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43.一夜明けて


切れなかったので、少し長めです。





 せっかく人間の姿になれたのに、混乱しているうちにまた魔獣の姿に戻ってしまった。

 私はただの魔獣じゃなくてファラティア・リングベルという人間の女の子なんだ、ってわかってもらう大事な機会を棒に振ってしまったんだ。

 すごく後悔したけれど、どんなに頑張って意識を集中させてもやっぱりもう一度ファラティアに戻ることはできなくて、諦めるしかなかった。


 久しぶりのファラティア姿の時間は呆気なく幕引きとなり、その後は閣下に連れられて一緒に寝台に横になった。

 閣下は離れていた時間の分まで頭を撫でてくれたけれど、私はあまり眠れないまま。どうにかもう一度人間の姿になれないかとこっそり奮闘していた所為もあって、気づけば朝日……とも言えない強い光が窓から燦々と差し込んでいた。

 途中、何度も閣下のお腹の上でうつらうつらとしたけれど、それだけで、ついに睡眠らしい睡眠を取ることが出来なかった。

 寝不足でちょっと頭がぼうっとする。

 そういえばイェオラの姿になってからは、侍女だったときからは想像できないくらいにたくさん眠っていた。それなのに、昨日は閣下の不在による心許無さで全然お昼寝もできなかったんだった。

 なんだか少し身体も重い気がする。

 起きるのがつらいなあ、なんて思いながら何気なく閣下を見上げたら、見計らったように銀色の幕が上がって灰青の光が顔を出した。

 閣下もどこかまだ眠そうだ。いつもはキンと研ぎ澄まされた早朝の湖面のような瞳も、今は朝靄に霞んでいるみたい。

 昨日は一日外出をしていて空が白み始めてからの帰館だったから、疲れているのかもしれない。

 どこにお出かけしていたのかはわからないけれど、空が白む頃にしか帰館できなかったくらいには距離が離れていたのだろうから、きっと相当大変だったと思う。

 暫くの間お互いにぼんやりしたまま見つめ合っていたんだけど……、


 ――んん? 何か、既視…感……?


 気のせいか、閣下の寝起きでも奇麗なお顔が少しずつ大きくなってきているような……。

 暢気にそんなことを思っていたら、そのうち閣下の仮面の装飾もぼやけるくらいになって、しまいには私の鼻と衝突してしまった。

 衝突して……


「――!!?」


 ――衝突っ!?


 か、覚醒した!

 眠っていたわけじゃなかったけれど、ぼんやりしていた意識を叩き起こされたような気分。

 私の目と感覚がおかしくなったんじゃなかったら、今、確実に、閣下の、その……唇が! 唇が鼻に触れた! 触れたよね!?

 まるで朝の挨拶のように、自然に掠めていった柔らかい感触が鼻先にまざまざと残っている。

 こんなこと拾ってもらってから今まで一度もなかったから、物凄く反応が遅れてしまった。というか今だって鼻に残る感触がなければ気のせいだと思っていたと思う。

 でも残っているのだ。

 ちゃんと、ふんわりとした感触が!

 無意識に鼻先に意識が集中してしまって、意味も無く口をぱくぱくさせてしまう。

 閣下の霞まぬ美貌がいまだに近い!

 こんな理解し難い状況でも頭は無駄にしっかり働いてくれていたようで、脳裏に私が人間の姿だったときの閣下がパッと蘇った。同時に身体にカッと熱が集まってくる。

 仄白む窓辺で何も身につけていないまま閣下に抱きしめられていたことが、今さらのように鮮明に網膜を焼いた。


 ――そ、そ、そうだよ、私ってば、は、は、裸を見られちゃって、か、か、顔に……っ!?


 鼻先に今も残るほんのりと温かく柔らかな感触と、ファラティアの顔中に降りてきたそれがぴたりと重なって――。


 あああ、恥ずかしい!

 私ってば、何をしてたの!?

 というか、閣下も何でっ!?

 いくら今は魔獣の姿でも、ほんの数刻前には女の子の姿だったのも見ているはずなのに!


 羞恥のあまり悶えながら丸まろうとして、ハッとする。


 ――閣下、は、はだか……!


 そうだった、閣下ってば、いつも眠るときは上半身に何も身につけないんだった!

