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35.光陰のごとく



 顔を上げると駆けて来るのは鳥の巣頭さんで、鳥の巣頭さんはあっという間に私の側まで来ると少し慌てたようにして私を抱き上げた。私は急な浮遊感に慌てる。

 どうしてそんなに焦っているんだろう、と見上げたんだけれど、仕種に比べて鳥の巣頭さんが浮かべているのは普段どおりの朗らかな笑顔だった。その笑顔はいつも通りなんだけれど……すごく違和感があるよ、鳥の巣頭さん。


「エイトウェイ嬢、大変失礼致しました。これは屋敷で育てているもので、いつもは部屋の中においているのですが……」


 またこれはとっても中身の無い笑顔だなあ、なんて思っていた私を抱えたまま、綺麗に腰を折る鳥の巣頭さん。セイレア様も直ぐに立ち上がると、先ほどの涙を思わせないような微笑みを湛えて言った。


「いいえ、構いませんわ。少しお話を聞いてもらっていたの。とても澄んだ瞳のイェオラね。きっと賢くて優しい子に育つわ」


 セイレア様はそう言って、ふふっと笑った。だけど、鳥の巣頭さんと交互に見ると何だか合わせ鏡を見ているような気になってくる。


 ……あれれ? なんだろう、この空気?


 なんだか二人の周りには作り物みたいな空気が流れている気がする。

 鳥の巣頭さんは言わずもがなだし、セイレア様も浮かべているのは形ばかりの微笑みだ。さっきまで悲しみを露わにしていたセイレア様は、今は笑顔を作る気分じゃないのかもしれない。それでも体裁を保って微笑んでみせるのがセイレア様だ。長年仕えた私にはセイレア様の得意の作り笑顔も通用しないし、鳥の巣頭さんのそれも同じで、なんだかこの場の空気がおかしなものに感じられた。

 二人の微笑みは表面だけで、でもどちらも完璧に近い笑顔。だからすごく違和感がある。


 二人とも笑顔なのに、全然和やかな雰囲気にならないのはどうしてなの?


 ちょっと怖いな、と身を震わせる私を余所に嘘っぽい笑顔を交わしていた鳥の巣頭さんとセイレア様だけど、暫くして鳥の巣頭さんが口火を切った。


「では私どもはこれで……」


 言って礼をとろうとする鳥の巣頭さんに、私は当然焦る。


 ――ま、待って! 私、まだ何もセイレア様に伝えていないのに!


 このまま離れてしまったら、次はいつ会えるかわからない。

 慌てて鳥の巣頭さんの腕から逃れようと暴れた私だけれど、無言で簡単に押さえ込まれてしまった。


 ――そうだった、一度抱き込まれたら逃げられないんだった……!


 私って、本当に学習能力が無いんじゃ……。やっぱり鳥の巣頭さんに“警戒心”を森に探しに行ってもらおうかな……。

 内心そう冗談交じりに零しながら落ち込んだ私だけれど、そのとき過ぎった単語にハッとした。


 ――そうだ! 森! 飾り袋……!

 あれを見せれば、セイレア様も何かに気づいてくれるかもしれない!


 ファラティアの飾り袋とイェオラである私を直接結び付けてくれるかどうかはわからないけれど、それでも何かを察してくれたら、糸口が見えるかもしれない。

 そう思った私は、鳥の巣頭さんの腕から逃れようと暴れていたのを、逆に懐に向かって動きを変えた。

 飾り袋は、確か鳥の巣頭さんが調べると言って持って行ったんだ。どこかに預けてしまったかもしれないけれど、今持っていないとも限らない。

 飾り袋を返して、って鳴いて訴えても絶対にわかってはもらえないから行動するしかなくて、一番仕舞っている可能性の高い懐を探ることにしたんだ。


 ――ああ、やっぱり私にだってやれることはあるじゃない!


 私がファラティアのままだと知って自分の殻に閉じこもっている間、こうやって行動してみればいいということを忘れていた。

 言葉で伝えられなくても、行動から目的に気づいてもらうことは出来るのに、イェオラの姿では何も出来ないと嘆くばかりだった。本当に、意味のない嘆きだったと今なら思える。

 閣下が食事を拒否していると知ったときだって、バルコニーに出たいと思ったときだって、行動で私の意思は伝わった。やろうと思えば、きっと何か出来るはずなんだ。

 こんな簡単なことに気づかないでいたなんて。

 何も試していないうちから頭の中だけで難しさばかりに思い巡らせて、何も出来ない、誰にもわかってもらえない、と嘆いていた私はただ自分を哀れんでいただけだった。可哀相な自分に浸って、先を諦めていた。

