど、突っ込めない。久しぶりに、言葉を話せないことのもどかしさを感じた。

 見上げる閣下の瞳こそどこか甘くて、急激に顔が熱くなる。今なら私、爆発できる気がする……!

 鳥の巣頭さんがぽかんとしているし、アリアンナ殿下は紙に視線を落としたまま、動かなくなってしまった。


 ――この空気はどうしたら……!?


 恥ずかしさに気絶しそうな私を救ってくれたのは、アリアンナ殿下だった。

 でもアリアンナ殿下が、空耳かしら、というように耳を擦っているのを私は見逃さなかったですよ。


「あの、――。少女の髪の色、などはどうでしょうか……?」


 そ、そうですね、髪の色にいきましょう! 顔から離れようっ、そうすればきっと大丈夫だよね!?


 話を逸らしてくれた殿下に感謝しながら、密かに身を縮める。いまだにじっとこちらを見つめる閣下に食べられそうな危機感を覚えた所為かもしれない。今の私はヒトの姿じゃないけれど。


「……髪は深い赤だ。緩くうねり、腰ほどまである」


 う、うん。合ってる、合ってる。


「立っていても頭は私の鎖骨の下ほどまでしかこない。肩は薄く、片腕でも十分に抱えられる。あの薄い腹に内臓はどうやって詰まっているのか。謎だな」

「…………」


 し、知りません、内臓なんてっ……! 謎じゃないしっ。

 もう、なんというか、鳥の巣頭さんとアリアンナ殿下の様子を窺うことすらできない。きっと今頃、私と同じように恐ろしいものを見る目で眺めているに違いない。


「肌は――、眺めていたのはみな夜も深い頃合いであったから確かとは言えないが、――アリアンナよりも少し血色がいいくらいだろう」


 顔色のお話だよね、そうだよね!

 鳥の巣頭さん、なんとかしてーっ!!


「胸は――」

「キュウッッッ!!!」

「お待ちください、閣下」


 ――あぶ、あぶ、あぶ……っ


 むにゅ、まふっ、と私が背伸びをして閣下の口に肉球で蓋をしたのと、鳥の巣頭さんが声を上げたのは同時だった。

 もう言葉も出ない。

 閣下ってば、何を言おうとしたの!

 恐ろしくて聞けないけど!

 視界の端に映るアリアンナ殿下が真っ赤になっている。可愛いけれど、今は全然鑑賞する余裕がない。

 止めてくれた鳥の巣頭さんに抱きつきたいほど感謝だ。

 と、鳥の巣頭さんに縋るような視線を向けたのだけれど、鳥の巣頭さんは予想以上に険しい顔をしていて、その視線の冷たさに別の意味で頭が真っ白になった。

 急に何が、と、一転した空気に慄いているうちに鳥の巣頭さんは足を忍ばせるように扉へ向かった。

 水を打ったように静かになった室内で、誰もが息を呑む中(あ、閣下は平然としているけれど。わぁああああ、肉球を舐めないで! ちゃんと拭いているけど汚いですよ!!)、鳥の巣頭さんが懐に手を差し込みながら勢いよく扉を開けた。


「――誰だ!」


 厳しい誰何の声。

 今まで聞いたこともない、軽薄さの欠片もない鳥の巣頭さんの声だった。

 まだ私が拾われて間もない頃に牽制してきた鳥の巣頭さんよりも、数段怖い声に自然と体の毛が膨らむ。

 だけど、閣下越しに見た扉の外に立ち尽くす人を見て、私は思わず声を上げていた。


「キュ、キュウ……!?」


 ――セ、セイレア様……!?






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