 今朝とは全く逆の状況だけれど、これには慣れているはずなのに――。

 だって、この二週間以上の間、閣下はいつもそうだったんだもの。

 お腹の上は暖かくって、むしろ私は気持ちいいとさえ感じていたはずで。

 それなのに、まるで初めて閣下と一緒に眠ったときみたいに、急激に目の前のそれが見てはいけないもののように思えてきてしまう。


 ――あぅ、駄目だ、直視できないぃ……!


 じりじりと後退しながら、追い討ちをかけるように瞼裏には今朝の再現が断片的に浮かんでは消えていく。

 それはもう本当、地底に隠れてしまいたくなるほどに恥ずかしいものばかりだ。


 私の頭がおかしくなったんじゃなかったら、あのとき私、閣下には結構すごいことされていたような……!

 それどころか私もなんてことをっ!?


 混乱のあまり目の前がぐるぐるしている気がする。身体がポカポカなんてものじゃなくカッカしていて、きっと今の私は物凄く熱を発しているんじゃないか、って思う。

 あまりに熱くて、「白い毛が燃えちゃうっ!」なんて馬鹿なことを考えてしまった。

 私は驚きと焦りと恥ずかしさに耐えられず、毛を膨らませ、転がるようにして閣下の上から――ううん、寝台の上から飛び降りた。

 ぼてんぼてんって本当に転がってしまったけれど、そんなこと今は問題じゃない。


 ――どうしよう、もう閣下の顔が見られない……っ!


 叫んでしまいたい。だけど喉に声が詰まって出てこない。

 驚きすぎると人は(今は魔獣だけれど)声が出せなくなるんだ、って初めて知った。


 ――コンコンコン


「失礼致します、閣下」


 混乱の極地にいた私の耳に慣れた声が聞こえた。

 相変わらず扉を叩くのと同時に鳥の巣頭さんが姿を現す。

 その姿を見て、私は反射的に行動していた。

 とっても不本意だったけれど!

 閣下を振り返らず、鳥の巣頭さんに突進した。


「うわ!」


 勢い余って足に追突。

 ぼすんころんびたん、って感じで転がってしまったけれど、慌てて体勢を立て直して鳥の巣頭さんの後ろに隠れた。

 このときの動きはとっても野生的な素早さだったと思う。ちょっと魔獣に近づいちゃったかもしれない。


「あれー? セレスタ、どうしたんだい? 朝から元気だね!アハハハッ」


 鳥の巣頭さんこそ朝からとっても軽い笑い声だ。爽やかというよりも、乾いた感じ。

 だけどそんな中身の無い笑い声も今の私にとっては大した問題じゃなかった。

 とにかく閣下から隠してもらえればそれでいいの!


「ああそっか、閣下がお帰りになったから元気になったんだね!」

「……」

「……」


 ――う。


 確かにそうなんだけれど、どうして今そういうことを言っちゃうのかな!?


 まるで私が閣下の帰りを待ち侘びていたみたいに聞こえちゃう。

 ……。

 そうなんだけど!

 間違ってないんだけど!


 でも空気を読んで欲しい!

 だって、今朝の行動と鳥の巣頭さんの言葉を合わせたら、一人にされて寂しくて、帰って来た途端に抱きついて私から迫ったみたい……!

 なんだかもうすごく……、すごく!憤死しそう!


 さらに上がった体温を持て余しながら、苦し紛れに恨みを込めて目の前にあった鳥の巣頭さんの足に頭突きをする。

 何度か繰り返したけれど鳥の巣頭さんは全然堪えてないみたいに笑っていた。


「ああ、閣下も気になりますか? 閣下のいらっしゃらない間のセレスタがどんなだったか」

「!」

「……」

「大変でしたよ? セレスタ、気落ちしちゃって――」

「キュゥウウウウッ!!」


 ――駄目ーっ!


 って叫んだんだけれど、鳥の巣頭さんってば故意なのか、喚く私を完全に無視して昨日の私の様子を逐一報告してしまった。

 ご飯もそこそこにお昼寝もせず、から元気を見せていたこと。

 寂しがって鳥の巣頭さんのお部屋に連れて行ってもらおうとしたこと。

 あ、そのお話のときは何故かおかしな空気が流れたけれど、鳥の巣頭さんがどこから見ていたのか、私が主の居ない執務室をうろうろしていたことを口にしたら、直ぐに元に戻った。……何だったんだろう?