 でも今ならわかる。

 きっと一つずつきちんと考えて行動もしていけば、道は開ける、って。

 それに、出来る限りのことをしたら、一度はイェオラとしての人生を受け入れた私だもん、万一ファラティアとして生きられなくても何とかなる気がする。セイレア様には気づいて欲しいけれど、たとえセレスタのままでも私は独りじゃない。閣下も鳥の巣頭さんもいてくれるから、大丈夫。


 ――よし、やるぞっ。


 と自分を鼓舞した私は、鼻息荒く鳥の巣頭さんの懐を探る。手は包帯を巻かれているし、そもそもあまり器用じゃないから、鼻先も使って鳥の巣頭さんの襟元を引っ張り頭を捩じ込んだ。

 このときの私はイェオラの姿でだって出来ることはあると気づいて興奮していたし、飾り袋を探し出すことに夢中で、その行動が周りにどんな風に見えるかなんて考えもしなかった。


「……」

「セレスタ」


 必死に上着を剥がそうとしている私の頭上から物凄く明るい声が振ってきた。今忙しいのに、と思いながらも思わず顔を上げると、鳥の巣頭さんのとってもいい笑顔に出くわした。


 ……うっ。


 あれ、なにか私を抱える腕の力が増した気がする。苦しい……。うぇ。


「何をしているのかな? エイトウェイ嬢の前で俺を辱めるつもりかい?」


 そう言われて、一瞬何のことだろうと首を傾げたけれど、鳥の巣頭さんのよれた胸元からちらりと浮いた鎖骨が見えて、私は硬直した。

 上着の懐を探ろうとしていただけなのに、イェオラの姿では不器用すぎて下のシャツまで引っ張ってしまっていたみたい。

 私の目の前には閣下よりも色の濃い、滑らかに隆起した鎖骨が。


 ――もしかして私、すごく大胆なことをしていたり……?


 気づいて血の気が引いたり上がったりしてしまう。あわわ、私ったら何てこと……!

 セイレア様の手前抑えているのか、鳥の巣頭さんからはいつもの黒い何かは出されなかったけれど、何だか腕がギリギリと……。うぅ。

 締め上げられながら硬直する私を見て、鳥の巣頭さんはもう一度にっこり笑ってから、セイレア様へと視線を移した。


「お見苦しいものをお見せして申し訳ありません。ご覧の通り、この子はここのところ少し情緒不安定なところがありまして。エイトウェイ嬢をお部屋までお送りもせず申し訳ありませんが、御前を失礼させて頂いても宜しいでしょうか?」

「――! キュ……ッ!」


 ――だ、駄目……!


 叫ぼうとした私だけど、またしてもギリリと鳥の巣頭さんの腕が強まって、急いで言葉を呑み込んだ。

 この締め付けは、閣下より辛い……。出ちゃいそう……。

 色んな意味でどうにか逃げられないかと不審な動きをする私にもセイレア様は不快を露わにすることなく、ふわりと完璧な微笑みで応えた。


「ええ、私のことは構いません。その子は怪我をしているようですし、ゆっくり休ませて差し上げるとよろしいですわ」

「では、お言葉に甘えさせて頂きます。――ああ、それから、大変恐縮では御座いますがこれのことはどうぞご内密にして頂けると助かるのですが」


 セイレア様は微かに首を傾げたけれど、深く追及することはなく頷いた。


「わかりましたわ」

「有難う御座います。それでは、失礼致します」


 ――ああ、そんな……!

 やっと訪れた機会なのに!


 二人が会話を交わしている間も必死で暴れた私だけど、鳥の巣頭さんはあっさりと退出の礼をしてその場を離れてしまった。




 その後すぐに閣下の部屋に押し込まれてしまい、私はがっくりと肩を落とした。

 結局、セイレア様には何も伝えられず、セイレア様の悲しみを取り除いてあげることも出来なかった。

 もう一度会える可能性って、あるのかな……。

 うな垂れる私を見ていたらしい鳥の巣頭さんは、その訳を正確に理解したわけじゃないだろうけれど、ポンポンと私の頭を叩きながら言った。その仕種は意外にも優しくて、さっきの破廉恥な行動については怒っていないみたいだった。


「もっと内庭にいたかった気持ちはわかるけど、そんなに落ち込まないでくれ。君の存在が他のお客様にバレたら本当に面倒なことになるんだ。あの場にいらっしゃったのがセイレア・エイトウェイ嬢で幸運だったよ」


 私は鳥の巣頭さんを恨めしげに見た。


 ――あの場にいらっしゃったのがセイレア様で幸運だったのは、私だってそうだもの。でも、そんなに急いで連れ出すことなかったのに……!



 八つ当たり気味にじっとりと恨みを込めて鳥の巣頭さんを見つめた私だけど、セイレア様から私に会いたいとの申し入れがあったと聞かされたのは、その直ぐ翌日のことだった。







閣下は全開ですが、鳥の巣頭はチラリで。(は

閣下も裏では頑張っているのに、最近は影が薄くて可哀相。閣下ファイト。



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