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45.王妹殿下の元へ



 辿り着いたのは、既に滞在中のセイレア様たちが過ごしている離れではなく、本館の奥にある一室だった。

 身分を考えれば当然なのに、他のお客様とは隔したアリアンナ殿下への特別な待遇に、何故か胸が締め付けられる。

 閣下にとってアリアンナ殿下が特別だと言われているようで、嫌な気持ちが胸に漂っていた。

 こんな気持ちを抱えることも不敬だというのに、私、どうしちゃったんだろう。

 抱える不安も手伝って、本当に私が一緒に入ってもいいのかと扉の前でもう一度閣下を見つめてみた。入ってしまえばもっと暗いものに取りつかれるんじゃないかと、それが怖かった所為かもしれない。だけど、閣下は私の視線には応えてくれず、その間に鳥の巣頭さんが滑らかな手つきで扉を叩いてしまった。


「――はい」

「セネジオです。お時間ですので主をお連れしました。ご用意がお済であれば入室の許可をお願い致します」


 鳥の巣頭さんの慇懃な声に、扉の奥から澄んだ声が返った。


「構いません。――お入りになって」


 内側へと扉が開かれて、侍女らしき人に招きいれられる。

 やっぱり王妹殿下付きともなると、侍女の方まで品がある。同じ侍女でも、きっと私とは身分が全然違うんだろう。

 やはり、私には手の届かない場所におられる方なんだと思った。


 扉が開かれ、ふわりと甘い香りが室内から流れ出す。

 心臓がドキドキと高い音を立て始めて、思わず身体全体を硬く強張らせてしまった。


 ――いよいよだ……。


 この先に、一生お会いする機会などなかっただろう王妹殿下がいらっしゃるんだよね。

 そう思うと、嫌な気持ちとは別に自然と緊張感が身体を包む。

 私の強張りを感じたらしい鳥の巣頭さんに宥めるように背中を一撫でされて、ほんの少しだけ緊張を緩めることができた。


「――!」


 でも、直ぐにまた身体が固まってしまう。

 応接机の前で立ち上がってこちらを見つめる人。

 陽光を吸収する色なのに、どこまでも艶めく漆黒の髪。

 背に真っ直ぐ流れる髪は温かな夜闇を凝縮した川のようで、陽光が水面に反射するかのように、真珠を散らしたような煌きを放っていた。

 肌はともすれば不健康そうに見えかねないほどに白く、でも頬や唇には控えめで鮮やかな朱が。

 白と薄紅。対照的なその二つがえも言われぬ色香を醸していて、気持ちは女の子であるはずの私でさえほうと溜息が零れそうだった。

 ほんの僅かに伏せられた豊かな睫毛の下、覗く瞳の色は閣下と同じ灰青色だ。

 静かに佇む様は一見して精巧に作られた人形のようで、どこか閣下を彷彿とさせる。

 表情も無に近く、何故か印象が閣下と重なる。

 でも一つ違いを上げるなら、アリアンナ殿下の顔に浮かぶ表情は完全な無ではない、ってところ。

 何て言うのかな、アリアンナ殿下はどこか緊張に張り詰めたような雰囲気を纏っていて、まるで真冬の雪原の中に立たされたような……。強張りの所為で表情が硬くなっているみたいだった。

 それでも。


 ――なんて奇麗な人なんだろう……。


 閣下と似た空気。

 この方が閣下の隣に並んだらとても自然に、驚くほど美しい一幅の絵のようになるだろうと思った。それでいて、その絵はきっととても近寄り難いもので……、そこに私の入る余地なんて、居場所なんてないんだろうな。なんて、暗い気持ちになる。

 私には絶対に作れないだろう空気が二人にはあって、それがすごく悲しかった。


 私が王妹殿下の美しさに囚われている間に二人の礼が交わされていた。

 意識の外で見ていた典雅な礼。それがあまりにも洗練されていて、本当に王妹殿下なんだと、私なんかが近づけない人なんだと実感させられた。

 それなのに――。


「そちらが閣下のお話にありましたイェオラでしょうか」


 座りもしないままに殿下の視線が私に向けられて、思わずビクリと肩を揺らしてしまった。


 ――“お話にありました”って……?


 どういう意味……?

