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41.真夜中の逢瀬 一



 窓に映る赤い髪の少女。その薄水色の瞳と目が合っている。

 そっと伸ばした手は寸分狂わず窓越しに触れている。


 確か、魔獣として目覚めたときもそうだった。目の前のものが自分だなんて信じられなくて、窓の向こうに相手がいるのだと思いこんで。

 でも今は、これが自分の姿だということは分かっているつもり。

 戻りたいと切望していた姿だもの。

 容姿が気に入っていたというわけじゃないけれど、私はやっぱりファラティアで、人間で、女の子だ。


 自分を見失うほど戻りたかった姿が、そこにあった。


 なのにどうしてだろう。

 全然実感が湧かない。


 まるで、夢の中の自分を見ているみたいに客観的で、それでいて意識がぼんやりとしている。勝手に再生されている魔法の映像を見てるみたい。

 毛足の長い絨毯の所為だけじゃなく、足元がふわふわしている気がする。なんだか現実味が薄い。


 ――私、これからどうしたらいいんだろう……。


 呆然と窓に映る自分と見つめ合いながら、それでもゆっくりと思考を動かす。


 ――そうだ、セイレア様に会いに行かないと……。ああでも、この時間じゃ駄目だよね。警備の人に見られたらすごく怪しまれちゃう。眠っているだろうセイレア様にも迷惑だ。


 苦しんでいるセイレア様に一刻も早く知らせるべきだと思うのに、私の中の妙に冷静な部分が深夜に会いに行くのは非常識だと窘める。

 これが幻じゃなく本当に人に戻ったのだとしなら、焦る必要はないんじゃないか、って思う自分もいた。

 きっとそれは、私がまだ半信半疑で、今の状況が現実なのか疑っているから。


 そして何故か、心のどこかから「ああ戻っちゃった――」って零す声が聞こえる。まるで戻らない方がよかったとでも言うみたいに。

 それは確かに私の声で、でも今まで一心に戻ることを考えていたのに、今になってどうしてこんな思いに駆られるのかわからない。

 ただ正体不明の不安感がある。

 胸の内ではセイレア様の姿と、それから閣下の姿が交互に浮かんでは消えていた。


 今まで苦しんだこと。

 男の子の魔獣になってしまった理由。

 どうしていきなり元の姿に戻ったのか。


 何もわからない。

 ただ姿だけが何もなかったみたいにファラティアに戻ってる。

 わけがわからなくて、憤りも拭えない。

 こんなんじゃ、気持ちの整理がつかなくても仕方ないと思う。

 私はひたすら自分の姿を眺め、窓の前から動けなかった。

 今までのことを考えれば大手を振って喜ぶところなのに、どうしてなのか嬉しいばかりじゃない自分に困惑していた。



 ――ガチャリ



「っ!」

「…………」


 いつの間にか雨も止んで薄っすらと白み始めた空を見ていたとき、背後で扉が開く音がした。

 静かな部屋に響き渡ったその音が耳に届いた瞬間、私は驚きのあまり跳ねるようにして振り返った。


 そこには――、



「――か、閣下……?」

「……」


「……あっ!」


 白い仮面の奥の灰青の瞳と目が合った。

 ちょっとだけ驚いているように見えたのは気のせいかな? 直ぐに自分の現状を思い出して慌ててカーテンの裏に隠れた私には、わからなかった。

 でもそれは驚くはずだ。


 ――どうしよう、見られちゃった……!


 私、裸なのに……!!


 どうして?

 閣下は朝まで戻らないって、鳥の巣頭さんは言ってたのにっ。

 こんな……、こんな、今この状態のときに帰って来てしまうなんて!

 もっと早く自分の姿をなんとかしておけばよかった。

 シーツを被るとか、湯殿にあるタオルを借りてもよかったのに!

 だけど、さっきの私にはそんな余裕がなかったのも事実で、結局はこの姿で閣下に見つかっていたと思う。


 ああでも、問題はそれだけじゃないよねっ?

