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03.月明かりに照らし出されたもの


視点が変わります。

ここから先は、ファラティア視点でお送りします。





 唐突に私の意識は浮上した。

 ぱっちりと目が覚めて、開けた視界に映ったのは薄暗い室内だった。


(……あれ? 私、何してたんだっけ……?)


 部屋に漂うのは静謐な静けさで、咄嗟に状況が理解できなくて呆然としてしまう。

 正面には高さのある窓が見えた。きっとバルコニーへ出るためのものだ。

 窓には落ち着いた暗い色のカーテンが掛かっているけれど、それが少しだけ開いていて、隙間から空が見える。色は濃紺だ。

 静かな夜。

 だけど、おかしいような気がする。


(こんなに静かでいいんだった……?)

 

 なにか腑に落ちない。そっと身体を起こしてみる。

 まだ夜明けまでには時間がありそう。カーテンの隙間から覗く月の位置が高い。

 なのに、何故か寝すぎたかのように身体がバキバキする。どうしてだろう。


「――!」


 違和感に首を捻りながら窓に近づこうとした私は、急に踏みしめる足場を失って転げ落ちた。

 べしゃ、っという感じで直ぐに地面に叩きつけられたけれど。

 うぅ、すっごく間抜けだ。


 でも、どこかで同じようなことが――?


 目覚めは悪くないはずなのに、あまり頭がはっきりしない。

 頭を軽く振って“見上げる”と、そこには高い段差があり、端から端まで段差の上から綺麗な布が垂れ下がっていた。


(そっか、私、寝台の上に居たんだ)


 寝ていたのだから当然と言えば当然なんだけれど、上に居たとき物凄く広い感じがしたから、寝台という認識が抜けていたのだ。

 しかも、今は落っこちて床に寝転んでいる状態だからだとしても、見上げる寝台は妙に高さがある気がするんだけれど……気のせい?

 そこで、やっとおかしなことに気がついた。


 私の部屋のベッドは普通に人が一人眠れるくらいの広さしかない。一介の侍女なんだから、これも当然。もちろん、高さも普通だ。なのに、見上げる先の寝台は、上に居たとき端がわからないほどに広かった。

 そもそも、部屋の内装だって見たことの無いものだったことに、今更気がづいた。自分のことながら鈍すぎる。

 やっぱり何かがおかしい。

 私は考えて、身体に走る痛みにハッとした。


(そうだ! 私、馬車が賊に襲われて……!)


 どうして忘れていられたんだろう。

 意識を手放す前、身体に感じた突き抜けるような鋭い痛みを思い出してしまった。

 あれはもう二度と経験したくない類のものだ。

 反射的に記憶の痛みに硬直したけれど、もう一度襲ってくることは無さそうで、へにょっと身体から力が抜ける。周りは静かで、身体に残るのは寝台から転がり落ちたときの鈍い痛みだけ。あの恐ろしい痛みは余韻すら残っていない。


 結局、私はどうして室内に居るのだろう。


 賊に襲われた時の痛みが強すぎて、意識が落ちると同時に“嗚呼、私死ぬんだ”って思ったのに、助かったんだろうか。

 手足を拘束されていないことを考えると、誰かが助けてくれた……?

 寝転がったまま、恐る恐る手足をバタつかせてみたけれど、どこも痛くない。ちゃんと感覚もあるから骨も折れてない。でもそうすると、あの痛みは何だったのかな。

 それに、馬車を襲ったのは足音からしてたぶん、複数だったと思うけれど、あの人たちは一体どうしたのか。どこへ行ってしまったのか。近くにいなくてホッとするけれど、何もわからないのも怖い。

 何より、御者や護衛の人のことを考えると、胸が痛い。彼らの最期を見たわけではないから、勝手に無事を祈っていてもいいだろうか。


 疑問は尽きなくて、でもどれも考えても答えの出ないものばかりだ。

 今は自分の置かれている状況を判断する方が先、かもしれない。


 うん、と頷いて周りを眺めてみる。

 此処はどこなんだろう?