 それにしても、執務室を覗いたところまで見られていたなんて……。


 恥ずかしくて死にたい……。


「セレスタ」


 びくぅっ!


 静かに全てを聴き終えた閣下に蜂蜜みたいな甘さを含んだ声で呼ばれた。だけど私はそれが恐ろしい魔物の声かのように身体をびくつかせてしまった。

 だ、だって!

 あんな、たった数刻前の出来事に重ねて昨日の恥ずかしい様子を告げ口されてしまった後じゃ、どんな顔をして閣下のところへ行ったらいいかわからないんだものっ。

 暗にこちらへ来いって言われているのには気づいていたけれど、私は鳥の巣頭さんの後ろから出て行けなかった。


「……セレスタ」


 もう一度呼ばれる。

 やっぱり声が甘い気がするのは気のせいかな?

 びくびくしながらも鳥の巣頭さんの後ろにいた私の身体が、不意にふわりと浮きかけた。


 ――ま、魔法……!


 経験上、確実に閣下が魔法で強制的に私を呼び寄せようとしていることに気づいて、咄嗟に鳥の巣頭さんの足にしがみ付いた。

 もう本当、今日は駄目!

 絶対に閣下の顔をまともに見られないっ。


「あれー? どうしたの?」


 鳥の巣頭さんの暢気な声がする。


「キュッ!」


 ちょっと黙ってて! と珍しく反抗的に声を上げたら、んん?って頭上で首を傾げる気配がした。

 そうしている間にも閣下の方へ引っ張られる力が少し増した気がする。


 うう、どうしたら……!


 必死に鳥の巣頭さんの足をぎゅうぎゅうと締め付けていたんだけれど、そのうちにどこからか冷たい空気が流れてきた。背筋がぞわぞわする。

 気のせいだと思いたいけれど、たぶんこの冷気は閣下の方から流れてきている。だって、引っ張られている方からひんやりとした空気が鼻先を撫でていくんだもの。

 心なしか空気も重くなったような……。

 混乱したままちょっとだけ顔を上げたら、視界に入ったバルコニーの窓が白く凍り始めていて、ぎょっとした。

 今はそこまで気温が下がる季節じゃないのに……?


「セレスタ」


 びくぅうっ!!


 ――あ、あれ? 今度は怒って…る……?


 いつもならふわりと胸に落ち着く声。さっきまで甘さまで含んでいたはずなのに、今は空気と同じように少し重く低くなった閣下の声が耳に届いて、びっくりして思わず手が緩んでしまった。

 あっ、と思ったけれど、とき既に遅く。

 私の力の緩みを見越したかのように、鳥の巣頭さんが屈んで容赦なくベリリと私を足から剥がしてしまった。


「いってらっしゃーい」

「キュウ!」


 ――裏切り者ー!


 空気やら何やら色々無視して鳥の巣頭さんが脱力するような軽い調子で言った。

 ついで持ち上げた私をパッと離すと、いまだに魔法で引っ張られていた私の身体は呆気なく寝台の閣下の腕の中に収まってしまっていた。


 ――うぅ、鳥の巣頭さんのヒトデナシ!


 心の内だけでこっそり悪態をついているうちに、いつの間にか空気の冷たさも重さも嘘みたいになくなっていた。

 ……何だったんだろう?

 閣下は腕の中で顔を上げられないでいる私をぐいぐいと撫でている。その手つきがどことなく満足そうで、ちょっと泣きたくなった。結局私は誰にも勝てないんだ……くすん。




 一頻り私を撫でたあと、閣下は支度をし始めた。

 頑なに閣下の顔を見ないようにしながら閣下の準備が整うのを待って、昼食に近い朝食をとっているときだった。

 鳥の巣頭さんが今日の簡単な予定を閣下に告げる。いつもは食事中にそんなことはしないけれど、その日は起きるのが大分遅くて、予定が少し立て込んでいた所為かもしれない。

 鳥の巣頭さんが丁寧に予定を読み上げる中で、気になるものがあった。


「――それから、先ほど射鷹しゃようが王城から先触れを持ってきましたよ。明確な時間は今日の夕方か明朝にでも正式な手紙が届くようですが、予定では明後日、アリアンナ王妹殿下が来館なさるそうです」

「……そうか」


 ――王妹殿下!!?






射鷹しゃよう:伝書鳩のようなものです。造語。


フライングにより、二人の心境にも変化が。

人間に戻る日も近い……?



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