 閣下にとっては見知らぬ少女が素っ裸で目の前にいることよりも、その場所が閣下の私室だってことが問題なんだ。

 絶対に怪しいと思われてる。ううん、怪しいんじゃなくて、完全に不審者だ……!


 すぐに捕らえられて拘束されても文句はいえない状況。

 私は血の気が引いていくのを感じながら、カーテンに包まって閣下の様子に意識を集中させた。

 毛足の長い絨毯の所為で、閣下が立ち止まっているのか、それとも不審者である私を捕らえようと近づいて来ているのかすらわからない。

 ただこんな姿じゃ逃げられないことだけは確かで、カーテンの中で身を縮めることしかできない。

 閣下からは何も反応が無くて、部屋は徐々に明るくなり始めるだけ。朝の静寂が満ちている。


 あまりの緊張感に耐えられなくて、私は声を上げた。


「あ、あの……! わ、わた、わたし、違うんですっ!」


 自分で言ったのに、何が?って思ってしまった。

 突然“違う”とだけ言われても閣下だって意味がわからないだろうし、不審者の主張なんて聞こうとさえ思わないだろう。

 焦る自分とは別に、自分の口から零れた音を、ファラティアの声だ……、と感慨深く思う私もいて、意識が二つに分離してしまったような感覚にさらに混乱が増した。

 うまく頭が働かなくて、動揺するしかない自分が情けない。

 一人落ち込んでいる間にも時間は経過していて、閣下の不審は深まっているだろうと思う。

 この状況をどう切り抜けたらいいのか、さっぱりわからない。私、どうなっちゃうんだろう?


「……。こちらへ来い」

「っ!!」


 思ったよりも近いところで声がした。

 私は肩をビクつかせる。

 言葉が喉に詰まって出てこなかった。

 カーテンを握り締め、それがまるで身を守る盾かのようにさらに引き寄せる。


 うぅ、どうしたら……!


「…………」


 閣下の沈黙が怖い。平淡な声が何を考えているのかわからなくて、いつもなら安心できる静かな声が厳しく硬質なものに聞こえてしまう。

 とにかく、誤解を解かないといけない。私は別に悪さをしようと思って侵入したんじゃない、って。

 ……でも、どうやったら信じてもらえるの? 私はいま本当に身一つで、しかも一見してお屋敷の主の部屋に勝手に侵入した不審者以外の何者でもないのに。


「わ、私、私あの、勝手に入ってごめんなさいっ! で、でも」

「わかっている。――セレスタ」

「――っ!?」


 呼ばれて、息を飲む。


 ――いま、“セレスタ”って……?


 もしかして部屋にいるはずのセレスタを呼んだの? ……ううん、そんなはずない。だって、閣下の声は明らかに私に向けられている。それくらいは見なくてもわかる。

 でも、だとしてもどうして私がセレスタだ、って……?

 今の私の姿は完全にファラティアのそれで、セレスタを彷彿とさせるものなんて一つもないと思う。瞳は同じ色だけれど、こんな薄暗がりなうえ目が合ったのは一瞬のことだったし、瞳だけじゃ想像もつかないはずなのに。


「――来い」

「!」


 催促されるように呼ばれて、でもそう簡単には出て行けない。たとえ閣下が何故だか私がセレスタだと気づいてくれているのだとしても。

 だって、私いま……。


「え、っと……。駄目です、私いま、あの、は、裸で……」

「…………」


 沈黙が返って、私はカーテンの中でさらに身を縮めた。


 ……そうだよね、私ってすごく変な人だよね……。


 裸でカーテンの中に隠れているなんて……。

 わかってるんだけれど、この沈黙は痛い……。

 出来ればシーツか何かでも渡してくれると嬉しいな、なんて図々しいことを思ったら、突然ぐいっとカーテンが引かれた。あまりの強さに握り締めていたそれを手放してしまう。


「!!」

「…………」


 気づいたときには閣下の腕の中だった。






ちょっと短いですが……。

いつもの如く切りのいいところまで書いたら5000字超えてしまったので;

次話は早めに更新します。



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