 床に座り込んだままきょろきょろと部屋の中を見回したけれど、やっぱり見たことの無い部屋だった。

 少なくともセイレア様のお屋敷ではないことは確かだ。

 人が5人は横になれるのではないかという大きな寝台。

 小さなランプの灯りだけの暗闇の中では奥がぼやけてしまうほどに広い部屋。

 豪奢で(ひん)のある調度品は、どれもひと目で最上級の職人によって造られたとわかる程に意匠が凝らされている。


(とても身分の高い人のお部屋……?)


 高貴な人に身売りされたのか、と思ったのは一瞬で、すぐに否定する。

 悲しいことに、私は高貴な人が買ってくれるほど見目が良いわけではない。それにいくらなんでも全く拘束しないで放置するなんてこと、ないと思う。


 馬車を襲った賊たちの住処、というのは考えなくても絶対にない。

 あんなに乱暴に襲ってきたのに、こんな豪奢なお部屋に寝かせて置くなんて、意味がわからないもの。


 そう考えていくと、やっぱり此処は私を助けてくれた人のお屋敷なのかもしれない。


 だけど、耳をすましても夜中だから皆休んでいるのか人の気配も無くて、静寂ばかりが耳を突いた。

 途方に暮れてしまう。

 ここまで見事に静かだと、誰かを起こすのも忍びない。まして、知らない屋敷を歩き回る勇気もない。

 せめて誰か傍にいてくれれば良かったんだけど……。


 ぼうっと考えていても仕方がないから、とりあえず、窓の外を確認しよう。それでここが何処かわかれば一先ず安心できる。


 思い立って直ぐ、私は這って窓まで移動した。

 いや、うん、這って移動するなんて女の子としてどうかと思うけれど、まだ少し寝台から落ちた衝撃で身体が痛かったから許してほしい。セイレア様にバレたらとても怒られそうだけれど。


 ずりずりと少しずつ進んで辿り着いた窓の前。

 覗いた外は……見たことのない景色だった。

 そもそも遠出の経験がほとんどない私が景色だけで判断できる場所など限られているのだけれど、それでも落胆せずにはいられなかった。

 せめて何か目印になる山とかは無いかな、って探したけれど、それも見えない。少なくともこの窓からは。


 もし此処がセイレア様のお屋敷の近くであるなら、夜が明けたらすぐにでも帰宅させてもらい、セイレア様を詰ったり文句を言ったり泣きついたり文句を言ったり詰ったり――その他諸々、セイレア様に責任を取ってもらうことができるのに。そしてセイレア様の何かすごい力でこのお部屋の主にたくさんお礼をしてもらうのだ。

 正直、諸悪の根源はセイレア様だと思ってる。

 天使は天使らしく、ちゃんと天使のお仕事をして、皆を幸せにしているべきだと思う。

 セイレア様は本当の天使じゃないのは分かっているけれど。


 月明かりに浮かび上がる見たことの無い景色をぼんやりと眺めながら、肩を落として嘆息した。

 とにかく、夜明けを待つしかないようだ。



 そこでふと、視界をチラチラと白い(もや)のようなものが掠めているのに気づいて、私は顔を上げた。

 首を傾げながら目を凝らしてみる。


(窓に何か……映り込んでいる?)


 私は、バッと音が出る程の勢いで振り返った。


(え、え、まさか、幽霊、とか言わないよね……?)


 賊の次は幽霊(ゴースト)とか、もう本当に勘弁してほしい!

 どれほど運が悪いのかと嘆きつつ急いで部屋を見渡す。運の問題なのかはわからないけれど、とにかく避けたい事象が連続して起こり過ぎている。

 小さなランプの灯りだけが燈る薄暗い部屋の奥、ソファと低い机がある場所にぼんやりと白く浮き上がるものが――。


(!!!)


