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50.発覚



 魔力によって身体が定期的に変化する。


 ヒトと魔獣を行ったり来たり。


 “これ以上は”そうならないようにする必要がある、とアリアンナ殿下は厳しい声でおっしゃった。

 言葉の意味はわかるけれど私の頭の中は疑問符で一杯で、首を傾げることしかできない。あんまり傾げすぎて、ちょっと閣下の腕から落ちそうになったのは秘密だ。

 首が勝手に傾いてしまうのを意識的に阻止しつつ考えてみる。

 でもやっぱりどう考えても、私がファラティアの姿に戻れたのはつい先日のことで。

 あのときの衝撃、たった数日しか経っていないからもちろん今でも覚えている。初めてヒトの姿に戻れて夢かと思ったんだよね。

 あっという間に魔獣の姿に逆戻りしてしまったけれど、一時でもファラティアに戻れたことが嬉しくて、もしかしたらいつか、と希望を持てたのもあのときだった。

 だから、“定期的に”なんて変化していた記憶はないのに――。

 首を傾げたままアリアンナ殿下を見つめる私に気づいたのか、殿下もまた首を傾げた。……う。殿下がやるとなんだか可愛い仕種だ。間抜けに見えているだろう私との差異が居た堪れないので私は首を戻そうかな、うん。


「不思議そうな顔ね。……もしかして、変化したことがないのかしら?」

「キュウ」


 アリアンナ殿下が察して問いかけてくれる。私は素直に答えた。嘘をつく必要はないし、何よりヒトの姿に戻る方法に関わることだから。


「そう、おかしいわね……。魔力に揺らぎがあるように見えるのだけれど――、どちらにしろ魔力を封じる必要はあるかしら……」

「……」


 繊細な仕種で頬に手を当てながら思案気に眉を顰めるアリアンナ殿下に、煩わせてしまって申し訳ないという気持ちが湧いてくる。

 私は助けられてばかりで、閣下もアリアンナ殿下も、それに鳥の巣頭さんにだって、手を煩わせてしまうばかりだ。それなのにファラティアに戻れたとして、ご恩をお返しできるかもわからないんだよね。

 ちょっとだけ沈んだ気持ちになってしまったところへ、おもむろに閣下が口を開いた。


「――それは今直ぐでなければならないのか」


 珍しく自分から口を開いた閣下に少し驚く。

 余程気になることがあったのかな。

 そう思って閣下を見上げようとしたんだけど、途中でばちりと鳥の巣頭さんと目が合った。

 鳥の巣頭さんは私と閣下を見比べるようにしていて、暫くすると何故かひょいと片眉を上げた。

 鳥の巣頭さんも何か気になることでもあったんだろうか。

 私以外はみんなとても頭の回転が速くて、私ばかりが次々と落とされる新事実に混乱している。正直、説明されたことを受け止めることで精一杯だ。

 セイレア様には色々なことを教えていただいたけれど、理解力とか思考力ってどうやって鍛えたらいいんだろう? 正直、この三人に囲まれていると私がとても頭の悪い子のように思えてきてしまう。身分の高い方は厳しい教育があるのだから仕方ないのだろうけれど、ちょっとだけ、悔しい。

 こっそり一人肩を落としている間にも、アリアンナ殿下は閣下の唐突な質問に答えていた。落ち込んでいる暇なんて無かった、集中しなきゃ。みんな私のことで真剣に話してくれているんだものね!


「それ、とは……魔力封じのことでしょうか?」

「そうだ」

「……そうですね、できれば今すぐにでも、と言いたいところですけれど……」

「魔力封じを施すことで、変化は完全に停止するのか」

「え、ええ、そうです。それが目的ですから――、もしや、何か問題が御座いますか?」

「…………………いや」


 うぇえっ?

 とても問題が無いとは思えないようなお返事になってます、閣下!

 長めの沈黙が“問題アリ!”と言っているみたいだ。

 もしかして、魔力を封じるっていうのは身体のどこかに悪い影響があったりするの……?

 何だか急に不安になってきてしまった。やっぱりそう簡単にはヒトの姿には戻れないってことなんだろうか。

 でもアリアンナ殿下は魔力封じをすると言ったとき、そんなに危険なことをするのだという雰囲気ではなかったよね? ってことは大丈夫なんじゃないのかな? うん……?


「――話を遮るようで申し訳ないのですが、少しよろしいでしょうか、閣下」


 閣下の意味深な無言に一人でおろおろしていると、さっき謎の表情を見せた鳥の巣頭さんが声をあげた。

 対して閣下は僅かに首を捻って鳥の巣頭さんに視線を向ける。殿下も促すように鳥の巣頭さんを静かに見つめて、二人の注意が集まったのを確認すると鳥の巣頭さんが、……なんだかちょっと黒い気配を放ちながら言った。


「少し整理致しましょう。難しい話ばかりですし、セレスタも不安なことでしょう」

「キュッ」

「…………」


 ――えっ!

