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47.魔獣と少女


切りがよかったので短め。





 ――もう一つの姿。


 それって何を意味するんだろう。

 元は人間だった少女が魔獣に変化している、そういう意味合いではないような気がする。

 混乱する私を横目で窺いながら、鳥の巣頭さんがアリアンナ殿下に問いかけた。


「ええと……。大変申し訳ありません、少し意味が掴めないのですが……」


 言葉尻を濁す鳥の巣頭さんにアリアンナ殿下は一つ頷いて、硬い表情で答えた。


「これは私の見解で、確かなこととは言い切れませんが」


 そう言って王妹殿下が閣下に視線を向けると、閣下は構わないというようにゆっくりと瞬いて先を促した。

 心なしか、室内の空気が入室時以上に張り詰めている気がする。

 言葉の先を聞くのが怖いと思うのは、私が臆病なだけなのかな……。

 気持ちを代弁するように耳がへたりと後ろへ向く。そっとアリアンナ殿下を見上げると、殿下は閣下と同じ色の瞳で私をじっと見つめながら薄く小さな唇を開いた。


「……二種の気配があった転移は、それぞれ別のものを移動させるために用いられたのだと思います。

 一つは人間の少女を、そしてもう一つは――魔獣イェオラを……」


 !!!


 ――それって……っ!


「お待ちください、ではまさか殿下はその、全く別の存在である少女と魔獣が……混ざり合った、と……?」


 ――!!


 今度こそその場の空気が凍りついたのがわかった。

 私はまるで言葉の意味を理解できず、目を大きく見開いて厳しい顔のまま首肯するアリアンナ殿下を見つめることしか出来ない。


 だって、こんな……。

 嘘でしょう……?

 それじゃあ私が今この姿でいるのは、本物のイェオラと合体してしまっているからってこと?

 姿だけが変化しているわけじゃなくて、二つの全く違う生き物が一つの身体を作っているということなの? そんなことって……!


 愕然として、まさか、という言葉ばかりが頭を巡る。

 私が魔法で転移させられた可能性については心当たりがあった。

 セイレア様の振りをして馬車に揺られていたとき、賊に襲われて外に出たら身体に物凄い圧力が掛かったのを覚えている。身体がバラバラにされるほどの激痛を感じたのだって、思い出せば身体が震えてしまいそうなほどに強烈なものだった。

 あれが魔法だったとすれば、私は確かに転移の術を掛けられたと考えてもいいのかもしれない。

 だけど、――だからって……。


 そんな馬鹿な話がある?

 姿を変化させることすら難しいことだというのに、転移だけで二つの生き物が合わさるなんて!


 動揺のあまり身体が小刻みに震えだしてしまった。

 落ち着いて、落ち着いて、そう何度も自分に言い聞かせるけれど、今このときも魔獣と混ざり合っていると考えると不安と恐ろしさが押し寄せる。

 震えている掌、肉球に机の感触を確かに感じるのに、まるで自分の身体ではないような感覚に襲われて、呼吸まで苦しくなってきてしまった。


 私、一体どうして――!


 あまり意味をなさない言葉が胸を突く。


「……落ち着け」


 不意に頭をぐいっと押さえ込ま――撫でられて、少し乱暴なその動きが嘘のように優しく抱き上げられた。

 そっと包み込むように温かな胸に抱き込まれる。

 額に柔らかな感触が押し当てられて、そこからじんわりと温もりが広がっていく気がした。


 ――そうだ、あのときの私に戻っちゃ駄目だ。


 いつかの内庭でのことを思い出す。

 散々落ち込んで、閣下の優しさも鳥の巣頭さんの気遣いも無視してしまった。

 あんな情けない自分には戻りたくないし、戻っちゃいけない。

 私は独りじゃない。

 閣下はきっと私の不自然さに気づいて王妹殿下を招館してくれて、解決法を探ろうとしてくれているのに、ここで私が真実を受け止めなかったら、先に進めないもの。

 顔を上げれば鳥の巣頭さんが心配そうにこちらを見ているのにも気がついた。

 いつもは飄々としているのに、今日はたくさん珍しい表情を見せてくれている。それだけ私に関することに心を動かされているのだと思えば、とても気持ちが暖かくなった。


 うん、私、大丈夫だ。


 あのときみたいに無為な時間を過ごしたりしない。

 あのときは精霊さんにも心配を掛けて……。


 そこで、チカッと目の前が弾けたような錯覚が走った。

 嫌な感じに心臓がぎゅうと音を立てるほどに縮まった気がする。


 私、今まで大事なことを忘れていたんじゃない――?



 “――……精霊じゃないよ……”



 唐突に、だけど鮮明に蘇った声。

 あのときまで私の内側から響いていたその声を、私はずっと精霊さんのものだと思っていた。そう信じきっていたから自然と精霊さんと呼びかけていたのだけれど、転生したんじゃないとわかったときにその声が言っていた。

 “精霊じゃない”って……。

 確かにそう言った。


 どうして今まで忘れていたんだろう。

 どうして今までこの言葉の意味を考えようとしなかったんだろう。


 あれはもしかしたら――。


 あの瞬間から沈黙を守り続けている声。

 あれがもし、もしも風の精霊のものじゃなく、私の中で私と一緒にいる魔獣の子の声だったら……?

 違う、これは仮定の話じゃない。

 だって本人が精霊じゃないって言っていた。

 あのときは意味がわからなかったけど、今ならもう可能性は一つだ。


 私の中に、確かに魔獣の子が生きている――。






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