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37.まず第一歩に



 飾り袋を返して欲しいと伝えるためにどうしたらいいか色々と考えた結果、一先ずやってみようと思うことが見つかったので、私は閣下の膝からテーブルへ飛び移った。ちょっと落ちかけたのはご愛嬌だ。


「キュウ!」


 まずは二人に注目してもらうべく、一声鳴いてみる。思惑は成功して、閣下と鳥の巣頭さんが私に視線をくれた。……何だかテーブルから落ちかけたときから見つめられていた気がするけれど、あくまで私が鳴いた結果だと思うことにする。

 それから私は両手を上げて、パッと自分の目に当てた。わかってくれるかな?

 飾り袋の中の原石は、私の瞳の色と同じだから、それを示したつもりなんだけれど……。

 そろっと両手を外すと、二人とも黙ってこちらを見つめていた。……やっぱり駄目?

 もう一度目元に手を当ててみる。ちらりとまた隙間から二人の様子を窺ったけれど、全然反応が返ってこない。それどころか、なんだかおかしな空気が流れているような……。


「あー……、セレスタ、それって何か新しい踊り?」

「キュウ!」


 ――違うよっ!!


 揶揄うような鳥の巣頭さんの言葉に急いで抗議する。閣下まで微かに首を傾げているから、全然伝わっていないのはわかった。でもちょっとむっとしてしまう。

 踊ってないのに! 目を押さえてることに気づいて!

 パシパシと必死に目を叩いてみたけれど、やっぱり全然伝わらない。


「大変です、閣下! セレスタが壊れました。森に捨て直してきましょうか!」

「キュウウウッ!!」


 ――違うったら!! しかも捨て直すとか言わないでっ!


 凄く楽しそうに私を眺めながら冗談を言う鳥の巣頭さんをキッと睨む。私は真剣なのに!

 目を示すだけじゃわかってもらえないと気づいた私は、急いでテーブルから飛び降りて(転がり落ちて)、バルコニーの前へと走った。治りかけの両手がピリリと痛んだけれど、そんなの気にしていられない。

 バルコニーの窓の先を指し示して何度か鳴き、また自分の目をパシリと叩く。ちょっと勢い余って痛かった。あぅ、白いふわ毛が目に……。

 それでも何度かそれを繰り返すと、じっと黙っていた閣下が呟いた。


「……。……飾り袋、か?」

「! キュウ!」


 ――閣下……!


 私はわかってもらえた嬉しさで、つまずきながらも出来る限りの速さで閣下のもとまで戻り、白い衣に包まれた足に飛びついた。

 やっぱり、頑張ればわかってもらえるんだ!

 流石閣下! 鳥の巣頭さんとは違う! と、ぐりぐり足元に頭を擦り付けていたら、またしてもわしっと掴まれて膝上に引き上げられた。うっ。ちょっと何かが込み上げた……。閣下はこれが無ければ完璧だと思う! ……あともうちょっと喋ってくれたら。……それともうちょっと表情が動いてくれたら。ううん、そんな贅沢言っちゃ駄目だ! 閣下は今でも完璧ですっ。


「ああ、なるほど! つまり飾り袋を返して欲しいって言いたかったのか!アハハハ」


 鳥の巣頭さんがちょっと意地悪そうな笑顔で言った。……まさか途中で気づいていたけど黙っていた、とかじゃないよね、鳥の巣頭さん……?

 閣下の膝の上で胡乱な視線を向ける私にも鳥の巣頭さんは全然動じなかった。


「いや、本当に分からなかっただけだから、そんな目で見ないでよハハハハハ!

 飾り袋なら、丁度今日のお昼あたりには戻ってくる予定だから、昼食のときに返してあげる。

 ……? ――ああ! 昨日内庭で俺の服に潜り込もうとしていたのはそれが言いたかったのか!アハハハハ」

「…………」

「……キュ」


 鳥の巣頭さんが余計なことまで言うから、閣下にじーっと見つめられてしまった……。み、見ないでください閣下……。全然ヨコシマな気持ちなんてなかったよっ!

 ああでも、お昼には返してもらえるならセイレア様に会う時間までに間に合う!


 私は目の前の道が少しずつ開けてきたようで、たまらなく胸が高鳴るのを感じていた。





 ◆◆◆◆◆



 約束通り、お昼には鳥の巣頭さんから飾り袋を返してもらえた。長さを調節した飾り紐を首に掛けてくれて、持ち運べるようにもなった。ありがとう、鳥の巣頭さんは気が利く人だ。お腹の中身がちょっと黒いけど。……あの、大分、黒いけど。