 ビヨン、と跳びあがってしまった。

 心の中では、ぎゃあ! と品の無い悲鳴を上げてしまう。

 あ、正確には、ぎゃあ! ぐえっ! だった。

 悲鳴の後のは、白い陰に驚いて跳びあがった後、後ろへ後ずさったら窓にお尻が跳ね返されて前に倒れた所為。

 踏んだり蹴ったりとはこのことだと、今日一日でとっても実感しました。


 慌てて体勢を立て直し、部屋の奥の白い陰を凝視する。

 暗闇なのに、集中すると部屋の中が大分鮮明に見えてきた。


 白い陰は人型をしていた。

 全身白いその、人型の幽霊(ゴースト)はソファに腰掛けている。というか、肘掛に寄りかかるように肘を付き、手に顎を乗せて緩く寝そべるような形になっている。


(――随分、くつろいでる幽霊ね……?)


 少しだけ拍子抜けのような感じを受けつつも、目を放さずに観察した。どれ程くつろいでいても襲ってこないとは言い切れない。

 ほんのりと窓から照る月明かりを受け、白い陰の脇には薄く暗色に染まっているところがある。


(影だ!)


 影が出来ているということは、実体があるということだ。


(って、もしかしてこのお部屋のご主人なんじゃ!?)


 実体のある人型……というか、人といえば、それしか考えられない!

 使用人ではなく主だと思ったのは、その纏う衣が遠目にも判るほど上質だったからだ。

 私は慌てて姿勢を正したけれど、顔はこちらを向いているのにその白い人は微動だにしなかった。声を発することもない。

 そう言えば、こちらを見ていたなら、一連の私の可笑しな行動を見ていたはずで、何か言葉の一つも掛けてくれるのが普通では……?

 私は段々と強くなる羞恥を誤魔化すように、そう思った。


(もしかして、寝てる……?)


 今まで以上に注視してみる。

 その人の持つ白銀の髪はきらきらと月明かりを受けて煌き、長い衣はゆるりとソファの下まで流れている。白磁の肌はセイレア様と比べても遜色ないほどに透き通るようだ。

 ――なんて綺麗なんだろう。

 肩ほどまでの銀の髪が掛かる顔には、白い仮面。

 その奥の瞳を見ると、緩く開いていた。


(寝て……ない?)


 寝ていないのなら挨拶をしないといけない。

 それから今の状況を教えてもらって。

 いや助けてもらったのだとしたら、先にお礼を言わないと!

 黙って私の恥ずかしい行動を見ていたのには文句を言いたいけれど、我慢だ。

 私はその全体的に白っぽい人に声を掛けようとして、でも出かけた言葉を息とともに飲み込んだ。


(ま、瞬きをしてる? してない……?)


 視線はこちらに向いていて目が合っている気がするけれど、目が合っていると私が認識してから、一度も瞼が下りていない気がする。



 じぃ――――――



 うん、やっぱり瞬きしてない。


 怖すぎる!


(……あ、待って、もしかして、お人形……?)


 そうだ、きっとそうだ。

 目が開いていて、起きているのに微動だにしないなんておかしいし。

 それに、月に照らし出された姿は、浮世離れしているほどに美しい。着せられている衣の流れまでが計算されているかのような佇まいだ。

 細かな宝石が(ちりば)められた白い仮面を付けていることも相俟って、より一層、神秘的な雰囲気を纏っている。


 等身大の人形をソファに置いているだなんて、このお屋敷の方の趣味はよくわからないけれど、これほど美しいなら仕方ないのかもしれない。

 もはやこれは只の人形ではなくて、芸術作品だからだ。

 でも、やっぱり夜に見るのは怖い。特に遠目だと!


 私はそれが幽霊でなかったことに胸を撫で下ろしつつ、もう一度窓の外を眺めようと振り返った。綺麗だけれど、ずっと人形を見ていても仕方がない。

 なんだか以前よりも夜目が利く気がするから、もう一度、窓の外に私の知る景色が見えないか確認したい。


 けれど、振り返って、私は再度ビヨーンッと飛び跳ねることになった。


 このままじゃ私、驚きすぎで死んでしまうかもしれない――。







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