 鳥の巣頭さんが閣下のことより私を優先するなんて!

 って思うのは大袈裟かもしれないけれど、ちょっと感動してしまった。

 今の流れって、閣下に何か気になることがあるようだったし、その疑問を閣下第一主義の鳥の巣頭さんが遮ってまで、私のために状況を整理してくれようとするなんて、これって凄いことだよね? 珍しく鳥の巣頭さんが紳士に見えちゃう!

 ……でも何でだろう、鳥の巣頭さんの様子を見ていると、私を気遣うというよりも何か別の目的がありそうな。浮かべているイイ笑顔に企みの気配を感じてしまうのだけど……。

 素直に喜べないような気がしてきたけれど、鳥の巣頭さんは朗らかに話し始める。


「いまのセレスタが魔獣とヒトと混ざり合った状態だということと、その原因についてはまだ謎が多いですし、今は脇に置いておいてもいいでしょう。いま気になるのは、セレスタに対し魔力封じを行なう必要があることと、その影響について、でしょうか。魔力封じが必要な理由は、セレスタの姿が魔力によって定期的に変化してしまうから、ということですね。

 疑うわけではありませんが、セレスタの姿の変化は確証が持てることなのでしょうか、殿下?」


 うんうん、そうだ、いま一番の問題はそこだよね。

 私に変化をしていたという記憶はないけれど、殿下が嘘を言うとも考えられない。


「探査の魔法をかけたときに魔力の流れに波があるようでしたから、確かだと思います」


 言葉はしっかりしているものの、アリアンナ殿下はどこか戸惑いがちに答えた。殿下も誘導するような鳥の巣頭さんの言葉に、この話の流れには何か別の目的があると感じたのかもしれない。もしくは、鳥の巣頭さんの黒い気配を感じ取ってしまったのかも。鳥の巣頭さんってば、王妹殿下の前ではせめて黒い気配を控えるべきだと思う。

 でも鳥の巣頭さんは殿下の戸惑いに気づかないのか、気づかぬ振りをしているのか、一層笑顔になっている。そのうえ、よろしい、とでも言うように一つ頷いていた。閣下もそうだけど、アリアンナ殿下は王妹でいらっしゃるのに、二人とも態度が大きすぎると思う。


「では、“セレスタの中に人間の少女が存在している”という事態は、一見して、あるいは探査を掛けて直ぐに、わかるものでしょうか?」

「それについては、いいえ、ですね。彼女には色々な魔力の気配を感じましたから、一つ一つ探るにはそれなりの時間が掛かります。私も端から確認している途中に違和感のあるものを見つけて、そこに意識を集中させて初めて気づきましたから、短時間で探り当てるのは難しいかと……。先ほども、半刻ほど掛かってしまいましたし」


 半刻!

 私の感覚ではもっと短い間のことだったように思ったけれど、緊張感がそう思わせていただけだったのかな?


「そうですか。やっと納得がいきました」

「……?」


 一人納得してもらっても困ります。

 と、たぶん鳥の巣頭さん以外の全員が思ったと思う。あ、閣下は特に何も思ってないかもしれないけど。いつもどおり無反応だったから。……寝ていないよね?

 鳥の巣頭さんは私とアリアンナ殿下が首を傾げているのにもお構いなしに、ついと閣下に笑顔を向けた。


「いえね、疑問だったんですよ。――閣下はどうしてセレスタが人間の少女であると気づいたのか」

「キュ!」


 ああ! そうだ、それは私もずっと不思議に思っていたことだったんだ!

 鳥の巣頭さんの言葉に思わず声が出てしまった。


「確かに、閣下もセレスタに探査の魔法をかけたとすれば、何の疑問もないかのように思えます。しかし、アリアンナ殿下に比べて閣下が魔法を扱える時間は極端に少ない」


 ……うん? 魔法を扱う時間って、制限のあるものなの? 魔力に比例したりするのかな?

 そう思ったけれど、いまそれは重要じゃないんだろうと思って、黙って鳥の巣頭さんの晴れやかなのに黒いという不気味な笑顔を眺める。


「いくら閣下の方が魔力が上でいらっしゃるとは言っても、極僅かな時間、周囲への影響が出ない範囲で魔力を解放し、セレスタが実は人間の少女だなどという想像だにしないことを探り当てることができるというのは……。無礼を承知で、難しいことではないのかと思っていたのです」

「…………」


 え、いま何か、とてつもなく重大な言葉が含まれていた気がしたんだけれど……。あれ、どこだろう?

