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52.小さな勇気



「キュゥ、キュ、キュウ」

「セレスタ?」


 鳥の巣頭さんの腕から降りようと、身体を捩る。

 つい先程まで暴れていたのに突然大人しくなって、さらにまたもぞもぞし始めた私はかなり情緒不安定に見えているかもしれない。現に、私を見る鳥の巣頭さんの顔はとても訝しげだ。

 だけど鳥の巣頭さんは今ジタバタしている私と暴れ回っていたときの私との様子の違いに気づいてくれたのか、少し考えてから静かに私を床に降ろしてくれた。

 察してくれてありがとう、という感謝を込めて鳥の巣頭さんの手をぺろりと舐めてから、振り返って歩き出す。

 毛足の長い絨毯に足をとられながらも、真っ直ぐ、――閣下のところへ。


「キュウ」


 なんだか全員から見守られているような視線を感じつつ、やっとのことで閣下のもとへ辿り着いた。暴れたときはあっという間に鳥の巣頭さんに捕まったように思ったけど、実は結構な距離を駆け抜けていたらしい。

 絨毯を掻き分けて進んだ先に現れた白い滑らかな靴の先。そこから今の私の身体一つ分の距離を開けて、閣下を見上げる。

 静かに私を見ていたらしい閣下がそっと抱き上げてくれたから、これ幸いに閣下の胸元にぎゅっとしがみ付いた。

 閣下の甘く爽やかな香りを胸いっぱいに吸い込むと、妙に落ち着く。


 私がファラティアに戻れたとき、そのときはきっとセイレア様のもとへ戻ることになる。

 閣下が拾ったのは魔獣としての私で、決して人間の少女のファラティアじゃない。

 鳥の巣頭さんが言ったように、ただの女の子が閣下とずっと一緒にいることはできないし、アリアンナ殿下が仰ったように、人間に戻ったあとの私は元の居場所へ帰らなくてはいけないんだろうと思う。

 閣下は引き離されることを嫌がってくれたみたいだけれど、人間の私がいなくなっても、魔獣の子は残るはずだ。そうなれば、私なんてきっと必要なくなってしまう。

 もちろん、セイレア様のところへ戻りたくないわけじゃない。お母様を失ったセイレア様を支えて差し上げたい気持ちは、強く私の胸にある。

 だから、私はセイレア様の元へ戻ることが、一番なんだろうと思う。

 でも、だったら――。


 あと少しくらい、閣下の側にいてもいいよね……?


 ファラティアの姿のまま閣下と一緒にはいられないけれど、魔獣の子の姿を借りている間くらいは、閣下と一緒に過ごしていたい。

 たとえ見た目が魔獣でも中身は女の子だし、色々と問題があることはわかってる。それでも、今すぐに閣下と引き離されるのは、耐えられない。

 どうして耐えられないのか、はっきりとはわからないけれど、わからなくてもいいと思う。

 辛いときに支えになってくれた存在と遠くない先で別れなければならないことがただただ寂しいんだ、ってことにして、今は自分の気持ちに素直に、閣下と少しでも長く一緒にいたい。


 閣下は受け入れてくれるかな……?


 不安を胸に隠しながら見上げると、目が合った閣下は、閣下らしい不器用さで頭を撫でてくれた。心なしか、閣下の瞳がとても柔らかくなったような気がする。

 初めの頃は本当に人形のようだと思った閣下だけれど、最近では本当に色々な感情を伝えてくれている。それがとにかく嬉しい。もし私に気を許してくれている証拠だとしたら、こんなに幸せなことはないって思う。


「はあ。セレスタのそれは、無言の意思表示、ってことかな?」


 そう言って、私たちの様子を窺っていたらしい鳥の巣頭さんが苦笑した。

 よく考えたら、中身はファラティアだと皆にも既にばれているわけで、そう思うと今の行動は元に戻ったときがすごく恥ずかしいような気がしたけれど、これも今は考えないことにする。

 もうすぐ私はファラティアに戻れて、そして閣下とも簡単には会えないようになる。

 だから今は、勇気を出して自分を通すんだ。今までいっぱい大変だったから、少しくらいはいいよね?