 まるで『早速本題に……』というように切り出された言葉が私に関わることみたいで、驚きのあまり毛が膨らんでしまった。私いま、いつもの二割り増しくらいになっているかもしれない。

 展開が理解できないんだけれど、閣下は私のことについて殿下に何か伝えたのかな。

 というか、私もアリアンナ王妹殿下にご挨拶をした方がいいのかな? でもどうやって? 王妹殿下への正しい礼なんて、出来る気がしない。ああでも私ってば今は魔獣の姿だから、頭を下げるだけでも許して頂けるかな。

 混乱のまま思考が明後日の方向に飛んでいるうちに、突然身体が浮いた。

 閣下が鳥の巣頭さんから私を取り上げたみたい。すぐに応接机の上に降ろされて、反応が遅れる私をそのままに閣下が口を開いた。


「そうだ。……視えるか」


 視えるか、って……。

 私は全然話が見えないです、閣下……。


 相変わらず言葉少なな閣下にこっそり突っ込みつつも、一人テーブルにぽつんと立たされて動揺している私。

 アリアンナ殿下も閣下も、世間話をしている感じじゃない。

 もっとこう、親しげな会話とか、紅茶を飲みながら談笑とか……しなくてもいいのかな?

 それに、入室から誰も座らないままなんだけれど、これって高位の方の間では普通のことなの?

 ……ううん、そんなはずがないことくらいは私にだってわかる。

 じゃあ、この状況は一体なんだろう……?


「……はい、可能だと思います。ただ少し……複雑なようですね。少しお時間を頂いても?」

「かまわない」


 話しているのはアリアンナ殿下と閣下なのに、二人の視線はずっと私に注がれている。ちょっと……大分怖いです、お二人とも。

 明らかに話の中心に置かれているのは私で、私がもやもやと予想していた甘い逢瀬ではないのは流石にわかった。

 だって全然和やかじゃない。むしろ張り詰めた糸が無数に張り巡らされているような……。

 私の想像が想像にすぎなかったのは嬉しいのに、全然喜べない。

 理由がわからないまま二人ともからジッと見られているのは怖くて仕方がない。

 誰かに説明してほしくても閣下はそれ以上口を開かないし、殿下は伏目がちだった瞳をさらに細めて私を穴が開く勢いで見つめている。

 しかも、何か手を翳されて探られているような感じが……。

 物凄く、動いちゃいけない雰囲気になって、冷や汗の変わりにふわ毛が膨張する。私いま、いつもの四割り増しくらいになっている気がするよ……。

 居心地が悪いのに逃げられず、ビシッと固まったまま視線だけで鳥の巣頭さんに助けてと合図を送ったけれど、小さく首を傾げてにっこりされただけで終わってしまった。鳥の巣頭さんの役立たず!

 鳥の巣頭さんだって事情を聞いていないって言っていたのに、どうして動揺していないんだろう。まるで全てを理解しています、とでもいうように、存在感を消して直立不動で控えている。

 侍従としては完璧な態度なんだけれど、その余裕そうな感じが恨めしくてじとりと湿度のある視線を送ってしまった。


 どこにも逃げ場がないことに観念して、私は耳を伏せて殿下の視線に耐えた。

 出来るだけ顔を上げないように、無心で机の上に座っていると、やがて身体がぽかぽかとしてきて驚いた。

 でももっと驚いたのは、急に私の体の周りが光だしたことだった。


「――キュッ!?」


 思わず声を上げてしまう。

 淡く水色の光が足元から溢れ出すように輝き出して、何か魔法を掛けられているんだとやっと気づいた。

 そういえば、殿下は国王陛下をも凌ぐ魔力の持ち主だと言われているんだった。

 でも何の魔法なのかさっぱりわからなくて、だから怖くて無意識に一歩後ずさってしまう。

 その途端、黙して立っていた閣下から声が降る。


「セレスタ。動かずに」


 ――そんなことを言われても……!


 何をしているかも説明してくれないのにひどいっ!

 不安で、でも閣下が私を悪いようにするはずがない、って思うことでなんとかその場に踏ん張った。



 どれくらいその状態が続いただろう。

 じっとしているしかない私はかなりの時間に感じたけれど、窓から差し込む日差しはそれほど高度を変えていなかったから、もしかしたら短い間だったのかもしれない。

 やがて私を包む光が強さを増し、それからゆっくりと足元へと吸い込まれるように消えていった。

 無意識に息まで詰めていた私が開放感に鼻息荒くふがふが言っているところに、また息が止まりそうな爆弾が落とされた。


「――閣下の仰られた通り、この子のまことの姿はヒト、それも女性なのは間違いないようです」

「……」

「――はっ!!?」


 ――キュッ!!?


 って、あれ? 私今喋れた?

 とかちょっとボケてみたけれど、最後に聞こえたのは私の声じゃなくて、鳥の巣頭さんの声だった。

 流石の鳥の巣頭さんも、驚愕のあまり完璧な侍従の顔が崩れてしまったらしい。見上げたら、いつもの笑顔の余韻をほんの少しだけ残して、蔦色の目をまん丸にして驚いていた。


 ――わあ、珍しい。


 ってそんなことより!


 ――どうして私の本当の姿が人間だってわかったの!?





 


あっさり判明。



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