 うーん? と、鳥の巣頭さんの言葉を反芻しようとして、でも次に出てきた言葉に意識を持っていかれてしまった。


「ただし、それが“事実の確認”であった場合を除いて、ですが」

「…………」


 事実の確認?


「……あの、セネジオ殿?」

「はい」


 アリアンナ殿下が閣下の方をちらりと見て、それから戸惑いがちに鳥の巣頭さんに問いかけた。


「つまり、貴方は閣下が事前にセレスタの正体を知っていたと、そうおっしゃっているのでしょうか?」


 え、ぇえぇっ!?


「いかがですか、閣下?」


 鳥の巣頭さんはアリアンナ殿下に直接答えるのではなく、閣下に答えを促した。

 もしも閣下が事前に私の正体を知っていたとして、今はまだそのことに何の問題があるかもわからないのに、何故か私の胸はどきどきと強く脈打ち始めて、緊張に思わず閣下の腕に爪を立ててしまう。

 なんだか、あまりよろしくない方向へ話しが進んでいる気がする。よくわからないけど、肯定してほしくないような気さえして、私は恐る恐る閣下を見上げた。

 挙動不審な私を閣下は不思議そうに見下ろして、ほんの少し首を傾げた後、鳥の巣頭さんに視線を戻した。


「……知っていたが?」

「!!」


 それが何だ?

 というような言葉が続きそうなほどあっさりと、閣下はお答えになった。

 あまりの驚きに固まる私と、驚きに目を見開いたあと何かに気づいたような素振りのアリアンナ殿下、そして何故か笑みを引き攣らせる鳥の巣頭さん。閣下だけが平然とした様子で、ただ静かに立っている。

 鳥の巣頭さんは、閣下の反応が期待するものではなかったのか、小さく溜息をついてから口を開いた。


「セレスタがそんな不可思議な存在だということを話して頂けなかったことは……まあ、いいです。たとえ私に、屋敷を管理し、閣下の御身の周囲を整えるという仕事があったとしても、主の独断に口など挟みません。……まあ、結果的に挟まなかっただけですけど。なにせ何のご相談もなかったわけですし――」


 明確な嫌味、だよね、これって。それとも恨み言?

 閣下は相変わらず無反応なんだけれど。

 暫く黙って鳥の巣頭さんのちくちくとした小言を聞いていたけれど、鳥の巣頭さんが自分で方向を修正してくれた。


「とにかく。閣下は探査を掛ける以前にどうやってセレスタが少女であると知ったのですか?」


 ちょっと投げやりに鳥の巣頭さんが尋ねると、閣下は数度瞬いてから簡潔に言った。


「変化を見た」


 ……!?

 え、私ってやっぱり変化していたのっ?

 ええ、い、いつだろう!?


「フギャッ」

「……」

「……」

「……」


 あんまりびっくりして、閣下の腕の中で飛び跳ねてしまい、反動で転げ落ちてしまった。物凄く間抜けな悲鳴を上げた私に、微妙な空気が流れる。うぅ、空気を壊してごめんなさい……。

 閣下がまた私を抱き上げようと一歩踏み出したところで、鳥の巣頭さんが呆れ混じりに声を上げた。


「いつ、変化を見たのかお尋ねしてもよろしいですか?」


 う、うん、いつ!? 私も気になる!

 ひょこりと起き上がって閣下を見上げる。閣下は淀みなく答えた。


「夜だ。セレスタが眠っているときに」

「キュウ!?」

「…………」


 そうなの!?

 それじゃあ気づかないのも仕方ないよね!

 あ、そっか、だからあのとき――閣下の不在で眠れくて、夜中に目を覚ましたときに変化をしたんだっ!

 アリアンナ殿下は定期的に変化するっておっしゃっていたし、それってつまり、変化の周期が夜だったから、私は気づかなかったんだね。夜はいつもぐっすりだもの。

 閣下ってば無理にでも起こしてくれれば、私もあんなに悩まずにもっと早く希望が持てたかもしれないのに。

 意識のある状態であの晩みたいな変化を何度も繰り返していたなら、変化にも慣れて閣下とだって落ち着いて話しができたかもしれないのに……って、あれ?


 あの晩みたいに?


 変化していたら?


 眠っているとき?


 それって、――!!


 なにか嫌な汗がじんわりと肉球に浮かんできた。

 思わずきょろきょろと辺りを見回すと、鳥の巣頭さんが“やっぱりか”とでも言うように脱力しているのが見えた。

 それに、何故かそわそわとドレスの皺を直しているアリアンナ殿下も。


 ええと……。




 やっぱりそういうこと!!!??






閣下はことの重大さを把握してません。

潔いまでに平然としているので、次話でもう少し突っつきたいと思います。


久しぶりの執筆だったので、流れがおかしかったりしたらご一報くださると嬉しいです。



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