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33.そして再会へ



 久しぶりの廊下の風景が目の前に広がって、思わず感動してしまった。

 監視つきだったら逃げ出す……じゃなかった、セイレア様を探すことは出来ないけれど、バルコニーにすら出られなかった日々を思えば、格段に譲歩してくれたと思う。

 この三日間というもの、外の景色と言えば窓から見える空と、ちらりと見える森の緑だけだった。あとはずうっと閣下のお部屋。そのうえ閣下は不在のことが多くて、執務のとき以外はほとんどの時間を一人で過ごしていた。

 落ち込んでいたときならきっと、その環境は悪いものじゃなかったと思う。

 だけどこの三日間、私の頭を占めていたのはセイレア様のことで、早くどうにか会えないかとばかり考えていたから、じっとしているのは本当に辛かった。

 バルコニーにも出られず、両手の痛みであまり動き回ることもできなくて、気分転換のしようもなくじりじりとした日々を送っていたんだ。

 そんな数日間を思うと、たとえ監視付きでも内庭へ出られるなんて、本当に信じられないほど嬉しいことだった。


 私はあまりに嬉しくて、廊下を進む鳥の巣頭さんの胸に額を寄せた。

 私がもし魔獣じゃなくて猫だったら、思いっきり喉を鳴らしていると思う。犬だったら尻尾がぐるんぐるん回っていたはず。それくらい、すっごく嬉しい!

 ぐりぐりと胸元に頭を押し付けていたら、鳥の巣頭さんが噴出すように笑った。


「アハハ、よっぽどじっとしているのが嫌だったんだね。でも感謝するなら閣下にするといいよ。さっき閣下に、セレスタを息抜きに連れ出してやれ、って言われてね」


 ――閣下が?


 それを聞いて、私の胸には何処か納得するような気持ちが浮かんだ。

 そっか、閣下はちゃんと、私がずっと部屋にいなくちゃいけないことで精神的に少しずつ辛くなってきていることに気づいていたんだ。抗議の意味でじたばたと暴れてみたときは、全然無関心に見えたのに……。


「本当は閣下が連れ出したかったんだろうけどね。今はお客様を迎えていて、そちらを蔑ろにするわけにはいかないからね。

 部屋に閉じ込めたのも、君の傷を心配してのことだ。それにその傷を作ったときは君、少し様子がおかしかっただろう? その日は随分と気を揉んでいたみたいだよ。表面上はそんなに見えなかったかもしれないけどねアハハハ。なんたって閣下だし!

 もう暫く外出は出来ないだろうし閣下も居いことが多くて寂しいだろうけど、閣下を悪く思わないでくれるかい?」


 ――うん、わかっているよ。閣下はいつも優しいもの。


 閣下を悪くなんて、思えるはずがないよ。

 ずっと、閣下はよくしてくれた。表情は全然変わらないし、纏う色からも一見して冷たく見えてしまうけれど、閣下に拾われて二週間ほどの間、一度だって怖い人だとか冷たい人だとか思ったことはない。

 表現の仕方は上手じゃないけれど、閣下はいつも優しくて、暖かかった。ときどき内臓が潰れちゃうかも、とか皮が伸びちゃうかも、とは思ったけれどね。

 閉じ込められている状況を不満にも思ったけれど、やっぱり閣下は私のことを大事にしてくれているし、よく見てくれているんだよね。

 本当に、感謝してもし足りないよ。

 閣下には後でちゃんとお礼を言おう。喋ることは出来ないけれど、感謝しているんだよ、って伝わるように。

 そう心に決めて、ついでというわけではないけれど、私の首元辺りに添えられている鳥の巣頭さんの手もぺろりとひと舐めしておく。鳥の巣頭さんは私の仕種に少し目を丸くしていた。


「キュウ」


 私、鳥の巣頭さんにもちゃんと感謝しているんだよ。

 だって今回のこと、指示をしたのは閣下かもしれないけれど、鳥の巣頭さんだって忙しいのに、実際にこうして私を連れ出しに来てくれた。主である閣下の命だとしても、閣下がお仕事やお客様で忙しく確認が取れないなら、こっそり無視してしまうことだって出来るのに。

 私を連れ出しに来てくれたことが、たとえ鳥の巣頭さんの閣下に対する忠誠心だとしても、感謝しない理由にはならないと思うから。

 それに、何度脅しを掛けて来ても、結局鳥の巣頭さんは私を受け入れてくれているもの。


 鳥の巣頭さんは、暫く不思議そうにこちらを見ていたけれど、なんとなく意味を察したのか、フッと優しげな笑みを一瞬だけ浮かべた。

 すごい、閣下の笑顔並みに珍しい表情だ。

 直ぐにいつもの中身の無さそうな笑顔に変わってしまったけれど、私はしっかり見てしまった。

 閣下や鳥の巣頭さんがこうやって少しずつ今までにない表情を見せてくれるのは、心を開き始めてくれているみたいで、本当に嬉しい。


 何も出来ない私だけど、いつか二人に本当に恩返しが出来るといいな。

 ファラティアの身体に戻れたら、どんな風に恩を返せばいいんだろう。

 もしかしたら、魔獣のままの姿の方が、実は役に立つんじゃないだろうか。

 それでもやっぱり、本当のファラティアの姿で、ファラティアとして出来ることをしたい。そう思うのは、贅沢なのかな……?