「わかりました。魔獣の姿を固定してしまえば何があるとも思えませんし、そもそもセレスタについて知る者もここにいる私たち以外いません。ですから、お二人の安眠のためにも見逃しましょう。

 ――ただし、セレスタが無事ヒトと魔獣の姿に分かれてからは、きちんと話しをしなければいけませんよ」


 鳥の巣頭さんが諦めの吐息とともに許可をくれた。

 お許しが出たのは嬉しいんだけれど、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 鳥の巣頭さん、気苦労をお掛けしてごめんなさい……。

 居心地悪く身体を縮めつつ閣下の様子をちらりと窺ったけど、閣下の方は何故か満足げで、相変わらず鳥の巣頭さんの様子などおかまいなしだった。……図太い閣下がちょっとだけ羨ましい。


「――ああ、忘れておりました」


 どことなく和らいだ空気の中、アリアンナ殿下が呟くように言った。

 楚々と口元に手を添える様子がとても可憐で、難しい内容を話していたときの凛とした様子とはまた違うアリアンナ殿下の魅力が零れ落ちる。一つ一つの仕種まで整っている方だなあ、と思わず感動の溜息をつきたくなった。


「閣下、彼女がヒトの姿のときの特徴などを詳しくお聞かせいただけますか?」


 ――特徴?


 私が首を傾げているのに気づいたのか、閣下が答える前にアリアンナ殿下が理由を説明してくれる。


「二つの命を分離する際、セレスタの特徴だけでは、少し情報が心許無いのです。――ええと、どう言ったらわかりやすいかしら?」


 小さく首を傾げてアリアンナ殿下が説明してくださったことによると、つまりこういうことらしい。


 ――たとえば、二枚の絵をそれぞれ同じような形に分割して、全ての欠片を集めて一枚の絵を作り上げたとする。

 その一枚の絵を、全くの第三者がまた元の二枚の絵に戻そうとしたとして。第三者が戻そうとしている二枚の絵のうち、一枚の絵の特徴しか知らなかった場合。

 欠片は全部が似たような形だから、二枚の絵に共通しているような部分があったとき、その欠片が入れ替わっていることに気づかないまま、組み立て直してしまう可能性がある、らしい。

 二枚の絵の実物を見ていない以上、二枚の特徴を耳で聞いたところで絶対に間違わないとは言えないけれど、前情報があるのと無いのとではやはり違うらしい。

 確かに、ココとココが似ているから注意しないといけない、と認識していれば、間違いを防げる可能性はぐんと上がるものね。


「本当は姿絵などがあると一番よろしいのですが」

「流石にそれは難しいですね。何せ少女の姿は閣下しか知りませんから」


 鳥の巣頭さんが爽やかに笑って閣下を見る。


 ――えーとこれはたぶん、予め教えておいてくれればあるいは、ってことかな?


 確かに、軽い印象の鳥の巣頭さんだけどお仕事はきっちりこなす人だし、有能なのも知っているから、もしかしたら似姿などを作ってくれた可能性は……、うん、ありそう。

 それを必ずしもいい方向に使ったかどうかはわからないけれどね。

 私がそんなことを考えている間にも、鳥の巣頭さんの視線を完全に無視して閣下はアリアンナ殿下に向き直っていた。


「ならば魔力の固定化を遅らせればいいだろう。今夜、変化したセレスタと直接話しをすればいい」


 妙案だと言わんばかりに灰青の瞳に光が踊っている。

 でも閣下、アリアンナ殿下に夜中まで起きていてもらうなんて、絶対に駄目だと思う。

 鳥の巣頭さんも同じことを思ったのか、呆れたように言った。


「閣下、いくらなんでもそれは……。アリアンナ殿下は本日ご到着なさったばかりなのですよ? 旅のお疲れも抜けてはいらっしゃらないでしょうし、無理を言ってはいけません」

「…………」


 うんうん、とっても正論だ。

 無言の閣下を見てどう思ったのか、アリアンナ殿下が苦笑している。


「夜中だとしても、それが必要であればわたくしはかまいませんよ」


 そう前置いてから、「ですが、」と殿下は続ける。


「先程申し上げました通り、変化を何度も繰り返すのは危険なのです。できれば、魔力の固定化は今夜の変化を迎える前に施しておかなくてはなりません」


 そういえば、そんなことを仰っていた。

 そのときは私が変化を繰り返しているという事実の方が驚きで、うっかり聞き流してしまっていたんだった。

 閣下は黙っていたけれど、鳥の巣頭さんは私と同じようにそのことを思い出したのか、小さく頷いていた。


「危険、というのは?」


 鳥の巣頭さんの問いかけに、アリアンナ殿下は少し言い難そうに口篭った後、意を決したように口を開いた。


「――変化の度に、セレスタの中に存在する魔獣の子の意識が深く沈んでいっているようなのです。もしかすると、今夜の変化によっては、完全に消えてしまうかもしれません」







四人の会談はとりあえずあと1話か2話くらいで。



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