 ああ、いよいよだ――。


 時間がきて、私は給仕カートに乗せられ、セイレア様のいる客室へと向かう。

 閣下のお部屋を出たときから、他の人に見られては大変だから、と荷物を装ってカートに乗せられてしまったんだ。頭からすっぽり白い布を被されているのもその所為。

 周りの見えないといういつもとは違う状況と閉塞感がまた緊張感を高めて、白く染まる視界に目を細めながら、私は何度も唾を飲みこんだ。

 どのくらいまで近くなっただろう、あとどれくらいで着くだろう、とそわそわしながら布の中でそのときを待った。


 ――コンコンコン。


「どうぞ」


 閣下のお部屋では滅多に聞かない扉を叩く音の後、奥からセイレア様のくぐもった声が聞こえた。


「失礼致します。セイレア・エイトウェイ嬢、ご要望のものをお持ちしました」


 よそ行き対応の鳥の巣頭さんが丁寧に礼をとるのが、布の中からでもわかる。直ぐに私の乗ったカートが室内へと動き出した。


 このときまだ布の中にいた私は、この一連の動きをこっそりと何処かから見つめる人がいるなんて、気づくはずもなかった――。



 カートがぴたりと止まった。セイレア様の客室へ完全に入ったんだと思う。

 私は緊張で身を硬くしながら、逸る鼓動を抑えられずにいた。


「ありがとう。無理を言ってしまってごめんなさいね」


 セイレア様の声が近くなって、さらりと布が取り払われる。毛が逆撫でされた感触に一度身震いをしてから見上げると、穏やかに微笑むセイレア様が見えた。


 ――セイレア様……!


「いらっしゃい。……セレスタ、だったかしら?」

「キュウ!」


 答えるように鳴くと、セイレア様はくすりと笑って頭を撫でてくれた。優しい指。思わず胸が熱くなる。


「――エイトウェイ嬢、大変申し訳ありませんが、私は所用で付き添うことができません。侍女頭のヨリナを付けますので、危険は無いと思いますが万一何か御座いましたら直ぐにお言いつけください」

「ヨリナと申します」


 鳥の巣頭さんが言い終わるのと同時に、扉の外に控えていた侍女長さんが姿を現した。私は少し驚く。

 いつの間に……?

 閣下の部屋を出たときはいなかったから、もしかしたら移動している間に合流したのかな?

 久しぶりに見る侍女長さんは落ち着いた様子で礼をとっていた。ヨリナさん、って言うんだね。


「そう、わかりました。ヨリナさん、よろしくね。セネジオ殿も、忙しいところ本当にありがとう」

「いえ。――それでは、お約束の時間になりましたら迎えにあがります」

「ええ、ご苦労様」


 一連の遣り取りを終えると、鳥の巣頭さんは入って来たときと同じに綺麗な礼をし、侍女長さんに目配せをして退室していった。扉を閉める際に少しだけ私も目が合った。その視線にはたぶん、ここへ来る前に言っていたことの念押しの意味が含まれていたと思う。


『セレスタ、エイトウェイ嬢の前では、君が人の言葉を解することを悟られないようにするんだよ』


 鳥の巣頭さんはそう言った。

 どうしてそんなことを言うのかは、分かりすぎるくらいわかる。

 今の私みたいに幼い姿で人の言葉を理解する魔獣なんてどこを探してもいないと思う。だからこのことがもしもセイレア様を介して周囲へと広まっていけば、大変なことになってしまうのは目に見えていた。

 中身は人間だから私にとっては当然のことでも、真実を知らない人たちにとっては奇異なことでしかない。

 そんな魔獣をどう考えても国が……ううん、世界が放っておいてはくれないと思う。貴重種のイェオラで、さらに人の言葉を理解するなんて……。

 そうなったら今のような静かな生活は絶対に続けられない。私だけが注目されるわけじゃなく、当然私を拾った閣下にだって火の粉がいくようになるだろう。どこで見つけたのかとか、いつから言葉を理解できるのかとか、そういう類の質問が矢のように降るんじゃないかな。

 鳥の巣頭さんはそういう面で閣下のことを一番気にしていて、だから私の特殊に見える部分を知られたくないんだと思う。以前から鳥の巣頭さんは、閣下の侍従として閣下第一だという姿勢を強調していたものね。

 私からすれば、セイレア様は安易に他のお屋敷の噂や内情を吹聴したりするような方じゃないって知っているから、そこまで気を遣わなくていいと思うけれど、閣下の身の回りやお屋敷を預かる身の鳥の巣頭さんにしたら慎重にならざるを得ないんだよね。

 そういう鳥の巣頭さんの気持ちは私だってよくわかる。私も鳥の巣頭さんの立場だったら、絶対に外に知られたくないと思うから。


 でも、今回だけは。


 今回だけはどうしても、鳥の巣頭さんの言いつけを守れないや。


 勝手だけれど、セイレア様にだけは私の本当の姿のこと、気づいてもらいたいから……。

 それを叶えるためには、私が人の言葉を理解していること、隠すなんてできないんだ。


 ――鳥の巣頭さん、ごめんなさい。閣下も、ごめんなさい。

 でもきっとセイレア様なら大丈夫だから、許してください……。


 私は心の中で二人に謝って、後ろめたい思いを振り切るように鳥の巣頭さんが消えていった扉から目を離した。


「さあ、セレスタ。こちらへ来てお話しましょう」


 そう言ってセイレア様にそっと抱き上げられた。

 私はぐっと喉に力を込める。



 これから、だ――。






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