 そんなことを考えていたら、いつの間にか内庭についていたみたいだ。

 緑の香りが鼻先をくすぐって、思わずふんふんと鼻息荒く深呼吸をしてしまった。


「此処では自由にしていていいけれど、目の届かないところには行かないようにね。

 もし逃走しようなんて考えたりしたら――」


 優しい笑顔やそっと地面に降ろしてくれた仕種に油断していたら、言葉尻を濁した鳥の巣頭さんからぶわりと物凄く黒い何かが噴出すのを感じて、私は慌てて首をかくかく縦に振った。


 ――もう! 態度がころころ変わるから、全然ついていけないよ!


 私はちょっぴり憤慨しながら、内庭の芝を踏みしめて歩き出した。鳥の巣頭さんの圧力に押されて少しぎくしゃくとした動きになってしまったのは、仕方がないことだと思う。

 初めは鳥の巣頭さんの視線が気になったけれど、次第にそれも忘れて久しぶりの外に胸が踊った。両手は少し痛んだけれど、それも直ぐに気にならなくなった。


 魔獣の姿だからか、色々な香りが鮮明に鼻をつく。緑の香りも、土の香りも。どこからか花の甘い香りや、昼食の準備をしている香ばしい香りまでが漂ってきて、これは何の香りだろうと考えるのに夢中になった。

 ずっと部屋に閉じこもっていた分、大きな開放感が胸に広がって、今だけは色々なことを忘れて楽しんでもいいかな、と思った。


 どれくらい内庭をうろうろしていたのかな。

 暫くして、使用人さんの一人が鳥の巣頭さんに歩み寄って行くのが眼の端に映った。

 鳥の巣頭さんは何かの報告を受けたようで、直ぐに使用人さんに一つ頷いた。それから少し足早に私の元へとやってくる。顔を上げたら、鳥の巣頭さんは私に合わせるようにしゃがみ込んで言った。


「少しだけ用を足さなきゃいけなくなったから、ここで待っていてくれるかい?

 その間、絶対にこの場から離れないように。まだ手の傷も完治していないんだからね。走り回ったりも厳禁だ」


 鳥の巣頭さんの厳しい監視が無くなるということで、瞬間的にセイレア様の顔が思い浮かんだ。だけど、鳥の巣頭さんがいつになく真剣に訴えて来るものだから、こっそりセイレア様を探しに行こうなんていう考えはあっという間に霧散してしまった。

 閣下の場合はどちらかというと強制的に約束を破らないようにさせられるけれど、鳥の巣頭さんは約束を破った後のことが怖すぎて、破ろうとなんて思えないんだよね。

 うーん、実は二人とも、結構ひどい人なんじゃあ……?

 そう思ってしまったのは、二人には絶対に内緒だ。



 鳥の巣頭さんが居なくなってから暫くはフラフラと芝の上を歩いていたんだけれど、ふといつも飛行の練習に使っていた場所のことが気になって、少しだけ覗いてみることにした。

 言いつけを破ると本当に大変なことになりそうなので、奥までは行かずに小さなアーチの入り口にだけ頭を入れる。

 すると驚くことに、アーチは途中でべしゃりと潰れたようになっていて、広場へ続くはずの道が遮断されてしまっていた。

 たぶん、私が精霊さんと話しているときに閣下が無理に広場への道を開いたから、その影響で潰れてしまったんだと思う。

 閣下が通った道を辿ればもしかしたら広場に到達できるかもしれないけれど、荒れた感じになっているだろうから、到底落ち着いて思索に耽ったり飛行の練習をしたりは出来なくなっているような気がする。


 ――あれ、そういえば、精霊さん……


 あれから、精霊さんの声を一度も聞いていないことに気づいた。

 私自身、それどころじゃなかったこともあるけれど、それまでは偶に悪戯を仕掛けてきていたはずの精霊さんは、あの日以来ずっと沈黙を守っている。

 私が自分の中に閉じこもっていたから、話しかけたり出来なかったんだろうか。

 でもセイレア様の姿を見てからは少し浮上したし、それにしては静か過ぎるような気もするんだけれど……。


 ――それに、あのとき、最後に何か気になることを言っていなかった……?


 そう考えたとき、私の後ろでカサリと草の擦れる音がした。

 慌ててアーチに突っ込んでいた頭を引っこ抜き、振り返る。


「――まあ、あなた……。もしかして、イェオラではないの?」



 そこにはどうにかして会いたいと切実に思っていた、セイレア様が立っていた――。






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